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その31.面白いものが書けるラップ

 蔵曾の住むあのおんぼろアパートに行くとした、謝っておかないとな、一応。

 ちなみに今は隣に薫だけ、暇だからアパートにもついていくらしい。

 ノアはどうしたって? あいつはクラスメイトに捕まっちまったよ。ったく、人気者は大変だねえ。

 豊中さん率いるノア様ファンクラブの会員達はあいつへの陶酔っぷりといったら一種の信者だなもう。

「ノアはすっかり人気者だね」

「ああ、男女共に人気者ですっかり学園のヒロインってやつだな」

「浩太郎、お前はどうすんの?」

「何が?」

 その口元を若干吊り上げての横目は何?

「ノア、誰かに取られちゃうぞ?」

「取られるって言ってもなあ、取られても俺はどうにも思わん」

「マジで?」

「なんだよ」

「だって幼馴染だぜ? 幼馴染要素だぜ? そんでもって美女だぜ? 誰よりもそれは一歩抜きん出た接点だぞ!?」

 それを利用してノアとラブコメでもしろっての?

「TOL○VEるなら確実にパンチラとか胸揉みとか起きてるぞ!?」

「いらねえよそんなの!」

「しっかしあいつ、話したらすっげえいい奴だよな」

 そうだな、清らかな心を持って生まれてきて、これまで汚れる事無く成長しちまったような奴だ。

 容姿端麗、他人への気配りも完璧で誰にも優しい。

 最近は人と話すのが徐々に慣れてきたからか、場の雰囲気を読み取って自ら発言して場を安定させるくらいの万能さを持っている。

 成績も優秀、ここ数日の宿題は大半がノアに教えてもらったな。

 ノートの不備もノアに見せてもらえばばっちりときた。

 どこからどう見ても完璧で、ものすごくいい奴で、悪いところをあげよって言われれば探すのが難しい。

 クラスメイトが付き合いたい女子はって話をこの前してたが、言わずともノアはやっぱりぶっちぎりのナンバーワン。

 薫、お前の名前もちらほらあがってたぞ、よかったな。

「ないない」

「なんでだよ」

「俺は今この学校生活に満足してる、これ以上の変化は望んでない」

 正直、現状維持で十分だ。

「はー、そっかあ。まあそれもそうだな。俺も満足してる」

「お前はどうなんだ?」

「というと?」

「……女になっちまったが、もし男に告白されたら付き合うのか?」

 ちょっと言うのを悩んだが、この際勢いで聞いてみた。

「告白されたら、かあ……」

 薫は苦笑い。

「どうかな? 多分断るんじゃねーの? 男として感情が強いしさ」

「そうか、それもそうだよな」

 俺が薫の立場だったら、きっとその質問には俺も同じ返答だったな。

「けど」

「……けど?」

 続けて紡ぐ言葉、妙に低い。

「いや、なんでもねえ! ははっ!」

「痛いっ」

 思い切り背中を叩かれた。

 けどー―の続き、何気に気になるなあ……。


 それにしても。

 相変わらず、蔵曾の住むアパートはぼろっちい。


 俺達はアパートの前で一度立ち止まり、互いに顔を見合わせた。

 浮かべるのは両方苦笑いだ。

「神様が住んでるんだよな」

「そうだ」

 その確認をしなくちゃならないくらいに、創造神がここに住んでいるとは信じがたいものがある。

 さび付いた階段を上り、その延長である廊下を歩き、蔵曾の住んでいる奥の扉の前に立った。

 この扉、強く叩いたら粉々に砕けるんじゃないだろうか――そんな危惧が生じるくらいの見た目であるが故、ノックは軽く。

「はい」

 扉ごしで聞こえるか細い蔵曾の声。

 チェーンのかけられた扉は数センチの隙間だけで留まり、その隙間から蔵曾の顔が見えた。

「……」

 フードで相変わらず目元は隠されているが、明らかに俺を睨んでいる。

 俺だってな、罪悪感は抱いてるんだぜこう見えても。

「来ちゃった☆」

 とりあえずここで和ませるために軽い挨拶。


 ――バタンッ!


 すっげえ勢いで扉閉まった。

「……怒ってる?」

 薫と顔を見合わせた。

「怒ってる」

「何で?」

 説明してなかったな。

「実は朝、こいつと会ってさ。作家が面白いものを書けるには秘密があるとかぬかしたからよ、面白いもの書けるダンスってのがあるって嘘教えて痛い目見てもらったんだ」

「面白いもの書けるダンス?」

 困惑。

 そりゃあ、困惑するわな。

「ヲタダンスを伝授してやった、そんで小学生の前でやれば面白いものが書けるって言ったら本当にやりやがってな」

「ただの変質者じゃねーか」

 まったくだぜ。

「それで警察官に補導された」

「しゃーなしだな」

「しゃーなしだぜ」

「つーか神様は疑問に思わなかったのか?」

「思わなかった結果がこれだよ。赤面してやった結果が補導だよ」

 途端に、扉が開いた。

「私の汚点を垂れ流すのはそこまで」

 そんじゃあ、お邪魔するとしますか。

「とりま入るよ」

「……承諾」

 相変わらずの狭さではあるが、六畳という広さは何気に落ち着く。

 丸型テーブルの前に座り、蔵曾は渋々といった感じで温かいお茶を出してきた。

 お前ってさ、神様っていうよりただの作家を目指してる貧乏作家みたいな感じだよな。

 雰囲気がそう。

「蔵曾、なんつーかな、マジですまん」

「……憤怒」

 全然憤怒な感情が読み取れねえ。

「いやまさかな? 本当にやるとは思わねえじゃん? しかも警察が来るとは思わねえじゃん? 今日の一件はな、偶然が重なった事故だったんだよ」

「交番で一時間の聴取、天使が来てようやく解放」

「悪かったって……」

 申し訳程度に買っておいた美味しいと評判のバウムクーヘンを差し出した。

 甘いものは好きかな? 見た目からして好きそうだが。

「……頂く」

 好きなんだな。

 蔵曾はバウムクーヘンを取ってとたとたとした歩調でキッチンへ。

 俺達にもちゃんと分けてくれるようだ。

「てか……天使って?」

 ああ、薫には色々と説明不足なところがあったな。

「豊中さんってさ、天使らしいよ」

「マジか!」

「マジだ」

 俺にとっては悪魔なのよ、言ったらぼっこぼこにされるだろうな。

 あの人さあ、天使のわりには暴力的だし先ず武器がありえないよな。

 鉄製グローブだぜ? やばくね? 天使が殺人ボクシングやったるぜ的なスタイルなんだぜ?

 女の子の顔面を容赦なく殴って吹っ飛ばすとかもうね。

「食べる」

 切り分けられたバウムクーヘンを俺達へと配り、蔵曾はフォークを刺して口元へ。

「今日の件はそれでチャラに」

「味次第」

「味は保障するぜ」

 食べてもらった。

 続けて俺達も食べるとする。

「……美味」

「美味いなこれっ!」

 想像以上に美味しい。

 よく行く本屋の近くにあったがいつも素通りしていた自分が憎いぜ、もっと早くにこの美味を味わいたかった!

「水に流そう」

「どうもありがとうっ」

 よし、蔵曾も許してくれたしあとはこれを食べて適当に話でもして引き上げるとしますか。

「ラノベの件はどうだ? 順調か?」

「全然。私は何を書きたいのか、そこからの話に戻ってきた」

「ほのぼの日常は?」

 薫、お前の意見には賛成だ。

 なんていったってそうなったら蔵曾はモデルを用意しようとする、今のモデルは立ち位置を持つ俺、つまり――俺のほのぼの日常だ。

「それはいや」

「あっさりと引くなこの野郎っ!」

 俺は諦めないからなっ!

「前回ので思った」

「前回の?」

 というと。

 偽使乃さんの件がすぐに思い浮かぶ。

「敵とバトル、そのほうがインスピレーションが刺激される、きっと」

「俺は却下だっ! つーか周りに迷惑が掛かるかもしれんし!」

「豊中にフォローしてもらう」

「じゃあ豊中さんに許可取ってこい」

 絶対却下されるから。

「そこは君が言って」

「さりげなく俺に嫌な役を押し付けるなよ、殺されてこいって宣告してるようなもんだぞ。俺なんてワンパンで乙られるんだぞ?」

 ぶふふっと薫が何か俺を見て笑い出した。

 俺が豊中さんにワンパンで乙る光景を想像したのか? 楽しそうで何よりだぜこの野郎。

「では願って」

「……願って?」

「君が心から願えば世界観は変化する。敵が襲来するような日常を、願って」

「断る! 俺にとって損しかないじゃねえか!」

 蔵曾は小さなため息をつきやがった。

 この丸型テーブルをひっくり返してやろうか?

「面白そうだしいいんじゃね?」

「他人事すぎないかね薫、お前だって危険な目に遭うかもしれないんだぞ?」

「その時はその時だ」

 ポジティブな野郎だ……今は野郎じゃなく女郎か。

「そう、薫は言い事言う」

 俺の身の危険が左右する岐路をその時はその時でと簡単に収めようとするんじゃない。

「まあ……弱い奴なら別に襲ってきても構わんしそれくらいなら退屈をしのげていいかもしれないがな」


「あっ」


 ん?


「それ、叶った」


 ……マジで?

「メモ帳を常備しておく、そのうち、来る」

「……おいおいマジか!?」 

「俺でも勝てるかな?」

「解らない」

 薫はあんまり闘わないほうがいいぞ、今は女の子なんだから。

「おいちょっと待ちなよ、本当に……叶ったのか?」

 蔵曾は小さく頷いた。

「ちなみにどんな奴かは解る?」

「弱い奴」

「それなら……いい、のか?」

 まあ落ち着け俺よ。

 こういう場合は別に深く考えなくてもいいのかもしれない。

 俺の世界観に弱い奴の襲撃者が俺の退屈を紛らわせるためにやってくる――つまり俺でも十分に対処できる奴、俺が確実に勝てる奴がやってくるのなら慌てふためく事もあるまい。

 こちらはリラックスしてどんと構えていればいい、多分……。

 不意打ちも怖くないくらいに弱い奴に違いない、きっと……。

 つーかそうであってくれ。

 ああ。

 俺がそう心から願っている時点で、そういう奴が来るのは確定してるのか。

 まったくよ。

 立ち位置ってのはたまげたもんだぜ、今更ながら再確認しちまった。

「闘っちゃいなYO」

 気になったんだけど、薫さあ、その口調何?

「YO?」

「YO!」

 蔵曾が興味を持ち始めやがった。

「どこかで聞いた、それは、何?」

「そういうのが流行った時があったな、YAH! やら、YO! やら、YEAH! とか」

 蔵曾は世の中を知らなすぎる。

 ……だから馬鹿なんだな、納得した。

「実はな、ラノベ作家が面白いものを書ける秘密、本当は面白いものが書けるラップだったんだぜ?」

「……本当?」

 そこでさあ……嘘だ! と言わないあたりがアレだよな。

「ああ、だからダンスなんかしたお前は警察に捕まった」

 お前の頭の螺子、どこかに落ちてないか? 落ちてたら拾い上げて頭に差し込んであげたいぜ。

 プラスドライバーかマイナスドライバー、どっちかを言ってくれたらなお良し。

「……薫、本当?」

 少しは利巧になったな。

「……本当だYO!」

 だがな、薫はこういう流れは乗っかる奴なんだぜ、残念だったな。

「面白いものをYO! 書けるためにはYO! ってこう、指をこういう形に開いてな?」

 俺は両手の親指と人差し指、それに中指を立ててラッパー? とかいう人の雰囲気を蔵曾に伝えた。

「えっと……」

 一生懸命に真似ている。

 うん、改めて思う。

 こいつ、馬鹿だ。

 

 ――今度そういうのやらせたらガチで殴るわよ?


 豊中さんの言葉が脳内で再生された。

 ……薫並みのポジティブで、考えよう。


 その時はその時だ。

 全力で蔵曾をいじろう。


「できるか?」

「大丈夫、やれる」

 その指の形は最高のラッパーだぜ!

「YO!」

「YO」

「YEAH!」

「YEAH」

「いいぞ! 面白いもの書けそうな感じ出てる!」

「本当?」

「ああ、本当だ!」

 まったく書けそうな感じは出てないがな、世に出ても奇跡的に一発屋で終わるくらいだ。

「おお、神様いい感じ!」

 薫も全力で乗っかってくれるのはいいが怒られる時はお前も道連れだからなっ。

 さあてノリにノッてきたところだ、動画を見せてやろう。

 音質はやや悪いがそこらの適当なラップの動画を開いてみた。

「……いいリズム」

「ああ、いいよな」

 ラップには疎いがリズムは心地良いものがある、聞いていてノリに乗れる。

「この手の形と動き、重要?」

「重要重要」

 見たところサビの部分で上下に手を動かしている、正直その動きの意味は解らないが客を沸かせるための動作であろうか。

 客もノッて同じ動作してるし。

「リズムに乗って自己紹介をしつつどんなのを書きたいのかを言うんだ」

「神様ならやれるぜ!」

「……頑張る」

 何気にこいつが今はどのジャンルのラノベを書きたいのかも引き出せるし、少しはこいつの考えを知っておかなくちゃな。

 直接じっくりと何を書きたいのか聞けばいいだけの話だけど、今はこのノリにしておきたいから何も言わん。

 しかしながらいきなりやれと言っても難しいだろうな。

 最初の自己紹介の部分は考えてやろう。

 鞄から紙と書くものを取り出して、最初の一文は推敲するまでもなくすぐに書き終えて蔵曾に手渡した。

「それを言うんだ、お前なら出来る」

「理解」

 音楽が無ければ寂しかろう。

 さっき見せた動画のカラオケバージョンを見つけたから流してやる。

「俺達がちゃんと聴いていてやる、そうすれば面白いものが書けるんだ!」

「神様……ミュージックスタートだぜ!」

 ノリノリの薫は指をパチンと鳴らし、俺は再生のボタンを押した。

 始まる軽快なリズム、ベースの音が響いてくるぜ。

「え、あ」

 タイミングがつかみ辛いか? 大丈夫だ、勢いって大事さ!

 つーか顔真っ赤だな!

 いいぞ、お前のそういうところ、何度見てもあれだ、萌えだ!


「わ、私はYO……箕狩野、蔵曾、だYO……」


「もっと声を張って! 恥ずかしがったら駄目だ!」


「私はYO! 箕狩野蔵曾だYO!」


「「YEAH!」」


 ありえないくらいに顔が真っ赤になってるけど大丈夫か?

 一応手の動きも様にはなってるな、やればなんでも出来るもんだ。

 やっぱり神様ってすげえぜ!


「趣味は本屋で立ち読みYO! 最近は浩太郎とか人間観察しまくりYEAH!」


「FOO!」

 ノリノリだ。


 このまま盛り上がったらお隣さんから壁ドンきそう。

 何気に聴いていて思ったんだが、もっとマシな趣味は無いのかお前。


「好きな食べ物焼肉YO!」

「YEAH!」


「嫌いな食べ物グレフルDA!」


 グレフル?

 ……あっ、グレープフルーツ?


「苦手な奴は口うるさい天使だYO!」

「同意だYO!」

「YEAH!」


 よーしそろそろお前の書きたいもののジャンルとか聞いていこうじゃないか――と思っていたその時。


 ……勢いよく扉が開いた。


「……OH?」

「……何してたの?」


「……面白いもの書けるラップだYO!」

 素直に蔵曾は言う。

 時に素直すぎるのはな、いけないと思うぞ。


「ぶち殺すわよこのクソ神が」

 豊中さんはものすごい形相を浮かべた。

 子供が通りかかったら確実に十人中十人が泣いて逃げるほどの。

「酷いYO……」

「黙れ」

 場の空気がひんやりとしていった。

 そろそろこの音楽を止めるべきだが、俺は動けずにいた。

 目を逸らして壁を見て、台風が過ぎ去るのをただ待つ。たとえ吹き飛ばされると解っていようとも。


「……貴様ら」


「「……はい」」

 死刑宣告をこれからされる罪人の気持ちがよく解った。


「ここに来て正座しろ」


「「はい……」」

 俺達は素直に従う。

 少しでも抵抗すれば命に関わると本能が訴えていたからだ。

 俺達は互いに冷や汗をたっぷり垂らして、豊中さんの前で正座した。


 その後、三十分くらい説教されました。

蔵曾は馬鹿だYO

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