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その66.はいここに見えない壁できました

 構造神……?


 えっと。

 お前は創造神、だよな?

 構造神って何?

 親戚かなんか?

「アルカンディウス大陸の神、私と数千年喧嘩してた。立ち位置について詳しく知っているのは私と構造神だけ」

「……いきなりぶっ飛んだ説明されても困る」

「説明を求められたから発言した」

 うん、そうだけど。

 神様までも絡んでいるとなると、冷や汗をかかざるを得ない。

 構造神ってのを出したらまた話は複雑になる、少なくともここではその名は出さないようにしないとな。

「それで、このまま指をくわえてどうなるか見てるだけにするのか?」

「反乱が起きるのは時間の問題、それに対して力による制圧をエルフ側は必ずする、そうなったら終わり」

 街は既に怒気で溢れている、昨日は街を少し歩くだけですぐに見つけられたエルフ達はオウルエイスさんを除いてどこにもいない。

 人間達は人獣達を影で怯えて見ており、昨日までのユフェリアはもう見る影も無かった。

「相手は好きな場所の領土を支配できる、街の近くにいるかも」

「皆の話では兵団を構成してワルバ様はすぐにでも動くそうだ」

「し、しかし、もし争いになったら……」

「人獣族、勝ち目無い」

「だがワルバ様は止めない」

 街を見ていると、兵士が徐々に増えてきていた。

 人獣さんの言っていたこれから兵団となる兵士かもしれない。

「力による支配がされれば、サンヴァルギでは囮か捨て駒にされる」

「だろうな」

「蔵曾……どうにかできないのか?」

 オウルエイスさんはもう黙りこくってしまっていた。

 こうなったのは彼女が原因だ、それは誰も否定できない。

 彼女自身もそうだ、その事実を受け止めて今は罪悪感に打ち拉がれているのかもしれない。

「どうにかするにしても、人獣族を止めつつエルフ族を何とかする、それは私が分身でもしなければならない」

「じゃあ分身しろ」

「無茶な」

 神様に無茶とかあるの?

「オウルエイス、貴方はどうしたい?」

 彼女は蔵曾の問いに顔を上げて、すぐにまた視線を落とした。

「わ、私は……」

「エルフはボルアニス大陸の種族を力で支配していき、サンヴァルギと戦争を起こし、アルカンディウス大陸へ進出、世界はエルフの恐怖政治に包まれる未来を望んでる?」

「決して、そのような未来は望んでいません……!」

「しかしこうして、何もしないでいるのは、その未来を望んでいるのと同じ」

「……私には何も出来ません、未来を変える力もないのです。無力はいつだって、選択肢はないのですから」

 蔵曾は小さく肩をすくめてやれやれと言いたげな様子。

「蔵曾様、どうしたいと聞きましたが、私の返答は、もう何一つとしてやりたくない、です」

 やっと顔を上げた彼女の瞳には涙が浮かんでいた。

「エルフの国は腐っています、どうしたって、何も出来ません、この国はもう変わる事などありません」

「誰かが変えようとは、思わないの?」

「もうどうでもいいです、敵地で取り残されて、何が出来ると言うんです」

 さっきから何か言わなくては、彼女に優しい言葉の一つでもかけなくてはとか、考えているが言葉が見つからない。

「止めたいとは、思わない?」

「止められません」

「その考えが、無力を引き起こしてる」

「そう考えなくても、無力は無力です。私一人で何ができるというんですか!」

 蔵曾を睨み付けて、今にでも立ち上がって突っかかりそうな勢いだ。

 人獣さんが軽く組んだ腕を解き、警戒を見せていた。

 もし蔵曾に飛びつけば、きっと人獣さんによって地に頭をこすり付ける結果になるであろう。

「呆れた。浩太郎、帰ろう」

 蔵曾は深いため息をついて、踵を返して俺に言う。

「……帰ろうって言ったって、いいのかよこのままで」

「いい、オウルエイス曰く、もう手遅れなら手は貸さない」

 蔵曾の奴、怒っちゃったのかな。

 俺としては、何か力になれる事が一つでもあるなら手を貸したい。

 加えて、もしもこの問題を解決できる奴がいるとしたらきっとそれは――蔵曾だ。

 俺にはこの世界の知識が浅すぎる、蔵曾はきっとこの世界も深く知っているであろう。

 神様なのだから、当然知っているはずだ。

 解決するための知識も、解決するための力も持っている。

 それなのに、ここでもとの世界に戻るだって?

 それは見捨てるって事だろ?

 彼女を見捨てるって事は……エルフという種族を見捨てるって事だ。

 いいの?

 いいのか?

 いいのかよ!

 俺は蔵曾に返答が出来ず、長い沈黙が続いた。

「浩太郎」

 蔵曾は沈黙を静かに、俺の名で解くも、俺は、頭の中でどうすればいいか、何が一番いい道なのかと巡らせていた。

 少なくとも直ぐにでも戻りたかったあっちの世界には、今のところ戻りたくはない。

 オウルエイスさんを見捨てて戻るのは、後味が悪すぎる。

「……蔵曾、手を貸してくれよ」

「嫌。もう見捨てる」

「そう言わずにさ」

「手を貸してもエルフは不貞腐れて身を滅ぼすに決まってる」

 エルフはっていうか、オウルエイスさんに向けた悪口だぞそれは。

「俺は今は戻りたくない」

「なら強引にでも連れて帰る」

「おいおい勘弁しろよ……」

 雰囲気から、蔵曾はもう完全に帰るつもりなのが解る。

 こみ上げているのは怒り、それすらも見ただけで把握できた。

 ……どうにか、蔵曾にはエルフを助けてもらいたい。

 けど、どうやって……?

 ……。


 あっ。


 これでいこうっ。

「蔵曾」

「何?」

「罰ゲーム、憶えてるよな」

「……罰、ゲーム?」

 覚えているだろうか。

「俺は言ったよな″何が何でも罰ゲームに従えよ?″って」

「た、ただの、ゲーム……」

「ほほう……? お前さあ、そんなに信用できん奴だったんだな」

 反論でもしたいのか、俺に駆け寄って何か言いたげに両手は拳を作っていたが、俺は蔵曾を終始睨みつけた。

「……もうお前は信じねえ。はいここに見えない壁できました、もう知りません」

「いや、待って」

「早く帰りましょうよ蔵曾さん、そうしたいんでしょう?」

「敬語止めて」

「すみません蔵曾さん」

「だから敬語止めて」

 視線も合わせず、氷点下並みの冷たい態度を取った。

 蔵曾の慌てっぷりが手の振り方でよく解る。

 俺の袖を掴んでくるも振り放し、蔵曾が再び掴もうものなら手の甲を叩いた。

「……こ、浩太郎っ」

「どうしましたか、約束も守らず簡単に見捨てる冷血女さん」

「……くっ」

 ボディブローのように効いている。

 そろそろいいか。


「それによ、お前、そんな奴なの?」


「……何?」

「誰かが手を差し伸べても、無視するような奴かよお前は」

「……」

 蔵曾は言葉を返さなかった。

「少なくとも俺は、そういう奴は身近にいないと思ってるんだが」

「私は……」

「落ち着いてさ、考え直してくれよ。別に罰ゲームだからってんじゃない。これは俺個人としてのお願いだ」

 蔵曾の頭に手を置いた。

 わがままを貫く子供を説得するかのように。

「……浩、太郎」

「俺の知ってる神様は、いい奴だぜ? そりゃあまだ会って一年も、半年も、一つの季節も経ってないけど、いい奴なんだよ」


「…………解った」


 うつむいて、猫耳付きフードを指で引っ張って蔵曾は表情を覗かれないようにしていた。

 覗いてみたいもんだ、どんな顔をしているのかさ。

 次に、再びオウルエイスさんへと振り返って彼女は歩み寄った。

「お願いされた」

「お、お願いされたからといいましても……私は」

 僅かな沈黙。

 蔵曾は、ため息をつくがそれは呆れたというため息ではない気がする。

「貴方は、助けを求めるくらいは、出来る」

 蔵曾は彼女へ顔を近づけた。

「一言、言えばいい」

 オウルエイスさんの双眸は涙が溜まっていた。

「貴方の、お願い、聞く」

「わ、私は……」

 声が震えてきた。

 湧き出てくる感情は既に、留められないのであろう。


「貴方が素直になるのなら、私も素直になる。だから、言って」


 互いに、交差させた視線は数十秒ほど続いた。

 オウルエイスさん、言ってくれ。

 言うんだ。

 それが、エルフを救う道だ。

 多分とか、だろうと、かもしれないとか、そんな言葉は決して付かない。

 蔵曾に助けを求める、それはエルフを救う道

 彼女は、溜めた涙を零して、言う。


「助けて、ください……。私をではなく、エルフの国を……」


「助けよう、どちらも」

 ……蔵曾。

 この世界だと俺よりお前のほうが主人公っぽくてさあ、俺……脇役と化してね?

 今お前は滅茶苦茶かっこいいぞ、異世界を題材とした物語の主人公顔負けだぜ。

 俺はかっこいい場面も何も無い、今日なんか話に入れずちょくちょく街を見渡しているだけだ。


「浩太郎、ありがとう」


「……俺、別に何もしてねえよ」


「それでも、ありがとう」

 これから何らかの手を打つが、俺の活躍の場面はある?

 台本には脇役:浩太郎とか書いてない? 大丈夫?

「だがどうする? 人獣族はもう動くぞ?」

「元騎馬隊隊長、エルゥゴ・バパリアエなら、時間稼ぎくらいはできるのでは?」

 元、なんだって?

 蔵曾は人獣さん――エルゥゴさんを見て、不敵な笑みを浮かべた。

「元であって、今は影響力などない」

「慕われている」

「そうだと嬉しいが」

 エルゥゴさんは踵を返した。

「……何とか、してみせるんだな?」

「勿論、私と浩太郎で解決する」

「俺もっ!?」

「そう」

 そう、じゃねぇよおいっ。

「無理だと思うが説得はしてみよう」

「一日行動をずらすだけでもいい」

「期待はするなよ」

 エルゥゴさんはバルコニーから立ち去った。

 思い返すと今まで何度か通りかかった兵士達が彼に会釈をして通っていた場面を見たな。

 ちょっと有名だったりする人なのかなと思ってたけど、隊長を務めていた人となると相当地位の高い人物だったようだ。

 元がついても未だに兵士達に慕われ敬われているとなると頼りがいがある。

「私達も行く」

「行くってどこに?」

「エルフの長に会いに」

 俺からの提案なんだがな、このままもとの世界に戻らない?

 ……駄目? 駄目だよね、ごめんなさい。

「あ、会ってどうなさるのです?」

「無力化する」

「できるわけありません!」

「問題ない」

 自信満々に胸を張る蔵曾。

「む、無理ですよ! 長様は魔法に長けております、敵うわけないですよ……」

「今までの、私の戦いを思い出しても、そう言える?」

 最もな言葉だ。

 赤ずきん戦で、蔵曾が見せたあの力――

 こちらの世界では魔法は詠唱を行ってから使用するらしいが、蔵曾は詠唱すら必要なく、でたらめな力で相手を一方的にねじ伏せた。

 その光景を思い出して、オウルエイスさんは、

「……で、ですが、ですけど……えっと」

 言葉を見失った。

「万が一私が負けたら、力を持つ反逆者をおびき寄せていたと言えばいい。それで貴方は安全」

「し、しかし蔵曾様はいいんですか!?」

「いい、問題ない」


 あまりの自信ありげな蔵曾に、オウルエイスさんは無言で口をぽっかりと開けるしかなくなった。

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