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その77.お姫様抱っこ

 双子は次に――跳躍、そう、跳躍して襲ってくるんだっ。


「浩太郎! 何があっても私を、信じて!」


 順序は逆になったが、真夜のここでの決め台詞らしいものは聞けた。

 それなりに原稿通りには進んでいるらしい。

 踏み込みで住宅街の塀の代わりに砕かれたのは飲食店の壁、一瞬で目線よりも高く双子は跳躍した。

 跳躍した双子を見るとその手には既にナイフ。

 双子の美少女――可愛らしいその顔は今は恐ろしさを抱く笑顔を浮かべ、壁を蹴って速度を増して降下してきた。

 左右から振られるナイフ、瞬きすら間に合わないその降下速度、考える時間すら無かった――が、真夜は瞬時に俺の体を抱えて後退。

 ああ、俺の体を抱えて――ね。

 なんというか。


 お姫様抱っこ。


 というのかな、これは。

 されている側というのも、男としてどうなの? という豊中さんに言われた台詞が脳内で再び再生された。

 つーか真夜、お前男を軽々と抱えて動けるとか、身体能力すごくないか?

「おお」

「やるね!」

「さすがだよこの人!」

「さすがねこの人!」

 二人は顔を合わせて嬉しそうに会話していた。

「朝から気配は感じていたけど、やっぱりあんたたち……浩太郎を狙った吸血者ね!」

「「そうだよっ」」

 声を揃える。

 双子ならではの息の合い方だ。

「き、吸血者ってのが、ヴァンパイア?」

「近いけど、ちょっと違うの。少し話すと長くなるから、今は説明できないけど」

 そうだね、その通りだ。

「私達、早くヴァンパイアになりたいの」

「彼の血、それも新鮮なものがいっぱい必要なんだ」

「独り占めはいけないよ?」

「だから僕達に、頂戴?」

 双子はナイフを右へ左へとお手玉で遊ぶ子供のように渡しあっていた。

 目的はどうやら俺の血らしい。

 ありきたりだなおい、このままだと俺の子孫がなんたらかんたらとか、俺の知らないうちに何かされて吸血者とかには特殊ななんたらとか説明がどっかで入るんじゃないだろうな。

「彼は渡さないわ!」

「独り占めうざっ」

「独り占めきもっ」

「うざくもきもくもない!」

「うざっ」

「きもっ」

「だからうざくもきもくもないって言ってるでしょ!」

 真夜の顔が見る見るうちに赤くなり、頬が膨れていった。

 一旦落ち着こうよっ。

 しかし敵がそんな間もあたえてくれるわけもなく、双子はナイフのお手玉を止めて突っ込んできた。

 右からのナイフは俺を後ろ上方へ投げてかわし、

「うぉぉお!?」

 宙に舞う俺。

 左側のナイフを彼女はどうやったかは俺の視点からでは空しか見えなかったので解らなかったが、気がついたら再び真夜にお姫様抱っこをされていた。

 ナイスキャッチと褒めるところ?

「ちょっとだけ!」 

「ちょっとだけでいいから!」

 双子は息を荒げてじりじりと距離を詰めてくる。

「何か卑猥だ!」

「何が卑猥なのよ!」

「何が卑猥なんだ!」

 すみません。

 状況は依然不利。

 表へ逃げるにも、背中を見せての逃亡は危険を増やすだけ――真夜の身体能力が高いのは解ったが、それがあるから――俺が重荷となっているから逃げるに逃げられない。

 奴らの目的は俺というのもある、真夜はお荷物を背負っての戦闘。

 果たして、この状況……乗り切れるのか?

「浩太郎、一つお願いがあるの……」

「お願い?」

「その、ね……」

 数歩下がって、距離を取って、耳元で囁く。


「浩太郎の血、少しだけ吸わせて?」


「……は?」

 瞬き二回。

 その間に、空を斬る音も二回。

 視界は一瞬で揺らいで、気がついたらまた双子との距離は開いており、先ほどよりも少々後退していた。

 この僅かな一瞬、少しでも油断すれば敵の攻撃が飛んでくる状況、心臓が痛くなる。

「お願い! 少しだけ、少しだけだから!」

「ま、真夜……お前も吸血者、なんだな?」

「……」

 僅かな沈黙。

 あの原稿を読んで大体想像できる、彼女も吸血者であると。

 だってこの手の話ってさあ、何も知らない主人公が襲われて幼馴染な何か知っているとなるとそりゃあ幼馴染は只ならぬ存在でしかないよね。

 大体会話から把握できた。

「うん、そう、なの」

 これまでの会話を思い返した。


『き、吸血者ってのが、ヴァンパイア?』

『近いけど、ちょっと違うの』


『私達、早くヴァンパイアになりたいの』

『彼の血、必要なんだ』


 理解するのは容易い。

「吸血者はヴァンパイアになるために俺の血が必要なんだな?」

「そ、そうよ。浩太郎って、意外と頭が切れるのね」

「意外とって何だ意外とって!」

 お前が俺を今までどう思っていたかは今日初めて会ったんだから解らんが、ちょっと馬鹿にされた気がするぞっ。

「あのメス豚、あいつの血を吸おうとしてるよ姉さん!」

「さすがメス豚ね、今まで秘血ひけつ持ちを隠して、見つかったら私達の前でわざと血を吸って見せびらかす気よ弟よ」

 双子はどうやら右側が姉で、左側は弟だったらしい。

 どっちも姉妹と思っていたが、同じ顔だと解らんものだな。

 秘血とやらを俺は持っているらしいが、妙な設定ばかり浮き彫りになってきて頭が痛くなってくる。

「メ、メス豚って誰の事よ!」

「「お前だよ~ん」」

 指差して、可愛らしいけど頬に平手打ちをかましたくなる笑顔を浮かべる双子。

 真夜、その浮いた血管をどうにか引っ込めて落ち着いてくれ。

 お姫様抱っこされてる俺はこのまま抱き潰されそうな恐怖を抱いちゃうからっ。

「けど姉さん、血を吸われるのは困らない?」

「困るわ弟よ。しかし、血の量にもよる。加えてこちらは二人、相手はお荷物とメス豚。有利は変わらない、メス豚を倒さずとも、奴の血を吸えばいいし」

「姉さんは賢いなあ!」

「ふふっ、そうでしょう?」

 さっきからメス豚メス豚と言われて真夜の眉間がぴくぴくと痙攣しているのでその辺でメス豚言うのは止めてもらいたいものだ。

 空いた手を握り合うと、二人は体を外側へと振り回してコマのようにして回転しながら、跳躍を付け足して襲い掛かってきた。

 建物の壁はナイフによって削られていく、一体どんな硬度を持ったナイフを持ってきたんだこいつら!

 対象は俺達ではあるが、真っ直ぐには突っ込んでは来ず、左右に揺れながらとなると真夜は捉え辛いのか、くっと声を漏らして背中を向けた。

 その瞬間、それを待っていたかのように、双子の回転は上がって接近。

「あっ――ぐっ!」

 真夜は表情を歪めた、それは痛みによるものであり、血が俺の頬につく。

「真夜!?」

「大丈夫!」

 近くのゴミ箱を蹴り飛ばし、駆ける。

 俺を抱えたままでは辛かろうが、降りようとしても彼女は強く掴んで離さない。

 砕かれる音が後方にて聞こえた、ゴミ箱は今頃微塵と化したのだろう。

「大丈夫、だから!」

 安心させるためか、真夜は言う。

 だが、隠しきれていないのは、苦痛に歪まれた表情だ。

「真夜、俺の血を吸えば、この場は乗り切れるんだな!?」

「……え、ええ、そう……!」

 躊躇、している?

 血を吸わせてと提案したがしかし、いざとなると決意できずに吸えないでいる――のだとしたら。

「助かるにはこれしかないんだろ! だったら吸え!」

 背中を押してやる、押してやろうじゃないか!

 左右の建物、その壁を双子の一人が駆けて先回り、挟み撃ちにあってしまった。

「首筋あたりか!?」

「指先で大丈夫!」

「そうなのか!?」

 人差し指を差し出した。

「ちょっと痛いよ!」

「いいよ!」

「か、噛むよ!」

「いいよ!」

「す、吸うよ」

「やると決めたら早くしろよこの野郎!」

 双子は既に飛び掛っていた。

 人差し指を、真夜は噛む。

 血を吸われている感覚は無い、出血した血を舐められてるような感覚しか無かった。

 先ず。

 先ず、最初に変化があったのは、彼女の髪だった。

 その艶やかな茶髪は逆立つと長さと色が変わってしまった。

 長い白髪、爪は尖り、歯を見るとヴァンパイアのように牙が二つ生えている。

 瞳は赤く光り、その一瞬――双子のナイフは前後から振り下ろされたが、それらは弾かれて後方の地面に突き刺さった。

 双子が互いに顔を見合わせている、何が起きたのか解らずに。

 そして、何故今ナイフを弾いた奴が、目の前から消えうせたのか。

 ――新たな疑問を抱くも、足元の影が揺れる――その奇妙な現象を俺は目撃した瞬間に、双子の一人は、

「あっ」

 異変に気づいた。

 しかし、気づくのが遅かったようだ。

 影から現れた真夜は一人の胸倉を掴んで壁へ叩きつけ、もう一人はナイフを取ろうと後退するがそれよりも早く真夜は突っ込み、驚愕に染まったその顔に拳をめり込ませた。

 ほんの数秒にて、立っているのは真夜のみという光景へと視界は変化した。

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