その74.昔っからあたしらはラブラブよぅ!
待ち合わせ場所に通りかかった。
本当の幼馴染であるノア、そして薫がいつも通り待っていてくれてほっとした。
「おう、おはよう!」
「お、おはよう浩太郎君……」
今日も変わらぬ挨拶、ではあるが、二人はいつものとは違う連れ人に視線を移した。
誰? 視線はそう問う。
「薫ちゃん! ノアちゃん! おはよう!」
真夜はまるで長い付き合いであるかのような雰囲気と口調で二人に挨拶。
二人とも、クエスチョンマークを浮かべて首を傾げていた。
「えっ、あっ、お、おはようですっ」
「ささっ! 学校へいこー!」
ノアは即座にここは挨拶を交わさねばと頭を下げるが薫は一向に彼女という存在に疑問を抱いていた。
皆で肩を並べて学校へ向かうわけだが、薫は俺の隣について歩調を遅らせて距離を取って、囁いた。
「な、なあ、この可愛い子、誰?」
俺が知りたい。
「俺の、幼馴染……らしい」
「幼馴染って、それはノアだろっ」
ごもっともで。
「よく解らんが、とりあえずこれ、見てくれ」
拾った原稿を薫に見せてやった。
薫は原稿に目を通して、だからといって疑問が解決するわけがなく、俺に聞く。
「これは……なんだ?」
俺も聞きたいぜ、この原稿が何なのか、彼女――木崎真夜が何者なのかをな。
マシンガントークばりにノアへ世間話を撃ち込む真夜、ノアはついていけずに適当な相槌を打っているが、しばらくノアにあいつを任せるとする。
「さっき、この原稿を拾ってさ」
「ど、どういう事なん?」
だから俺が聞きたい。
「さあ、よく解らん。一つ言える事は、朝はこの原稿通りに過ごした」
「原稿通り……?」
「ああ、しかも原稿に書かれてた台詞を言ったら、原稿と同じ台詞が返ってきたぜ」
薫は唖然として、口をぽっかりと開けていた。
「神様がまた何かやらかしたとか?」
「それも考えられるな」
薫は苦笑いを浮かべて、現状についていけてない様子だった。
無理もない、俺も全然ついていけてない。
「学校終わったらすぐに蔵曾に会いに行くつもりだ」
「うん、それがいい。すぐに行くのもいい」
「今はまあ、様子見しておこう」
あの真夜という少女は観察する必要がある。
原稿を何度か読み直して、再び真夜を見て薫は言った。
「あの子さ、敵っていう可能性は?」
「そこらへんもまったく解らんけど、今のところ襲ってくる様子は無いし、ほら――」
と、ノアと親しげに話す彼女へ視線を移した。
「あの様子だぜ?」
どんな様子かって?
それはもう、人畜無害と言いようがなく元気溌剌で誰にでもすぐに親しくなれるような、ムードメーカーという言葉がぴったりな子が俺達の輪に入ってきて和ませてくれる様子だ。
ノアはあいつの雰囲気に呑まれて大変そうだがな。
「二人ともどうしたのん? ほら、後ろにいないでこっちきなよー!」
「あ、ああ、そうだな」
その溌剌っぷりにはまだ体がついていけないな。
解った事はいくつかある。
彼女は俺達とは昔からの友達と認識しており、名前や趣味、性格も把握している。
クラスではノア達と共に人気の生徒であり、俺達以外は彼女が今日いきなりこのクラスに混じったのを認識できていない。
まるで蔵曾によって変化させられた人のようだ。
座席はノアの前、その席だった生徒は一体どこへ行ってしまったのやら。
ただ一人入れ替わるだけで、俺の席周辺は人気者三人が固まるという騒がしく喧しく姦しい空間になっちまった。
「でさー、もう昨日は煙もくもくで大変だったのよー」
「そ、そうなんだ……」
「料理って難しいよねぇ、真っ黒こげのオムレツとか自分で作って笑っちゃったわぁ! あっはっは!」
「あはは……」
ノア、頑張れ。
そいつの元気を分けてもらってお前も饒舌になるんだ。
「やっぱり敵ではないのかな」
ノアと会話する真夜を見て、薫は言う。
俺も同感だ、こいつが敵だったら残念だと肩を落とすまである。
何気に近くにいるだけでも居心地は悪くないし、場の雰囲気もほんわかしていいのだ。
終始彼女のペースに乗せられている感はあるが。
「だとしたら、目的が解らないな」
「考えてみたんだけどよ、神様がラノベ書くために新しい登場人物を想定して寄こしてきた、ってのは?」
「それも十分に考えられるな……」
敵であるなら先ず俺と出会ってすぐに襲ってくるはずだ、鬼全のようにね。
それもしないから、とりあえず″彼女は敵かもしれない″という疑いは頭の外に追いやってよさそうだ。
「近くに神様がいて、俺達を観察してたりしてな」
「すぐに捕まえたい」
やるなら放課後、ああ、放課後だ。
原稿を出して、薫と再び読み合った。
綺麗な文字だ、万年筆で書かれたようななめらかさがある。
「ひらがながさ、女の子っぽい感じしない?」
「……言われてみれば」
漢字は綺麗だが、ひらがなは所々丸みを帯びていて、誰が書いたかと想像すれば自然と女の子が書いた姿が思い浮かんだ。
「この原稿もやっぱり、神様が?」
「先ずは豊中さんに聞いてみるか」
先生が入ってきて朝のホームルームが始まったので原稿は再びポケットにしまった。
「はーい今日も元気にやっていきましょー!」
長波先生は蔵曾に変化させられてから相変わらずの太陽顔負けな明るさだ。真夜と元気さにはタメを張れるぜ。
先生は出席を取るため一人一人名前が呼び始めるが――
「木崎……」
長波先生はそこで言葉を詰まらせた。
先生もそういえば蔵曾によって変化させられた人だ、ならば、真夜に疑問を抱くのは不思議ではない。
「木崎、真夜……さん?」
「はいはーい!」
ほんと、一々元気だな。
長波先生は瞬きをして、どでかいクエスチョンマークを浮かべていた。
これはどういう事?
そう言いたげに俺を見るが、俺は小さく肩をすくめて解りませんの合図。
頬をぽりぽりと掻いて先生は小さく咳払いをして、出席確認を続けた。
ホームルームが終わり、準備時間。
俺は廊下を出て、長波先生へと駆け寄った。
「忍野君、あの子は一体……?」
「解りません、朝いきなり会いました。他の生徒は誰も真夜には疑問を抱いてないようでして」
「神様が何かしたのかしら?」
「そう、かもしれませんが今はまだ解りません」
「うーん、困ったわねぇ。先生、あの子について何も解らないのっ。どう接すればいいのかしら?」
「他の生徒と変わりなくでいいと思いますよ」
「そう? ならそうしようかしら、いきなり見た事ない生徒がいたから先生びっくりしちゃったわ!」
長波先生と真夜はものすごく気が合いそう。
元気と元気を足したらハイテンション! みたいな革命が起きそうで。
「それじゃあ先生授業の準備しなくちゃ! 今度神様に会ったらよろしく言って頂戴ね!」
「ええ、解りました」
今日の放課後には会う予定だからな。
教室を見ると、俺の席周辺は女子生徒で群がっていた。
戻るにも戻り辛い。
ノア、薫、それに真夜。
他のクラスの生徒は教室の扉や廊下側の窓から覗き込んでおり、見慣れた光景ではあるがいつもよりも人は多い気がした。
授業が始まるあたりで、人が徐々に減ってきたところを見計らって俺は人と人との間をすり抜けて着席。
この動作も慣れてきたもんだ。
回避能力に関しては上昇したかもな。
「浩太郎、どこ行ってたのよぅ」
先生が来るまでの時間、それは皆で駄弁る時間でもあり、真面目な生徒は教科書に目を通していたりする。
真夜は教科書など置物に過ぎないと言わんばかりに角へ寄せて俺へと顔を向けてくる。
「いや、ちょっとトイレに」
「んもー、先生が来るまでたっぷりとおしゃべり、これこそが学生の醍醐味でしょうに!」
「ご、ごめんごめん……」
「まだまだ学生気分が足りないぞ!」
なんで怒られているんだ俺は。
「ねえ! ノアもそう思うでしょ?」
「えっ、あ、う、うんっ……」
本当にそう思うのかいノアよ。
「そうだな、浩太郎は学生気分が足りない。もっと学生らしくはっちゃけろよ」
「ふふんっ、薫ちゃんは解ってるねぇ~!」
親指を立てて仲間が増えた事を誇らしげにして真夜は俺を見てくる。
君ってほんと学生生活を満喫して楽しそうだな。
その後は先生が教室に入ってきても気づかずに俺へ最近猫買いたいとか、犬もいいけど買うなら狼っぽい犬だとか、どうでもいい話を延々と駄弁り、後ろからゆっくりと先生はやってきて真夜の頭に教科書を振り下ろしてようやく彼女の口は閉じた。
授業中も先生の問いに右手をぴしっと伸ばして回答するその溌剌さ。
午前中の授業は毎回一回は笑い声で賑わっていつもよりも楽しかった。
彼女がいるだけでうちらのクラスは退屈のない楽しい雰囲気に包まれている。
昼休みはいつもの面子に一人加わり、屋上で昼食を頂いているわけだが、その周りには俺を除く三人の美少女を眺める生徒ばかり。
「いやー、ノアは相変わらず人気だねえ!」
「そ、それほどでもっ」
「その謙虚さがまたいい! 頬ずりしちゃう!」
「は、はわっ」
めちゃ頬ずりされてる。
うん、眼福ものだ。
ここに手持ちカメラでもあったら録画していただろう。
「ま、真夜さんも、人気、ですねっ」
「そうかな? あははっ! それなら嬉しいねえ!」
彼女にとってはノアは長い付き合いの友達みたいな接し方だが、ノアにとっては今日初めて会った人なのだから、ギクシャクとした様子は仕方が無い。
「ふふんっ、浩太郎、美少女三人に囲まれてどうよ?」
「幸せすぎてご飯が美味い」
「あははっ! そりゃあ結構!」
背中をばんばん叩いてきやがる。
「結構結構!」
薫、お前も便乗して叩いてくるな! 某音ゲーみたいな連打になって俺の背中が悲鳴を上げてる!
「真夜はほんと眩しいくらいに元気だねえ」
「元気だけがあたしのとりえさ! ねえ浩太郎!」
俺の左手にくるりと右手を絡めて、なにやら柔らかいものが当たる感触。
本人は素でやっているようだが、こちとら頬が火照ってくる。
気のせいか、腕を絡められた時、ノアの眉間がぴくりと動いた気がした。
「真夜って浩太郎の幼馴染、なんだっけ?」
「そうだよ、幼稚園の頃から一緒さ!」
探りを入れているのかな、薫は一瞬俺を見てその質問を始めた。
ノアの眉間がまたぴくりと動いた、気のせいではないらしい。
「ふーん、そうなんだ」
「昔っからあたしらはラブラブよぅ!」
「ラ、ラブラブ!?」
「子供の頃、約束したよね、将来あたしをお嫁さんにするって」
「いや、お、憶えてない!」
「えー!? 嘘ー!?」
なるほど、幼馴染の中でも彼女は好意を抱いているパターンね。
それよりボディタッチが多いな。
俺の頬を突いたり、何かと話すたびに体のどこかを触ってくる。
俺と話をする時はいつもこう――という無意識さが感じられるな。
ノアの表情はどこか苦笑いにも見えるが、いや、うん、まさかなっ。
「じゃあ、もう一回約束!」
小指を立ててくる、ここは俺も小指を交差しあって指きりげんまんでもすればいいのかな。
さっきからノアがじっと妙な笑顔を浮かべて固まっているのが気になるのだが。
こいつにはどうやって接すればいいんだか、それが解らないから戸惑うな……。
ここは俺もノリノリで指きりやるのがいいの? それとも、そんなのやるかと黙って弁当食べるのがいいの?
……そうだっ。
「あっ、俺ちょっと用事があるんだった!」
誤魔化そう!
「用事? 用事って何さぁ! あたしとの約束より大事な用なの!?」
「そう!」
「なんてこったい!」
頭を抱えて俺を見てくるなよ、やりづらいじゃない。
「じゃ! また後で!」
すぐに俺は屋上を出るとした。




