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その75.身近に吸血鬼――ヴァンパイアとかいたらどうするかなって思って!

 真夜のペースに合わせたら駄目だっ――けど、あの明るく人を楽しませる雰囲気を持つ奴とは一緒にいて楽しいって思ってしまうから困る!

 俺は急いで階段を降り――

「お、あっ!」

 その途中で、原稿を見つけた。

 不自然すぎるくらいに、階段の三段目に置いてあった。

 待っていました、さあ読んでください! と言わんばかりに。

「…………」

 あたりを見回す。

 今の時間は誰もが昼食中、今から屋上へ行こうとする生徒はいないので無人。

 廊下を歩く生徒はいたが屋上には用は無いようでこちらへ来る気配は無い。

 原稿を手にとって、読んでみるとした。



 午後の授業を終えて、二人は帰路についた。

 真夜はどこか落ち着かない様子でいたが、心配して聞いても大丈夫としか言わない。

 浩太郎はそれほど気には留めず、真夜も小さく深呼吸をするといつもの元気さを取り戻した。

「もしも、もしもの話なんだけどさっ!」

「どうしたんだよいきなり」

 唐突に真夜は切り出す。

 思い切ったように、決意したかのように。

「ヴァンパイア、とか、いたらどうする!?」

「ヴァンパイア? ははっ、まさか」

 この世にはそんな非現実的な存在はいない、浩太郎はそう認識している。

 退屈な世界であり、ヴァンパイアも人が生んだ想像による存在であり、それらは物語の中にのみ生きている。

 現実には当然いない。

「どうしたのさ、いきなりそんな話して」

「その、ねっ? 例えば、身近に吸血鬼――ヴァンパイアとかいたらどうするかなって思って!」

 笑顔を見せているがどこか不安そうなのが窺える。

 幼馴染という長い付き合いからか、かすかな変化も彼は感じ取っていた。

 この質問には何か意味があるのだろう。

 本来ならばここで茶化そうかとも思っていた彼だが、自分の思っている事を素直に言うとした。

「んー、ちょっと不安かもな」

「ふ、不安?」

「だって血を吸われたらヴァンパイアになるんだろ? 日光を一生浴びれなくなるとか嫌じゃない?」

「そ、そうだよねっ……。でも、血を吸われてもヴァンパイアにならなかったらとしたら、ヴァンパイアに対して、どう思う……かな?」

 更に質問は投げられる、ヴァンパイアについて話し合うなど浩太郎の人生ではほとんど無かったために返答は困ってしまった。

 漫画や映画などで登場するヴァンパイア、時々友達とそれについて話す事はあったがそれは数年単位の過去の話である。

 どんな話をしたのかは憶えていない。

 今回の質問は″血を吸われてもヴァンパイアにならない場合、ヴァンパイアという存在についてどう思うか″――何の意図があって質問しているかは定かではないが、浩太郎は答えてやるとした。

「それならまあ、脅威は多少無くなるわけだから、少しは怖くなくなるかなぁ。血を吸われてもそれは献血みたいなもんでしょ」

「そ、そうよね! うん、献血!」

「それで、ヴァンパイアがどうしたの?」

「えっ!? いやぁ……なんといいましょうか」

 口篭る真夜、目は泳いでいた。

 何を隠しているのか、最初に見せた落ち着きの無い様子から浩太郎の中に生じた疑問は徐々に膨らんでいった。

「その、何があっても、私を、信じて!」

 途端――


「「こんにちわ」」


 ――何者かが二人、目の前に現れた。

 同じ声、同じ身長、同じ顔立ち、双子と思われる。

 年はまだ十代前半といったところか、無垢な子供らしさの残るそのうっすらと浮かべた笑顔――しかし、瞳だけはやけに冷たく感じられた。

 それが殺気だと気づいたのはその双子が住宅街の塀を砕いて踏み込み、目線より高く跳躍してからだった。



 ……ヴァンパイア?

 何だ、何なんだ? いきなり妙なジャンルが加わったぞ?

 最初はよく解らない原稿だったが、敵と思われる奴らが出てきてるじゃないか。

 しかも最初の原稿では、現実でその通りに進んでいる。

 ならばこれも、その通りに進むとして――俺は敵に遭遇する……? それも最初の一文から解るとおり、帰り道でだ。 

 どうしよう……ものすごく帰りたくない。

 蔵曾を呼ぶか……どうやって? つーかこの原稿があいつに関わるものならば何かしら説明でもあっていいのだがなっ。

 いつも通り主人公っぽく、演じてとか一つ助言をくれにやってこないか?

 周囲を見回しても、何も反応が無い。

 そうだ、豊中さん、彼女ならきっと蔵曾に連絡が取れるはずだ!

 俺はすぐに豊中さんを探すべく、一度出た屋上へ顔を覗かせた。

 皆がノア達を見てほほえましく食事を摂っている、豊中さんはノア様ファンクラブに所属するほどの熱狂者、この中にいるはずだ……!

「誰を探してるの?」

「その、豊中さんを……うぉぉ!?」

 彼女はいつの間にか俺の後ろにいた。

「はぁあん?」

「や、やあ、ご機嫌麗しゅう」

「はぁあん……?」

 俺なりに君を敬って挨拶してみたのだが、駄目みたいですね。

「ちょっと、妙なものを拾ったんだ」

「妙なもの? 何よ、妙なものを拾ったとしてそれが私と何の関係があるの? 私は一秒でも早くノア様をおかずにご飯を食べたいの」

「いやぁ、そう言わずに……」

 ノアをおかずにご飯って何だ!?

 俺は朝に拾った原稿を彼女に渡した。

「なにこれ」

「この原稿に書かれている事が、現実になったんだ」

「現実?」

「ノアの隣にいる子、見てよ」

 彼女――木崎真夜を指差した。

「誰だっけ? 何か今日いたなとは思ったけど」

「原稿にも書かれてるけど、俺の幼馴染らしい。名前は木崎真夜、クラスメイトになっててさ、周りは皆もとからいたって思い込んでるんだよ」

「まるであの馬鹿の力みたいね」

「そうなんだよ……だから豊中さん何か知らないかなって思って」

 もう一つ先ほど拾った原稿を見せるとした。

「小説、ううん、どちらかというとラノベを意識したような書き方ね」

「蔵曾が書いて俺に原稿を拾うよう仕向けて、現実を原稿通りに進めるっていう計画なんじゃ?」

「あの馬鹿は書き始めようとしてすぐに筆が止まったわよ。こんなに文章を書けるはずがないわ」

「えっ? じゃあこれは何?」

「知らないわよ」

 ……この原稿、蔵曾は絡んで……ない?

「けど現実にありえない事が起きてるんだよ!?」

「……そうね、それは無視できないわ。あんたの立ち位置を狙って仕掛けようとしている奴の仕業かもしれないしね」

「そうそう」

 是非助けてくれ。

「この原稿、放課後あいつに見てもらって。多分アパートにずっといるから」

「う、うん……解った、けど、原稿によると俺、放課後に襲われるらしいんだよね……」

「私に立ち位置を渡して死ねば?」

「酷すぎない!?」

 そりゃあ立ち位置を俺から誰かに移せば用済みだけど!

「予告はされてるんだから、その真夜……だっけ? その子と一緒に帰らないなり、バスを使うなりすればいいじゃない」

「……それもそうか」

 別にこの原稿通りに動かなくてもいいもんな。だったらなるべく原稿通りにならないよう動けばいいだけの話か。

「それに」

「それに?」

 豊中さんは原稿にしばらく目を通して――

「これってあんたが主人公として書かれてる?」

「……かもしれない」

 そこは俺も気になった。

 原稿はたかが二枚だが、読んでみて気づいた事といえば、誰が主人公として書かれているかという事。

 ヒロインは勿論真夜であり、登場頻度から言って俺が主人公として書かれているのだ。

「じゃあ大丈夫じゃない? 主人公って死なないものでしょ。誰かがあんたを主人公として原稿を書いて、物語を現実にしたのなら一番安全なのは主人公よ」

「な、なるほど……!」

 説得力があるな。

「まあ、相手がそんなの無視して殺しに掛かれば意味無いけどね」

「俺の安心感台無しだよっ!」

 俺の慌てふためく様子を面白そうに豊中さんは見て笑った。

「この街で誰か悪さしようものなら私がそれを阻止する。だから安心はしていいわ」

「そ、そう?」

 そりゃあ豊中さんは以前、俺を襲ってきた敵を撃退した過去がある、頼り甲斐のある人物だ。

 性格は置いといて。

「むしろあんたはこの原稿通りに動いて相手がどんな目的か引き出せばいい」

「ま、マジで?」

「マジで」

 少しは男らしくやってみなさいよと言いたげな目。

 けどそんなに期待してなさそうな、今にも鼻で笑いそうな表情。

「やばくなったら、守ってくれる?」

「男としてその発言、どうなの?」

 情けないですよね、解ります。

「だって、俺……蔵曾がいないと無力だし」

「そう?」

 鼻で笑われた。

 豊中さんは、話はこれで終わりだとそのままノアの元へ駆け寄っていった。

 ……うん。

 俺は、蔵曾がいなきゃ無力なんだよ。

 敵を簡単に撃退できるあの強力な鎧みたいな右腕も、蔵曾がいなきゃうんともすんともいわないし、俺は単なる貧弱な高校生でしかない。

 焦燥感が心を突いてくる、困ったぜ……マジで。

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