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その5.RPGでの移動中の勇者御一行じゃないんだぞおい。

 ……うーむ。

 最悪な事に、ノアは胸のボタンが取れていて手で押さえている。

 その隣には俺。

 となると、逃れられない誤解が生じる。

「大丈夫!?」

 クラスメイトが駆け寄ってくるわけだ、その目線は俺が何かした前提で。

「いつかやると思ってたけど……! まさかノアちゃんにやるなんて!」

 クラスメイトに俺は一体どんな奴だと思われていたのだろうか。

 ここで必死に誤解を解こうと発言しても被害が拡大しそうだ、ここは薫とノアに任せよう。

 その頼みを含んだ視線を送り、薫はちゃんと受け取ってくれて間に入った。


「違う違う、俺がノアのおっぱい揉みたくて服を引っ張ったらボタンが取れただけだ」


 薫に任せた俺が馬鹿だったよ。


「も、揉みしだかれました……」


 意味深に言うなよ。クラスの男子達の目に野獣が宿ったじゃないか。

 それよりもだ。 

 教室に入っても二人への接し方はいつもとは違って、彼らにとってはいつものよう――という、不可解な光景は続いた。 

 今までのノアは教室に入っても誰一人としておはようの挨拶はしないし近寄りもしない、それが当然だった。

 しかし今日はどうだ? 誰もがノアの顔を見たら蜜たっぷりの花を見つけたミツバチのように笑顔で近づいてくるではないか。

 ――ボタンが取れた? すぐに裁縫道具を取り出してノアのもとへ駆け寄ってすぐにボタンは元通り。

 更にはノアが席につくや数人の女子生徒が取り囲んで昨日の番組は面白かっただの最近の面白いニュースは何だなの積極的にノアの興味を引こうとしたような話し方。

 何人かの男子はノアに近づきたいも近づけない、みたいなもどかしさを醸し出していた。

 なんか宝くじでも当たったのが皆に知られたような感じだな。

 クラスでは薫も結構女子の人気者になっているのか、薫にもまた女子生徒が数人張り付いていた。

 俺はというと、誰も近づいてこなかった。

 うん、誰も……だ。

 教室に入った時の皆の反応は、ノアという美少女、そして薫という人気者、最後にこれといって特徴の無い奴。

 あからさまな態度にこいつら全員ぶちころがしてやりたいっていう殺意まで湧いてくる。

「浩太郎ー!」

「浩太郎君……!」

 おいおい。

 助けを求められてもな、困るのは俺なんだよ。

 周りにいた女子を引き連れられると俺だけ完全に場違いだ。

「なんかやべー」

「あのっ、ど、どうすればいいかなっ?」

 知らないよ!

「普通に話でもしてればいいだろ……」

 これ以上俺を困惑させないで欲しい、現状を理解するために冷静に考える時間が欲しいのだ。

 じゃないと俺は混乱でそろそろ思考回路が焼ききれる。

「どうしたの? 忍野おしのなんて放っておいてこっちで話しようよ」

「そうそう、薫は分かるけどノアちゃんは忍野と仲良かったっけ?」

 彼女達は俺と薫が友達同士なのは把握しているらしい。

「えっと……あのっ」

 クラスメイトと話しなれていないからかな、口篭るばかりですんなりとノアの口からは言葉が出てこない。

「こいつさ、実はノアの幼馴染なんだよね」

 薫がノアの代わりに答えるがそれは余計な発言だった。

「えっ? 嘘ー!?」

「本当に!? 信じられない!」

「幼馴染にしては地味! 凡人!」

 ほら、こうなる。

 最後に発言した奴は軽く一本背負いしてやりたい。

 朝から騒がしいなあもう、うっとおしくなってきたぜ。そろそろ先生が来てくれる、そうなりゃあこいつらは席に戻って解散だ。

 この騒がしい中で、ノアと薫のヘルプに対して俺は眉間にしわを寄せるのみ。

 よし、ここは――


 机に突っ伏して待つ事数分。


 酷い逃げ方だ。

 チャイムが鳴って扉が開く、先生のご到着だ。

 これでクラスメイトは一旦解散、ほら解散しろ、解散解散っ!

 ――と俺は上体を起こすや、

「さあ席について! 今日も元気に授業しましょう!」


 は?


 口をぽっかりと開けて俺と同じ反応をしたのはクラスで俺を含めて三人。

 他の二人は勿論、薫とノアだ。

 いつもなら「皆さんおはようございます授業をはじめますので席についてください」といったロボット口調が聞こえてくるはずだった。

 それと、特にこれといって特徴の無い地味な先生が来るはずだった。

 はずだった、のだ。


 教壇には爽やかさ溢れる先生が立っていた。

 

 見間違いじゃなく、おそらくとか多分とか付けたいけれど、妥協してきっとと付けよう――きっと長波先生だ。

 俺達三人は顔を見合わせて、視線を長波先生へ向けた。

 薫やノアと違って面影はかなり残っている、元々素材が良かったからなのかな。

「おはようございます! んん? 今日は挨拶がちょっと小さいかな? 元気がないぞぉ~?」

 ……いつも無表情の長波先生が満面の笑みではきはきとした口調になってる。


 これも、メモ帳女のせいか?


 とすると、長波先生は薫やノアの変化に気づいているはず。

 様子を伺ってみるも特に何の反応は無く、仮面でもかぶったのかのように笑顔が崩れないので無表情の時より不気味だった。

 一時間目の授業は国語、

 担当は長波先生である。

 いつもは退屈すぎて拷問に近いのだけれど、ハイテンションで分かりやすく生徒を楽しませるような授業は退屈せずに、ちょくちょくと国語の文章を作った作者の小ネタを話したりして何気に楽しかった。



 休み時間にて、周りに聞かせられる内容ではないので俺達は教室の角で肩をくっつけて縮まって話し合いをした。

「……長波先生、すごかったね」

「……ああ、今まで足りないものを手に入れたかのようだったな」

「……すごく、ハイテンション」

 あのハイテンションをお前にも分けてやりたかったよノア。

「ねーねー、今日はどうして忍野と一緒にいるのー?」

「私達とお話しましょーよー!」

「ノアちゃん薫ちゃん構ってよー!」

 すみませんねモブの皆さん、俺達三人は重要な会議をしているので邪魔しないでもらえます?


 ――とか言ったらきっと殺されるだろうな。


 俺達の後ろにはノアや薫を求める生徒達、彼女達の目的が俺じゃないのが悲しいね。

 しかも俺が二人と話をしていると男子生徒らからの殺意が増幅されていっている気がする。

 気がする――であってほしい。

「何か変わった事無かったか先生に直接聞いてみる?」

「そ、それ、いいかも?」

「またメモ帳女がうんたらで終わりじゃないかな。聞いても無駄だと思う」

 薫やノアとの件で、聞いてみてもメモ帳女が絡んでいる以外これといって何も分からずだ。

 先生に聞いても同様あろう、それより――

「メモ帳女を探したほうがいいとは思うんだよな俺は」

「そ、それ、いいかも?」

 ノアはそればっかりだな。

「近くにいるかな……?」

「可能性は高い」

「どうしてそう思う?」

「だって俺達を見て何かメモしてたろ? こんな事をどうやってやったか、何が目的かはまったく分からないけど、少なくとも観察したいっぽいしな」

 なるほど、と二人が頷く。

 そして顔を見合わせていた。お互いに、観察されている事に対して良い気分ではないといった様子。

「何の話ー?」

「ちょっとー」

「もしもしー」

 しかし外野がうるさいな。

 これじゃあ落ち着いて話もできない。

「昼休みにでもまた話をしよう、それまでは二人とも俺に近づかないで欲しいな」

「えーなんでだよ?」

「な、何故っ? わ、私……何か嫌われる事でも、し、したかな?」

「このままだと俺はお前ら以外のクラスメイトを敵に回してしまいそうだ」

 特に後ろにいる女子生徒達。

 二人は後ろを見て、ようやく納得してくれた様子。

「仕方ないな」

「ご、ごめんなさいですっ」

 二人とも女子高生を堪能してくれ。

 俺はいつもの退屈な高校生活を送るから。

 ちくしょうめ。



 それから昼休みまで俺は女子生徒(今思うと未だにクラスの女子の名前全然覚えてないな)に恨みを買わず穏やかに過ごしていられた。

 昼休みになると俺達は一緒に廊下へ、そしてついてくるクラスの女子生徒達。

 RPGでの移動中の勇者御一行じゃないんだぞおい。

 このままじゃあ話もできないので俺達は女子生徒達から逃げる事にした。

「あぁっ! どうしてお逃げに!?」

「ご、ごめんなさいっ……!」

「待ってぇ! ノアちゃんの好きなから揚げ持ってきたのお!」

「はわっ!?」

 ノアは足を止めかけて、戸惑いを見せた。

「足を止めたら肩パンするからな」


「ぐぬぬ……」


 ぐぬぬじゃないよ。

 全力で追いかけられたらすぐに追いつかれただろうが、彼女達はノアのために作った弁当のおかずを走った衝撃で滅茶苦茶にしたくないために駆ける速度は緩やか。

 おかげで逃げるのには苦労しなかった。

 屋上で俺達は弁当を食べながら話し合いをするとしたが、弁当箱を開けて中身の滅茶苦茶加減にため息。

 全力で走るんじゃなかったね、今更ながら後悔。

「女の学校生活もいいもんだな」

「よかったな。俺はいつもと変わらない学校生活だったぜ」

「わ、私も……皆と話をする学校生活、いいかも」

「よかったな。俺が今日話をした奴といえばお前ら二人くらいだぜ」

 この格差、酷すぎないか?

 メモ帳女は俺にもなにかしら手を加えてくれてもいいだろうに。

 例えば俺をイケメンにするとか、ちょっと足りない身長を足すとか、それだけでかなり変わると思うんだよな。

 ちなみにちょいとっていうのはさ、ノアを見下ろせるくらいの身長だ。

 何故に俺だけ何もしなかったかなぁ……。それとも何かする条件でもあるのだろうか。

「しかし未だに信じられないぜ、こんな事が起きるなんてさ……」

 薫、言いながら自分の胸を揉むなよ。

「わ、私も未だに……」

 ノア、お前も言いながら自分の胸を揉むなよ。

「長波先生もすごい変わりようだったな」

「す、すごかった……」

「そうだな、けどあのメモ帳女……何がしたいんだか」

 どうやってやったか、それは一先ず置いておくとする。

 優先的に考える事は一つ。


 目的だ。


 何が目的か――三人で考えてみるもクエスチョンマークを浮かべてご飯をぱくり。

「浩太郎、お前はメモ帳女に会ったのか?」

「昨日、街の本屋で会ったよ。ラノベについて話をしたかな」

 何か最後に変な事言ってたな。

「――事実は小説よりも奇なり……か」

「へ?」

「いや、あのメモ帳女が言ってたんだ」


「ご、語源の由来はイギリスの詩人、えっと……パイロンのドン・ジュアンに出てくる言葉っ。世の中の実際の出来事は人が考えて作る小説より、意外と不思議で複雑、という感じっ」


「よく知ってるな、お前ってもしかして頭良い?」

「そ、それほどでもっ」

「それほどでもって言う奴ほど頭がいいんだよな」

「ぼ、ぼちぼちっ!」

 ノアは照れてるのか、ご飯をぱくぱくと口へ運んで頬を赤らめていた。

 こうして見ると……やっぱりものすごく可愛くなった。

 ノアに足りないものが全て揃った結果、目の前に完璧美少女でしかも幼馴染という属性も携えている。

 こりゃあ……いいぞっ。まあ、その、なんだ、兎に角いいぞっ。

 それに薫だって考えを変えれば女友達第一号だ。

 俺に親しくしてくれる女友達……。中身を考えると、ちょっと引けるものがあるけど。

 この二人と一緒に昼飯を食べる……幸せすぎてこのまま死んでしまいそうだ、男一人の左右に女一人ずつで昼食、両手に花とはこの事かっ!

「メモ帳女が近くにいるとしたら、何処だろうな?」

 薫は周囲を見渡してみる。

 屋上にはメモ帳女らしき人物はおらず、いつものカップルがいちゃいちゃしてるくらい。

 今日の俺は温厚だ、爆発しろとは思わないぜ。

「フードで顔がよく見えなかったのが困ったな。生徒の中に紛れてても気づかないかも。けど絶対に見つけ出して捕まえてやる」

「み、見つけ出しても何をされるか分からないよ……?」

 ……それもそうだな。

 相手は薫を女にしたり、ノアを美少女にして更に巨乳にしたり、長波先生をハイテンションな教師にしたりと非現実的な事を簡単にやれる奴だもんなあ……。

 危険、ではある……。

「それは承知だけど、目的を聞かなきゃ。俺達は実験台にされてるのかもしれないしさ、いや、俺達って言うよりお前ら二人だけど。そんなだったら嫌だろ?」

「ま、まあそうだな……」

「う、うん……」

「焦らなくても、いいんじゃね?」

「う、うんっ!」

 何だよ、メモ帳女を探すのに前向きじゃないな。

 ノアに関しては「そ、それ、いいかもっ?」って同意してたろ。

「ゆっくり調べようぜ、熱心に探して相手を刺激させるのもどうかと思うし」

「う、うんっ!」

 ノアは毎回単調だな。

「逆にさ、こっちがこの変化を楽しんでる風景を相手に見せて油断させるのもどうだ?」

「……というと?」

「お前と一緒にわいわい学校生活を堪能して、放課後や休日は街で遊んだりするとか。メモ帳女が少しでもこっちに興味を持ちそうな事をしてみて誘う、的な」

「そ、それ、いいかも!」


 一理あるな……。


 メモ帳女は俺達を観察して何かをメモしたいらしいし……俺達が様々な行動を取ればメモを取るためにあっちから近づいてくる可能性もある。

 メモ……しかし何故メモを?

 あいつと話したのはラノベ……ラノベを書いてみたいとか言っていたけど、もしかしてラノベのネタ探しのためにこんな事をしたんじゃあないだろうな……?

 どうであれ、薫の案は中々いいかもしれない。

 考えてみれば、こっちが闇雲に探したところで相手の居場所が分からないのだからどこを探せって話にもなる。相手も探していると知ったら逃げるだろうし、となれば逆に誘うのが一番か。

「つーわけでしばらく高校生活を満喫しよう!」

「ど、同意っ!」

「まあ、それもありか……」

 ノリノリの二人にはなんか引っかかるけどね。

 ――つーか。

 母さんの作った弁当、から揚げやら一口ウインナーやらおかずは何種類もあって味も最高だった。

 まさかこれもメモ帳女によって母さんが変えられた……?

 かもしれない、な。

 こんなに美味しい弁当を作ってくれるのは正直ありがたいが。

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