その47.ここが異世界でございます
「ここが異世界でございます」
唐突に、目の前の女性は意味不明な発言をした。
よく見れば耳は横に尖がっていて金髪に青い目、この時点で世界中どこを探してもこんな会社員いるわけが無い。
さっきは違う姿だったはずなのに……。
一体現状に何が起こったのかまったく理解できない。
俺は口を開けてただただ彼女を見るしかなく、彼女は目の前に広がる風景へ右手を広げて俺へ説明を始めた。
「こちらをご覧ください、エノキノル大陸の大自然でございます」
それはまるで観光案内のような口調で。
続けて、次は左手を風景へ。
「左手側に見えますのは、青く綺麗な湖、その奥には機械国家サンヴァルギがございます」
営業スマイルと言わんばかりの笑顔。
未だに俺は地面へ尻をついているのだがそんなのお構いなしに彼女はなんか景色の説明をし始めていた。
当然、俺は理解できずにどでかいクエスチョンマークを浮かべて無駄に時間を浪費するしかなく。
大自然の清々しく美味しいと感じられるくらいの空気が徐々に落ち着きを取り戻させていた。
冷静に考えるんだ。
そう、冷静は大事だ。
先ずは整理しよう。
今は記憶が混乱している。
頭の中はストレートパンチを食らって真っ白状態カウントはセブン、エイト、ナイン……カウントアウトされる前に記憶を思い返そう。
今日は何をしていたのか、先ずはそこからだ。
落ち着け、落ち着くんだ。
じっくりコトコト落ち着いて考えろ。
これは夢か? どうだ?
頬を抓ってみるか?
ベタだがやってみよう、何事も挑戦が大事だ。
「うぐぐっ」
うん、痛いっ!
夢じゃない!
「大丈夫です?」
「大丈夫じゃないです!」
先ずあんたは誰だ!?
ちょっと理解できない事が多すぎるからすぐに把握できるような解りやすい説明書でもくれないかな!?
* * * *
いつもと変わらない朝。
母さんが僕を起こしにきてくれて、美味しい朝食があって、渋い父さんがいて、いつも見るニュースは美人キャスターが滑らかな口調で話している。
これが、俺のいつもと変わらない朝になって二ヶ月ほど経過した。
たまに寝ぼけて「母さん大丈夫!?」とか言っちゃう時があるがね。
だって蔵曾によって変化する前の母さんは煙草をふかして朝は冷食をレンジでチンッか、納豆とご飯と美味しくない味噌汁か、しょっぱくて辛い炒飯ばかりだったからね。
いやー最近は、充実している。
顔を洗って、鏡に映った自分を見て意味も無く俺はニカッと笑った。
実はというと、いい事があってだな。
身長が三ミリ伸びたんだ。
蔵曾がいつだか伸ばすといった以降に、だ。
俺の身長は伸びている、あと三センチで170の道へ到達できる。
蔵曾に変化させてもらえばすぐに長身が手に入るんだがな、あいつは渋って身長を伸ばしたがらないときたから困ったもんだ。
それでも俺の身長は伸び始めている。
これも立ち位置のおかげ、か?
……立ち位置は今ある世界観に対して自分の世界観に変化させるもの――だったか。
って事は、俺は誰の手も借りずに身長が伸びている。
そう、そうなのだ。
この調子なら来年には長身になって、ついでにイケメンになっているかもしれない。
ふふっ、将来が楽しみだ。
「浩太郎、なんかキモいわよ」
「か、母さん!?」
「浩太郎は今のままでいいわよ」
「俺は今に不満があるの!」
「母さんは今の浩太郎に満足なの!」
「知るか!」
こういった家族の会話はよく増えて、家にいるととても楽しい。
今日の朝食は美味しい炒飯と味噌汁。
もう最高だね、一口食べた瞬間に母さんの作る炒飯は美味しいんですよ! なんて、ご近所さんに叫びまわりたいくらいに最高だったね。
「じゃ、そろそろ行くかな」
「行ってらっしゃい、母さんにキスしちゃってもいいのよ」
「行ってきまーす」
キスせずそそくさと家を出て、今日もまたいつもの待ち合わせ場所に向かうとした。
ご近所さんが通りかかるたびに、俺は炒飯の件について熱烈に訴えたかったが止めておこう。
「やあ」
珍しい。
蔵曾がいつものようにメモ帳を片手に持ってやってきた。
ここ最近の朝は鬼全が俺に喧嘩を売りに来るくらいだったのにな。
鬼全がどっかにいたりする? そうしたら俺はほんの僅かながら警戒心を抱かなくちゃならない。
「よお。朝早くからどうした?」
「観察」
朝から熱心な事で。
「……そうだな。いっぱい観察して早く俺を解放してくれ」
「えー」
「えーじゃねぇよ!」
しかもなんでメモってんの!?
暇そうな雰囲気を感じる。
学校へ行く必要も無いのに蔵曾は俺と肩を並べて通学路を共に歩み始めるし。
これといって用も無く、「鬼全は狐狗狸の酒造りに興味がいっている」とか「豊中に見張られてパソコンに集中できない」やらどうでもいい世間話をするのみ。
うん。
こいつ暇なんだなぁ……。
鬼全が俺を襲う時以外は狐狗狸のとこに行ってしまって暇なんですと言えばなるほどなぁと思ったかもしれんが。
「最近は、どう?」
「どうって?」
「ラブコメ的な展開になる気配は? フラグ、そう、フラグは?」
「フラグは立ってない」
俺達の関係は特に何かあるわけでもなく平行線を辿っている。
「立てて」
「そう簡単に立つかよ!」
立つ前に折れそうだがな。
ああ、それと鬼全を呼び込む事になった立ち位置の変化だが――あれからやたら怪異と思われる奴らを見るようになった。
今までは意識してなかったから、というのもあるかもしれないが、街中を歩いていると大勢の通行人の中に、どこか人間っぽくない雰囲気を出している奴らがいる。
俺の世界観は変化した、弱い怪異がいる世界に。
元からいたらしいが、そいつらは俺との距離を近づけている。
立ち位置の管理は難しい、どうやってやったらいいのか全然解らないのだ。
「蔵曾、立ち位置って自分でうまくコントロールできるものか?」
聞いてみよう。
元々はこいつの能力みたいなもんだろうし。
「少しは」
「少しだけかよ……」
「君の心の変化を汲み取り、立ち位置は世界観に干渉する。人は心の管理を完璧には出来ない。機械のように心を管理できれば可能かも」
それは無理と言っているのと同様だ。
「立ち位置に飲み込まれは、してないね?」
「飲み込まれ……る?」
蔵曾は足を止めた。
その質問は重要性を持つからと言いたげに。
「……君は、世界をどうこうしようとか、強い欲望には駆られていないようだから立ち位置も反応しない、安心している」
「……俺は平穏しか望んでない」
「君は立ち位置を持つにふさわしい、もう少し、少しだけなら欲を見てもいいかも」
よく解らんが褒められているのかもしれない。
「そりゃどうも。だが欲は出さん。こういうのは決まって面倒な事になるだろ」
「確かに、かにかに」
ダブルピースして蟹の真似をする神様というのはものすごく間抜けに見える。
……しかし、困ったもんだ。
立ち位置なんてもんを頂いたおかげで油断できない。
たった一言で俺の世界は変化しちまうんだからな。
「また、あとで。頑張って」
そう言ってどこかへ行ってしまった。
頑張ってというのはこれから学校での授業とかの事だろうか。
それならば俺は頑張らないつもりなんだがな。
学生という本業を怠惰で塗りたっているのが俺の学生生活なのだから。
しかしノアや薫に会わなくてよかったのかねえあいつ。
あと少しで待ち合わせ場所なんだ、どうせならあいつらに絡んで少しでもインスピレーションを刺激させるようなものを得られるよう励めばいいのによ。
いつになったら物語を書くのやら……。
「あの、忍野浩太郎様でしょうか?」
「はい?」
街に入る直前で、唐突に横から話しかけられた。
黒いスーツ姿の女性は、営業スマイルと言わんばかりの笑顔。
アンケートでもと言い寄ってくる?
それともただのティッシュ配り?
にしてはここらはまだ人気が少なくティッシュ配りには適さない場所だ。そもそもティッシュ持ってないな。
……待てよ?
この人は俺の名前言ってたよな?
「どこかで、お会いしました?」
知り合い?
それとも親戚?
「いえいえ会うのは初めてです」
「ならどうして俺の名前を……?」
……見た目はどこにでもいる会社員っぽいけれど、妙な違和感を感じるな……。
人間じゃ、ない?
怪異だったりする?
だがまて、安心しろ。
俺に接触してくる怪異は弱い、戦いになっても勝てるか逃げれる自信はある。
「以前から調べておりましたので。私、実は貴方に是非来て欲しいところがありましてお伺いさせていただきました」
ぺこぺこと頭を下げてくる。
周りからしたら会社員が学生に頭を下げてる光景なわけで、注目を浴びてしまっていた。
うーん、止めてほしい……。
「ちょ、ちょっとっ……」
「あっ、これは失礼しました。私はエルフのオウルエイス・ロロ、異世界から参りました」
「エ、エルフ? い、異世界……から?」
いきなり何を仰いますか貴方は。
ていうかエルフ? にしてはエルフらしさが無いな、耳も尖がってないし、姿形は日本人そのもの。
エルフと名乗るには少々無理があるってもんだぜ?
「左様でございます」
左様も右様もクソもねえ、説明不足にもほどがある!
これも、立ち位置の影響か?
けど俺はエルフも異世界なんて望んではいない……。
異世界人ってのもの同じく、今まで頭の外にいってしまってそんなの存在すら考えてもいなかった。
「えっと……」
言葉が行方不明。
目の前に異世界人はいる――俺の世界観に入り込んでいる、としたら……面倒な事がこれから起きますよっていう話。
もう色々な事が起こりすぎてこれくらいならすぐに受け入れられそうな自分がいるも、疑り深い故に警戒心は高い。
敵か味方か、その判断は最も重要だ。
「苦労しました、貴方を探そうにも何故か見つけられない。貴方と思われる人物を見つけても何故か接触できない。こうして魔法を使わなければ貴方には会えませんでした」
……それは間違いなく立ち位置によるものだな。
けれど――
「魔法……?」
「はい、異世界には魔法があるのです」
と、申されましてもね。
俺に会うために魔法を使って立ち位置の力を何とかして世界観に入ってきたのは解った。
その次が重要だ。
「……来て欲しいところってのは?」
「異世界でございます」
ですよねー。
何か薄々そういう流れになるんじゃないかって思ってた。
つーか異世界に俺を連れて行く目的は?
それとこんな人通りの多い場所で立ち話もあれだ、人目につきすぎる。
「とりあえず場所、移さない?」
「解りました! では早速行きましょう! あちら側も準備が出来たようなので!」
「えっ、あっ、いや、どっかゆっくり話できる場所で――」
オウルエイスさんは何やらいきなり唱えはじめた。
足元が青白く光り出す。
……誤解してないか?
場所を移すってのは世界規模の移動じゃないぞ!?
「では!」
俺の手を掴んで彼女は続けて言う。
「異世界へ!」
「ちょっと待っ――――!」
暗転。
どうしてこうなった。
――仰向けになっていた。
手に伝う感触は土や砂、太陽がぎらぎらと輝いてその暑さも感じられる。
……何があったんだっけ?
頭がぼやけていた。
うっかり昼寝でもしたような気分だ。
本当に外でうっかり昼寝をしていたらどんなに良かったものか。
上体を起こすと、目の前に広がるのは、俺の知る世界ではなかった。
「お気づきになられましたか?」
彼女は俺の隣にいた。
声は変わらないが最初に会った時と容姿が変わっている。
どんな容姿かと聞かれたら、エルフと答えれば誰もが想像しやすい容姿に、だ。
「申し訳ございません、一つ言い忘れておりまして、異世界移動は慣れぬものには最初は負担が大きく感じるものでして」
そうまくし立てられてもな、先ず現状を理解する時間をくれないかな……。
その負担とやらで俺は気を失っていたという事で、いいの?
「どうぞご覧になってください」
嫌でもご覧になるしかない、その風景――
「ここが異世界でございます」
らしい。
……どうしてこうなった。
第三部の更新を始めたいと思います、今回から異世界編となります。




