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その35.サキッチョ、サキッチョダケダカラ

 気がついたら昼時になっていた。

 本屋で蔵曾とラノベについて話し合っていると時間の経過はあっという間だ。

 二人でいると楽しいからとかではなく、蔵曾の馬鹿具合が深刻すぎて俺がラノベについて知っている事を一から説明して大変だったからだ。

 こいつはラノベの事を全然解っていない。

 作家さんが近くにいたら一人ずつ並んでもらって蔵曾へのビンタ会でも開催したいくらいだ。

 一人ずつ「ラノベ作家を舐めるな!」と声を出してからビンタして欲しいね。

 作家でなくてもいい、ラノベ作家志望の方も是非並んで欲しいぜ。


 ――こういう冗談まじりのは、立ち位置では叶わないんだよなあ。


 特に変化のない現実に、小さなため息。

「飯食うか」

「奢って」

「お前はよく食うから嫌だ」

「……」

 また項垂れる。

 こういうの止めてくれよなあ、罪悪感がちくちくしてくるじゃねえか。

「デザートくらいなら」

「愛してる」

「……はんっ」

 思い切り鼻で笑ってやった。

「傷つく」

 俺の反応に思い切り項垂れた。

 連続項垂れは通用しないからな、効果薄いからなっ。

「モックでいいか」

「……美味しい?」

「食った事ねえの?」

「マスバ派」

「マスバ派かよ、俺と対立したな」

 俺はモック派だ。

 ここ数年落ち気味とか言われているがやはり百円モックのポーククリスプは最高だぜ?

「試しにモック行こうぜ」

「解った」

 本屋からわりと近くにあるってのも俺のプラスポイントだ。

 マスバはちょいと歩くんでな。

「正直マスバは美味いよな、その分値はモックより高いけど」

「よく買いすぎて豊中に怒られる」

「豊中さんはどっち派?」

「モック。安い・早い・普通って」

「そこは美味いって言ってやれよ……」

 ……休日の昼時となると流石に混むな。

 店に入るや数人の行列、店内も席が残されているか不安だ。

 それでもやはりすぐに客が捌かれて俺達の番になった。

「早い……」

「だろ?」

 メニューを見せてやり、百円メニューを俺は見た。

「これが噂の……」

「百円モックだ、お勧めはポーククリスプ」

「じゃあそれとりあえず五つ」

「五つ!?」

 しかもとりあえずって何!?


「えっ」


「えっ」


 お互いに見合う。

 うん、こいつはよく食う。

 その再確認でしかない。

 俺は一個で十分だ、一緒に注文してしまうとする。

「じゃあ……ポーククリスプ六つにジャカジャカチキン一つ」

「あ、それ三つ追加」

 会計は別々だからな?

 デザートだけだからな奢るのは。

「飲み物は?」

「オレンジジュース」

 果物系好きだな。

「デザートはモックフロートでいいだろ、ストロベリーでいいか?」

「うん、二つ」

「一つな」

「仕方ない」

 仕方ないじゃねえよ。

 全ての注文を終え、後ろのカップルが俺達の注文に目を丸くさせていたけどこの八割ほどを蔵曾が食うとこのカップルは予測できるだろうか。

 流石に注文の量が量なだけに結構待つ事になったが、注文の品がトレーに乗せられたその光景は俺の人生では今まで見た事が無い。


 横綱ご来店? いいえ神様ご来店ですこれ。


 窓側の席で頂くとして、蔵曾のトレーだけ盛り上がり具合は半端ない。

 通り過ぎる客が皆蔵曾の目の前で山積みにされたポーククリスプを見てしばらく視線を固定させていたな。

 私の胃袋は宇宙だと言わんばかりに両手でばくばくと食い始める蔵曾を、俺は横目で見ながら「こいつ神様なんだよなあ……」とか思ったり。

 その食ったのは一体どこに吸収されてるのやら。

 見た目は細身なのになあ。

 こいつ見てるとコンパクト掃除機が思い浮かぶ。

「こうやって窓側で食うのもいいだろ」

「うん」

「この広い十字路も何気にイベントが起きるんだぜ、観察してれば何かインスピレーションが刺激されるかもしれないぞ」

「なるほど」

 規模は小さいながらスクランブル交差点となっている。

 多くの人が入り混じる場だ。

 怪異もいたりして。

「ラノベ作家があんなにすげえアイデアが浮かぶのは色んなもんを観察してるからかもしれん」

「私も観察だけなら果てしないくらい観察した」

「……それもそうだよな」

 一体何年観察したんだ? 何年ってか何千年?

「あまり意識はしていなかった、最近は意識している」

「うん、それがいいな」

 言い終えると同時にポーククリスクをすごい勢いで食ってくなお前。

 もう四個完食したの?

 あとジャカジャカチキンお前三つ注文してなかったっけ? なんか二つになってない?

 いつ食った?

「ラノベ書くならそろそろちゃんとジャンルとかシナリオとか固めたほうがいいんじゃね?」

「ジャンル……前から決まってる」

「前のがやばかったから考え直してもらいたいんだが」

 学園ラブコメハーレム能力バトルものとか言ってたよな。

「学園ものは、決定」

「学園ものでもな、内容次第で様々だぞ」

「ラブコメ」

「マジでそれつけるのかよ」

 となると俺をモデルとしてラブコメを繰り広げさせるつもり?

 いやいやいや、絶対無理だ!

「バトル」

「ん?」

「ファンタジー」

「おい」

「青春」

「待て」

「能力」

「こら」

「異世界」

「おーい」

「チート」

「待つんだ」

「転生」

「俺に死ねと?」

 やめてもらいたいんだが。

「そして部活を作る」

「わけがわからないよ」

 ポーククリスプ食べよ。

 食後、予定が無いのは変わらず午後に突入した。

 ノアから『映画面白かった(´ω`)キエー』とメールが着たが俺は未だに返信していない。

 話を広げたらあと五回くらい(´ω`)キエーの顔文字を見そうだからな。

 寝る前にでも『よかったな』の一言くらい返しておくか。

「インスピレーションは刺激されたか?」

「……」

 街をふらついている、完全に暇である。

「敵と戦って」

「嫌だよ、ゆっくりだらだらしたいし。それに敵いないじゃん」

「近くにいる気がする」

 蔵曾の歩調が速くなった。

 俺よりも前を歩き右へ左へと視線を振り回す。

 ……放っておこう、しっかしこれから何すっかなぁ。

 こんな天気の良い日は公園でしばらく日向ぼっこをするのもいいか。

 近場に公園があったはずだ、ベンチに座ってゆっくりジュースで飲もうぜ。

 こういう時は時間をたっぷり使うのがいい。

「いた」

 公園と同じ道筋で蔵曾が向かっていた、その時点で嫌な予感ってのが膨らんでいったわけで。

 座る予定だったベンチには先客。

 蔵曾の人差し指はそのベンチへ指されていた。

「ああ……」

 パンクな感じが出てますなあ。

 パンクさんこと鬼全が背中を丸めて鳩に餌をあげていた。

 なんか全身を包み込む暗い雰囲気、大丈夫かなあの人。

 昨日なにかあったとか?

 全然別人に見えるくらいの変わりっぷりは心配してしまう。



 暫し時間は遡り。

「う……」

 見知らぬ木製の見るからにぼろそうな天井。

 鬼全は布団の中にいた。

 昨日の記憶が途中から曖昧だった、少し酒を飲みすぎたのかもしれない。

 軽い頭痛、重いものではないが酒に慣れている自分が二日酔いを招くとなると昨日はかなり飲んだのだなと理解する。

 上体を起こすと肩になにやら重み。

「ん?」

「あ」

 隣を見て、視線をやや下げて、目が合った。

 彼女――蔵曾と。


「ゆうべは、すごかった」


「えええええ!?」

 鬼全は布団から飛び出して身構えた。

「お前は、えっと……」

「蔵曾、屋台で一緒におでん食べた」

 そう……そうだ。

 それは鬼全も憶えていた。

 問題はその後の話であり、空白の時間何があって、どうして見知らぬぼろい部屋にいて、隣に彼女がいたかなのだ。

「ま……まさかあたし……」

「嘘」

 目を真ん丸くさせて、鬼全は蔵曾を見た。

 蔵曾は、

「ごめんちゃい」

 とだけ言って、二度寝しようと布団へ身を沈めた。

「お前ぇ……!」

「泥酔した君を連れてきた、布団が一つしかないから仕方なく一つの布団に。ギターも持ってきておいた」

「えっ、あ……」

 事情を聞いて、彼女は怒る理由を見失った。むしろ感謝すべき相手。

 素直に、

「それは、どうも……」

 小さく頭を下げて感謝する。

「私の名前は蔵曾」

「あ、あたしは鬼全、よろしく」

「よろしく」

 布団の中から伸びてきた手、握手を求めてきたので鬼全は反射的に握手した。

 人間に助けられた、人間はいい奴が多いと聞いた、こいつはいい奴なんだな。

 鬼全は人間への好感度を上昇させていたが、大きな間違いが一つ――彼女は神である。

 それを知るのはいつになるかは、定かではない。

「テーブルの上、薬置いておいた。二日酔いなら、飲んで」

 しかも気が利く。

 人間ぱねぇ――頭の中で呟く鬼全。

 だがこの薬は豊中が用意したものであり、蔵曾がやった事は特に無い。

 ちなみに布団も豊中が用意したものである、豊中がいる時は頼るだけ頼る。

 それが蔵曾。そしてその後怒られる、それもまた蔵曾。

「空腹なら、何か作る」

「マジか!」

「マジ」

 自信ありげに蔵曾は二度寝を止めて、寝巻きであるきぐるみパジャマのまま

台所へ。

 得意げにフライパンを振ってご飯を躍らせてみせた。

 口の両端の釣りあがりっぷりはドヤ顔の現れである。

「ぱねぇ!」

 店で売っているような綺麗な盛り付け、会心の作と腕を組んで仁王立ちの蔵曾。

 鬼全の向かいに座り、反応をじっと見る。

「うめぇ!」

 一口目、口の中にその味が広がった瞬間に鬼全は叫んだ。

「嬉しい。あとこれ、味噌汁」

 浩太郎に出した料理と同じメニューであり、この二品が蔵曾の得意料理。

「ぱねぇな! お前ぱねぇ! みそしるうめぇぇ……」

 これほど褒められるとさすがの蔵曾も口の両端がどんどん釣りあがっていく。

 フードを今取ったらどんな顔をしているか、もしここに浩太郎がいたら彼ならすぐにフードを引き剥がしていたであろう。

「はあ……満足、あ、薬も飲まなきゃ」

 頭痛も忘れるくらいに感動していた。

 人間の作る料理はいつだって驚きと感動。

 鬼全にとって人間の住む街は夢の国みたいなものである。

「なんか悪いなあ、色々してもらって」

「構わない」

「お前いい奴だなぁ……」

「それほどでも」

「謙遜ちゃってよぉ~」

 照れているのか、蔵曾は頭をぽりぽりと掻いた。

「君も、見た目と違って親しみやすい」

「見た目? ああ、これか。ちょいとな、自分を強く見せなきゃならねえなあって思ってよ」

「強そう」

「だろ? 強いんだぜあたし」

 昨日どこにでもいるような高校生に負けた怪異とは思えない台詞。

 蔵曾は「おお~」と拍手。

「後片付けは任せろ!」

「頼りになる」

「だろ?」

 どうでもいいところでも既に鬼全は見栄っ張りを発揮。

 後片付けを済ませた後、鬼全は室内を見渡した。

 六畳間、それも本が多く目に入る室内。

「人間って本好きだよなあ」

「本当に」

 時代によって本も徐々に変化していく。

 表紙は彩りが目立ち、彼女はその彩りに目を留めた。

「これは?」

 ぺらりとめくるや文字ばかり。

「小説、か」

 その隣では、蔵曾が人差し指を左右に振って「ちっちっちっ」と言いたげにしていた。

「ラノベ」

「らのべ?」

 聞きなれない単語。

 首を傾げつつ文字を読んでみる。

 自分の読んだ事のある本とは確かにどこか違う――そう彼女は思った。

「ライトノベル」

「らいとのべる?」

 そういう新しい本が出たのかもしれない。

 深くは考えずに鬼全は本を閉じる。

 ラノベが、自身を街へ誘う根本的な原因だと彼女は知るよしもない。

 しばらくして、扉を叩く音が室内へ流れた。

 蔵曾はその音を聞くや口元がぐんにゃりと歪んで顔下半分だけで苦虫を噛み潰すような表情を作り出す。

 ――蔵曾にとって嫌な人物が来たのかもしれない。

 それが、鬼全の思考。

 ――怪異とは関わりを持ってはいけない、朝になったら直ぐに鬼全をアパートから出す、その約束を守れずにいてやばい。怒られるかも。

 それが、蔵曾の思考。


「まだ寝てるの?」


 扉越しに聞こえる女性の声。

「……鍵掛かってるじゃない、開けなさい」 

「あとで」

 扉へと駆け寄り、蔵曾は小さく返答。

「今すぐ」

「待って」

「ドアノブを引きちぎるわよ」

「やめて」

 すぐに扉が開放された。

「……まだいるじゃん」


「残像だ」


「んなわけあるか馬鹿」

 豊中からにじみ出る怒気。

 縮こまる蔵曾。

 雰囲気はよろしくない。

「おいてめぇ、こいつをいじめるのはやめろよ」

 何も事情を知らない鬼全には、蔵曾をいじめる謎の少女。

 少なくとも二人の正体を知っていればこの誤解は生じなかった。

 二人の間に入る鬼全だが、豊中はすぐさまに鬼全に手を掴んでそれはそれは綺麗案一本背負いをかまして室外へと追い出した。

「あぎゃ!」

「ほら、出て行って」

 益々鬼全には豊中が嫌な奴に見えてくる。

 安泰の場から追い出された、良い奴から引き剥がされた、それだけで怒りが腹の底から湧いてきた。

「や、やりやがったなぁ!」

 ここで一つの復習である。


 ――鬼全は弱い。


 チョップをかまそうとするもその手を払われてすぐに頭へチョップを返された。

「あいたっ!」

 殴られないだけマシである。

「ほら、どっかいきな。あんだけ手厚くしてやったんだ」

 鬼全をここまで運んでやったのは豊中だが、その記憶はアルコールによって雲散されてしまっている。

 感謝すべき相手ではあるが、憶えていないのならば今は敵でしかない。

「ギター、返すわ。じゃあね!」

「ま、待てぇ!」

「何よパンクピアス」

「パンクピアス言うな!」

 見た目的に、そう言われるのは致し方がない。

「お前は一度痛い目に合わなきゃ解らねえみてえだなぁ……」

 鬼全は狭い廊下で、力を込めた。

 それは――

「鬼門、開放!」

 相手にもはや手加減しないと、本気でぶつかって追い出すと決めた。

 角を人間に短い時間で二回も見せてしまった。

 さぞ驚くであろう、さぞ慄くであろう、鬼全はそれだけでにやりと表情を歪めるが、豊中はそれを見て、あきれたようなため息。

「はぁあん?」

 怯みもしない。

 鬼全にとって予想外の反応だった。

「えっ、んと……そりゃあ!」

 兎に角こいつをぼっこぼこにしようと勢いで鬼全は向かった。

 その結果、


「あふんっ」


 冷たい廊下に顔を鎮めた。

 更に、

「いででででででで!」

 引きずられてアパート敷地内から追い出された。

「いてぇ!」

 最後に、思い切り背中にギターを投げつけられた。

 不運としか言いようがない。

「どっかいけ」

 突き放されて、どこからか吹いてきた風がむなしげに彼女の前を通り過ぎていった。

「人間、強い……」

 二連敗である。

 もしかしてこの街に住む人間は強者ばかりなのでは?

 ――と、考えるがいやいや今日は二日酔いだからな、調子が出なかっただけだ。

 鬼全はポジティブだった。

 しかし追い出されるとなると、少し困る。これといって住む場所は決めていなかった。

 今までこの街でどうやって生活していたかというと、試しに入った建物が金を払えば寝泊りできると知って彼女はその建物――カプセルホテルで寝泊りしていて住処の安定はしていなかったのだ。

 空気がひんやりとしている。

 まだ早朝であると理解し、寒気から軽く身震い。

 何処へ行こうか。

 第一の目的である立ち位置の持つあの男を捜さなければならない。

 だが住処が無いのも困る、この時代、人間はこのような建物に金を払って住んでいると聞いていたが目の前にあるこれがそうなのでは?

 建物の壁には空室有り・三万七千円、トイレ・風呂付きと書かれている。

 金を払えばここの一室を提供してもらえる――なるほど、と少しずつ知識を深めていく。


 ここに住むのも悪くない。

 蔵曾と交流を深められるな。

 けれど……あの強い女がいる、それは嫌だ。ちょっとあいつは怖い。


 おんぼろアパートを見て、思考を巡らせる。


 近場にもあるかもしれない。

 立ち位置を持つあの男――立ち位置男を襲うのは後にして地を固めるのを優先したほうがいいか。

 長期戦も考えられるのだから、と鬼全は踵を返した。

 早朝は多くの人間はどこかへ向かっていた。

 こんな時間に外に出るのは久しい、いつもなら寝ている時間だからだ。

 そうだ――と角を引っ込めて歩きはじめた。

「我々鬼の一族が世の中に知られたらぱにっくというのになるからな……」

 世間の目は気にしている。

 しかしそれ以前に、外見で威圧しようとピアスやらパンクやらに手を出してしまっているので自然と世間の目は彼女によりがちである。

 だが、外見を見て恐れを含む視線は鬼全にとって悪くは無かった。

 こいつ、怖いなあ! という恐れを抱いてくれれば気持ちが良かった。

 歩く事数十分。

 街へ入ると白を基調とした清潔感ある服装の少女、それに黒を基調とした真摯さがある服装の青年が目立ってきた。

 こういう連中を夕方にも彼女は見ていた。

 どんな連中なのか、もしかしたらさっきみたいに強い奴を作る訓練校のような施設がこの街にあるのかもしれない――と彼女の思考は斜め上を突き進んでいった。

 このままでは目立ってまずい。

 わき道に入って移動をするとした。

 その途端に――

「いてっ」

「うぐっ」

 何者かとぶつかった。

 見てみると眼帯をした少女、怪我をしてるのか?

 手には包帯もしてるし――彼女とぶつかったのは、田島秋保だった。

「むっ……」

 田島は妙な雰囲気を感じ取って距離を取った。

 妙な雰囲気とは――偽使乃と同じ雰囲気。

 それを、鬼全は放っていた。

「なんだよてめえ……」

「無礼な奴め……ぶつかってきておいて謝罪も無しか? 我を怒らせないほうがいい……」

「は? 怒らせたらどうなる? ん? ん? 教えろや」

 豊中に絡まれてから機嫌は少し悪い。

 こいつを驚かせて憂さ晴らしでもしようか、鬼全はにやりと口元を歪めた。

「……」

「ったく、黙っちゃってよぉ」

 悪いとは思っているも、蓄積した鬱憤を晴らしたかった。

 だがそれは自身の首を絞める行為でしかならない。

「……我が左目が憎悪によって覚醒しているぞ……」

「は? 何?」

「貴様はおそらく、我と戦うさだめ……」

 運命と書いてさだめ。

 彼女の所謂――中二病な世界に巻き込まれているのを鬼全は知らない。

「我が右腕に宿る神殺しの鎌よ……我が手に!」

 右手の包帯を取り、鬼全へ翳すや手の平には魔方陣が描かれており青白く発光。

 その光は徐々に形を作り、大きな鎌へと変わり彼女の手に。

 この光景、勿論鬼全は見知らぬものであり、

「えぇぇぇぇえ!?」

 驚愕。

「我は怒りに満ちている、無礼な者は嫌いだ! しかも貴様、人間ではないな!」

「何故ばれた!?」

「我に滅ぼされるさだめだったのだ貴様は、滅せよ!」

「て、てめぇ! 鎌とか卑怯だし!」

 いきなり追い込まれた結果、武器の所有に文句を言う鬼全。

「関係ない!」

「な、ならこっちだってなぁ……」

 背負ったギターを取り出して構えるが、何気に重いために頭を垂れるようにギターは地面へ寄り気味。

「……それが貴様の武器か?」

「ぎたーっていうやつだ」

「知っている」

 対立の結果、明らかに鬼全は不利を悟る。

「いざ!」

 わき道の左右はヒビの入ったビルが立ち並んでいた。

 そのビルの壁を削って振りかざされる鎌――鬼全には兵器としか見えなかった。

「いや、ちょっと待って?」

「待たぬ、我の住む街で好き勝手はさせぬ! 我に斬られよ!」

「お、落ち着こうぜ? ほら、こ、こっち武器これだし……そっち卑怯じゃね?」

「知らぬ」

 大鎌を振るう。

 閃光のようなものが走り、ビルの壁に大きな傷をつけた。

「ほわぁぁぁぁあー!?」

 あれから田島秋保は大鎌の扱いに関しては向上をみせていた。

 それを発揮できる場が無かったが、与えられたこの場を彼女は活用しようと大鎌を振るっている。

 勿論当てるつもりはない、見た目こそ脅威を感じたもののいざ対立すると鬼全の妙に迫力の無い雰囲気――自分より弱いんじゃないかと感じていた。

 ギターを抱えて逃げる鬼全を見て、確信へと変わる。

 こいつ、弱いと。

「待てぇい!」

「いやぁぁぁぁあー!」

 あんなものに斬られたらたまったもんじゃない、鬼全は全力で逃げ出した。

 すぐに疲れて歩調はゆるやかになるもしつこくは追ってこなかったので(追うつもりも無かった)すぐに逃げられたが、この街の人間は普通じゃない奴らが多いんじゃないかと、歩く人々を一瞥。

 待てよ、さっきの奴はきっと人間じゃない、強力な魔女か何かだ。

 自分は不運にも遭遇してしまったんじゃないのか? だとしたら今日はついていないな。

 ――若干凹みかけていたがポジティブに彼女は考える。


「はあ……」


 ため息。

 未だに登校する生徒らが多い時間であるため、鬼全は再びわき道へと入った。

 あの女と会わないように慎重に進もう。

 何があるか解らない街だ、警戒心は大切に。

 一先ず住家を探すとした。

 屋根の低い一帯が街の近くにあったのを思い出す。

 その方向へ、現在の時間と太陽の位置から方角を割り出して進んだ。

 道中、やや迷い気味になって人一人がようやく通れるような道に入ってしまった鬼全。

 ギターケースが擦れる、途中途中つっかえもして進行は困難。

 続く困難は前から人が来ていたのだ。

 どうやっても避けて通り過ぎるのは不可能。

 互いに距離を詰めて足を止めた。

 制服が良く似合う少女は、じっとその綺麗な瞳で鬼全を見た。

 ショートヘアが揺れる。

 鬼全を見て首を傾け、下から上へと嘗め回すような視線くばり。

「なに見てやがる」

「……」

 少女は動じない。

「ほら、引き返せっ。あたしはそっち行きてぇの!」

「貴方が引き返すのを所望」

「お前のほうが引き返したほう早いだろ!」

 見てみるも互いに引き返して広い道へ出られる距離は一緒だが、どちらかといえば少女のほうが広い道に近い。

 少女は言う。

「進行妨害、貴方を害と見なす」

「ふん、どーぞどーぞ見なしやがれ。ほら引き返せよ!」

 肩を軽く押した。


 途端に、少女の肩が異様な変形を遂げた。


 機械音、それも細かで連続していた。

 少女の肩は金属製の何かへ――それは指先まで変化。いいや、変貌と言ったほうが正しい。

「は?」

 少女の腕の変化は終えた、鬼全はそれを呆然として口を開けたまま見つめた。

 砲台に似た形ではあるが小さな銃口が六つついている――ミニガンというものであるが、その名称と威力を鬼全は知らない。


「ゴム弾搭載」


 その時、ミニガンは勢いよく回りだした。

 次の瞬間、ゴム弾の嵐が鬼全へと放たれた。

「イダダダダダダダダァ!」

「後退してください」

「イダダダダダ! ちょっ! やめっ!」

「後退してください」

「まてっ! たんまっ!」

「後退してください」

 人間ではない、恐ろしい兵器を持った化け物。

 鬼全は理解し、鬼門を開放して太刀打ちしようとした。

「鬼門、開ほイダダダダダッ!」

 この世の中、ヒーローや悪の変身中は攻撃してはならないという暗黙のルールは通用しない。

 角を出すも出し終える頃には数百発のゴム弾を体に受ける鬼全は、

「ぐ、うおお!」

 もうどうにでもなれといった、投げやりな感じが醸し出されているが突進しようとするも、少女は僅かに後退してゴム弾を膝や足に撃った。

「イダダダダダッ!」

「後退してください」

 なす術無し。

 悟って、すっかり戦意を失っていた。

「解った! 解ったから!」

「時には過去を振り返る自分もいいと思ってください」

「知るか! イダダッ! 撃つの止めろ!」

 ようやくして、ミニガンは音を止める。

 着弾した弾数を数えるのは膨大な時間が掛かるほどに、地面にはゴム弾が転がっていた。

 半泣きの鬼全は仕方なく踵を返した。

「前進してください」

 再びミニガンが動き出した。

「イダダダダッ!」

 ギターケースを回避して鬼全の肉体への衝撃が通るように的確に狙っていた。

「なんなんだよお前はぁ!」

「人間です」

「嘘付け!」

 何も出来ずに人間にこんなにも理不尽な仕打ちを受ける時点でおかしい。

 せめて正体を知れたらと――彼女は質問したのだが確実に嘘と解る返答に怒りがこみ上げてくる。

「普通の人間が腕を変形させるかよ!」

「ウフフ、冗談です」

 棒読みすぎる口調。

 広い道に出るや、鬼全はすぐに少女から距離を取ろうと逃げ出すも何故か少女は鬼全の手を掴んだ。

「怪異」

 その言葉を、彼女は知っていた。

「だ、だとしたら、何だよ!」

「それも貴方、鬼の一族」

「そうだよ!」

「角ください」

「くっ……そうくるか」

 角は高く売れる。

 角を狙って襲ってくる怪異もよくいたものである。

 なので彼女の角を見て狙ってくる怪異がいてもおかしくはない。

「てめぇも怪異か……」

「違います」

 では何なんだ? と首を傾げる。


「少しだけでいいです、研究のために是非。サキッチョ、サキッチョダケダカラ」


 最後の棒読みがよく解らないも、角一本丸ごとではないと知って安心する。

 売買目的じゃないのならば――と一瞬思うもしかしこいつはさっき自分にあんだけ攻撃してきたしな、素直に渡したくはないし角の先は整えるのは容易いが面倒だ――その結果。

「えぇ~なんでお前に渡さなきゃならねぇのぉ?」

 舐めて掛かるとした。

 更にその結果。

「イダダダダダダ!」

 太ももに数十発のゴム弾を食らう。

 威力は大幅に下げられているが、肌が赤くなるくらいの痛さ、それが連続となるとたまったものではない。

「わ、解った! やるよ!」

「ありがとうございます」

 左手を出すと、右手と同様に変形していく。

 しかし形は違い、刃物となった左手を鬼全の角へと当てると、刃が激しく動く――チェンソーである。

 一瞬で角の先端、二センチほどが切断された。

 ちなみに切断されても鬼全に痛みは無い、人間の爪と同じ感覚である。

「親切ですね」

「うるせぇよ……」

 元の人間の肌へと戻した少女は深々と頭を下げてその場を立ち去った。


 この少女と浩太郎が出会うのはまだ先の話である。


「なんなんだよ……」

 鬼全はこの短時間で様々な悲劇に見舞われすぎて疲れ果てた。

 細い道の先を進み、鬱々としてもう何もかもが嫌になってきていた。

 何をしてもうまくいかない、負けてばかり、この街では生きられないのかもとも思い始めていた。

 通りかかった公園。

 ベンチを見ると、真っ直ぐに鬼全はそこへ向かって腰を下ろした。

 同時に、深い、実に深いため息をつく。


 もう何もしたくない……。

 

 主婦達が赤子を抱いて楽しげに会話している中、一人だけ暗澹たる雰囲気を纏いベンチは支配された。

 それから二十五時間後。


 鬼全は彼らと再会する。


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