その58.だが断る
僕は忍野浩太郎様の代役である。
ある日突然、神様が僕に使命を与えたのだ。
何日ほどかは解らないが、僕はその間浩太郎様を完璧に演じなければならない。
「母上、今日の朝食はいつにもまして美味しいよ」
「ありがと……。ねえ……浩太郎」
「何?」
「大丈夫? なんだか変?」
変? 変だって?
まさか気づかれたと。
僕の容姿は完璧に浩太郎様になっているはずだ、変装し損ねた……?
「母上だなんて、いきなりどうしたの?」
「えっ?」
浩太郎様はこの方を母上とは呼ばないのだな……?
普段はなんと呼んでいるのだろう。
いくつか使ってみよう。
「なんでもないよ、ママ」
「ママって子供の時以来じゃないっ。ちょっと嬉しかったわ、けど浩太郎……いつもより落ち着いてないっぽいし、大丈夫なの?」
「大丈夫……えっと、母さん」
「それならいいけど」
母さん――が正解だった。
危ない危ない、浩太郎様のように振舞うのも勉強不足もいいところだ。
資料は頂いていたのだが、学校生活や友人関係ばかりで肝心な部分が抜けていた。
それでは、学校へ行くとしよう。
資料は何回も呼んだ、僕ならきっとあの方を演じられる。
普段の様子が映された動画も頂いたのだ、屋上へと向かい、その後昼食を頂く浩太郎様の姿は何度も見た、歩き方も完璧だ。
待ち合わせ場所には二人、うん、これも資料どおりだ。
「おはよう、ノアちゃん、薫ちゃん、今日も綺麗だね」
ここは仲のいい友人らしい挨拶を。
「はわっ!?」
「こ、浩太郎……どうしたんだ!?」
僕は何か間違いでもしたかな……?
浩太郎様はもっと陽気な性格だったかな? どうだったっけ?
緊張して頭が真っ白になってきた、ここで資料を確認するにはいかないし……。
ええいっ!
「ど、どうもしないぜっ! 二人とも今日もいいおっぱいにちっぱいだなっ!」
こちらの世界では少しずつ大変な事になっているのを、浩太郎は知らない。
* * * *
……嫌な夢を見た。
夢の中で只管ノアと薫に冷たい目を向けられて半泣きになる夢だ。
はあ……夢で良かったぜ。
あっちの世界に早く戻りたいなぁ……。
今日は緑の天井っていうか、目覚めて最初の視界が布。
目が覚めたら窓から光が射す真っ白な天井の俺の部屋っていう朝はいつになったらくるかね。
ちょっくら帰らせてもらうだけでもいいんだが、蔵曾はすっかり観光気分だしなぁ。
あっちの世界がどうなってるのか気になる……代役がいるって言ってたけど、信用していいものか……。
テントの中には誰一人としておらず、テントから出ると人獣さんが朝食の支度をしていた。
今から火をつけるようだ、そのうち香ばしい香りがやってくるに違いない。
この世界の食べ物は美味しいものばかりだからな、朝昼晩が楽しみだぜ。
近くには聖地からの水が流れていると人獣さんから聞き、俺は顔を洗いに行くとした。
馬車の横を通ると、オウルエイスさんが馬車に凭れて考え中。
地図を広げており、今後のルートを確認中、かな?
俺に気づいて――
「おはようございますっ」
「ああ、おはよう」
朝から太陽顔負けの笑顔。
「ご気分はいかがですか?」
「良好だ」
オウルエイスさんこそ気分はどう? と聞き返そうとしたが、ハキハキとした口調で顔色も良かった。
二日酔いは大丈夫そうだ。
次の日には残らないような体質なのかな? それともこの世界の事だから、魔法で対処したとか?
それも考えられるな。
しかし蔵曾はどこにいったんだ。
昨日の件からあいつが気になってしょうがない。
まあいいや、とりあえず水を求めて歩くとする。
「ちょっと水場まで行ってくるよ」
「はい、解りました」
この世界の朝は、あっちの世界と同様に静かだ。
微影が吹き、ナルノス丘の草木が一斉に靡く風景は眼福ものだ。
「お?」
水場に到着するや、平たい木材二つをくっつけてV字にした工作物が目に入った。
それを伝って河の水を窪みへと流れるようにしているのか。
ここで流しそうめんでもやりたいな。
「ふー……」
河の水はほどよい冷たさですっかり目が覚めた。
「おはよう」
「おわっ!?」
耳元で唐突に女性の声。
振り返るといつの間にか蔵曾……がいやがった。この野郎。
「……おはよう。驚かせんなよっ」
してやったりといった感じで口角を吊り上げてやがる。
「異世界、楽しい」
「そうだな」
蔵曾は木枠から流れ落ちる水を指で弾いて唐突に水遊び。
「けどそろそろよ、少しだけでいいから帰りたいんだよなあ」
チラッと蔵曾を見て、遠まわしの頼み込み。
「今帰ると観光が中断される」
「すぐに戻ればいいだろ?」
「短時間での行き来は疲れる」
「頑張ってくれよ。あっちの世界に戻れたら多少はお前のわがままに付き合ってやるからよ」
「だが断る」
そのドヤ顔やめろ。
「少しだけでいいから」
「観光、大事」
「そもそも俺がいる必要なくね?」
「異世界で過ごす君を観察するの、大事」
ああ、こいつ……俺が何を言おうと大事大事言ってこの世界に留まらせる気だ。
「ったく……あっちの世界に戻ったら憶えてろよ」
「……気になる点が一つ」
「なんだ?」
「オウルエイス。立ち位置について、知りたがっている」
「そりゃあ俺をこの世界に呼んだのは立ち位置が目的だからな」
奪おうとしないでくれて本当にありがたい。
「浩太郎、呼んだ目的はおそらく違う。事前に調べていたのなら、浩太郎の立ち位置でエルフが抱えている根本的な問題が解決しないのは解るはず」
「……解ってなかったのかも」
「エルフは賢い」
「この世界の種族にも詳しいんだな」
無い胸を張る蔵曾は置いといて。
言われてみれば、所々引っかかる点が多いな。
この観光自体、意味を成していない……かもしれないが、今は深く考えるのもやめておこう。
「どうであれ、お前がいるんだ。心配ないだろ」
「頼りすぎないで」
「異世界でくらい頼らせろ」
「解せぬ」
どうなったとしても、蔵曾がいるんだ。
問題を抱えたところでこいつがいとも容易くその問題を粉砕しちまう。
「飯でも食おうか」
話をしていたら香ばしい香りが漂ってきた。
人獣さんが料理を始めたようだ。
他の観光者もテントから出てきて各々料理を始めたり、運動を始めたり、丘の上で朝一番の景色を眺めたりしていて平和そのものだった。
加えて雀に似た鳥の囀りが和ませてくれる。
ここだけ別世界みたいだな、離れた地では一触即発な雰囲気だったのに。
肉の焼ける音が空腹を誘って、朝から高揚してくる。
空の下での朝食、清々しくて飯も美味いとなりゃあ最高としか言いようがない。
「ユフェリアには大浴場もございますので是非ご入浴をっ」
「大浴場かあ、それもいいな」
「ふむっ」
食後、馬車に乗り込んで最初は遅めの走行で丘から離れていった。
森へと入り、道に沿って徐々に高所へ。
丘を見渡せる場所までたどり着くや、最後にじっくり丘周辺を見渡す事が出来て大満足だった。
他の観光者は各々俺達と同じ道を進んだり、俺達が最初に丘へ来た道へと向かったり、または今日もここで一泊するのか、寛いでいる人達もいた。
「しばらくは緩やかな山道となっております、小山ですので移動にはそれほど時間は掛からないでしょう」
「ここら辺は森か山しかなくてこれといって見れるもんねえなあ」
「退屈」
「申し訳ございません、少々辛抱してくださいませ」
他に見るといったら道中に通りかかる馬に乗った人や人獣、それに馬車もたまに通るくらい。
何度か人獣兵士を見るが、この広い山道は兵士達が巡回してるのかな?
「ああ、あの方々ですか? この山道は人獣の領地となっておりまして、その守りをしている兵士達ですね。通行者を山賊や魔物からも守って頂きまして、頼りがいのある方々ですよ」
うん、見るからに大きい。
猛獣が二足歩行したような人獣ばかりだ。
「ここは世界で最も安全な山道です」
誰も襲おうとは思わんだろうな。
一組四人で行動しており、それぞれ腰に下げているのは長剣や斧、弓にこん棒といったロールプレイングゲームごっこみたいな装備ばかり。
気になるのは、通りかかる人獣兵士が俺達の乗る馬車の騎手の人獣さんに会釈をして通り過ぎていく事だ。
……ひょっとして人獣さん、俺の思っている以上にすごい人獣?
「トランプ、やる?」
「あんの?」
「ある」
マジかよ。
「とらんぷ……? ああっ、あちらの世界ではそのようなものがございましたねっ」
「こっちには無いの?」
「ございませんね……ちぇすというものは似たものがありますが、なんといいましょうか……こちらの世界では駒を使ったゲームが一般的なのでそれ以外はあまり」
「へえ、そうなんだ」
蔵曾はフードに手を突っ込んでトランプを出してきたが、そのフードの中はどうなっているのか気になって仕方が無い。
フードを取れば何も無いのによ、こいつが手を突っ込むとあら不思議ってやつ。
「ババ抜き」
「いいぜ、じゃあオウルエイスさんにも入ってもらおう」
「ばばぬき?」
「簡単なルールさ、カード配るから同じ数字のが二枚揃ったらそれを捨てる。それぞれの手札を引き合って、捨てての繰り返しが主な流れだ。ジョーカーが一枚入ってて最後にジョーカーが残った人が負け」
「面白そうですね!」
意外とこれが盛り上がるんだよな。
さあいっちょ、やりますか!




