その53.お魚の宝石箱やー
「人気者なんだね」
「あはっ、この街にはよく足を運んでおりまして。皆とは親しいのです」
街の中心部から少し遠のいてしまったな。
パンフレットは行動予定の黒い線から僅かに逸れかけていた。
予定では次は街を出て、平原と思われる緑が集中したところに黒い線が延びている。次はそこに向かうのかな?
その前に元の世界に帰りたいものだが。
こう……心の中では何か引っかかる感じがあって、落ち着かないのもある。
街をある程度見回って昼時となり、そわそわしながらも空腹を満たすべく飲食店へ。
「うおー!」
白い床に白い壁、白い天井。
そんでもってぶら下げられている食材、壁には酒と思われる瓶がびっしりと並べられており、昼間から酒を楽しむ人もいれば巨大な魚一匹にかぶりつく人もいたり。
入店するなり両腕の袖にピンで留められた紙をいくつも貼り付けた女性が近づいてきた。ウェイトレスっぽい、あっちの世界と違ってウェイトレスさは微塵も無いけど、雰囲気がそう思わせた。
「いらっしゃー!」
ポケットからピンと紙を書き書き。
「四人です、空いている席はあります?」
「はいよーどぞー!」
腰に装着しているごっついベルト、それには布巾やらコップやらがついていて、僕達が着席すると同時にまるでガンマンの如くコップを抜き取って布巾でさっと拭いてテーブルに置いた。
その動作、うーん、プロを感じさせるね。
「今日のお勧めでお願いします」
「了解さー!」
紙にまた書き書きして、袖にそれをつけて行ってしまった。注文したものとかを書いてるのかな?
「あの、ご飯食い終わったら、とりあえず一度元の世界に帰りたいんだけど」
「わかりました、安全のために異世界移動魔法は城にて行います、食後すぐに行けるよう準備をしておきましょう」
催促するようで申し訳ないな……。
待つこと数分、香ばしい香りが入り混じる中、俺達のテーブルへ確実に近づく新たな香り。
ドンッと丸型テーブルの真ん中には大きく赤い魚が乗っかった。
「この街の名物、まるごと一匹蒸しです!」
……これが、昼食らしい。
ちょっと待ってね?
着席して、テーブルは俺の腰あたりの位置。
魚がテーブルに乗ったら俺の胸当たりの高さ。
単純な算数をしようじゃないか。
腰から胸までの高さの魚、
さてこの魚の厚みを答えなさい。
答えは簡単、考えるまでもなく三十センチの厚みだ。
つまり。
でかい。
あまりにも。
「いただきましょう!」
「……うん」
残したらごめんよ店長。
厨房を見てみるとさっきのウェイトレスとものすごく人のよさそうなちょび髭店長は親指を立ててるがそれは何を意味するのか、俺にはまったく理解できなかった。
完食できるだろ? っていう意味だったらすまないが無理だ。
「あっ、美味い」
「でしょう?」
オウルエイスさんがうろこごと食べてたから試しに俺もうろこごと頂いたら、サクサクして香ばしい香りも広がって、後からくる身の味が最高だった。
昔一度だけ食べた鯛を思い出したね、つーかそれ以上に美味いかもこれ。
えーっと。
「お魚の宝石箱やー」
何か感想を言おうとしたもののまったく意味が解らない感想になってしまった。
「ひ○まろもびっくりですね!」
オウルエイスさんってあっちの世界に何気に詳しいよね。
異世界って一つ一つが兎に角美味い。
食文化は俺の住む世界よりも上っぽい。
調理法から味付けまで、ちょっとした食べ物が極上に仕上がっているんだもの。
「なんでも美味いなこっちの世界は」
「ふふっ、食材と調味料が豊富ですからね。それに人間の方々は料理はとても上手なのですよ。是非とも貴方の世界にも食材を運んでこのお店の店長に料理店を開かせたいです」
「繁盛間違いなしだな」
「ええ、ただしこちらの世界では評判のお店が一つなくなってしまうので、決断しかねます」
そりゃそうだと、笑いあった。
オウルエイスさんとの会話は楽しいなあ。
「しかし、いつ戦争が起きるか解らないこの時期、シートレンの方々にはあちらの世界に避難をしてもらいたいものです」
「出来ないの?」
「残念ながら、大勢を移動させる手段はまだ……」
「そうなんだ……」
俺の立ち位置がそれに影響を与えている可能性もある。
何とも言えないが、俺がこの世界を認識する事で、俺の世界観への干渉を願う事で何かしら変化を与えられるかもしれない。
とりあえず、今はこの接待を受けて、帰ったら蔵曾にでも相談しようかな。
「ああそうだ、オウルエイスさんさあ、あっちの世界の漫画とかアニメとか、好きでしょ」
「大好きですっ」
「絵も上手いしさ、こっちで普及させたら?」
「普及、ですか……?」
パンフレットの完成度はかなり高い。
それに画力もある。
この世界に漫画とかそれ系の文化を広めたら面白そうだ。
「いいですね、いつか出来る日が来たら」
「楽しみだな」
アニメは難しそうだがね。
こうして店内を見ると、明かりはどれもランプを用いている。
電気が無いのだ、こちらの文明では。
サンヴァルギだけは電気を用いていそうだがその知識は他の種族に渡っていない。
文明の差が湖一つ跨いだだけで大きく広がっているな。
「この世界、気に入ったよ」
「そう言っていただけるととても嬉しいです!」
「オウルエイスさんはあっちの世界は、好き?」
「ええ、とっても!」
屈託の無い笑顔。
俺よりも年上と思われるも、笑顔でいると幼い子供のような表情をするのがぐっとくる。
彼女が皆に好かれるのがよく解る。
「最初に読んだのが漫画本でした、といっても文字は読めませんでしたが漫画本から少しずつ読み取って、勉強いたしました」
「えっ……あっちの世界には五ヶ月くらい居たって聞いたけど、もしかしてその期間に言葉も文字も……?」
「はい、あちらの世界には共有権は効きませんので。とても興味深いですね、あちらの世界の言葉は」
日本語を五ヶ月で覚えるとは……。
オウルエイスさんってやっぱりすごい人だ。
「本屋というものはこちらの世界では無いに等しいのでしばらく本屋通いが続きまして、楽しい日々でした」
「本屋はどこにでもあるからねぇ、それくらい書物関連は広まってるんだよ」
「ええ、歴史もすぐに学べて、あちらの世界をよりよく理解できました」
少しだけ、暗い笑顔。
「あまり読んでいて気分の良いもんでもなかったろ?」
「いえいえっ」
正直に話したって構わないのに。
今こっちの世界では戦争は無いものの、問題は結構抱えてるからなぁ。
「長く戦争を繰り返して、ようやく落ち着いて科学を発展させようと取り組んだら、今度は環境問題、定期的にこの問題は耳にするんだよね」
「こちらの世界もあまり変わりません。領土を拡大すべく争って、そしてサンヴァルギが環境破壊を繰り返す。世界ではそれを問題視されておりますね」
「もしもそのサンヴァルギの技術が世界中に広まったらきっと、あっらと変わらない問題を抱える事になるな」
「でしょうね……浩太郎様――」
彼女は何か言おうとしたその時――大地が揺れた。
建物全体が軋み、遠くからであろう爆裂音が鼓膜へと届いた。
遠からず近からず――
「な、なんだ!?」
「外へ出ましょう!」
店内で昼食を摂っていた人達と共に外に出ると、エルフの城方向から黒い煙があがっていた。
それも、大火事のニュースで見るような大きな煙だ。
炎も見える、聞かない鳴き声が響き渡り、空は竜が飛びまわっていた。
「こ、これは……!」
周囲の人々はそれぞれ口にする。「あれは、サンヴァルギの砲撃?」「サンヴァルギが動き出した?」「戦争が再び起きるのでは……?」「しかしまだ判断は……」「城周辺の森にあのような炎があがるのは考えられない、襲撃だ」と、混乱が起き始めていた。
「落ち着いてください! なるべく森から離れて、シートレイン長様にご報告をお願いします!」
「わ、解りましたオウルエイス様!」
オウルエイスさんは避難誘導を開始し、すぐに森から人々を遠ざけていった。
その人望、よほどのものであろう。
皆が彼女に従っている。
周囲は数分もしないうちに街の警護をする人と思われる兵士以外いなくなった。
バリケードまで用意され、森への立ち入りは禁止。
……嫌な予感。
空は竜が飛びまわり、異質な雰囲気を滲ませてきている。
「オウルエイス様っ!」
森からやってきたのは俺と午前中行動を共にしたエルフの二人だ。
「報告を!」
「サンヴァルギからの攻撃です! 魔馬を消失してしまい、城までの進路は炎によって絶たれました……」
「消火すべくエルフを集めてください! 人間達の手も借りたいですがそれは魔物や竜が落ち着きを取り戻してからでお願いします!」
「わ、解りましたっ」
ものっすごく、嫌な予感!
ざわめく周囲。
事態の収拾にと集まった人達はそれぞれ眉間にしわを寄せてよろしくないですと顔に書いているようなもんだった。
それから一時間ほど、俺の目の前で何人もがどたばたと動き回り、それぞれ話し合い、重い空気が周囲を染めていった。
よくやく口を開いたのは、オウルエイスさんだった。
「あの、浩太郎様……」
「……はい」
予想は出来ている。
「魔馬の消失と、エルフの城への進路も絶たれてしまい、森は魔物達が興奮していまして……誠に申し辛いのですが、元の世界に戻るのは……その……」
出来るならばその先は言わないでもらいたいな。
「現状、不可能と思われます」
……うん。
この手のパターンはな、こうなるの知ってた。
あるんだよね、異世界とか未来とか過去とか宇宙とかそういう別な場所に行くとさ。
いざ帰ろうって時に帰れないてちうパターンがね。
まさに……これだよおい。
ほんと、冗談じゃない。
「助けて蔵曾えもーん……」
俺は苦笑いを浮かべるしか、無かった。




