その6.『わかった(・∀・)キエー』
放課後。
帰宅するべく席を立つクラスメイトの数人は早速ノアを取り囲んでいた。
カラオケ行こうだとか、買い物行こうだとか、遊びのお誘いが予約殺到だ。
俺も一緒に帰ろうって予約しておくか? 取り囲む彼女らによって予約取り消しされそうだが。
「浩太郎、帰ろうぜ」
「帰るか、それより後ろの一緒に帰りたがってる衆はいいのか?」
「俺は浩太郎と帰りたいのんっ☆」
なんかぶりっこしはじめた。
薫は男だった時の印象が強すぎてなあ、ドキッともしない。
むしろ、
「キモっ!」
「キ、キモはないだろ!?」
「だって中身あれだし……」
「あれとか言うなよ!」
「男だし……」
「体は女、すなわち女だし! ふひっ」
「その笑みキモッ」
あと自分の胸揉むな!
「キモッって言うな!」
「こ、浩太郎君っ……い、一緒に帰っても、い、いい? です?」
なんか次に来たのは歯車が足りないおもちゃみたいな動作でノアが来た。
勇気を振り絞っての発言か、顔が真っ赤だ。
とりあえず、薫と同じ言葉を先ずは述べるとした。
殺気立ってるのは気のせい?
「昼行灯は放っておいて私達と帰りましょうよ!」
「冴えない奴と帰るより十倍マシですわ!」
「何をされるか分からないですよ! 変質者予備軍と一緒にいちゃ駄目!」
言葉の暴力――ストレート、ボディ、アッパーですね解ります。
「泣いていい?」
帰るのも嫌になるくらい憂鬱になってきた。
「そ、そこまで言わなくても……」
「だよな」
ノア、君にはあとでお菓子を買ってあげよう。
「一理あるけど……」
「薫、お前あとで腹パンな?」
「ごめんちゃいっ」
うざっ。
追い討ちをかけるようにクラスの男子らは遠目で「あの野郎……女子二人をはべらせるとは……弱みでも握ったのか?」「モテキ……?」「ああいう地味で目つきの悪い奴がモテる時代なのか……?」エトセトラ。
話が終わるや、殺意を込めた視線を飛ばしてくる。
一日で、俺はクラスメイトほぼ全員を敵に回すはめになってしまった……俺の評価は恐ろしい速度で落下している。
あのメモ帳女……今度会ったらぼっこぼこにしてやる!
右に薫、左にノア。
俺達は今、並行して歩いている。
俺の背中には今、十数人分の殺意が届けられている。
無事に帰れるか心配だ。
「三人とも気をつけて帰るのよ」
後ろから通りかかった長波先生は、俺達と並行してそう言った。
折角だしメモ帳女と接触したかの確認くらいはしておくか? どうせメモ帳女に会って変化が起きたくらいしか聞けないとは思うが。
それよりわざわざ歩調を合わせて歩いてくるのは、長波先生から何か話す事でもあるのかな。
「はい、それでは――」
「君達も、あの子に会ったのよね?」
それはまさに、メモ帳女の件だ。
俺達は三人とも表情を強張らせた。
「ふふっ、そう固くならなくてもいいわよ! いやあ、あの子はほんとすごいわね!」
「あの子って、あの……」
「そりゃああの子はあの子よ」
俺達に顔を近づけて声を潜めて、
「――神様」
そう、長波先生は言った。
「「「か、神様?」」」
声が揃った。
俺達は今聞いた言葉を確認しあうかのように顔を見合わせた。
いやいや、それは流石に……。
――とか思うも、メモ帳女がやってのけた説明のつかない力を思い返すとまったく信じられなくもなかった。
けれど……。
……でも。
それは……。
……いやあ。
流石に……。
……だけど。
うーん……。
俺達は単純な言葉を交差し合って苦笑いを浮かべるも、長波先生はにっこりと眩しいくらいに笑顔を見せて、
「あの子に会ったらよろしく言っておいてね! あの子のおかげで気分が最高なの! いきなり元彼からヨリを戻そうって言ってくるわ先生達やご近所さんがすごく優しく接してくれるようになるわモリモリやる気が出てくるわでもう最高よぉお♪」
スキップで職員室へ向かいながら、
「明日もちゃんと学校に来るのよぉ♪」
陽気さを乗せた長波先生を俺達を暫し見送るとした。
「「「……はい」」」
順風満帆とやる気、長波先生がメモ帳女にしてもらったのはそういう感じのもの?
リア充臭がぷんぷんして少しムカつくぜちくしょう。
帰路について、俺はやっと殺意の視線が無くなったのを感じて深いため息をついた。
「お、おつかれっ?」
ノアが心配そうに顔を覗いてくる。
近い……!
心臓が一瞬激しく脈動した、こいつは自分の容姿が今どれほど男子に刺激を与えるかまだ分かっていないようだ。
「ま、まあな……」
「俺が癒してあ、げ――」
「キモッ」
薫が言い終える前に言葉で遮断。
「キ、キモッは無いだろっ!」
「ハイハイワロスワロス」
「俺の誘惑に靡かないのか!?」
靡きそうで、靡いたら負けだと思う自分がいる。
「わ、私にはっ、ど、どうだです?」
緊張してるのか? 日本語が不安定だな。
「はいはい、二人とも魅力的魅力的。可愛い美しい綺麗です」
この話に乗ったら面倒だ、流すとしよう。
「ちゃんとした反応しれー!」
すると薫は俺の腕を掴んで振り回し始めた。
ちゃんとした反応って言ったってどうしろっていうんだよもう……。
「もしメモ帳女がどこかで見てて、俺達のいちゃいちゃしたやり取りを望んでたら近づいてくるかもしれないぞ?」
「そ、そうかもっ!」
今度はノアが残りの腕を掴んで俺は左右から引っ張られる事に。
「は、は、反応、しれー?」
「無理に薫のノリを真似しなくてもいいぞっ!?」
しかも薫とは違って柔らかいものが当たってる!
「ちょ、おい……いい加減にしろっ!」
二人の手を振り払って、頭に拳骨をお見舞いしてやった。
「ほぎゃっ!」
「あうんっ!」
涙目になって俺に何かを訴えようとしてくるも、睨み返して怯ませる事に成功。
どこからか殺意をまた感じたが、気のせいかな……?
「殴るとメモ帳女は来ないかもしれないぞ!」
……メモ帳女を都合よく利用してないか?
辺りを隈なく見ても彼女らしい姿は何処にもない。
本当にこんな事してメモ帳女は近づいてくれるのやら。
疑いつつも一理あるからこそ、何も言えずに俺はため息。
「お前は女にされたのに前向きだな」
「なっちまったもんは仕方がないだろ、落ち込んだり錯乱してもよお、何も変わんね」
薫は女になってから、なんか前と違うな。
だるそうな様子なんて一切見せないし、随分と楽しそうにしてる。
これもメモ帳女の影響か?
もしかしたら本人が気づいていない変化というのもあるかもしれない。
「そだ、ノアさあ、携帯の番号交換しない?」
「えっ、あ、う、うんっ」
「浩太郎も交換しておけよ、何かあったら連絡しあわないとな」
それもそうだな。
「……わかったよ」
ノアのアドレスと電話番号をゲットした。
俺のアドレスに母さん以外の女子が初めて追加されたぜ。
あ、今は薫も女だから一応初めてではないか。
「か、家族以外で初めてアドレス帳に人が増えた……」
ノアは嬉しそうに携帯の画面を眺めていた。
「メ、メールして、いい?」
「いいけど俺、あんまりメール返さないタイプだから察してね」
するとノアは携帯に指を走らせるや、その後に俺の携帯が震えだした。
メールが一件。
開いてみると、
『わかった(・∀・)キエー』
との事(顔文字にちょっとだけイラッときた、何がキエーだよ)。
それからは二人と別れ、俺は自宅へ。
いつもとはまったく違う一日だった。
疲れた、ただそれだけだ。
退屈はまあ……しなかったとは思う。
あのメモ帳女にやりたい放題やられているのは気分的にはよくないがね。
「おかえりー。今夜はカレーにしてみたわよ!」
しかしよかった事も増えた。
わざわざ玄関まで出迎えてくれる母さんは俺の理想の母さんになってくれて嬉しいぜ。
こういうのはメモ帳女には感謝している。
いい香りだ、食欲がそそるね。
「カレールーは使わなかったわ、カレー粉で本格的に作ってみたの」
料理の腕も格段に上がったようだ。
「母さん、何かいい事あった?」
あまりに活き活きしてていつもより若く見えるな。
「んー、何かしら。変な夢を見たんだけどね、起きたらすごく主婦を極めたくなったのよね。浩太郎、今まで駄目な母さんでごめんね。母さん、いい母親になるから!」
「謝らなくても……」
「だって、弁当だって作らなかったし、朝食はいい加減なものばかり。とても反省したわ、これからはいっぱい愛情を込めるわ!」
「そ、それは嬉しいよ母さん……」
「ただいまのキスもしていいわよ!」
「それは嫌だ」
「浩太郎……母さんの事、嫌い?」
なんか性格は少し面倒な感じになったな。
「……好きだよ」
「嬉しいわあ!」
家に上がって、俺は母さんの愛情たっぷりな視線を浴びながら部屋へ。
以前の母さんに比べたら十分マシだが、俺がどう接していけばいいのかと困惑してしまう。
夕食時になり、俺は部屋を出て居間に。
カレーの香りに足が自然と動いてしまう。
母さんは鼻歌を歌いながら風呂の掃除をしていた、いつもなら母さんは一切やらないので風呂掃除は俺の仕事だったのに。
「口の中が、カレーの玉手箱やあ」
食卓には少女が既に食事中だった。
……うちは三人家族だ、少女がいるのはおかしい。
しかも意味不明な感想を言ってカレーをもりもり食べてやがる。
「メモ。カレーはうまい」
メモする必要あるのか?
「おい」
「あっ、どうも」
「あっ、どうもじゃねーんだけど」
人の家に上がりこんでカレーを食べている、この時点で警察へ待ったなしだぞ。
「君の母、カレー作るのうまい」
少女――メモ帳女はそう言ってカレーを食べては満足そうに表情を緩める。
「お前がそうしたんだろ」
「気づいてた?」
そりゃあ気づくでしょ。
「一体お前は何者なんだよ」
「自己紹介まだ、だった。名前は、うん、あの、みかの……箕狩野蔵曾」
カレールーで器用にも皿に書いてくる。
細かい漢字は見辛いが読みから予測。
ハンドルネームを考えるにあたって、難しい漢字をふんだんに取り入れましたみたいな、明らかに偽名なんだよなあ。
「……いや、名前はいいんだよっ! 何が目的だ、それにどうやってあんな非現実的な事を……」
「一気に質問、やめてほしい」
のんきにカレーを食べる蔵曾。
「それより君は今の生活を普通に過ごしてくれれば私はそれでいい。あとは自分でメモる」
「つーことは、俺の観察が目的か?」
変化を与えられた人達を観察するんじゃなく、俺を観察してメモする、とな。
メモする理由も尋ねておきたいね。
「そう」
「どうして観察してメモを? 一体何がしたいんだよ」
「君は質問しかない」
すみませんね。
「インスピレーションを刺激させてほしい」
「インスピレーション?」
「そう。もう今日一日ですごく刺激された。筆が進みそう」
まさかとは思うが……。
「友達を女にしたり、幼馴染を巨乳美少女にしたのも……インスピレーションを刺激させてラノベを書きたいから?」
「そう」
「どうやってこんな非現実的な事を……?」
「企業秘密」
企業が絡んでいないのに企業秘密と言われてもな。
「説明しても、君は納得できずにもやもやした感覚だけ残ると思う」
「でも気になる」
「きっとその興味はアニメや漫画、小説などで出てくる特殊能力と同じ。説明を聞いても完璧に理解できない、某猫型ロボットの四次元ポケットを詳しく説明してもらったとして、君は理解・納得できる自信は?」
「……まったくない」
「なら無理」
あっさり言われるとちょっと腹立つな。
「完食。中辛は私好み、満足」
「知るか」
「では引き続き今の生活を楽しんで」
するとメモ帳女は皿を置くや窓へと軽やかに飛び移った。
「お、おい! 待てよ! てか普通に土足で入ってたなこの野郎!」
「主人公らしく振舞うとなおいい」
「じゃあ主人公として胸を張れる容姿をくれ!」
こいつ、俺を主人公に見立てて周りを嗾けてラノベみたいな生活を作ろうとしているのかもしれない。
だとしたら、俺はかっこいい主人公になりたい。
「嫌」
「何でだよ!」
「微妙な主人公も時にはありだと思う」
「微妙って言うなよ!」
「凡人もありかなと」
「なしだろ! とりあえず身長とイケメンの顔をよこせ、そしたらお前の望むような生活を演じてみせるぞ」
「お気になさらず、君は君らしくやって」
窓から軽やかに飛び降りて彼女はどこかへ行ってしまった。
「ま、待ってくれよぉお! 少しくらい俺をかっこよくしてくれたっていいだろ馬鹿ぁぁあ!」
全身全霊をもって訴えた。
「近所迷惑。あと主人公の立ち位置奪われないで――」
遠くから聞こえた彼女の声。
主人公の立ち位置? なんだそりゃ。
しかしそれよりちょっと泣きそう。慎重を少しだけでいいから伸ばしてくれたっていいじゃん……。
……結局何者かを聞き出せなかった。
「ちくしょう……」
「浩太郎、何一人で騒いでるの~?」
何だよ俺の周りばっかいい思いしてさ。
ふてくされて俺はソファに倒れこんだ。
あのメモ帳女、次に会ったらまた同じ事お願いしてやるからな……! それでもやってくれなかったら地の果てまで追い回してぼっこぼこにしてやる!
しばらくして父さんが帰宅した。
いつもなら酒で顔を赤くして遅い時間に帰ってきてそのままソファで寝る父さんが飯時に帰宅なんて、ねえ。
あのメモ帳女が絡んでいると思うと、こういう変化もそろそろ驚かなくなってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい、あ・な・た」
なんか二人の間にはいつもとは違って俺の嫌いなリア充と同じ雰囲気があった。
父さんは髪型や姿勢など、一つ一つが整っていて渋さがあり、母さんはそんな父さんにメロメロ。
三人で食卓を囲むのは久しぶりだ。
「美味い」
「でしょ~?」
「ああ、母さんの料理は最高だな」
「もう~あなたったら褒められると照れるわあ♪」
なにこれ?
なんたら珍百景とかに応募していい?
本当に俺の両親かと疑ってしまうくらいの豹変っぷりだ。
……けれど笑いある食卓、家族三人で食べる夕食……幸せだ。
こういう場面もメモされているかもと思うと、素直には喜べないけどな。
あの野郎……ラノベ書きたいからって妙な力まで使って人の人生を弄繰り回しやがって、しかも観察とかいってるがこれは悪質なストーカーと同じだぞ。
寝る時はカーテンを閉めてわずかでも覗くスペースも無いようにして寝るとしよう。
蔵曾はどんなラノベを書きたいのかは知らないが、俺をモデルとしたラノベなんて絶対につまらないに決まってる。
長身でイケメンにしてくれれば俺は主人公らしく生活してやろう。