その60.俺の知ってる赤ずきんと違う。
馬車は停まり、一度俺達は降りるとした。
森を抜けて、目の前に広がるは巨大な河――フェンジャ河、そしてそれを跨ぐ大橋は長い横幅とアーチを描いた石橋だった。
何気に長い。
百? 二百? それだけこの光景を長く楽しめるというもの。
「すげえ!」
どうやって作ったんだろこんな橋。
なあ蔵曾よ、と見てみると蔵曾はいきなり屈んで、石橋をペチペチと叩き始めていた。
「……何してんの?」
「これぞ、石橋を叩いて渡る」
「あ、ふーん」
くだらなすぎてリアクションに困る。
「……悲しい」
「では、行きましょう!」
石橋を渡るのって初めてなんでね、河も眺めたいな。
「この橋は先にある国や街へ向かうための貴重な道として、加えて貿易路としても活用されております」
言われてみれば、膨らんだ布袋や木箱などを載せた馬車が多いな。
あとここからは今まで見なかった種族が多く見られる。
「あれ」
「なんだ?」
指差す先を見てみると、耳や手足に魚のひれのようなものがついている人がいた。
「海種族」
「ほほう」
二足歩行してる……陸地でも動けるんだな。
「あれ」
「次はなんだ?」
背中に黒っぽい羽根の生えた人型、目は赤く手の爪は鋭く、少しだけ見た目は人間離れしていた。
「天竜族」
「へぇ」
天竜族は聞いた時は竜に似てるのかなって思ったけど、イメージとちょっと違った。
引掻かれたらひとたまりも無いね。
「いてっ」
どんっ、と膝に何かがあたった。
今度は何だ……?
「痛いぞっ」
声が聞こえるも、目の前には誰もいない――むむっ? 視線を下げてみる。
「あっ」
声が出てしまった、長いひげをはやした五頭身程度の身長のおじさんがいたのだ。
「ど、どうもすみません……」
「うむ」
小さいけれど態度はでかいな。
背中には自分の体ほどはある斧を背負っていた。
もう土賢族じゃなくドワーフって変換したほうがいいレベルだ。
「この引かれてる白いラインはなに?」
綺麗に誰も通らない直線、その足元には白いラインが橋の先まで続いていた。
「神が歩いたとされる道でございます」
へえ、そりゃあすごい。
皆ラインを踏まないようにしてる、俺も踏まないでおこう。
「ほっ。ほっ」
「蔵曾、そのラインは反復横とびのために引かれたんじゃないんだから」
「最近運動不足」
「知るか」
橋を半分越えたあたりで一旦立ち止まり、一行でフェンジャ河を眺めるとした。
「綺麗な河」
「魚もいっぱいいるな」
「下流では釣りも楽しめますよ」
蔵曾は既に釣りのイメージトレーニングをしていやがった。
釣りに行くって決まったわけじゃないからな。
「物語的に、橋を渡ってヒロインと話をするような場面は、どう?」
「いいんじゃない? 綺麗な景色の描写とか入れたら、和みそうだ」
イメージトレーニングしているお前はヒロインと想定したら台無しだがな。
「ふむ」
「問題は俺達の世界にはこれといったいい橋がない事だ」
「作ろう」
「やめろ」
河も無い街に橋なんか作って何になる。
橋を渡り終えると、いくつかの集団が森の前で立ち止まっていた。
それぞれが浮かべる表情は不安そのもの、どうしたのかな。
「ちょっと聞いてきます」
不穏な空気に追いやられて、俺達は馬車の中へと戻るとした。
「どうしたんだろ」
「森で何か起きたのかも」
「物騒とか言ってたもんなあ……」
少しして彼女は戻ってきた、表情は曇りがち。
「この先の森で、山賊が現れたそうです。それも、有名な赤ずきん族が」
「赤ずきん族?」
「ええ、狼に乗って山道を行く人々を襲う集団です。一度その山に現れると数日は森に潜んでしまいます……」
俺の知ってる赤ずきんと違う。
「どうする?」
人獣さんは小窓を開けて、オウルエイスさんへため息混じりに問う。こうなるのは解りきっていたと言いたげでもあった。
彼女はしゅんと、頭を垂れる。
その姿や、いやはや可愛い。
「現在兵士の到着を待っているようです、それまでは動けませんね……」
「じゃあ、待つとするか……」
「すぐ行きたい」
「といってもよ、無理だろ、山賊だよ山賊」
「倒せばいい」
「た、倒すと仰いましても……」
蔵曾は俺を見て、
「ねっ」
「ねっ、じゃねえよ!」
何期待してんの!?
異世界的な物語ならここで主人公が才能やら能力やら発揮して敵を倒して一目置かれるあるある展開だが、俺はただ高校生だ、戦闘は無理。
「あの力、また貸すから」
「あの力?」
「銀の鎧の」
――それは、偽使乃さんを撃退したとんでもない鎧かい?
右腕に鎧が纏って、ちょっと殴るだけで相手を吹っ飛ばせるほどの力だ。
「チートすぎて使う事に抵抗を感じる」
「大丈夫、相手は頑丈」
「赤ずきん族と戦った事でもあんのかよ」
「ある」
お前この世界で一体何をしてたの?
詳しく教えてもらいたいんだが。
「ほ、本当ですか……? ならば、撃退を出来たりは……?」
「する、浩太郎と」
「お前一人でいいんじゃないかな……」
こいつに任せるのは見た目からでは不安だが、中身を考えれば難なく赤ずきん族とやらを撃退できるだろうな。
赤ずきん族がどんな輩なのか今一解らんが、相手がどうであれ、だ。
「浩太郎の戦いっぷり、是非見たい」
「……俺は蔵曾を囮にして逃げるとするよ」
「酷い」
だって戦闘なんて経験は偽使乃さんの時だけだったし。
「赤ずきん族って魔法とか使うの?」
「いえ、彼女たちは領土を持っておりませんので魔力が得られないのです。その代わり、弓矢から斧、剣に爆弾、この世界にある武器なら何でも使って襲ってきます」
へえ、そうなんだ。
「蔵曾」
「何」
「頭痛と腹痛と胃痛がしてきたから、あとは任せた」
「待って」
馬車に乗り込もうとする俺を引き止める蔵曾。
やめろよ、俺は頭痛と腹痛と胃痛で死にそうなんだよ。
「問題ないから」
「問題ありすぎてもとの世界に帰りたくなったんだけど」
「問題なくする。観光したい、大浴場入りたい」
「じゃあお前が何とかしてくれっ」
なるべく俺を戦力に入れないでくれよ。
蔵曾は小さく頷くや、踵を返して――
「森、入る」
「こ、浩太郎様! 蔵曾様一人に任せて大丈夫なのですか!?」
蔵曾は歩き出している。
一人で行かせるのは、少々周りからの視線が痛いな。
「……蔵曾に、ついていこう」
「ですが、赤ずきん族が潜んでいる森に行くのも……」
「大丈夫だ、その問題はすぐに解決する」
ただし俺じゃなく、蔵曾が――な。
「では、私もサポートにっ」
「ここは天精霊に魔力の共有権を与えていない。魔力が得られない場での魔法使用はやめておけ。枯渇を招くだけだ」
人獣さんは馬車を降りて、椅子に隠していた武器を取り出した。
細長く、両端に鉄が施された棍棒――と思いきや、手首を捻るとカチッと音がして三節棍へと変化。
状況に応じて使い分けられる武器ってわけね。
「馬車の運転は?」
「い、一応できます」
「なら運転していろ」
人獣さんは蔵曾についていった。
俺もついていかねばなるまい、こうなったらさ。
「大丈夫、なのですか……?」
「問題無い」
蔵曾は自信たっぷりに言う。
「馬車に戻ってくれねえか? 危険すぎる」
「私は安全、オウルエイスを守って」
「しかし……」
人獣さん、心配するだけ損だぜ。
「赤ずきん族は言葉の共有権を持っていないので話し合いはできません、ご了承ください」
「解った」
蔵曾は森を見て一瞬立ち止まり、
「言葉は通じるようにしておく」
小声で言っていたのを俺は聞き逃さなかった。
「通じるように……?」
「ついでに浩太郎を襲おうとすると不運に見舞われるようにも、しておく」
「おいおいまさか……」
赤ずきん族を変化させるつもりか?
「観光の邪魔はさせない」
「どんだけ観光したいの!?」
「浩太郎の観察の邪魔も、させない」
「なんかついでっぽい言い方だなおい」
本来の目的より観光のほうが強く働いてないか?
森へ入るのは足止めを食らっている周りの通行者からも止められたが、蔵曾は耳を貸さずに森へ入っていった。
俺達もついていくとしよう。
森は陽光を遮って薄暗い道となっていた。
柵を設けて道を作っているも、所々が破壊されている。
以前からそうだったとは感じられない壊れ具合、木材の表面と、破壊された部分の色は違い、雨風にさらされていない色合いだ。
「止まって」
同じ歩調の俺達を、蔵曾は止めた。
そのまま自分だけ先行し、数メートル離れたところで蔵曾は立ち止まる。
草木を掻き分ける音――何かが森の奥の漆黒で動いていた。
徐々に近づいている。
人獣さんは構えて警戒。
俺は、どうしようっ。
構えないのも何だし、と右腕を上げると――青白く発光し、拳が銀の鎧に包まれた。
「うおっ!?」
まだ変化は止んでいない。
「おおおっ!?」
そのまま肩までせり上がり、見る見るうちに俺の右腕は鎧に包まれていった。
「こ、浩太郎様、それは魔法、ですか……?」
「いや、違う……似たようなもんかもしれないけど」
「あちらの世界では詠唱しなくてもそのような力を使えるのですね、すごいですっ!」
誰もが使えるわけじゃないからね?
それより、蔵曾は一人でどうしようってんだ?
人獣さんは蔵曾を心配してか、視線はあいつにのみ向けている。
「いかん!」
――一瞬。
蔵曾を取り囲むように四方から飛び出してきたのは狼――その背には赤いズキンをかぶった少女達が乗っていた。
人獣さんが飛び出そうとするも、茂みから赤ずきん族が飛び出してきて、足止めを食らって助け出せず。
俺の近くでも音が聞こえたんだが――俺は、恐る恐る茂みを見てみると、二つの赤い光。
それは狼の目に違いない。
目が合うや飛び出してきた狼、女の子は恐ろしい笑みを浮かべて斧を振り回していた。
どうする?
どうしよう?
どうすれば?
――右腕。
そうだ、右腕で、斧を受けようっ。
けど狼の飛びつきは? どうやって防ぐ?
駄目だ、経験が足りなさ過ぎてどうすればいいのか解らんっ!
飛び掛られた――少女は斧を俺へ向けて振り下ろすや、
「アギッ」
人獣さんが赤ずきん族の武器を弾き飛ばし、それは木の枝にぶつかって枝はややしなり、その結果俺を襲おうとした赤ずきんの少女の顔面にめり込んだ。
テレビでよくやってるハプニング映像に投稿すればきっと盛り上がるであろうワンシーン。
狼は少女が落ちてしまったのに気をとられたその一瞬、俺は狼の顔面を殴ると――まるで小石を蹴飛ばしたかのように狼は吹っ飛ばされた。
流石の威力である……やりすぎたかな?
その先には赤ずきんの少女が顔面を押さえて上体を起こしたものの、吹っ飛んできた狼に巻き込まれて、
「アギャッ」
もう一度痛い目に遭って茂みの奥へ。
――浩太郎を襲おうとすると不運に見舞われるようにも、しておく。
蔵曾の言葉を思い出した。
なるほど、そういう事ね。
人獣さんは三対一にも関わらず、棍棒を使って狼の鼻を、赤ずきんの少女の手首を正確に叩いて無力化していった。
時には棍棒を振り下ろし、赤ずきんの少女は避けていくも、途中で三節棍へと切り替えて軌道を変化――頭部に直撃してぱたりと地面へ倒れこんだ。
残す狼は動揺したところに、容赦なく鼻へ突き。
キャインキャインと逃げていき、それが三回繰り返されると残ったのは地に伏せる赤ずきんの少女のみ。
様子を伺っているのか、茂みからは敵が動く音はするも先ほどのように飛び出しては来ない。
こちらはなんとかなっている、蔵曾はどうだ?




