その73.そう! 幼馴染の真夜ちゃんだよ!
最近は誰かに振り回されっぱなしだ。
振り回されすぎて異世界まで行っちまったんだからよ、笑えるぜ、いや、笑えないな、ああ、笑えなかった。
ここ数日、蔵曾の奴はぱったりと姿を見せず、豊中さんに聞くと、あいつはアパートでせっせと物語をちゃんと書いているとか。
うんうん、そろそろ俺を観察して振り回すより書いたほうがいいってもんよ。
インスピレーションをこれでもかと言うほどに刺激された日々だと、俺でも思い返してそう思わざるを得ないからな。
蔵曾の趣味を練りに練りこまれた物語となって、話が滅茶苦茶にならないかという不安はあるが、杞憂であってほしいものだ。
物語を作る、書く、それは俺には経験が無いから口出しも何も出来ないが、これはないだろ! とか文句は言えるからとりあえず読んで冷や汗垂らすほどの出来栄えだったらボロクソに罵る準備はしておくとする。
あれから、立ち位置に関してもこれといった変化は無く、たまに鬼全に追いかけられるくらいで平和な日常だ。
世の中にはもっとやばい存在がいるらしいが、極力知らない存在は知らないままにしておいて、命の危機に関わるような存在をもし知ってしまったら俺の世界観には必要ないと強く否定する、これで俺の生活は安心――っぽい?
立ち位置ってやつは本当に面倒でしかないなあ。
この世界がどうなるかは俺次第という責任感、立ち位置を誰かに押し付けて逃げ出したいもんだ。
今日も無事に過ごしていられますように――俺の願いは神様(あの阿呆)には届かないだろうが空を仰いで心の中で呟いた。
神様に祈ったってさ、ラノベ書きたいがために俺の青春を滅茶苦茶にするような神様だからなあ。
いい天気だ、手を振って見送る母さんに思わず俺は笑顔で振り返って、珍しく行ってきますと言って家を出た。
いつもよりも嬉しそうな母さんの顔、たまにはちゃんと母さんの顔を見て言うのもいいかも。
家から出て数分、毎回俺は待ち合わせ場所まで向かう道中は警戒する。
だってさ、朝に何かしら巻き込まれる率が高いんだよね。
今日のところは鬼全はやってこないようなので安心だ。
ゆっくりゆったりまったりと待ち合わせ場所まで向かえるのは最高だ。
深呼吸でもしちゃおうかな? うん、しちゃおう。
七月手前の季節は空気も丁度良い温もりがあって過ごしやすいな。
おっと気が緩んでいたぜ、まだ警戒は解いちゃいけねえ。
曲がり角なんか要注意だ、今の俺の人生なら何が起きてもおかしくはない。
それも角を曲がったら女の子とぶつかるという出会いイベントではなく、角を曲がったら敵をぶつかり合うという戦闘イベントが待ち構えているかもしれないんだからな。
蔵曾でも近くにいてくれたら少しは気楽になるんだが、いないのは仕方が無い。あいつに頼りすぎるのも駄目だよな。
待ち合わせ場所まであと数分。
歩いていると、
「……ん?」
道端に何か落ちている。
紙……うん、まあそうなんだが、大きさから原稿用紙のようだ。
拾ってくださいと言わんばかりに、それもご丁寧に俺の進行先に置かれている。
風が吹いても微動だにしないそれは、妙な雰囲気を醸し出していた。
……朝からまた面倒事に巻き込まれる気がしてならない。
待て待て、たかが原稿用紙だ。
これが俺に大きな害を成すとは到底思えない、拾うだけなら問題なかろう。
誰かが原稿用紙を外に持ち出していて、風に一枚飛ばされただけとも考えられる。
うん、そうさ、そうに違いないさ。
道端に放置しておくのも環境的にほうっておけない、拾うとしよう。
「何だ……? あ、痛っ!」
くそっ、地面に何か破片が落ちてやがったっ。
……朝からついてない。
原稿用紙は白紙かと思ったが、何行か文章が書かれていた。
……文脈から、小説っぽいが。
歩きながら、読むとしよう。
もしかしたら今度売り出す本の原稿かもしれない、それならば貴重だぜこれはっ。
浩太郎はいつものように学校へと向かっていた。
今日も彼女はやってくる、後ろから聞こえる活気溢れる声、振り返ると幼馴染――木崎真夜が手を振って駆けていた。
浩太郎と肩を並べ、笑顔を浮かべる真夜。
挨拶を交わし、朝から快活な彼女にはまだ体に取り巻いている倦怠感すら雲散された浩太郎だった。
「ほら、行こっ?」
見蕩れていた。
彼女の言葉で我に返り、浩太郎は足を進める。
短い茶髪、つぶらな瞳、整った顔立ち。
ほのかに花の香りが鼻腔をくすぐり、隣を歩くは美少女という三文字が似合う幼馴染。
理想の幼馴染と一緒に登校、これは男子ならば誰もが一度は夢見るものではないか。
今まさに、自分がそうである――優越感すら湧いてくる。
「どうしたのよもうー。口元にやついてるぞぅ?」
「えっ? いや、なんでもないよっ?」
「本当にぃ?」
女子の上目遣い、これは凶器と言ってもいいだろう。
浩太郎の心臓の鼓動は脈動し、頬が熱を帯びているのを感じた。
「なんでもないって!」
「怪しいなあ……」
可愛いすぎるのは、反則だぜ……。
浩太郎は知っていた、真夜は学校でもかなりモテるほうであり、高校生活が始まってまだ二ヶ月、その間に彼女へ告白した男子生徒は数十にも及んでいた。
不思議なのは、それだけ告白されているのに、誰とも未だに付き合っていない事だった。
誰か相性がよさそうな人とめぐり合って、そのうちこいつも高校生活を満喫するに違いないと予想していた浩太郎だったが、予想が未だに的中せず――しかしだからこそ少し嬉しかった。
少なくとも現状が維持されれば彼女と登下校を共に出来るのだから。
運動神経もいいが、部活もやらずにいてくれているのも浩太郎は嬉しかった。
「あのさ、部活はどこか入らないの?」
「部活? うーん、どうしよう……」
「真夜は運動神経いいからさあ、どこか検討はしてないの?」
期待する返答を待つ。
「今は、いいかな?」
心の中で浩太郎は、握りこぶしを作ったのだった。
「……えーっと」
頬を書いて、原稿を読み終えた。
何だこれ。
俺の名前が載っている。
幼馴染の真夜って誰だ? 俺の幼馴染はノアだ。
……これは誰かが書いた小説、かな?
たまたま名前が俺と同じってだけで、誤って原稿を落としたのかもしれない。
裏を見ても名前の記載は無く、タイトルすらないが読んでみて思ったのは、真夜の外見の描写があったからこれは序盤のものだな。
書き手にとっては序盤の原稿は大事だ、落とした主を探して届けてやらなくちゃな。
……俺と同じ名前の主人公とは、ちょっと親近感湧くじゃないか。
「うぉーい」
「ん……?」
後方から、女性の声。
朝は人気の少ないこの住宅街、静謐さえ感じられる場所だが朝からこうも元気溢れる声を聞くのは初めてだ。
陽気さが乗った若々しい声は誰か学校のクラスメイトでも見かけて追いかけようとしているのかな?
にしては周りには学生は誰もいないな。
「うぉーい!」
声はすぐ後ろまで近づいてきている。
一体誰を求めているのやら、少なくとも俺ではないな。
「浩太郎ってばぁ!」
「えっ?」
思わず振り返った。
呼ばれた、俺の名前を。
「無視するなよぉ!」
少女は、肩を上下させて俺を見ていた。
……俺を、だよな。
名前も言ってたから、多分俺だ。
「あの、ど、どちらさま……?」
「えっ!? ひ、酷くない!? 折角浩太郎見かけて追いかけたってのに! 幼馴染のあたしを忘れたとは言わせないんだから!」
「お、幼馴染……?」
「そう! 幼馴染の真夜ちゃんだよ!」
ちょっと待って……?
「真夜……?」
「この美少女、木崎真夜を忘れたと申すか!」
つっこみのつもりなのか、手の平で軽く胸を叩いてきた。
こいつ……本気で言ってる?
一体何者なんだ? 俺の幼馴染候補にでも名乗り出たいのか?
「ほら、行こっ?」
その台詞……。
はっとして俺は原稿を見た。
載っている、経緯は違うが『ほら、行こっ?』という台詞が確かにある。
まさか、この原稿……。
歩き出す真夜という少女はまるで俺とこうして毎日一緒に登校していたのが当然かのような素振りだった。
一体彼女は何者なんだ……?
それにこの原稿も、何なんだ……?
まさか、俺の立ち位置を狙った敵の攻撃?
彼女も敵……? いや、しかし攻撃してくる様子は感じられない。
それどころか俺と一緒に肩を並べて登校する、その事にこの子は笑顔で嬉しそうにしてるじゃあないか。
益々解らん、この子が何者で、この原稿が何なのか――お手上げ状態の心情に、俺は苦笑いを浮かべた。
「どうしたのよもうー。口元にやついてるぞぅ」
するとどうだ、少しでも口元をゆがめればそれがイベント発生条件かのように、彼女はそう言ったのだ。
原稿と同じ台詞を、な。
原稿にはなんて書いてあったかな、今は彼女の観察に集中したいから堂々と原稿は読めない。
記憶をよみがえらせて、俺は一文を口に出した。
「えっ? いや、なんでもないよっ?」
そう、これだ。
次にこいつが言う台詞は、
『「本当にぃ?」』
脳内の一文と一致した。
上目遣いで見てくる真夜……原稿通りに進んでいる。
「なんでもないって!」
本当に原稿通りになるのか……?
好奇心に押されたのもある、自然と出たのは原稿の台詞。
「怪しいなあ……」
台本を見て目の前で演技をしているかのようだ。
別にこのまま原稿通りに進む必要など無いが、検証のためだ、この原稿に載ってる文はやってみるとしよう。
「あのさ、部活はどこか入らないの?」
ポケットに突っ込んだくしゃくしゃの原稿、ちらちらと見て確認しながら俺は話してみた。
「部活? うーん、どうしよう……」
まったく同じ台詞だ、不思議とか驚愕とか通り越して笑みがこぼれてしまいそうになる。
「真夜は運動神経いいからさあ、どこか検討はしてないの?」
原稿とは状況が違うが、俺は″期待する返答を待つ″とした。
「今は、いいかな?」
原稿はここで終わっている、この後はどうなるか解らない。
この原稿、まさかとは思うが蔵曾が用意したものか?
……いや、こんな早くに文章にして、しかも道端に落とすわけは無いか。
けれど原稿の通りに現実も進行する、非現実的な事を行える奴といったら蔵曾しか思い当たらない。
学校を終えたら蔵曾のアパートに駆け込む、今日の予定は決まった。
それよりこいつ、どうする?
原稿はおそらく現実に何かしら関わるものが書かれていたけど、今のやりとり以降は書かれていない。
完全に今後はアドリブでもしろってか?
「はぁ~、良い天気だねえ」
真夜はため息混じりに呟いて、空を仰いだ。
アドリブスタートと、俺の中にてナレーション。
「そうだな」
女性との会話には疎い。
おかげで単発で単純で、退屈な返答しか出来なかった。
「浩太郎は曇りとか好きそう!」
「……晴れが好きだ」
「晴れ? ならその無表情も晴れ晴れとしなきゃ!」
「あ痛っ!」
背中を思い切り叩かれた。
こいつは元気溌剌な性格らしい、俺は普段は誰かに合わせるような性格だ。自分からはべらべらと喋らない性質だから助かるといえば助かるが、合わせるのも大変だ。
ノアは大人しいからな、あいつとはすごしていて気が楽になるね。
俺の人生でヒロインを挙げるならやっぱりノアだぜ。
……蔵曾?
あいつはあれだよ、マスコットキャラ的な存在だ。
「もうどうしたのよ今日は! いつもならやっぱり晴れだろおい! って勢い溢れう浩太郎でしょうに!」
彼女にとって、俺はそういう奴と認識されているようだ。
これはこれでやりづらいな……。
まだ解らない事ばかりだが、本来こういう状況に投げ出されたら人間ってのは混乱してしまうが、俺にはそれなりに適応力がある。
今まで非現実的な場面はいくつも遭遇した。
だから、いきなり未来が書かれたかのような不思議な原稿を拾ったり、新たな幼馴染が現れたりしても落ち着く時間さえ貰えれば適応できる。
そう、落ち着け。
落ち着くんだ。
落ち着いて状況判断をだな――
「ほら、足が止まってるぞ!」
彼女は俺の腕に腕を絡めて、引っ張っていった。
「落ち着けるかぁ!」
「ど、どうしたん!?」
叫ぶしかなかった。
ノアとは正反対で、しかも積極的、俺の心臓は果たして耐えられるのか? それくらいに今はまるで忙しい社会人のように鼓動が激しく脈動していた。
新たな章の始まりでございます




