その68.あっちの世界から来た、ラノベ作家志望
「あっ……!」
歩いて数十分といった当たりか、オウルエイスさんは何かを感じ取った。
「魔力が……得られます」
「エルフの領土に入った、近い」
山のほうに近づいているな、さっきから坂を上がってばっかりだ。
……この先にはアルヴさんがいる。
彼女の顔を思い浮かべるたびに俺の心臓の鼓動は脈動してしまっている。
――臆してる?
そうかもしれない。
「使いらしく」
「使いらしくって言われてもな」
「堂々としていればいい」
「ならそれらしいものを持ってればいいんじゃね? 書類とか」
「採用」
すると蔵曾は青い光を放って右手に巻いた紙を生み出した。紐で結ばれて、物語でよく見るものだ。
例えを出そう。
伝令です! と一人の兵士が走って来た時に持ってるやつさ。
オウルエイスさんは蔵曾が力を発揮するたびに口をぽっかりと開けてしまっている。
仙人ってすごい――そう、言いたげ。
どうするよ仙人さん、あんたらのハードルどんどん高くなってるぞ?
「領土を支配したならば巡回する兵士とそろそろ接触すると思われます」
「そこは私に任せて」
「わ、解りました……」
オウルエイスさんは唾を飲み、胸に手を当てた。
彼女なりの、緊張のほぐし方であろうか。
歩数を刻み、地面を見て思ったのは次第に馬の足跡が増えてきた事だ。
何者かが通った跡――これはかなりの接近を感じさせる。
と、思った途端。
「止まれ」
森の奥から現れたのはエルフ達、その面持ちは今すぐにでも襲い掛かりそうな、敵意と緊張感を浮かべていた。
「何者か」
「人獣族の使い、エルフの長にワルバ様から預かったお言葉、お伝えしに参った」
いいね、人獣の使いっぽくなってるぜ蔵曾。
二人が話し合い、三人目は警戒、三人ともオウルエイスさんには気づいていない。
奥では魔法を発動しているのか、女性エルフの両手が光っていた。
その女性エルフに、兵士は視線を投げると彼女は小さく頷く。
「よし、通れ」
無害と判断されたようで、内心ほっとため息をついた。
すんなりと通してくれたのは領土によって優位な立場になっているからかな。
案内されるも兵士達複数人に前後左右囲まれての移動はどうしても心臓の鼓動はゆるやかになどならず、冷や汗が頬を伝っていた。
どれだけ歩いたか、呼吸が速くなって間も無くの時に兵士達は足を止めた。
周囲には誰もいない、アルヴさんの姿も無いが、何故にここで兵士達は足を止めた?
「待っていろ」
すると、一人が詠唱を始め、両手を目の前へ翳すと、まるでビニールをライターであぶったかのように空間が歪んだ。
広がるその歪み、何も無い空間はその歪みの中心から別の光景へと移り変わった。
森であるのは変わりはないが、人影と光がいくつか見える。
歪みが広がっていき、薄れていくと目の前には巨大なテントの下、豪華な椅子に座るアルヴさんが薄っすらと笑みを浮かべて現れた。
「随分と使いをよこすのが早いわね、私はてっきり使いすらよこさずフェルアルビオネへ攻め込んでくるものだと思っていたわ」
そうするつもりだろうが、今は時間稼ぎをしてもらっているから、それはまだ先だ。
近い未来かも、しれないが。
「もし攻め込むのなら、領土を得た森で待ち伏せして迎撃?」
「そうよ。貴方、人獣族にしては至って冷静ね。血の気の多い種族でも貴方のような子がいるのね」
「多分」
「多分? ふふっ、面白い子」
互いに不敵な笑み。
「街にはオウルエイスがいるけど」
「あの子がどうかしたかしら? 人質になんて言わないでしょうね。人質に取られても私は別に構わないわ」
ぎゅっと、オウルエイスさんの右手に力が込められた。
「怯えて従うあの子はそそるものがあったけど、仕方ないわね。生きて街を出てきたら儲けものね。優秀だったけど、代わりはいくらでもいる」
お隣にいますよ。
「戻ってこれても裏切りの可能性を考えてすんなりとは国に入らせないけどね」
「それが貴方のやり方?」
「そうよ、何か文句でもある?」
オウルエイスさんが気がかりだ。
内心はどうなっているのか、今すぐにでもこの場から離れさせたい。
「あの子の話は別にいいでしょう? 人獣族はどうするのか、聞きたいのだけれど」
右手を上げて人差し指で誰かを招くと、奥にいた執事っぽい服装をした人物が飲み物を持ってきた。
グラスの形と、中身から赤ワインを彷彿とさせる。
鼻の下でそれを踊らせ、一口運んで余裕そうに俺達の言葉を待っていた。
「そちらの要求は一切呑まない」
「……正気? 街の領土は我々が奪ったのよ? その気になれば周辺全部奪うのに?」
「貴方のやり方は稚拙、サンヴァルギへの兵士を集めるどころか貴方達の敵を増やしているだけ」
「力でねじ伏せればいいだけの話よ、ふふっ、私は力を得たの、人獣族の貴方達をねじ伏せられる力をね」
「愚王という呼び方がよく似合う」
「私を怒らせるのが使いの使命なのかしら? ならばあちらには貴方達の首を渡して返事を待つとするわ」
兵士達が動く、確かな殺意を抱いて。
俺は全身が凍りつく感覚を覚えて、足腰が震えた。
情けない、どうしていいのか解らずに、戸惑うしかなかった。
「待ってくださいっ!」
陥った状況の中、オウルエイスさんは前に出て、兵士達を止めに入った。
その勇気、俺にも分けて欲しいぜ……。
「蔵曾様、姿を元に戻してくれませんか?」
蔵曾は静かに頷き、オウルエイスさんに手をかざすと、彼女は元の姿に戻った。
「……オ、オウルエイス? それに、浩太郎様も……」
「はい、アルヴ様へ近づくために姿を変えてもらいました」
気がつけば俺も蔵曾も元の姿に戻っていた。
彼女が正体をばらした、ならば自分達も正体を隠す必要は無いって事か。
「……魔法は感知しなかったのに、どうやったの?」
「それは、彼女の力によるものです。魔法ではございません」
皆が蔵曾を見た。
俺ってば完全にモブだね、さっきから何一つとして役に立ってない。
蔵曾、これでも俺を物語の主人公のモデルとして参考にするかね?
「その子は、何者?」
「あっちの世界から来た、ラノベ作家志望」
さすがに仙人とは言わないか。
「ラノ……? なんですって?」
「ラノベ」
通じるわけねえだろ。
「は? 何それ」
ですよね。
「素晴らしいもの」
それは同意しよう。
「そして、変わった力が使える」
作家志望がそんな力を使えるわけじゃないからね?
誤解を招く発言は控えてね?
「オウルエイス、貴方が手引きを?」
「いいえ、私の力を借りずともあちらの世界から来れる方がおられるのです」
「……ふうん、そう」
アルヴさんは訝しげに蔵曾を見るも、ふっと――小さな笑みを放ち、静かに口を開いた。
「いいわ、疑問は多いけれど、皆さん揃って私に何を求めてるのかしら? オウルエイス、貴方は私に恨みの言葉でも述べるつもり? 浩太郎様は利用された事について? 貴方は――名前は何だったかしら?」
「蔵曾、箕狩野蔵曾」
「ぞーそ様、ね」
「伸ばさない、ぞうそ」
「はいはい解りました。それで、貴方はお二方の待遇に不満でも申しにきたのです?」
それに対し、オウルエイスさんは首を横に振った。
「違います、私はアルヴ様に今一度、エルフの国の在り方を考えてほしいのです……! 貴方が国を純粋に想っていたあの頃を、思い出して」
「純粋に? ふふっ、純粋など物心がついた時に私が最初に大地へ吐いた唾と共に捨てたわ」
「そ、そんな……。け、けれども!」
「けれども、何も、でもも、しかしも、だけども、そんなものは紡ぐ必要は無い」
そこへ、蔵曾が俺へ耳元で囁いた。
「典型的な、悪役?」
今そんな話をする余裕は無いが、
「まあそんなとこ」
「あの人、噛ませ犬?」
「お前にとっては誰もが噛ませ犬になる」
「そう、良かった」
何が良かったなの?
「浩太郎がこの先を予測するなら、どんな感じ?」
二人はまだ互いに言葉を交わしている、最後のぶつかり合いまでは少し猶予があるかな?
それまでこいつと話をしていよう。
状況が状況なだけに、俺の心臓は動きすぎて疲弊すら感じるがね。
「言い争った挙句、相手から逆上して兵士を使って襲い掛かる、かな?」
「しかし主人公はその状況を打破?」
「大抵はそうだが、俺は無理だぞ?」
「頑張って」
「……いや、無理」
俺の右腕はお前から借りた力で強力な武器となるけどさ、多人数を前にどう立ち回るかなんて経験がないから解らないんだよ。
そうしているうちに二人の言い争いは激化していった。
「もういい! 貴方の理想に付き合うのは真っ平なのですよオウルエイス! この世界には支配者が必要です! 我々エルフが先頭に立つべきなのです!」
「エルフではなく、貴方でしょう!? 私達はその捨て駒でしかないじゃないですか!」
「捨て駒ではありません、礎です。ただし貴方は礎ではなく反逆者として葬られますが」
アルヴさんは左手を上げると、兵士達はそれぞれ手に持つ武器を取って構えた。
何人かはオウルエイスさんにその刃を向けるのを躊躇する感情が働くも、命令には従うしかないと、半数が唇を噛んで決意していた。
その決意とは、オウルエイスさんを殺す決意、俺達を殺す決意、アルヴさんに従う決意だ。
「オウルエイス」
蔵曾は、彼女の肩に手を置いて、呟いた。
「確かに、これは腐っている」
「蔵曾、様……」
「けどまだ、間に合う」
蔵曾はアルヴさんへ距離を詰めた。
「おや、三人で我々に立ち向かおうとするのです?」
アルヴさんは兵士にのみ任せるのではなく、自身もこの戦闘に――彼女にとっては制裁でしかないであろうが加わるようだ。
「妙な力を所有していても、数には叶わないでしょう? 貴方達の国ではこういうのを、多勢に無勢、でしたか?」
言下に高笑いし、上げた左手を下ろした。
同時に、兵士達は四方から襲い掛かる。
俺は右手を見て、蔵曾から借りた力が発動しているのに気づいて拳を振るおうとするも、やはりどうしても四方からの攻撃はどのような対処をしたらいいのか解らない――一言で状況を説明すると、絶体絶命。
そのどうしようもない漢字四文字を覆すのは、ただ一人しかいない。
パンッ。
軽い音。
同時に、周囲は青い光が包まれた。
四方から襲い掛かったのは弓矢が両手で数え切れないほどと、剣を持った兵士が七人、一人は隊長? ごつい鎧を纏って大きな斧を持っている。
他には魔法を詠唱しているエルフもいたな、ちなみに美人。
……それはいいとして。
赤ずきん戦と同じ光景が広がっていた。
振り下ろされる武器も、木の葉も、巻き上がる土も、エルフによる赤い光線のような魔法も、全てが停止。
「…………は?」
俺は一度見た光景なので驚きはしないが、初見さんには衝撃的な光景であろう。
こちらの世界には魔法があるとはいえ、このような、手を叩くだけで皆の動きが止まるデタラメなものは無いようだからね。
蔵曾はゆっくりと両手を広げて、
パンッ――
再び両手を重ねると兵士達は皆吹き飛んだ。
ここまでテンプレ。
チート乙。




