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その65.構造神

 うーん……。


 外が騒がしい。


 朝から何だ? この街の朝はいつも騒がしいのか?

 体を起こした、大浴場で体の疲れを全て雲散させたからか体が軽い。

「……おい」

 記憶を遡ってみよう。

 昨日はあれから宿へと向かったんだよな、それぞれ個室が用意されて一泊、部屋も広くて最高、窓から流れてくる風も心地いいときた。

 俺は一人でベッドに身を沈めたのを憶えている。

 憶えているとも、ああ、憶えている。


 それなのに、隣には誰かがいた。


 誰かといっても、俺の口調からそれは既に察せられているのだが。

「蔵曾」

「……昨日は、よかった」

「何意味深な事言ってやがるこら」

「おはよう、あなた」

 何も無かっただろ。

 無かったよな?


 ……うん、無い!


 頭に拳骨をくらわせた。

 拳骨かチョップ、パターンは二つ。

 特に意味はないがその日の気分による。

「痛い」

「くだらねえ事してねえで早くどけ」

「わあああ」

 ごろんと横に倒すと蔵曾は転がって床に落ちた。

 意外と痛そうな音。

「……酷い」

「ざまあ」

 起き上がった蔵曾は早速と言わんばかりにフードを深々とかぶった。

 お前さあ、フード絶対取ったほういいから。

「つーか騒がしくね?」

「三十分ほど前から騒がしくて、起きた」

「起きた後は俺のベッドでじっとしてたのか?」

「寝顔見てた」

 蔵曾の頭にまた拳骨をくらわせた。

「痛い」

 部屋を出るとしよう。

 スイートルーム並みのこの豪華で広い室内にまだ居たかったが外が気になる。

 廊下からして既に騒がしく、扉を開けるや人と人獣が誰かに詰め寄っていた。

 事件でもあったのかな……?

 蔵曾と顔を見合わせて、囲まれている人物を覗きに行った。

 只ならぬ雰囲気だ、どの人達も怒りを滲み出している。

「み、皆さん、落ち着いてください」

 震えた声――オウルエイスさんの声だ。

 囲まれているのは彼女らしいな。

 何故に詰め寄られているんだ? 問題でも起きたのか?

「落ち着いていられるか!」

「ふざけるな!」

「これは脅迫だ!」

 彼らの怒声から、何の話をしているのか把握しようとしたが難しい。

「オウルエイスさんを助け出そうっ」

「近づけない」

 人獣達の大きな背中で壁が出来ていて突破は難しいが、助走でもつけて突っ込めばいけるんじゃないか。

「無理やりにでも、やろう」

「やめておけ」

 そこへ後ろからやってきたのは人獣さん(そろそろ名前聞いておかないとな)。

「皆気が立っている、そこへ飛び込むのは荒れた波を更に荒らすだけだ」

「何が起きた?」

「場所を移そう」

 オウルエイスさんが気がかりではあるが俺達はバルコニーへ。

 五階から見る街の景色、本来ならば見慣れないその光景に興味が沸き、大浴場建物から建物へと移動する人々などの生活感をゆったりと眺めていられるはずだったが、今日は違う。

 皆が向かうのは大浴場近くの、掲示板があったあたりだ。

 遠くからでも解る。

 街に住む人々が集まっている、それもものすごい勢いでだ。

「この街の領土が奪われた」

「領土が……? どの種族に?」

「エルフだ、核にエルフ特有の防壁が仕掛けてあった」

「……エルフ、だって?」

 人獣さんは腕を組んで街を見渡した。

「核の管理は?」

「抜かりなくやっていた。この街の核を支配するには城の地下へ行き、兵士が見回りする長い一本道を通って街の真下にある魔力壁と鉄の壁をぶち壊さなければならない。だが侵入された形跡も壁が破壊された形跡もなかったそうだ」

「……そう」

「エルフの防壁は強力だ、我々には突破できないかもしれん」

「じゃあ……核はそのまま支配されたまま?」

 頷き、小さなため息をつくもすぐに口を開いた。

「エルフの長がこの街の領土を支配したと人獣族の統治者、ワルバ・エルグラドに文書を寄越した」

「内容は?」

「サンヴァルギへの戦争参加、全面協力、戦争が激化した場合の拠点移動にはこの街を使う。従えば領土は戦争終了時に返還すると書いていた。その文書を公開した結果がこれだ」

「領土を人質とした脅迫」

 そうだ、と人獣さんは頷いた。

 エルフの長――アルヴさんがこんな行動に出るとは……。

 あの人を思い浮かべて俺は、今あの人はどんな顔をしているのだろうと……曇り気味の空を見上げた。

「ここにオウルエイスが宿泊していると知った奴らが説明を求めてあの騒ぎだ」

「助けたほうがいいんじゃないの……?」

「問題ない、この街はエルフの領土になっている。いざとなれば強力な防衛魔法で身を守れるだろう」

 そっか、領土によって有利になっているんだな。

 今まで他の領土では魔法を使ってなかったけど、エルフの領土なら魔力を気にしないで魔法を使えるから強力な魔法も引き出せる――と。

 領土一つでこんなにも影響が出るのだから、この世界って大変だ。

「領土の核に触れずに領土を奪う、一体どうやってやったのか……」

「方法はある」

「……教えてもらうと、嬉しいが」

「説明は、しづらい」

「しづらい? どうしてだ?」

「理解すべき事、多い」

 それにしても二人の会話に入りづらいな。

 俺が入ったところでこれといった会話の発展に繋がらないから別に構わんのだがね。

「何をだ」


「立ち位置」


「立ち位置? なんだそれは」

 立ち位置が関係してるの? マジで?

「神の力」

「神……ふん、本当かどうかも曖昧な神話は信憑性に欠ける」

 人獣さんは神を信じてはいないようだ。

 俺はばっちり信じてるよ、だって目の前にいるし。

 見た目はチビガキのへんちくりんだけどな。


「この世界の核に対する立ち位置、核に触れずとも足を踏み入れればその土地の核を支配できるものがある」


「……信じられんな」

「確かに存在する力、信じるか信じないかは貴方次第」

 多くの言葉を用いての説明はしなかった。

 証明する方法も無く、言葉による説明しかできないのもあるが、言葉を多用しても意味は無いと悟ったからであろうか。

「にわかには」

「無理も無い、けどオウルエイスに立ち位置を聞けば、面白い反応が見れるはず」

「そうかい、ならあいつをつれてこよう」

 そう言って人獣さんはバルコニーから出て行った。

「……蔵曾、そんな立ち位置もあるの?」

「ある。エルフの長はそれを手に入れた」

 確信で言葉は固められていた。

「最初からおかしかった。浩太郎の持つ力を詳しく知っていて、こちらの世界に招いた時点で、目的は立ち位置」

「でも俺の立ち位置は取らなかったぞ?」

「奪う必要は無かった、奪っても現状を変えられないと解っていたから」

「そんなまさか……」

「もっと強力な立ち位置が欲しかった、浩太郎を観光させて、立ち位置が呼応するかを観察し、周辺を調べつくしていたはず。それと、浩太郎の体にいくつも魔法が仕掛けられていた」

「ま、魔法?」

「会話の盗聴、精神状態の観察、浩太郎の中にある力が少しでも反応すれば感知、周辺の状態変化も魔法による観察、などなど。十数個の魔法、それも上位魔法」

 聞きたくない報告だった。

 自分の体を見てみた、どこにどうやってそんな魔法が?

「さっき全部消した、仕掛けた相手は魔術に長けている。種族の長を務められるくらい」

 種族の長……?

 アルヴ、さん?

「それで立ち位置の明確な場所を把握された」

「何か見つからないように防壁、だっけ? そういうの施してないの?」

 それくらいはしてるだろう?

「立ち位置は私の力で防壁を張っても無意味、私の根本による力は特別、防壁はどう仕掛けても徐々に解けてしまう」

「つまり、警備員もいなくて鍵も掛かってない金庫って事かよ」

「警備員はいる」

 一瞬、間を置いて――

「はず」

「……杜撰な管理すぎる」

「……こちらの世界はこちらの世界の者に任せてるから」

 何その投げやり発言。

 しばらくしてバルコニーへオウルエイスさんが人獣さんに連れられてやってきた。 

 服装や髪の毛が乱れている、相当問い詰められて話す前からくたくたになっているのが見て取れる。

「み、皆様……」

「オウルエイス、正直に話してくれると嬉しい」

「わ、私は……その……」

 バルコニーの椅子に、人獣さんに座らされ、扉の前に彼は立って退路遮断。

「立ち位置、とは?」

 人獣さんが最初に質問した。

「そ、そ、それは……えっと、あのっ」

 見るからにうろたえた。

 椅子から転げ落ちそうになって、彼女は身を支えたが既に自身の反応で皆に証明してしまった。

 立ち位置が関係しています、と。

「……妙な力が存在するんだな」

「いえ、その、なんていいましょうか、えっと……」

「もういい」

 人獣さんは納得。

 あとは腕を組んで話を聞く姿勢となった。

「もう観光の必要は無い」

 蔵曾はいつ持ち出したのか、俺のパンフレットを持っており、そのまま投げ捨てた。

 俺もそれは別に構いはしない、蔵曾の言う通り、観光はもう必要無いのだから。

「そう、ですね……」

「俺はただの探知機みたいなもんだったのか」

「そう」

 蔵曾、お前が言うとちょっと腹立つ。

「申し訳ございません……」

「貴方は長が力を手に入れればどうするか、解っていたはず」

「はい……こうなるであろうと、予測はできておりました」

「お前も我々を戦争に利用しようと考えていたのか?」

 人獣さんの毛が怒りからか、ピンと逆立ち始めていた。

「ち、違います……。長様に反発しても、あの方は考えを変えません、それどころか反逆罪で牢獄に入れられるだけですから……」

「アルヴさんって見た目によらず怖いな……」

「普段は優しい方なのですが、戦争が絡むと豹変しまして……」

「目先の欲が、国の悪影響を及ぼしてる」

「解っております」

 けれど止められない。

 オウルエイスさんは両手をぎゅっと握って、視線はずっと床に落としたままだった。

「このままだと、天精霊族は孤独か、破滅」

「そ、それも、解って、います」

「戦争に勝っても負けても、結果は同じ」

「わ、解っていますよ! でも私にはどうする事も出来ないのです!」

 彼女は声を荒げて訴えた。

「そうしてまで手に入れたい何かがある」

「……はい」

「話せ」

 人獣さんが彼女に顔を近づけて威圧した。

 蔵曾も席を立ち、彼女へと歩み寄る。

 俺?

 俺はそのままの姿勢さ、何もしねえし何か出来たとしてもしようとも思わない。

「アルカンディウス大陸……」

「……アルカンディウス大陸?」

「そう、あそこを、ふうん」

 蔵曾は悟ったようにそう呟いた。

 何が解ったんだ?

「アルカンディウス大陸はまだ、未知?」

「ええ、そう、ですね」

「領土と武力でその大陸を支配下に置き、新たな資源と知識を得たいと。サンヴァルギは特に、武力面で必要?」

「な、何故貴方は、長様の考えがそこまで読めるのです……!?」

 どうやら正解らしい。

 アルヴさんの目的は、そのようだ。

 アルカンディウス大陸――俺はまだ踏み入れていないその大陸はどうやらこちらとは別の、会話と雰囲気から特別なものがあるらしいな。

 戦争を起こして領土を増やして戦力を増幅させて、信頼や信用など失ってもいいくらいの特別なものが――だ。

「こちらの大陸には無いものがたくさんある、欲しがるのも無理は無い。しかし本来ならば知りえないはず。何か、吹き込まれた、貴方が誰かに聞き、そして教えた?」

 何の話かは、読み取れない。

「……はい、この世界を知る人物に会いました。あちらの世界で」

「そう。その人から立ち位置も聞いた?」

「……ええ、その通りです」

「待て待て待て待て! 何の話をしてるんだよっ!?」

 そろそろついていけなくなるぞ!?

「話せば長くなる」

「いいから説明しろ」

「長い、割愛」

「割愛すんな」

 蔵曾の両頬を引っ張った。

「うぐぐっ」

 話すまで引っ張り続けるからな?

「わ、私達の世界に、異世界の知識に長けた人物がいたっ、立ち位置を教え、アルカンディウス大陸についても教えた、その結果、君は異世界に呼ばれたっ」

「……ふうん、で、そいつは何者?」

 オウルエイスさんに問う、蔵曾の頬を引っ張ったまま。

「解りません……名乗ってはくれませんでしたが、その方から浩太郎様が立ち位置を持っている事から、この世界が過去に立ち位置によって多くの変動を見せた事、立ち位置がこの世界のどこかにまだあり、立ち位置同士呼応する事など色々と教えていただきました」

 何者なんだ、そいつは。

 蔵曾を睨むようにして見る。

 蔵曾は、小さく手招きして俺の耳を借りたい様子なので、耳を傾けると――


「構造神」


 とだけ、言った。

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