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その54.君をたずねて三千里

 あれから一日が経過した。

 もはや蔵曾のインスピレーションを刺激させる手伝いなど微塵も無く、ただただ脱線しているこの日常。

 昨日、外はエルフや人獣、それに人間の三種族が集まって森を見て話し合いをしていたのを俺は宿の二階から見て、半ば絶望的になっていた。

 伝統ある宿でこの街では珍しい木造の建物、温泉も湧いていて泊まるには最高の宿――だが状況が状況なだけに気が気でない。

 目が覚めたら元の世界に戻ってるんじゃないかって希望を抱いたがそんな都合の良い話ねーからと、新たに見知らぬ天井がおはようと飛び込んできた。

 心の中ではどこか、こうなるんじゃないかとは思っていたが本当に起きると何も言えん。

「はぁ……」

 オウルエイスさんと昨日頂いた魚の小さいバージョンを朝食としていただく。

 その美味しさには毎回感動を引き起こすが、現状が頭をよぎるたびに俺は頭を抱えざるを得ない。

 このまま戦争が激化して、そんでもって「浩太郎様、申し訳ございませんがこの世界で暮らしてください」とか言われたら俺はたとえオウルエイスさんであっても腹パンする、絶対する、確実にする。

 外は依然騒がしい。

 兵士の数は窓から覗くたびに増えていった。

「遅れて申し訳ございません、お待たせしました浩太郎様」

「やあ……どうも」

 一人の朝食から二人での朝食に。

「お元気、無いようですが……」

「俺はめちゃ元気だよ……異世界からまだ帰れてないのが悲しいだけで」

「それは誠に申し訳ございませんっ! で、ですが現在城へ直接戻る道は危険でも南へ向かって遠回りしていけば城には戻れますからっ」

「おお! じゃあすぐにでも向かおう!」

「その、魔馬の手配が出来るまではまだ動けなくてでして……」

「……普通の馬じゃ駄目なの?」

「普通の馬では移動に時間が掛かりますので、場合によっては今は危険である森で野宿の可能性が高くなってしまいます」

 普通の馬でも行けなくはないが、魔馬じゃないと危険度は増す、とね。それなら魔馬を使ってもらったほうがいいな……。

「すみませんすみませんっ! 必要ならばドゲザ・セップク、やりますので!」

「いやいや、別にやらなくていいから!」

 困ったなぁ……。

 不安がどんどん膨れ上がっていく。


 もしかしたら帰れないかも。


 この一文が頭の中でずっと旋回中だ。

 これだけはどうしても払拭できない不安である。

 朝食を食べ終えて、オウルエイスさんと街を少しだけ回るとした。

 外に出るのは危険だが、昨日の、あの森が焼ける光景を目にして――あんな山火事並みの規模、室内だろうが室外だろうが危険度などそれは変わらない。

 だったら外に出て、この世界を少しでも知るのが一番だ。

「この街は魔馬も豊富だったのですが、昨日の騒動で我先にと魔馬屋に皆がなだれ込んで、現在は一頭すら……」

「あっちの世界もこっちの世界も、危険が迫ったらやる事は皆同じだな……」

 悲しいかな。

「城から誰か送ってもらうにも、本部が手薄になってしまう危険であるのと、ここまでの道のりに何があるか解らない危険があるために動けないと、魔法による連絡で返答を頂きました」

「……そっかぁ」

 君達の世界は漫画あるあるなイベントが発動する世界なのかい?

 次は何だ? 戦争に巻き込まれたりするのか俺は。

 主人公的にやるとして、異世界で何らかの力を得て、先頭に立って戦争を制すような流れはあります?

 俺も魔法、使えるようになるかい?

 そんな話はいいとして、これからどうしようかね。

「南方向にはもう一つ街がありまして、そこは主に飲食店が集中した街で本来ならば今日は朝一番にそこへ向かって名物を堪能してもらう予定でしたが……」

「気分が今一乗らないなあ……」

 この街の店も素晴らしいぜ?

 それ以上に美味しいの? だとしたら、興味が沸いてくる。

「実はですね、魔馬をその飲食街で目撃した報告を頂きまして、これから交渉しに行こうかと」

「魔馬が!?」

「はい、昨日から今日もずっとあるとの事でして」

「行こう!」

 行き先は決まった。

 ここで兵士のエルフ二人とはお別れとなった。

 この街で騒動の処理と状況把握をしてその後何かあれば連絡をする等の役割があるとの事だ。

 オウルエイスさんは俺の担当ね。

「考えてみたのですが、この際騒動が収まるまでゆったりと観光はどうです?」

「でもなあ……こうなったら早くもとの世界に戻りたいって気持ちが強くてね……」

「なんとかなります、してみせます、私が責任を持って」

 両手に握りこぶしを作って彼女は言った。

 彼女と話をしているだけでも元気が出てくるな……。

「それにエルフ族のあの広い領土、含まれる核は数百、ここ百年近く一つも支配されなかった不落の領土なのです。エルフは陥落しません、絶対に戻れます」

「そこまで言うなら少しくらいは……」

 飲食街に向かう道中。

 俺達と同じ方向へ進むのは人間や人獣、それに羽根の生えた奴などなど。

「あっ! この人達は精霊族ですよ!」

「おお! 精霊族か!」

 子供から大人まで、女性が多くそれぞれ共通するのは体がかすかに輝きを帯びていた。

 俺の中に抱いていた精霊ってのは手の平サイズだったのだが、この世界ではそれなりの大きさ。

「良かったですね、早い段階で見れるなんて。昨日の騒動の件でおそらく姿を現して移動するようですね」

 ふわりと浮いた精霊の一人が前を歩く大男の帽子へと溶け込んでいった。

 おおー、本当に物に宿ったりするんだなあ。

「ヘン、フク」

「ニンゲン、ヘン、フク」

「フク、ヘン」

 精霊達が俺に気づいて、並行しながら俺の服装にそれぞれ意見し始めた。

 やめろよ、学生服が変なのは十分承知だ。

「サエナイ、ニンゲン」

「オウルエイス、キレイ」

「ニンゲン、サエナイ」

 お前ら全員しばき倒すぞ?

 口調から、言葉を話すのは得意ではないらしい。これに関してはたとえ言葉の共有権を用いても、喋り方の問題なのであろう。

 皆付け焼刃で日本に来た外国人みたいだ。

「精霊様方、この方は大切なお客様なのでそのようなお言葉はお控えくださいっ」

「オウルエイス、オコナノ?」

「シャザイ」

「ゴメンチャイ」

 最後だけたまに聞く言葉があったのは気のせい?

 それから、目的地が同じとあって精霊達に囲まれながらの移動。

 落ち着かねぇ……。

 こいつらさ、夏に湧く血を求める蚊みたいによ、俺達の周りを旋回しはじめるんだよ。

 時たま俺の制服に精霊が入り込むし。

「オウルエイスさんっ、精霊が宿ったら、どうなるんです?」

「その宿るものに触れている方はリラックス効果など得られますよっ」

 芳香剤か!

「マリョク、ナイ」

 すると、すぐに精霊は制服から抜け出してしまった。

 その頬を膨らませた表情、実に不服そう。

「なんかスマンな」

 あっちの世界の人間なんでね、多分そのために魔力が無いんだと思う。

 歩いていると、次第に香ばしい香りが鼻腔をくすぐり始めた。

 肉だったり魚だったり、少しでも嗅げば美味しそうだと思ってしまう、そんな香り。

 俺の世界では中々嗅げない香りだ。

「キイテキイテ」

「どうしました?」

 気がついたら俺の両肩に手を置いて羽根だけを動かして進行方向は飲食街でよろしくみたいな寛ぎを見せる精霊達にオウルエイスさんが対応した。

「クイシンボウ、キタッテ」

「ワタシタチ、カテナイ」

「クイシンボウノカミ」

「食いしん坊、ですか?」

 美味しい料理を提供してくれる飲食街なら食いしん坊の一人や二人はいてもおかしくはないだろう。

「サクジツカラ、クイマクリ」

「ナカマタチ、ミニコイッテ」

 それに呼応して――

「おお、そういや昨日よ、魔馬でやってきた華奢なちっこい子が名店のメニュー全部頼んで完食したって友人から聞いたぞ」

 近くを歩いていた狼に似た人獣がそう呟いた。

「魔馬……?」

 オウルエイスさんはその人獣に駆け寄る。

「その方が入ったお店はご存知です?」

「あっ、た、確かヴァガン亭ってとこですよっ」

 最初の躓きは唐突な質問に戸惑ったというより、唐突にオウルエイスさんに話しかけられてドキッとした躓きだな。

「ヴァガン亭……ありがとうございます」

 目的地は飲食街、ヴァガン亭に決まったようだ。

「事情を話せばきっと協力してくれるでしょうっ」

 相変わらずのポジティブ。

 もしも相手が嫌だって断ったらどうする? また魔馬が見つかるまで留まるとかだったら、ちょっと幸先悪いよね。

 移動で助かったのは、周りに戦闘は得意だぜと言わんばかりに鎧を纏った人獣達がいたために気持ち的には楽になった。

 飲食街までは見渡しのいい野原を抜けていくのだが、何が起きるか解らないも彼らがいるから何があっても大丈夫っていう保険があったからだ。

 聞くに、何人かは飲食街に目的は無くともシートレンと飲食街への道を行き来して警護にあたっているとか。

 治安も悪くはなさそう。

 飲食街は円を描くように店が立ち並び、中央にはベンチが四つ設置されていてここが中心ですと言わんばかりにおじいさんが立っていた。

 積み重なったレンガ、それで囲いを作って鉄板や網を敷いており、空気の通りとして空いている穴へ炭を入れていて何か調理している。

 香ばしい香り――その正体は肉、それもこぶし大のだ、炭火焼とあれば味は保障されたも同然、よだれが出てきちゃうね。

 肉汁が滴るたびに蒸発する音、食後だというのに食欲が沸いてきてしまう。

 その周辺には店員らが元気に客寄せをすべく声を張っていた。

 目と鼻の先で敵からの攻撃を受けて森が焼けてというのに、ここはここみたいな雰囲気でそれぞれ活発に動いていた。

「ニク!」

「タベルタベル!」

「キミモタベル!」

 精霊達大歓喜、おじいさんに集まっていって一気に賑わいを見せた。

「あの方が精霊達御用達のお肉おじいさんでございます」

 観光名所のひとつみたいな説明。

 美味しそうだが俺はこの肉を食べに来たわけじゃないんだ。

 精霊達に体のいたるところを引っ張られたが何とか振り切った。

「俺は、ちょっと別件があってだな!」

「ウー」

「アー」

「ムー」

「なんかスマンな」

 しかし食欲に追いやられて精霊達は行ってしまった。この世界の精霊は実に食いしん坊だ。

「ヴァガン亭は?」

「直ぐ近くでございます、ほら、あそこですね」

 指差された先には大きな看板(文字は読めん)が掲げられた建物。

 ふぅん、ここも木造の建物なんだな。イメージ的に、白い建物は一般的、木造は高級って感じ。

 馬が何頭も留まっており、店がどれほど繁盛しているかそれだけで解る。

 店内に入ればさぞ客が美味しそうに料理を楽しんでいるであろう、ここからでも賑わいのある声が聞こえてくるね。

「魔馬もおりますね、しかもちゃんと馬車付きです」

 よほどの金持ちなのか、オウルエイスさんが用意してくれた馬車よりも大きい。

「よし、早速入ろう!」

 店に入ると、目に飛び込んできたのは奥で大きなテーブルを何人もが囲い、その中に小さな背中と左右には何枚も重なった皿。

「何かイベントでも?」

 通りかかる店員にオウルエイスさんは質問した。

 店員は苦笑いでその小さな背中を見つめて、

「昨日あの子がうちのメニュー全品を完食しまして、今日もやってきてまた全品完食する勢いで……」

 山盛りのピラフっぽいのと、魚一匹丸ごとの料理を持った店員は、そのまま注目を掻っ攫っている客へと料理を運んでいった。


 ……見覚えのある背中だ。


 その特徴的な、猫耳付きフード。

 吸引力の変わらないただ一つの胃袋な食べっぷり。


 まさか、いや、はははっ。

 その、まさかなっ。


「あの方が魔馬の持ち主か、一応何人かに聞いて確認を取ってきますね。どのような方かも、調べておく必要がございますので」

「ああ、解った」

 俺はあのおおぐらいの食いっぷりでも見ていよう。

 後姿じゃなく、ちゃんと正面から、ね。

 ゆっくりと近づいて、賑わう客の間を狭いながらも通り抜けて、正面へ。

「美味しい」

「嬢ちゃんすごいねえ、どこの国から来たんだい?」


「日本」


「ニッポン? 知らんなあ」

 ……妙な会話が耳に入った。

「人獣族でもこんなおおぐらいはいないな」

「この店の料理、美味しい」

「ははっ、そりゃそうだ!」

 会話しながらも、そいつは言下に魚をがぶりと食いついて大きな歯型をつけて咀嚼。

「ヘンナフク」

 精霊達がそいつの服をつまんだり、猫耳の部分をつついたりしていた。

 俺のいた世界にも同じような服を着た奴がいてな。

「是非名前を教えてもらいたい、この店全メニュー制覇の猛者の名をな」


「蔵曾。箕狩野蔵曾みかのうぞうそ


 そいつは――彼女は、そう言った。

 確かに、そう言った。


「……蔵曾!?」


 咄嗟に体が前に出た。

 テーブルに両手をついて――彼女を見る。

 深くかぶったフード、その奥に、確かにある双眸を見つめて――確信した。


「うぉお! 蔵曾ぉ!」


 再び彼女の名前を呼ぶ。


「来ちゃった」


「なんだよその遠距離恋愛中である日突然家に来たみたいな台詞はぁ!」

「一緒に食べる?」

「悪いがもう飯は済ませた! それよりなんでここにいるんだ!?」

「君をたずねて三千里」

 聞いた事あるフレーズで答えるなおい。

 先ず距離とかそういう問題じゃなく世界そのものなんだが、三千里どころの話じゃないだろ。

 それより皆の視線が俺に寄ってきた。

 お互い別の世界からやってきた者同士だ、その手の話をしようとしてもこんな場所じゃ話がし辛い。

「……場所を移そうぜ」

「まって、この二品で制覇だから」

 昨日も制覇したんだからいいだろうに。

 仕方なく俺はその場を離れて外で待つとした。

 数分後、にぎやかな店内から蔵曾は満足そうに出てきた。

 腹を軽く叩いて、ほっと息をつく蔵曾。

「満足」

「蔵曾……」

「何」

「なんつーか、会いたかったぜ」

 素直に、言っちまった。

「私も、会いたかった。ぎゅっと、抱きしめて」

「嫌だ」

「酷い」

 お前のその冗談はいいとして。

「どうやってここに?」

「私に行けない場所は無い。神なので」

 頭の悪そうな台詞だが、説得力が十分にあるから反応に困る。

「昨日、君がいなくなって探し回った。別世界からの干渉を感知、立ち位置の力をすり抜けての接触、そして君の消失。ならば君は異世界。今ここ」

 ありがとよ、解りやすい経緯だ。

「マジでお前が来てくれなきゃ今頃ホームシックで死にそうだったぜ」

 内心では嬉しすぎて抱きしめてよく来てくれたぜ助かったよほんと! ってやりたいけど、あえていつもと変わらぬ素振りを見せた。

「ノア、薫、家族、心配してた」

「すぐにでも帰ろう」

 異世界あるあるの帰れなくなったパターンはなくなったんだ、とりあえず帰って落ち着きたい。

「代役を立てたから大丈夫」

「代役?」

「そう。君に化けれる人を呼んだ。現在完璧に演じてる、問題ない」

 心配だ。

 俺に化けれる奴? 帰ってきたら変な事になってなきゃいいがな。

「折角の異世界だから、もっと楽しむべき」

「折角も何もな、今この世界はごたごたしてるから早く帰りたいんだよ!」

 指差すはシートレンの方向。

 奥ではかすかにまだ煙が上がっている。

 昨日の襲撃によって焼けた森は、鎮火できたものの未だに熱は宿したままだ。風が吹き荒れればまた再燃するんじゃないだろうか。


「君は死なない、私が守るもの」


 某SFアニメネタをねじ込んでくるんじゃない。

「あの、魔馬を所有する方と聞きまして、少し相談が……」

 店から出てきたオウルエイスさんは蔵曾へ話しかけた。

 その隣にいる俺を見て、やや首を傾げ――

「……お知り合い、ですか?」

「……まあ」

「私の名前は箕狩野蔵曾」

「初めまして、私はオウルエイス・ロロと申します」

「あっちの世界から彼を探しにやってきた」

「な、なんとっ! どうやってこちらに来られたのです!? あちらにも異世界移動魔法が存在しているのですか?」

「実は、私は使える」

 無い胸を張る蔵曾。

 使えるっていうか蔵曾は不可能でも可能にするでたらめな力を持ってるってだけなんじゃないかな。

「やはりあちらの世界の人達はすごいですね……」

「そう。とてもすごい、ラノベ作家は神レベル」

 ラノベ作家は異世界移動魔法使えないから。

 物語の登場人物を異世界に飛ばす事は出来るだろうが。

「そういうわけで蔵曾、帰ろう」

「やだ」

「なんでだよ!」

「異世界、見て回りたい。魔馬もある。金もある」

 俺はすぐにでも帰りたいのにこいつは……。

 金持ちが気まぐれに旅行をして楽しみたい風な発言にはちょいと頭をごつんとやりたくなってくるぜ。


「観光案内ならお任せを!」


 オウルエイスさん、優先すべきは俺を無事にもとの世界へ帰す事では?

「早速行きたい。乗って」

「よかったですね浩太郎様!」

 ……半分良かった、けど半分よくない。

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