その4.こうなったら揉みしだいてやる
猫耳フードの子……彼女が何かしたのか?
俺達を見て逃げたのも、何かしたと言っているようなものだ。
……でもどうやって?
非現実的すぎる、だろ? 現実なのかいこれは、頬を抓るとそりゃあ当然痛みがあるから現実なのだよね、悲しいね。
現実だ、ああ、これは現実。
では冷静に考えてみよう。
もしかしたらあいつは科学者か何かで男を女に変える薬でも開発して飲ませた、とか。
しかし俺以外に気づかなかったのが妙だ。催眠、まてまてもはや結論付けようと力技すぎる。
それに薫を女にして何が目的だ?
とりあえず俺達はわき道から出て学校へ向かうとした。
学校へ行く気分ではないのだが、薫は学校でも自分がいきなり女になった事を家族同様誰も気づかないかが知りたいようだ。
それは俺もちょっと知りたいかも。
そんでもってどうして俺だけ気づけたのかも気になる。
何か気づける法則がある、とか?
どうであれ先ずは学校へ、だな。
「はあ……尻のあたりがスースーする」
「なんか漫画とかで女になった奴って皆そんな台詞言うけど現実でそれが聞けるとは思わなかった」
元男とはいえ、女子と肩を並べて学校へ行くのは……そわそわする。
それと朝から女子と一緒に登校となるとほら、一人で歩いている男子にはなんか優越感を感じられる。悪くない気分、同時に俺って性格悪いなあと思ったり。
「なんだあいつ」
薫は足を止めて、何かを見ていたので俺も視線を追ってみるや、いつも横を通るファストフード店の前に女子生徒が一人。
何やら窓に自分の顔を映して、じっとそれを見つめながらぺたぺたと自分の顔を触っていた。
「朝の俺と同じ事してやがる」
「あいつも元男だったりして」
「ありうるな」
挙動不審すぎる、何が起きたのか分からず周囲の目も気にせずといった感情を漂わせる背中だった。
背は俺よりも高いな、長い黒髪は腰まで伸びていて見とれちまう。
「どうする?」
「通り過ぎていいんじゃない?」
気にはなるけど、厄介事に自ら足を突っ込むのもどうかという話。
薫は自分の現状に手一杯、俺はその状況を理解するのが手一杯だ。これ以上何かあったら頭から煙が上がるかもしれん。
「あ、こっち見た」
「えっ?」
確かに。
見てきた、うん、見てきたけどその視線は真っ直ぐ俺に向けられていた。
……気がした。
俺の知り合い……ではないな。あんな美人知っていたら俺の人生はもっと華やかになっていたはずだ。
それにしても、綺麗な人だ。
整った顔立ち、ぱっちり二重の瞼、この時点ではなまるですと言いたい。
さらに潤いのある唇、最高――面白みも無く簡単な表現だが分かりやすく手っ取り早いので三文字でまとめると、美少女中の美少女。
「なんかこっちずっと見てるぞ」
「うん……」
見てくる理由が解らない。
「今にも助けを求めそうなくらい見てるぞ」
「ああ……」
彼女が俺に助けを求めてきたとしても俺にはどうする事も出来ないんだよなあ。
彼女は俺達へ歩み寄り、酸素でも欲している金魚みたく口をぱくぱく。
「何か?」
「……えと、あのっ、そのっ」
口篭るその声。
聞き覚えがあった、あったが……それでも誰なのかすぐには思い出せなかった。
「あの~お名前は?」
聞いてみるとしよう、それが手っ取り早い。
美少女の狼狽は萌える。
「……アです」
「えっ?」
ボソッとした声、聞き取れなかった。
「……こう……アです」
「何だって?」
声ちっちゃ。
俺達は彼女へ耳を傾けて距離を縮めるも、警戒されているのか彼女は距離を取って、また口をぱくぱく。
勇気を振り絞っているのか、胸に手を当てて深呼吸した後に彼女は言った。
「こ、上月ノアです!」
俺達は、固まった。
お互いに顔を見合わせて、瞬き二回。
「わんもわ……」
「こ、上月……ノ…………す」
最後に至っては尻すぼみして聞き取れなかった。
「えっ……あの上月ノア?」
薫が目を真ん丸くさせて聞くと、彼女――上月ノア? は小さく頷いた。
「いやいやんなアホな!」
朝起きたら女になってたお前が言うなよ。
「目が覚めたら……こうなってて……」
沈黙。
考えてみる、この非現実的な現象本日二度目について。
落ち着け、男友達がいきなり女友達になって更に幼馴染がいきなり美少女になって目の前に現れるなんていう現実。
いや、ダメだ、落ち着けない、わけがわからない。
とりあえず、質問してみよう。
「変な夢、見た? 知らない女の子が出てくる夢とか」
「あ、うん……」
つまり、薫と同じくあの女の子に何かされた?
「……本当に、本当にノアなのか?」
ノアだとしたら俺より身長が高くてちょっとムカつくな。
「ノア、です、すみません許してくださいごめんなさい……」
「別に怒ってなんかいないよ」
ちょっとその羨ましい身長にムカついただけだ、顔に出てたかもしれないな。
連続して信じられない事が起きると、どうしていいのか分からない。
……あのノアが、こんなんになっちまうなんて、どう反応していいのやら。
「でも胸ちっちぇーな。俺よりちっちぇー」
「はわ……」
涙目になるノア。
可愛い……。
「ふふん」
しかし薫は元男としてそこは勝ち誇っちゃいけないと思うんだよなあ。
「そこいじるの忘れていた。やはり幼馴染は胸が無いと駄目」
またあの少女の声だ。
近くにいる、俺達は聞き覚えのある声の主を探してみると電柱の影にあの少女(メモ帳持ってるからメモ帳女と呼ぼう)を発見。
彼女は手に持っていたシャーペンでまた何かメモを取り、ペンでノアを差すと、一瞬彼女の体に何か青白い光が纏ったように見えた。
周りの通行人は誰もその光には反応しない、見えていない……のか?
そして、その光が消えた時に異変は起きた。
ブチンッ。
そんな音と共に俺の頬に何かが飛んできた。
「痛っ」
……何だろう、床に転がったそれを薫と一緒に見る。
……ボタン? 制服のボタン、かなあ。
「はひゃっ!?」
ノアの慌てた声、俺達の視線はノアへと移って――そんで胸へ。
「ええっ!?」
膨らんでいた……うん、確かに、その、それが、膨らんでいた。
何を言っているのか自分でも分からないが、目の前の光景は、なんか二つのふくらみができていたのだ。
ボタンがちぎれたのはそのせいだ、そして見えるのは谷間。
ノアは慌ててそれを両手で隠した。
「私の理想の幼馴染完成。そういう事で」
「どういう事っ!?」
俺の言葉には聞き耳も立てず逃げるように去っていくメモ帳女。
一体何なんだあいつは……。
「ま、負けた……くそう! こうなったら揉みしだいてやる!」
「あの、も、揉まないでっ……!」
薫は何をやっているんだおい。
こういう時は女なのは得だな、男が女の胸を街中で揉んでいたら問題だったが今の薫は女だ。
女が女の胸を揉むのは注目は浴びるも問題にはならない、羨ましい事しやがる。
最初は悔しそうに揉んでたはずが、徐々に嬉しそうに、しかも鼻血を垂らして揉んでいるのは何なんだろうね。
ちょっと代われよ。
「……学校、行こうか」
道端で女子高生の胸を揉む女子高生と、それを傍観する男子高校生の図は何かと誤解を生みやすい。
ちらほらと聞こえてくるのは「朝から修羅場?」「あの冴えない奴の取り合い?」
「好きな人はレズだった」とか「レズレズしい」と妙な会話ばかり。
噂が広まるのも困るので人目につく場は避けておきたい。
薫は揉むのを止めるも今度はノア自身が揉みだした。
「どうかしたの……?」
「お……おっぱい!」
「落ち着いて自分の頭かち割れ」
さっきまでは実感が湧かなかったのか、自分の胸の大きさに高揚が隠せない様子だった。
同時に混乱しているのだろうけど、早く冷静になってほしい。
しかもブラがかなりきついらしく、加えて胸のボタンが取れているのでずっとノアは胸を押さえたままだった。
学校にいけば裁縫道具あるかな? まあ、誰かしら持ってるだろう、特に女子生徒。
それまでの我慢だな。ブラはどうするか解らんが。
「お前、あの牛乳瓶みたいな眼鏡は?」
「無くなってた……けど、眼鏡が無くても、よく見えるの」
視力もよくしてくれたようだな、羨ましいなあ。
「あのっ」
「何?」
「話するの……久しぶり、だね」
「……そうだな」
何年ぶりか、すぐには解らないくらいに久しい。
「あれか? 久しぶりすぎて緊張する、みたいな?」
ノアは小さく頷いた。
緊張ねえ? 俺はそんなの感じないけど。
くそう、それより俺はこいつを見上げなくちゃならんのがものすごく悔しい。
「つーかあのちっこくて暗いオーラ全開で牛乳瓶の髪ぼさぼさな奴がこうなるとはなあ……」
「ああ、まったくだ。あのちっこくて暗いオーラ全開で牛乳瓶の髪ぼさぼさな奴がこうなるなんてなあ……」
「今私の心は、恐ろしいくらいにえぐられてます」
「いやいや、ごめんごめん。だってさああんまりにも変わっちまうからびっくりなんだよ」
そういう薫も変わりすぎてびっくりなんだよね、ノアに言っておいてやろう。
「ノア、こいつは薫。同じクラスの奴でいつも俺と一緒にいる友達」
「えっ? あの、えっ?」
ノアは困惑して、薫を見ては瞬き数回。
いきなり男友達を紹介しても、今は女友達になっているのだからまあそりゃそうなるわな。
「どうも雪寺薫です、今日から女の子になってしまったので薫ちゃんと呼んでください。てへぺろっ」
女の子ぶる薫はちょっとウザい。
「目が覚めて変わっちまったのはお前だけじゃないのさ」
「は、はあ……」
男だった時の薫を思い出そうとしているのか、ノアはしばらく薫をじっと見ての歩行。
彼女とすれ違う通行人の誰もが視線を奪われてちょっとした前方不注意をしてしまっていた。
それほどに綺麗になったのだ、ノアは。
あの、ノアが。
あの、ノアがだ。
二人の変化に今のところ俺しか気づけていないのは妙な話だがな。
そんでもって薫はノアを、ノアは薫の変化に気づけていた、変化があるもの同士は変化に気づける……としたら、俺もどこか変化したのだろうか。
「俺ってどこか変わった?」
先ずは左右の美少女に聞いてみるとしよう。
「いんや、いつもと変わらず冴えないどこにでもいるような凡人臭がすごい浩太郎だ」
「ぶちころすぞ」
「えっと……いつもよりくっきり見える?」
ノアは俺の顔をまじまじと見て言った。
「目がよくなっただけだろこら、普段ぼやけてたまるか」
「存在はぼやけてたけどな」
「張り倒していい?」
俺よりノアのほうが存在はぼやけてただろっ。
「存在のぼやけ具合なら、負けないっ」
ノアはどうして自慢げに言うの?
「今のところお前は輝いて見えるけどな」
「か、輝いてる!?」
うおっ、眩しっ。
その容姿がとても眩しいよ、羨ましいよ、悔しいよ。
「まあ、今のノアなら男は皆寄ってくるっしょー。つーか俺にも寄ってくるんじゃねーかこれ」
「かもね」
薫は男が寄ってきたらどうするんだろ、告白とかされないかな。反応を見てみたい。
学校に到着するや、これといって二人に対して大きな反応は見られなかった。かといって何も反応がなかったわけでもない。
要するに、視線だ。
二人の間に立っているから俺は巻き添えで二人への視線を感じられていた。
その中でもノアへの視線は多い。周囲を歩く生徒を観察するに、ノアへの視線はこの学校にいるのは当然のように見慣れている感じではあり、彼らの顔を見ると好意や羨望の眼差し。
明らかにノアの存在感は変わっている。
薫も薫で、やたら女子生徒から挨拶されていた。
俺はというと、何もなかった。
うん、何も……だ。
あえて何かあったとすれば、俺がどうして薫とノアの間にいるのかという疑問に銜えて羨みと殺意の視線を感じたくらいだ。
感じたくなった、切実に思う。
ロマンも膨らみますね。