その76.もしかして、もしかするとの話、なんだけど。
午後の授業も真夜のおかげで和やかな雰囲気で過ごせたが、拭いきれない不安が俺の心を獲物を捕らえた蛇のように絡まって放さない。
放課後のチャイムを聞くと、本来ならば開放感に包まれるのだが、今日はそうもいかず。
俺はポケットの中にある原稿をもう一度見直して席を立った。
待てよ、冷静に考えるんだ。
ノアや薫、二人と一緒に帰れば少なくともこの原稿通りにはならない。
ああ、そうだよ、原稿に反すればいいんだ。
そうすればいいだけの話さ、簡単だぜ。
「さっ、帰ろうか」
ノアと薫へ真っ先に視線を送った。
「あ、悪いっ。今日はバイトなんだ、またなっ!」
薫はすぐに行ってしまい、最初の防壁が崩壊した気分。
しかし俺にはもう一つ防壁があるんでね、大丈夫だ。
「ノア、帰ろうぜ」
「残念! ノア様は私達と新しくできたから揚げ専門店に行くのよ!」
「そ、そうなの……ご、ごめんなさいっ」
「な、なん……だとっ!?」
ダンボール製の城が陥落した。
「ちゅーわけで、帰ろっか!」
肩にポンッと手を置いたのは真夜。
あたしは今日用事無いから大丈夫だよと顔に書いてある。
「あっ、うっ」
ノアは立ち止まって俺達を見ていた、もしかしてから揚げ専門店を諦めて一緒に帰ってくれたりする?
「ほら、いきましょ!」
強引にクラスメイトに引っ張られて、ノアは俺を見つめつつも、連れてかれてしまった。
あいつら、どうしてもノアと一緒にいたいのか……。ちくしょうめっ。
どうする……?
いやいや、待て、まだ慌てる時間じゃない――某バスケ漫画の選手のように冷静に考えるんだ。
俺には豊中さんがいる、あの人は今日ノアと一緒に帰ってないじゃないかっ!
きっとどこかで見守っていてくれているはず、やばくなったら手を貸してもらいたいものだ。
たとえ情けないと罵られても!
「くかぁ! 今日も学校楽しかったねえ!」
「そ、そうだな……」
「むーん? どうしたのん? ちょいと元気が無いぞぅ、疲れたのかねっ?」
「まあな……ちょっと疲れた」
「浩太郎は体力をもうちっとつけるべきだね!」
俺もそう思うね。
もし体力があったら今頃全力で家まで駆け抜けてたかも。
俺の体力は高が知れている、たとえ相手が女性であれすぐに追いつかれるのではないか。
真夜はこう……体力ありそうだし。
つーか絶対あるよな?
原稿にはヴァンパイアとかいうのが書かれていた、敵が襲ってくるのは解っている、敵を撃退するのは誰かとなると、何か知っている風を醸し出していた彼女のほかならない。
こいつ、俺の予想では戦うヒロインだ。
校門を過ぎてとりあえず街中へ。
街中にいる間は大丈夫だな、原稿には″住宅街の塀を″ってのがあった、襲われるのは住宅街であり、塀のある場所。
自宅周辺はほとんどがそんな家ばかりだ。
「ちょっと、寄り道しない?」
「寄り道? いいけど?」
「会わせたい人がいるんだよね」
「神父さんかな?」
「なんでだよ!」
「実は結婚式を、みたいな!」
「サプライズの規模がでかすぎるから!」
その屈託の無い笑顔は見ていて幸せになっちまう。
俺は隙あらば原稿を見直し、原稿と同じような場所は避けての寄り道となった。
おかげで蔵曾のアパートまではまだまだ到着する気配が無く、飲食店の裏道とかもう逃亡犯ばりの通路ばかりを通っていた。
「ちょっと浩太郎っ、どこに行くつもりなの?」
「それは着いてからのお楽しみだっ!」
蔵曾にさえ合わせればきっと解決へ導いてくれるはず!
「あっ、浩太郎……待って」
「へ?」
俺の予定ではこの裏道を縫う様にして進んでいき、わき道に入って蔵曾のアパート。
帰路にはまったく関係の無い道、蔵曾のアパートは大体あっちの方向だよなっていう曖昧な考えで選んだ道――
だが、
「もしも、もしもの話なんだけどさっ!」
彼女は、そう言った。
原稿に書かれていた台詞を。
「うぉぉお! タンマ!」
「た、タンマって何よ!」
「待って、待とう、待ちたまえ!」
「三段活用!?」
このままだと絶対にまずい、場所がどこであれ原稿通りに進みそうな勢いだ!
「ちょっとね、浩太郎には話しておきたい事があるの、それも緊急で!」
「こっちも緊急で向かいたいところがあるんだ! さあ前に進もう!」
絶対に話は進めちゃあいけない。
「な、何よっ! 少しは話を聞いてくれてもいいじゃない!」
「後でな!」
「今すぐに聞いてもらいたいの! だって、じゃないと、あいつら、来てるから!」
「あ、あいつら……?」
あたりにあるのはゴミ箱がいくつか、道はそれなりに広いが左右には飲食店やらビルやらで階数は高く、前方後方上方見ても人気は無し。
あいつらが来てる?
こんな裏道じゃあ来るといったら従業員くらいだぜ?
まさか、敵が来るとか言わないよな?
「けど、順序って大事よね。その……」
一度、彼女は言葉を止めて、小さく深呼吸をしてから再度口を開いた。
「ヴァンパイア、とか、いたらどうする!?」
どう足掻いても原稿通りに進みそうな気がしてならない。
「ストーップ!!」
「な、なになに!?」
真夜に両手を突き出した。
「はいストップストォォォップ!」
両手を上げて交差させた、ボクサー試合続行不可能による試合終了を伝えるかのように。
「どうしたのよっ!?」
「フラグストップ!!」
「フ、フラグ!?」
この流れはマズい、非常にマズい。
「浩太郎、お願い、聞いて欲しいの!」
「また今度、ゆっくり話そうよ!」
「ゆっくりできないの!」
……つまり?
俺は瞬きをして、状況を把握しようとした。
「もしもの話、なんだけど。例えば、身近に吸血鬼――ヴァンパイアとかいたらどうするかなって思って!」
一瞬の油断によって、真夜は既に原稿の台詞を口に出してしまった。
俺がどう足掻こうとも敵は迫っていて、このような急ぎ気味な会話になっているとしたら――原稿の展開は俺がどう足掻こうとも逃れられない状況に陥っているのではないか。
詰みかもしれない。
豊中さん、今すぐ駆けつけて助けてっ。
「これから理解できない事が起きるかもしれないから、説明しておきたいのっ!」
原稿には書かれていない台詞だ、辻褄を合わせるべく話す予定だった内容は少し変化でもしたのかな?
それとも俺が原稿を無視した行動ばかり取ってるから、原稿の内容もそれによって変わったとか?
どちらであれ、原稿通りにはなっていないが、回避したい場面のみは変わらない気がする。
「……もしかして、もしかするとの話、なんだけど。敵が襲ってくる?」
「ど、どうして解ったの!?」
原稿に書いてたので。
「さあ、どうするんだ!? 敵から逃げるのか!?」
「怖いくらいに飲み込みが早いわね!」
彼女は敵の気配とか、そういった俺には感じ取れないものを感知しているのかな?
表情から徐々に焦りが感じ取れる変化が見られた。
「その、ねっ? 例えば、身近に吸血鬼――ヴァンパイアとかいたらどうするかなって思って!」
「ふうん、つまり、敵はそういった奴らか」
「……浩太郎の適応力半端無いわね……普通ここは驚くとこでしょ!?」
「そういう系、慣れてるから!」
今更ヴァンパイアだろうが何だろうが出てこられてもな、こっちは創造神ってのと知り合ってるんだ、ちょっとやそっとじゃあ驚かんぞっ。
「さすが私の幼馴染ね」
誇らしげに親指を立てて褒めてくれた。
どうもありがとう、それより逃げない?
「それと一つ聞きたいんだけど、噛まれて血を吸われてもヴァンパイアにならなかったらとしたら、ヴァンパイアに対して、どう思う……かな?」
やばい、そろそろ敵が来る……。
原稿ではこのあと少し会話してからすぐに敵はやってきた。
豊中さんがやってくる気配は無い。
こんな裏道に来たのは失敗だったかも、表へ逃げるにもゴミ箱やらの障害物が邪魔だ。
回避できると思ってこんな道を選んだのに、酷い裏目に出てしまっている。
「今までより怖くはないっ」
話は短くした。
「そ、そう?」
「ああ、それより――」
「「こんにちわ」」
――途端。
暗闇から音も無く現れたのは、原稿に書かれていたのと同じ双子だった。




