その40.明日ももっと熱くなれますように
ノアと薫にはメールしておくとする。
今日は今から蔵曾んとこ向かうとなると夕食時に入ってしまうからな。
これは長引くなと思ったが、手回しのおかげで手続きは省けたので思ったほど時間は掛からず手ごろなパソコンを選んで会計して終了。
お値段は契約の割引で何気に安く買えた、俺の分も是非に買って欲しいものだ。
「お金残った、扇風機でもみる」
「俺もちょっと見てみるか」
扇風機売り場へ向かい、既に通りかかったのに蔵曾は華麗にスルー。
「おいおいここだよ」
「……?」
首を傾げた。
「これこれ」
丁寧に指差してやったが、蔵曾は今一ピンときていないのか、更に首を傾げた。
俺が指差しているのは最新の扇風機。
今や羽根無しの扇風機が売られる次代だ。
「羽根、ない」
「羽根はもう無くなりつつある」
「なんですとっ!?」
……すっげえびっくりしてる。
目の前には様々な形のものがある細長いタイプから、筒のようなものがついているタイプ、羽根付きもあるがそれはこの売り場の奥にひっそりと置かれているに違いない。
宣伝するならこういう人が通る場所には最新のものを置く、それは当然の事だ。
スイッチを入れれば動くかな?
こいつにこの羽根無しが扇風機だと教えてやらねばなるまい。
ポチッと入れると弱の緩やかな風が流れた。
おお、いいねえこれ。
「なん……だと!?」
漫画風の驚き方するほどのものか?
過去から誰かタイムスリップさせれば蔵曾と同じ反応するかもなこれ。
「買う」
「よし、買え」
これで夏をなんとかしのげ。
……夏になったらエアコン買うとか言い出すなよ?
しっかしこの扇風機、場所もとらないし科学の進歩ってのは素晴らしいよなあ。
蔵曾は大切そうに抱えてレジへと足を進めた。
「ぱねぇ……」
何か聞こえた。
蔵曾が足を止める。
俺は足を進めて蔵曾の手を掴んでレジへ真っ直ぐ進むとした。
嫌な予感が大波となって襲い掛かってきている、早いとこ避難しなければ。
「でんしれんじぱねぇ!」
「いかがですかお客様」
「ぱねぇ! 買うぜ!」
「ありがとうございます!」
ほら、蔵曾行くよ?
他に何か買いたいものあるか? だったら俺が後で買ってやるから今すぐここから離れよう、な?
「敵」
「知らん、行くぞ、ほら、薫のいるメイド喫茶行こっか?」
「かおりん今日休み」
「あいつのシフトちゃっかり調べてんじゃねぇよっ!」
扇風機を持ってレジへ強引に運ぶも蔵曾の足の進み具合はよろしくない。
「敵」
「あいつも買い物中だ、後にしろ!」
「敵」
「早く買え!」
「敵」
「うるせぇ!」
どうしても俺と鬼全を戦わせたいらしいな。
こんな店内であいつが暴れたら大変だろっ。
見ると後ろのカートにはいくつも商品が積まれてるし金はどこから出てくるんだあいつ。
蔵曾も然りだがな。
「住家、見つかったのかも」
「アパート借りてたぜ」
「なら、引越しそば」
届けるってか? お前だけで行ってこい。
俺は尾行したのばれたから顔を合わせただけでご立腹になられるかもしれん。
二人を付き合わせるわけにはいくまい。
会計を済ませるも、蔵曾は鬼全を待つようでその場から動かず。
よくよく考えてみればもう今日の目的は達成されたんだ、蔵曾に付き合わなくてもいいんだよな。
「よし、俺は帰る」
「駄目」
「なんでだよっ」
服の裾をがっちりと掴んできやがった。
それにもうすっかり夕方の六時を回ってる、腹が減ってきたんだよ。
「実は引越しそば、既に用意している」
「だから?」
「三人分」
「なんで三人分っ!?」
ポケットから出すのは解るがフードから出してきやがった。
お前のフードは四○元ポケットか?
「二人じゃ寂しい」
「知るかよ!」
「一緒に祝おう」
「祝う理由無いわ! 敵だよ敵!」
「まあまあ」
何がまあまあだ。
それでも蔵曾はぎゅっと掴んで離さず、無理やりはがそうにもこいつ……何が何でもと妙な執念を燃やして足まで絡み付いてくる。
「あっ! てめぇ!」
その結果、買い物を済ませた鬼全に見つかった。
あの大量の家電をカートに乗せているために、すぐには襲われなくてほっとしたぜ。
襲われても別に構わないんだがな、店内ではお静かにってのを守りたい。
「引っ越し祝い」
そばを見せる蔵曾。
「おおっ! そば!」
そば好きなの?
「彼からの贈りもの」
「えっ!? いや、おいっ」
「てめぇからの? ……ふんっ、一時休戦の申し出も含めて、か?」
蔵曾よ、うまく俺を巻き込んでくれたな。
否定できなくなっちまったじゃねえか。
「その……まあ」
「一緒に食う」
「……折角だ、ぱねぇ我が家に招待してやるぜ!」
あ、こいつ。
誰かに自分の部屋を見せたくてたまらなかったんだな。
そんでもって俺の耳元で、
「それに、蔵曾の前では襲わねえ。正体もばらすなよ?」
などと囁くがな、お前……自分の正体を隠したいようだけど、もう蔵曾にばれてるぞ?
そんなわけで、といってもどんなわけでこうなったのやらと頭を抱えたいが俺は敵に、敵の住処へと招待された。
世の中何があるか解らない、本当にそれだ。
敵として襲われ、尾行して、引越しそばをこれから一緒に食べる事になる。
タクシーに乗って大量の家電を運んでやり、敵の住家を前にしたあたりで俺は何をやってるんだろうなあと……こっそりとため息をついた。
「見て驚くなよ、ふふふ……」
顔に出てますよ鬼全さん、驚いてほしいって感じのにやけ面が。
鬼全はゆっくりと扉を開けて、途中で止めるやそこからは勢いよく最後まで開放。
「ふっ、入りな」
お邪魔させていただこう。
そろそろこの家電が重く感じるほど腕が疲れてきてね、早いとこ置きたいんだ。
「うぉぉお」
「おー」
伸びる短い廊下、綺麗なキッチンを通りすぎて六畳間の洋室。
中央にはテーブル、端にはベッド、ベッドの上にはギターが転がっていた。
小さいながら冷蔵庫も置かれている、冷蔵庫の上には日本酒が大量に置いてあった。
冷蔵庫を空けたら酒しか入ってないんじゃないか?
カーテンも購入したばかりだろう、室内は全体的に新鮮さと清潔感であふれている。
てっきり全体が真っ黒で恐ろしい空間が広がっているものと思われたが。
「隣の人間に何を手に入れればいいのか色々と教えてもらった」
「素晴らしい」
「……うん」
感心した。
壁に“元テニスプレイヤー”のポスターが貼られているのはとても気になるが。
「……これは?」
「神のポスターだ」
いやだから元テニスプレイヤーだよ。
「明日ももっと熱くなれますように」
どういう願いだよ!
それに両手合わせるな、そんな神通力的なの持ってないからこの人。
持ってるのはテニスラケットだから。
「なれますように」
蔵曾、お前も手を合わせなくていいから。
「おい、てめぇも手を合わせろよ!」
「……はい」
従っておこう。
逆らったら何をされるか解ったもんじゃない。
「もっと熱くなれますように……」
どこでこんなポスター手に入れてきたんだ?
背景が炎だから見てるだけで熱く感じてくる。
それはともかくとして。
キッチンに立たされて何故か俺はそばつゆを作らされていた。
めんつゆがあればいいのにな、何気に調味料は揃ってるがそこらへんのは無かった。
料理はあまり経験が無い、携帯で調べるとしよう。
「ふむふむ」
かつおぶしを使うのか、なるほど。
「いい香り」
「だろ?」
香りにつられて蔵曾がやってきた。
「ちゃんと作れよ」
鬼全もやってきた。
「もっと熱くなれよ!」
「もっと熱くなって」
「うるせぇ!」
なんでそうなる!?
そりゃあ俺が今持ってる鍋はこれから熱くなる予定だよ。
「だめだめだめだめ諦めちゃ!」
「どうしてそこで諦めるんだそこでぇ」
「諦めてねぇよ!」
こいつらスイッチ入ったら本当にうるさい!
謎の応援は何のためにもならなかったが、試行錯誤の末、なんとか出来上がった。
初めて作るにしてはいいほうじゃないかな? かつおの香りも活きてるし。
調べるより母さんに電話してめんつゆの作り方を教えてもらったほうがもっと上手くできたかもなぁ。
そばも茹でて三人分完了、と。
「おー」
小さな拍手、ありがとうよ蔵曾、てめぇのおかげで俺は敵地でそば作ってるんだよこの野郎。
「へへっ、やるじゃん」
ちょっ……何その男同士喧嘩した結果、すっきりして分かち合う感じっ。
そばを前にして、三人でちゃんと手を合わせて――
「「「いただきます」」」
お味のほうはいかがかな。
「美味しい」
「うめぇ! てめぇぱねぇ!」
どうもありがとう、敵に褒められるとは思わなかったよ。
ずるずるずると吸引力の変わらないただ一つの掃除機みたいにそばが吸い込まれている。
その食べっぷりを見ると嬉しくなるね。
「そばに免じて尾行については許してやろう」
「はあ、どうも」
うーん、我ながら。
「だが次会った時は敵だからな」
「ええ、はい」
うーん、中々いい出来だぜ。
「聞いてるのか!?」
「えっ!? もちろん!」
ごめん、そばに集中してて。
三人とも完食、食事を終えて一息つくとした。
腹が減ってたからそばはありがたかったね。自分で作ったものは美味しく感じるものだ、満足した。
鬼全はテレビをつけて面白い番組が放送されてないかあさり始めていた。
テレビは何気に液晶、しかも大きい。
うちのより大きいかも。
室内は新品の家電製品で溢れていた、今日だけでどれだけ金が動いたんだろう。
こいつらがいれば日本経済は潤うんじゃないか?
「てれびってすげえよなあ」
「すごい」
二人でテレビに釘付けだ。
そういや蔵曾の部屋にはテレビなかったな、早速テレビに引き込まれてやがる。
そのうちテレビが欲しいとか言い出しそう。
「近い近い」
二人とも画面に三十センチくらいの距離で見ていたので俺は服を引っ張って距離を取らせた。
このままだとこいつらはそのうち眼鏡かコンタクトレンズの着用を義務付けられかねない。
「目を悪くするよ」
「そうなのか!?」
「そうだよ」
「てれびって怖いな!」
そうでもない。
テレビを見て気づいたが、もう十九時を回っていた。
そろそろ帰らせていただきたいな。
鬼全はチャンネルをころころ変えて、気になるものでもあったのかいきなり番組を固定。
どんよりとした暗い画面が映った。
出てくる文字はホラー特集、赤い文字で不気味さを演出している。
「ほ、ほお……?」
ホラー特集ねぇ……?
まだ時期ではないが番組側の都合ってやつかもしれん。
既に番組は始まっており、先ずはおなじみ心霊写真。
「……し、心霊写真?」
「これは……」
「ふーん、心霊写真ねえ……?」
声を震わせる鬼全に、小さく呟いて言葉をその後紡がない蔵曾、そんでもって呆れた声を漏らす俺。
三者三様。
後ろに誰もいないのに肩に手が写ってたり、奥の窓に人の顔が写ってたりで、明らかに合成だろっていうのもあったりで特に恐怖は抱かない。
それでもテレビを見慣れぬ二人にはテレビが真実と認識してしまっている結果――
「ぱ、ぱねぇ……」
「……う、うん」
「びびってんの?」
怪異と神様が縮こまっていた。
「び、びびってねえし!」
「全然」
ふーん。
俺は幽霊とかそういったオカルト的存在は信じていない。だから怖くもなんともない、恐怖を抱くとしたらそれは演出によって強引に引き出された恐怖だ。
「へっ、あ、あたしならこのユーレイなんてすぐぶっとばしてやるぜっ!」
パキッ。
「あひゃぁあ!?」
何て事もない、ただの木が軋んだような音。
乾燥してるからかな?
つーかあひゃぁあ!? ってその叫び方に驚くわ!
消灯した後に聞こえる時のは天井付近が徐々に冷え込んでいくからだそうな。
「ラ、ラップ音」
おう、丁度ラップ音についてテレビでも解説してるな。
それを二人はじっとみて、青ざめていた。
日本人がこいつらみたいな奴らばっかだったらすごく平和な国になってたかも。
「は、はは……だ、大丈夫大丈夫」
「じゃあ俺は怖いから帰るな」
幽霊を理由にして帰ろう。
「ま、待てぃ!」
江戸っ子か君は。
勢いよく手を張ってきた。
張り飛ばされるかと身構えちゃったじゃないかっ。
「待って……」
蔵曾、お前な……俺の服の裾を掴んでその上目遣い――時々見せる女の子らしさが萌えるんだよもう!
足止めちゃったじゃん!
帰る機会を逃した気がしてならない!
「き、今日は泊まっていけ」
「なんでっ!?」
敵地で寝泊りとか不安しかない。
「大丈夫、私は襲いはしない」
引きつった笑顔、どんだけ幽霊が怖いんだよ。
怖いなら怖いでチャンネル変えればいいのにさあ。
あれか? 怖いもの見たさで調子に乗って見すぎたら怖くて後悔してる最中?
「明日も学校あるし……」
「ジュース、飲むか?」
冷蔵庫から炭酸系のジュース出してきた。
絶対酒に使う用に買ったやつだろ。
「お菓子も、あるぞ?」
おつまみな。
テーブルに広げて鬼全はどうにかして俺を引き止めたい様子だった。
「シャワーも使っていい!」
「浩太郎、是非」
必死すぎんよ。
「お風呂沸かすからぁあ!」
お風呂で釣れると判断した根拠が知りたい。
悩んでいると二人に腕を引っ張られて左右に挟まれて、俺は座らされた。
「あの……」
「いいから!」
「座ってて」
がっしりと腕を絡められている。
選択肢は既に与えられていないようだ。
ジュースを出してくれたのならせめて飲ませてくれ、後ろのテーブルに置かれても腕を動かせないんじゃどうしようもない。
その後、心霊スポットの取材では取材班の音声に奇妙が入ったところで二人とも驚き、俺はやらせっぽいなあ……と無表情でただただ眺めていた。
CMを挟んで番組のロゴが再び出た時に気づいた。
悲しい事に、これ二時間スペシャルだ。
夏の心霊特番は絶対に私は見ません、ホラー映画も絶対に見ません、ホラーゲームも絶対にやりません。
別に私は幽霊が怖いっていうのではなく、幽霊を信じていないからです、そうなのです。
どのチャンネルも心霊特番とかふざけないでください。今年の夏も怒りました。




