その27.俺の人生、どうなるの?
空を切る音、頬をかすめてグローブが使乃さんの腹部を直撃した。
ズドン、ともはや誰かを殴った音とは思えない酷く重い音が届く。
「おごぁ……!」
彼女は声にならない声を、激痛に顔を歪めて漏らしていた。
相当……痛そうだ。
「と、豊中さん……」
「詰めが甘いんだよこのボケが」
「い、いやあ……」
そう言われましてもね、女の子を殴るってのは中々に勇気がいるもんでしてね、ツメも甘くなるよ。
「けど、どうして君が……?」
「ふんっ、そんなのどうでもいいでしょ」
俺は君が何故ここに来て助けてくれたのかとても気になるのだが。
しかし助けてくれたのは素直に感謝、流石にもう偽使乃さんは動けまい。
「そいつを床において」
「えっ? あ、うん」
「ごめん、怪我した」
蔵曾は豊中さんに淡々とした口調で言う。
「手間が掛かる神様ね」
「文句の多い天使」
うん?
……天使?
「は?」
……豊中さんが?
「……はぁあん? 何か失礼な事、考えてない?」
「いや! ぜ、全然!」
……だってさあ。
誰もがさあ……疑いたくなるって。
豊中さんが天使だって思わないよ、絶対、うん、絶対にだっ!
言動共に暴力的で肩がぶつかっただけでぶっとばされそうな雰囲気に、はぁあん? って威圧的な睨みをきかせてきて、どっちかというと悪魔だぜ?
けれど、蔵曾の背中の怪我に触れて光を放って治すところは“そこはかとなく”、ああ、そうだ。
“そこはかとなく”天使っぽいがが未だに信じられない。
蔵曾が天使だっつーから、天使なんだろうけどさあ。
「回復」
ものの数秒で完治、非現実的なものが連続で起こりすぎてこれといってリアクションも無く慣れてしまった自分がいる。
「うっさい馬鹿、こいつに立ち位置渡さなきゃよかったのにほんとあんたは……。あんな力、消滅させればいいのに」
「やだ」
「うっさい馬鹿。私が立ち位置奪って管理しておけばこうもならなかったのに」
ああ、それでこの前奪いに来たのね。
「それは駄目」
「うっさい馬鹿」
「……酷い」
「うっさい馬鹿」
神様と天使のやり取りとは思えない。
「ほんと馬鹿なんだから」
馬鹿馬鹿言い過ぎじゃない?
いや、まあ、こいつは馬鹿な気がするけど。
「失った血はちゃんと食事で補いなさい。レバー食え、レバー」
「今夜はレバーで決まり」
俺も頂こうかな。
「あとはあいつをどうするかねえ」
――あいつとは。
三人して化学実験室へ視線を投げる。
腹部を押さえたまま床に額をくっつけて悶絶しているあいつ。
「連行するか」
そうしたほうがよさそう。
そうしてもらえると安心する。
「ふ、は」
ゆっくりと、偽使乃さんは立ち上がった。
嘔吐して、ぐしゃぐしゃになった顔を乱暴に袖で拭き、手にはまだ折れた大鎌の刃を持っていた。
「近づ、くと、この人を殺し、ます」
厄介である……。
近くに倒れている先輩を人質にされるのは困った、先輩は今動けないのだから。
「そう。で、あんたは何がしたいわけよ?」
怯みもせず、豊中さんはため息混じりにそう問う。
「立ち位置を、渡しな、さい」
「嫌よ、渡すはずないでしょ? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「この人が死んでも、構わない、んです?」
力を振り絞って、偽使乃さんは先輩を引き寄せて首に鎌を突きつけた。
「そ、そうだよ! 先輩の命が掛かってるんだぞ!?」
「はぁあん? 別にいいじゃない」
「よくない!」
何を考えてるんだ君はっ!
「あんたさあ……自分の心配をしなきゃ――ね!」
「何を言――」
途端に――重低音。
俺は豊中さんを見ていたはずなのに、彼女の姿は一瞬で消えていた。
続く重低音。
その音が聞こえた場所を見ると、豊中さんのグローブが使乃さんの顔面を捉えていた。
「――ってぁ?」
「だから言ってるでしょ、自分の心配しなきゃって」
吹き飛ばされる使乃さんは直視できないくらいに気の毒に見えた。
しかも、吹き飛ばされた先は窓。
それを突き破って彼女は外へ。
「あー、やっちゃった」
「……やっちゃったじゃないでしょうに!」
慌てて窓へと俺は駆けつけた。
転落、転落だよ? 三階から!
「大丈夫よ、“人外”がこれくらいじゃ死なない。普通の人間ならさっきのボディブローで絶対立てやしないから」
俺なら確実に立てなかったろうな、立とうとして生まれたての小鹿状態になってそうだ。
「……いない」
「逃げたかな、まだ動けるとはね。まあいいわ、私が目を光らせてる間は襲ってはこないでしょ。あんだけぼこぼこにされてすぐに動けもしないでしょうし」
「それなら……いいけど」
「あのようなシリアス展開は、却下」
「シリアス展開でまとめちゃうなよ蔵曾」
「一件落着」
蔵曾は仁王立ちで締めてほっと一息といきたいところだが、それより先輩を運んでやらないといけないのに加えて化学実験室のこの有様……。
外はガラスが割れた事で騒がしくなってきているので早いとこここから離れるとしよう。
「へえ、そんな事があったのか」
「ほんと大変だった」
「お、お疲れ様っ」
どうも。
「でも全然音が聞こえなかったな、ガラスが割れた音は聞こえたけど」
「それは先輩の結界が防音機能を果たしてからさ」
「ハ、ハイテク……」
「そいや変化した右腕で撃退したって言ってたけど、どんなの?」
「見せてやろうにも、消えてからもう変化できないっぽいんだ」
「えー、見たかったなあ」
もし見せられてもこんな人通りのある中で右腕を変化させるわけにもいくまい、夕方のちょっとしたニュースになるかもしれないぞ。
「そだ、二人ともこれから暇? 一緒に晩御飯食べない?」
「晩御飯?」
「わ、私は、構わないよっ」
「俺も構わねーけど、唐突だな」
まあね。
「蔵曾がレバーと焼肉を用意してくれてるんだ」
「よし、すぐに行こうぜ!」
薫はこういう事にはすぐに飛びつくよな。
女になっちまっても変わらなくて安心するぜ。
「どうして、レバー?」
「血を流したからな」
「だ、大丈夫、なの!?」
「大丈夫大丈夫、失ったのは血液だけ」
ノアはほっと胸を撫で下ろした。美少女に心配してもらえるというのは悪い気分じゃないよなあ。
さて。
色々とあったけど、なんだかんだで一件落着、なのかな?
後は蔵曾がラノベを書けるようになるまで付き合ってやるとして、不安なのは今後またこんな騒動が起きやしないだろうなという事。
豊中さんが俺を助けてくれる唯一の救い手、救世主、ヒーロー、悪……天使。
彼女にはノアの情報を渡して協力してもらうようにしなくちゃな。
「おじゃましまーす」
「お、おじゃまします……」
「入るぞ蔵曾」
そんなに広くない室内に六人もいるとところ狭しだ。
「神様が住む部屋とは思えないな」
まったくだ。
「ノア様、こちらにどうぞお座りくださいっ」
豊中さんはノアの前ではいいキャラを演じてるけど俺にもそんな接し方でいて欲しいな。
「あ、どうもベリアルドさん」
蔵曾の隣には先輩が座っていた。
肉をひっくり返していて、俺と目が合うや気まずそうに小さく頭を下げていた。
「お詫びも兼ねて、遠慮なく食べて」
この肉はお前が提供してくれたのか蔵曾、肉肉肉野菜の随分とご立派なメニューじゃねぇか。
「遠慮なく食べるとするよ」
「あんたら二人はレバー食ってろ!」
「さあ、食うか!」
薫は肉好き。
鉄板の上は既に焼肉やらがじゅーじゅー言わせておいしそうな香りを漂わせている。
それぞれ肉を放り込んで焼きたい放題食べたい放題、肉はどっさりあるものだから最高の食卓――
だけど、俺達に寄せられているのはレバーばかり。
ノアに近い場所はやたら焼肉や野菜が多いな。
「うめえなあ!」
「……レバー美味いな」
「レバー……美味い」
そろそろ焼肉欲しいな。
蔵曾はレバーをもぐもぐきちんと噛み、喉を通すと先輩を見て箸を置いた。
「ベリアルド、色々とすまなかった」
「……べ、別にもういいっ」
俺も謝らなくては。
「いやほんと、俺もベリアルドさんを騙してすみませんでした」
「我も貴様を斬りつけて、悪かった……。それでおあいこだっ。立ち位置を奪っても、面倒な目に遭いそうだし、貴様にそれは預ける」
わかりました、俺が面倒な目に遭うのを引き受けます。
仕方ないね。
「時に、浩太郎」
「何だ」
「君の中にある世界を変える一人歩きする力、今回の件で嫌気がさしたなら誰かに渡すというのも選択の一つ」
いきなり真面目な話されると困るな。
「我以外に」
先輩はもう立ち位置を奪う気は完全に失せてしまったようだな。まあ、あんな騒動を体験すれば誰でも立ち位置なんて欲しくないよなあ。
「お前はどうすんだよ、また主人公のモデルになりそうな奴を探してこの力を渡すのか?」
「そう、なるかも」
「別にこのままでいいんじゃねーの」
ようやく焼肉をゲットした、今はこんな話より焼肉を食うほうが重要だぜ。
「いい?」
「他の奴に渡って世界観が変わるのもな」
俺達は変化させられた、とかだろうから世界が変わればきっと認識できる。
世界が変わって困惑するのは間違いない。
「私にその力を渡してもらえれば解決なんだけど」
「それはダメ」
豊中さんに渡したらろくな事にならない気がする。
「なんでよ! 変わるとしてもノア様王国が出来上がるだけだし!」
ろくな事にならなすぎる。
「そ、それは困るっ」
「ノア様は皆の頂点に立つべき素晴らしい人なのですから遠慮なさらずに。むしろノア様にその力を預けましょうよ」
ノアの性格からしてそういうのは絶対に嫌なはず。
「わ、私は……浩太郎君が持っていていいと、思いますっ」
「俺が持ってればこれといって何か世界が変わるわけでもないが、それでもいいならな」
「けど、変わらなすぎると私のインスピレーションが」
「今日の出来事だけでインスピレーション刺激されまくりだろ」
「そうではあるが」
ちょっと物足りない?
俺は物足りすぎてるぜ。
そりゃあ危険な場面もあったが、それ以外はなんていうか……充実してた。
「早いとこお前がいいラノベ書けて解放されるのを待ってるぜ」
「ラノベ作家デビューまで、何年になるか」
「作家目指すの!? 満足のいくもん書いておわりでいいじゃん!」
「とは、いかない。目指すところはとことん目指す」
「……マジかよ」
「よろしく」
俺は、頬を引きつらせて乾いた笑い声を漏らすしかなかった。
「おおー」
「お前ら拍手すんな」
つまりは蔵曾と何年も付き合っていかなきゃならないわけで。
俺の人生、どうなるの?
といっても、退屈な人生とおさらばできるならそれもいい……か?




