その33.玉子、ぱねぇ
「ぐうう……」
怪異――鬼全は悔しさを地面へとぶつけた。
ぺチンッとどうしようもないくらいに情けない音。
自分が非力なのではない、この大地が異常に硬いのだ、私が本気じゃなかったのもある、本来ならば粉々だ――彼女は実に前向きな思考の持ち主である。
「追うか……」
すっかり日が暮れてしまった。
追いかけて立ち位置を頂く目的は――
「それより飯だな……」
食欲に負けた。
「……ううっ、くそぅ!」
悔しさが再びやってくる。
電柱を思い切り蹴り、
「いてぇ!」
涙目になって電柱の硬さを知った。
人間の住む世界はまだ不慣れで知識は疎い面が多く、鬼全が人間の世界で過ごすために行ったのは、調べる事。
何を――というとそれは外見が威圧的で見ただけで人間が慄くような格好だ。
行き着いた先が、どうしてかパンクだった。
人間の持っていた雑誌、その中から得たファッション。
言葉も研究した。
――ぱねぇが流行してるとな……自分も使おう!
彼女は知らない、それは既に死語と化し始めているのを。
更にどうしてか、ギターも数ヶ月前に購入していた。
……しかし未だに引けない、今日はロッカーの中に置いてきている。単純な話、重いのだ。
次はギターを持っていって武器として扱うか――と鬼全の思考はギター本来の機能を発揮しようとは一向にせず、ギターを弾ける日は程遠い。
ピアスは穴を開けるのには勇気が要り、三つ開けるのに三ヶ月も掛かったが見た目が鬼全曰く「イケてるぜ」になったので今ではあの痛みも成長の思い出となっていた。
最近は怪異が増えてきたな……。
街に入り、あたりを見回して鬼全は頭の中で呟いた。
やはりこの街に神が作り出した絶対的な力――“立ち位置”を持つ人間がいるという噂が影響している。
鬼全は欲していたもののこの街のどこをどう探せばいいのかも解らず、一旦街を出ようとした今日の夕方、怪異から怪異へと、そして鬼全と関わりを持つ人物に立ち位置の持つ人間の情報が伝わった。
ぱねえ! 立ち位置ゲットできるかもしれねぇ! マジぱねぇ!
――と、一人で叫んでいたのは一時間前の事。
「はあ……」
けれど失敗した。
何をしてもうまくいかない、いいやしかし次こそはうまく良くかもしれない。
落としかけた視線は、上に向かった。
「またあれ、売るか……」
ポケットからとあるものを取り出す。
この街で怪異に関わる商売する奴がいる、そいつを思い浮かべて方向を変えるとした。
「けっ、人間の世界は眩しいな……」
店は活気付いてどこも明かりを灯している。
空へと伸びる高層ビルも窓一つ一つに光があり、街は光で包まれていた。
「それも、いいが」
この街にしばらく滞在するものいい。
それほど魅力は感じなかったが、どうしてか夕方からこの街が素晴らしく見えて仕方がない。
それにあの男も気になる。
立ち位置を持っていたあの男……。
何故か見た瞬間に、奴が持っていると確信した。
不思議だった、自分にはそんな力があるのかもしれないと思った。
――私は怪異だからな、強いし賢いし、何か能力が生まれてもおかしくはない。
彼女は……実に前向きな思考の持ち主である。
わき道へと入り、奥に進んだ。
「これ、買い取ってくれ」
手に持っていたそれを――角を掲げた。
長さはほんの五センチ程度、伸びすぎた先を切ったものである。
角は一年に一回の頻度で生え変わるため途中で切らなくてもいいのだが、角を出した時にあまりに重いと困るのだ。
又、このように先を切って削れば生え変わりの時期を少し延ばす事も可能だ。
「一つのみだが」
「いつもどーも」
影から現れたのは赤髪の青年、怪異ではない。
匂いで解っていた。
「情報、役に立ったかい?」
「……ああ」
だが失敗した。
思い出すだけでまたあの悔しさが湧き上がる鬼全。
「ほい、今回は三十三で」
受け取って、彼女は小さなクエスチョンマークを頭の上に浮かべた。
前回と同じ取引なのに、今回は紙幣が三枚多い。
「こんなに毎回鬼角を持ってきてくれる客はいないんでね。感謝の気持ちさ、受け取ってくれよ」
手に収まる程度の大きさでこの金額。
一本丸々だと相当な値段がつく。
生え変わりの時期に一本丸々出来上がる、彼女という怪異は金を生んでいるようなものなのだ。
「次もまたいくつか持ってくる」
「ありがたい」
踵を返す。
「神には会ったかい? 噂では少女の姿をしているらしい。何故そのような姿をしているのかは解らんがね」
「……そんな奴は、いなかった」
とだけ、言い残してその場を直ぐに離れた。
鬼全は彼とは何度か取引を交わしたが警戒心はまだ解けない。
立ち話もしない、接触は数分程度。
この街で――人間の世界で生活するには金が必要だ。
取引してくれる彼には感謝しているが、世の中怪異でも何があるかは解らない――彼と立ち話をする日はいつか来るかもしれないが……今ではない。
しばらくの生活費も手に入った。
鬼全には今一紙幣というものの価値が漠然としていたが、札束は人前であまり出さないほうがいいという家族の教えにより、懐へ突っ込んだ。
財布はまだない、そのうち人間社会に慣れれば自然と買うであろう。
彼女はロッカーから弾けないギターを回収して、晩飯探しをするとした。
四月下旬の夜はまだ少し肌寒い。
何気に屋台がいくつか出ていて、美味そうな香りを漂わせていた。
ゴクッ。
おでん屋、気になる。
うまそう、どうする?
……入ろう。
我々の大好物である酒があればなんでもいいが、つまみは大切。
鬼全は屋台へと吸い込まれていった。
「おほっ!」
ちくわに大根、玉子にこんにゃくなどなど、湯気が美味しさを一層演出して彼女の胃袋を騒がせた。
棚には日本酒がずらり。
どうしてこうも人間の作るものはどれも美味しそうなのだろうと思いながら彼女は席に座った。
それから一時間後。
「あたしだってなぁ……苦労してるんだぁ」
すっかり酔いの回った鬼全が出来上がっていた。
見た目は若く見られがち、店の親父さんに止められるも強引に一升瓶を奪い取って一杯飲んで、くはーっ! と飲みっぷりを見せてやり、
これが年齢確認とやらだ!
と押し通して渋々飲酒を許されたが、その結果がこれだ。
年齢的にも百歳を超えているので法的に飲酒は大丈夫なのだが、怪異は年齢に対して見た目の成長が遅いのだ。
「嬢ちゃんも大変そうだねえ、将来はギタリスト?」
「ぎたりすとぉ? 立ち位置が欲しいんだよぉ!」
「立ち位置、なるほどなあ……センターあたりかな? 夢を持つのはいい事だ」
「ああ、夢はいいなぁ。立ち位置があればよぉ……」
「うんうん、目立つもんな。知名度もアップだ」
「そうだぜぇ、親父解ってるなあ! もしかして怪異かぁ!?」
「かいい? ああ、会員? いやいや俺は見た目通り、しがないおでん屋の店長さ」
噛み合っているようで少しも噛み合っていない妙な会話は奇跡的に続いていた。
互いに解っているようで、何も解っていないが知らないからこそ会話を楽しめている。
屋台のカウンター席は三つ、今日は鬼全が一番左に座り、真ん中には……。
「ふむふむ」
メモを取る蔵曾がいた。
おでんの大根を頂いてハフハフ。
屋台に少女が二人という妙な光景が広がっていた。
何気に蔵曾は浩太郎と鬼全が接触した時から既に観察をしていたのだ、電柱の裏に隠れて只管メモ。
浩太郎が逃げた後はこの通り、彼女をつけていた。
何気にメモは進んでいる。
一体どんな収穫があったのかは解らないがその口元の緩みはそこはかとなく満足そうであった。
「あぁん? てめぇ、何見てやがるんだぁ?」
「ちょっと嬢ちゃん絡み酒はダメだよ?」
「ダメ、絶対」
「ふはっ! てめぇ、その口調ぱねぇ! ウケる! ぱねぇ!」
酒は人を駄目にする。
たとえどうでもいいものでも面白く感じてしまうほど。
「ぱねぇ?」
「ぱねぇ!」
鬼全は酔っても暴力的になったりはしない、ただただ陽気になるだけ。
親父さんは鬼全が隣の客に良い意味での絡みと判断して笑みを浮かべていた。
「親父、こいつに玉子!」
「あいよっ!」
「玉子、嬉しい、ありがとう」
「ぱねぇ!」
再び蔵曾はメモを取った。
このやり取りで何をメモする必要があったのかは定かではないが蔵曾にとっては面白いラノベを書けるようなものがあったのかもしれない。
「あ゛ー玉子ぱねぇ」
「玉子、ぱねぇ」
「てめぇの口調もぱねぇ!」
大爆笑していた。
何がそんなに面白いのかは解らないが親父さんもつられて笑い、蔵曾もつられて笑う。
この街で一番盛り上がった店と化しており、屋台の隣に配置した席にも雰囲気につられて客がどんどん入っていった。
親父さんもすっかり上機嫌となり、
「これは俺からのサービスだ!」
はんぺんにこんにゃくが二人の皿に追加され、鬼全の酒も進んだ。
「くはーっ! うめぇ!」
「うめぇ」
「てめぇも酒飲め!」
「私は、おでんだけで、酒はいい」
先ほどから飲んでいるのは麦茶である。
「つまらん!」
「すまない」
「ぱねぇ!」
ついでに蔵曾はメモ。
「あー? 何書いてんだぁ?」
「気にしないで」
「なんだよー、気になるじゃねえか」
鬼全はメモ帳を奪った。
「あっ」
唐突な行動、反応が遅れてしまった。酔った人というのは時折すばやい行動を起こすのを彼女は知らない。
すばやい行動というよりは、勢いというものだが。
「何々ぃ? あたしの事ぉ、何か書いてやがるなぁ?」
にやついた顔で彼女は蔵曾を安定しない視線で見た。
「ふふんっ、もっと書いてもいいぞぉ!」
本来ならば何故メモをとるのかと疑問を抱くが鬼全の思考はアルコールによって支配され、彼女を支配しているのは酔いによる高揚感のみであった。
「いいの?」
「あぁ! あたしはいだいなるぅ、怪異だからなぁ! 記事にしてぇ! この世界の有名人だあ!」
「嬢ちゃん、そろそろ酒無しでおでん食いなよ」
「あ゛ー? あたしはだいじょぶだぁ!」
「昔流行ったギャグの台詞みたいになってるからやめときなって!」
「だっふんだ!」
「若いのによくそれ知ってるね……」
鬼全にこれ以上酒を飲ませるのは危険とみなして親父さんは一升瓶を隠した。
それは実に正しい行動である。
「こいつは何?」
深夜、あと数十分もすれば次の日となる時間帯。
豊中は街中にいた。
警察に見つかったらもれなく補導されてしまうこの時間、加えて貴重な睡眠時間を削って呼び出された時点で彼女の機嫌はかなり悪かった。
「怪異、名前は鬼全」
「ああそう。それで、どうするの?」
「酔いつぶれ」
「見れば解るわよ」
蔵曾に寄りかかってギターを抱きかかえたまま夢の中へと旅立ってしまっている鬼全。
「放っておけない、連れてく」
「はぁあん!?」
こいつは何を言っているんだ? 豊中はこめかみに指を当てて蔵曾を睨んだ。
「観察すれば、いいの書けそう」
それはこのような面倒な日々から解放される近道。
そのために豊中は仕方なく、鬼全を背負った。
ギターは蔵曾に持たせて、なるべく人気を避けてアパートへ。
「天使はあんたの便利屋じゃないのよ?」
「すまない」
「ラノベ書こうとしないで神事に力を入れて」
「えー」
「えーじゃない! 元の姿に戻ってびしっとしなさいよ!」
元の姿。
今は仮の姿であると、意味している。
いつか本当の姿を見れる日は――どうだろう。
「あれは肩が凝る」
「今よりマシでしょ、なんでいつまでもその姿なのよ」
「神といえば幼女か少女らしい、ラノベではそういう神がいっぱいいる。そして人気、つまり私人気」
「死ね」
「悲しい」
豊中はため息をついて、足早に歩数を刻んだ。
自慢ではないですが、三人称を書くのはものすごくへたくそです。
それはもう胸を張って駄目だこりゃと言えるくらいにへたくそです。
精進します……。




