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その26.私からの、贈りもの


 左肩から右下腰部分まで一閃。


 遅れてやってくるのは――

「……あぁっ!」

 人生で味わった事の無い痛み、血が肌をなぞって流れていくその感覚、一瞬で意識が遠のきそうになった。

「や、やった……やって、しまった……」

 半ば偽使乃さんがやったようなもんだろうが、気が動転して先輩はそんな事すら微塵も思考に留めさせていなかった。

「おめでとうございます。立ち位置が移りますよ、世界が貴方の世界観で染まるのです」

 俺は少しでも出血を抑えようと傷口に手を当てた。

 斬る寸前で迷いがそうさせたのか、咄嗟に彼女は鎌を引いていたのだろう、肩の辺りは少々深い傷で他はそれほどでもない。

 それでも痛いのは変わりないがね。

 だが、見た目ほど、思ったほど重傷ではない。

「これは貴方の意思に関係なく自動で移るのですよね?」

 蔵曾は小さく頷いた。

「蔵曾さんの力であって、しかしながら一度誰かの身に宿ると一人歩きする力。世界を変えられる力……」

 同時に俺の体が青白く光った。

 これが、そうなのだろう。

 立ち位置というものなのだろう。

 その光は俺の体を離れて先輩の体へ。

 それを確認した偽使乃さんはテーブルから降りて窓へと歩み寄った。

「ふふっ」

 そんな笑みを漏らしていた、何を期待してるんだか。

 カーテンを思い切り開けて、射し込む陽光に俺達は目を細めるも、彼女は何の抵抗もなく外を見た。

「ははっ素晴らしいです!」

 遠くの空にある何か。

 別な場所では煙があがったり雷が落ちたりする何か。

 それが何なのか、先輩の妄想――世界観に違いない。

「見てくださいベリアルドさん、貴方の世界になりましたよ!」

「う、うん……」

 魔法や魔物、そういったものが当然のようにある世界――?。

 先輩の世界観はそれほど詳しくは解らないが大体の想像だとそうだ。俺の退屈な世界観とは大違い。

「どうしたのです? どこかお体の具合でも?」

「いや、大丈夫……。あの、奴を……」

「奴? ああ、忍野君ですか? 放っておいてもいいんじゃないでしょうか」

「なっ……!?」

 よろしければ救急車を呼ぶか病院へ運んでもらいたい……。

「放っておくと面倒な事になります」

 そうだな、絶対に貴方が面倒だと思う事を俺はする。

 今でないのが非常に残念だぜ。

「そう言わずに……」 

「だ、そうですよ。どうします?」

 偽使乃さんは先輩を見て苦笑い。

 先輩はどう判断する? 選択は君にゆだねられているんだ、いい選択を期待したい。

 痛みに耐えるのは慣れていない、体を動かしたくもないしこの血のぬくもりも最悪だ、なるべく早く決断してほしいな。

「や、奴は解放する……」

 ありがたい、では先ずノア達に知らせてもらいたいぜ……。

「そう言うと思いました」

「――先輩!」

 俺は偽使乃さんが右手に持つ物を――注射器を見て力を振り絞って大声を上げた。

 同時に――やはりそんな大声ですら体に響いて激痛を呼び、続く言葉は出せず、力が抜けて床へと崩れた。

「えっ?」

 その注射器は先輩の首筋へ。

 瞬き二回、その後に先輩はストン、と膝を折って倒れた。

「あ……? あ……」

 体の自由が利いていない、うつろながら目だけは動いているが先輩はそのまま上体を床に沈めた。

 毒ではなく、体の自由を奪う薬……?

「これは倒した事になります?」

 蔵曾へ問いかけていた。

「いや、ならない」

 偽使乃さんは残念そうにため息をついた。

「ではやはり攻撃するとしましょう」

 何で攻撃するか、となれば先輩の手元から離れたあれしかない。

 ――鎌だ。

「立ち位置が目的か……」

「ええ、そうです」

「だったら先輩を巻き込む必要なかっただろ、最初から、俺を狙っていれば良かったじゃないか……」

 俺は懸命に力を振り絞って、再び壁に凭れた。

 話をするならこの体勢がいい。相手がはっきりと見えるし。

「僕は警戒心が強いのですよ。彼女の馬鹿げた力は半信半疑でしたから確かめる必要がありました。それに、周りの関係もね」

 先ずは俺から先輩に立ち位置を移して世界がどう変化するのかを見たかった、と?

「副作用とかあったら嫌ですし、立ち位置の移動の際に何かしら契約があるかも、とも考えました」

 あるとしたら後ろで宙吊りにされているあいつが主人公らしく行動しろとか注文してくる事かな。

「それに彼女の与えられた力は役に立ちます。彼女の結界なら蔵曾さんに有効ですからね」

「なるほどね……俺達は君の手の平の上で踊らされていたようだな……」

「これで僕の世界観が現実になる。心から感謝していますよ、ありがとうございます」

「どんな世界観か、聞いていい……?」

「聞きたいです? ふふっ、折角なので教えてあげましょう」

 言いたくてうずうずしてるように見えるのは気のせいかな?

「人々全てが不幸に塗れた人生を送り、僕や優秀な人間だけが幸福の中で過ごしていく世界です。戦闘、戦争、争いは高みの見物、そんな世界にしたいのです」

「な、なんでそんな世界を……」

「なんで? 今もあまり変わらないでしょう? それを色濃くするだけなのですよ?」

 偽使乃さんの眉間のしわが深くなった。

 そんでもって彼女の後方で揺られる蔵曾は何かもぞもぞと動いている、ここは会話を引き伸ばして時間を稼ぐべき……だが。

 ……俺としてはこの傷の痛みがあるから素直には稼ぎたいとは言えず。

「地面に溜まった水溜りの味は知ってます? 生ゴミの味は? 下水の隣で眠る気持ちは分かりますか? 人間には無視され、同族には笑われ、神は馬鹿げた事をするばかり、天使はその尻拭い、全てが腐っているとしか思えません」

「そんな事……」

「人生の大半を屋根の下で過ごせていられる貴方だから、そんな事無いですとか人生はもっと希望に満ち溢れているとか、酔いしれているかのような言葉を言えるのです。反吐が出ます、おっと、幼い頃から反吐なら出すだけ出してましたね僕は。唾を吐きつけたくなる、というほうがよろしいですね」

 彼女の心には大きな闇が渦巻いている。

 俺が理解しようと歩み寄っても、突き飛ばされる闇、触れようとすればただ刺激してしまう闇。

 現時点でもう既に刺激してしまった。

「それより」

 鎌で軽く素振りをする偽使乃さん、利用する気満々だ。

「貴方は用済みなのでそろそろ死んでください」

「先輩も……殺すのか?」

「勿論、そうしなくてはいけないでしょう? どうです蔵曾さん、物語のインスピレーションは刺激されました? バッドエンドの書き方をご教授いたしますよ?」

 宝くじでも当たったかのような、見るからに上機嫌。

「遠慮する」

「あらら、バッドエンドもいいでしょうに。僕は大好きですよ? 死こそ美しい演出を生み出すものでしょう?」

 鎌を振り回しながら俺へ一歩、また一歩と近づいてくる。

「今は何を考えています? 僕はね、『自分に限って』とか、『自分だけは』とか、まだそんな希望を抱いている人が絶望に包まれるのを見るのはとても、ええ……とても愉快になれます」

 俺の前に立ち、どす黒い笑顔で大鎌を振り上げた。


 ここで、終わり?


 彼女にいいようにされて、俺の人生は折角楽しくなってきたのに……。


 諦める?


 いいや、それはしたくない。

 ここで何かを変えられるとしたら、蔵曾――

「では」

 俺は偽使乃さんの後方を見た。

 蔵曾は体を捻って吊るされた状態からは解放されていたが、縄はほどけていなかった。

 着地して、散乱したガラス類を踏みつける音に、偽使乃さんの鎌がかすかに止まった。


 その一瞬。


 彼女は後方へと振り返ろうとした。


 この一瞬。


 激痛に表情を歪めるも俺は偽使乃さんへと飛び掛った。

「こ、このっ――!」

 けれども、こんな怪我じゃうまく力が出ない。

 彼女のバランスを崩すだけで状況は変えられず。

 大鎌が振り下ろされる。

 蔵曾だけでも逃げられれば、きっとその後は何とかなる。

「逃げろ! 蔵曾!」

 短い時間でも意外とさ、色々と考えられるもんだ。

 こういうのが所謂走馬灯ってやつかな?

 ああもう、いつだって外れクジばっかりだった。

 何も楽しくない人生だった。

 ……ははっ。

 ここ最近は、楽しい人生だったな。

 もっと続けばよかったが、それはもう叶わないらしい。

 そんでもって偽使乃さんにも敵わないらしい、このまま斬られて俺の人生も終了かな。


 ……ノア。


 もうちょっと、あいつと学校生活を満喫したかったぜ。

 とか思ったりして。


 目を閉じて、その瞬間に聞こえたのは勿論斬られる音だ。

 自分では表現したくない、酷く耳障りでもあるあの音。


 ……?


 ――痛みが来ない。


「大丈夫?」


 目を開いてみる。

 目の前には、蔵曾がいた。

 はらりと、彼女を縛っていた縄が何故か解けた。

 彼女のすぐ後ろには大鎌を振り終えた偽使乃さんが目を真ん丸くさせて棒立ち。

 何が起きたのか。


 馬鹿野郎。


 そんなの、考えるまでも無かった。

 床が赤く染まっていく。

 俺の血ではない、蔵曾のものだ。

「ぞ、蔵曾……」

「傷を、治す」

 蔵曾は背中を斬られた、それなのに何事も無かったかのように俺の傷口に触れ、光を宿すや見る見るうちに怪我が治り痛みが引いていった。

 破れた服すらも直っていきやがる。

「お、おい……」

 次は自分を治すものだと思ってたのに、

「終わり」

 俺を治し終えるや蔵曾は床に崩れた。

「おい! しっかりしろよ!」

 背中は真っ赤だった、それほどの重傷を負ったのだこいつは。

「なっ……!? し、死なれては、困ります!」

 かすかに、蔵曾の手は動いていた。

 俺の手を握り、蔵曾は俺を見て言った。


「私からの、贈りもの」


 何か右腕に温もりのような感覚が包み込んだ。

「彼女を渡してください!」

 蔵曾が死んだら立ち位置もきっと消えてしまう。

 偽使乃さんにとって立ち位置とは命よりも大切なものなんだな。

 ああ。


 反吐が出る。


「……断る」

「直ぐに手当てしないといけません! 解っているでしょう!?」

「ああ、解っててる。それは俺がやる。お前には渡さない」

「なら、力ずくで――!」

 偽使乃さんは大鎌を構えた。

 どうしてだろう。

 何も怖くない。

 大鎌が振り下ろされても何の問題は無いと俺の本能が呟いていた。

 俺が立ち上がる途中段階で偽使乃さんは既に大鎌を振り下ろしていた。

 怪我が治ったとはいえ血が足りないのか、少しばかりくらっとしていた。倦怠感も少々。


 大丈夫か?


 大丈夫だ。


 この右腕、何かが宿った右腕。

 拳を作り、大鎌に振るう。

「貴方には死ん――」


 何が起きたのかを。


 ……彼女が理解するのは数秒後だ。

「でもらいぎ――ふっ?」

 大鎌はまるでおもちゃのように砕けた。

「いい贈り物だよ蔵曾」

 俺の拳は彼女の顔面を直撃していた。

 それから一回転して後方の壁に叩きつけられた偽使乃さんは果たして大丈夫なのかな、うん、大丈夫じゃないな。

 大丈夫であろうがなかろうがどうだってはいいがな。

「……すごっ」

 拳から肩まで、銀に輝く鎧のようなものが施されていた。

 自分の手の平を見てみる。

 ごつごつしているも細かに関節部分が設けられていてなめらかに動かせた。

 指先は尖がっていて、突く攻撃も有効そうだ。

「がっ……ふ、はっ……な、なん、なんれす、か……そりぇ、は」

 呂律がうまく回ってませんよ偽使乃さん。

「俺もよく解からないけど、蔵曾からの贈りもの」

 俺はすぐに蔵曾を抱えた。

 まだ意識があるようで、


「幻○殺しと書いて、イマジンブ○イカー」


「その命名は許されないからやめろ!」

「じゃあ……ウルトラ創造神ナックル」

「ダサッ! 命名ダサッ!」

「……傷つく」

「いや、ごめん……あまりのダサさに……」

「死にたくなった」

「すまん! 死ぬな!」

 励ましておく。

 俺の肩を弱々しく叩き、蔵曾は先輩を指差した。

「何?」

「立ち位置、回収」

 そうだな、今のうちに回収しておこう。

 けどどうしたら回収できるんだ?

「軽く頭でも叩いて。勝利という形、大事」

 じゃあそうしよう。

 俺は先輩のもとへと歩み寄り、一度蔵曾を床に置いた。

 そんでもって先輩には、

「すいません、ちょっと叩きます」

 反応できないだろうけど、一言申しておこう。

 この右腕で攻撃はしないほうがいいな、力の加減が分からないから重傷を負わせてしまうかも。

 さっきだって偽使乃さんを軽く殴っただけなのにあの威力だ。

 俺は左手で頭にチョップ。

「うっ」

 小さく先輩は声を漏らした。

 すると先輩の体から青白い光が溢れ、俺の体へと移っていった。

 これで立ち位置は回収できたな。

 あとは蔵曾と先輩を運ぶとしよう。

 二人を一度に運ぶのは無理だ、誰かを呼んで先輩を運んでもらわなくては。

 室内は先輩の結界が張っているはずだったが、薬を打たれたからかいつの間にか結界は解かれていた。

 好都合だ。

 俺は蔵曾を再び抱えて化学実験室を出るとした、偽使乃さんは動けない――と思う。

「今病院に連れてくからなっ」

「病院より、私の使いに」

「使いって言ってもな、誰か解らん。見れば解るか?」

「うん」

 そりゃ良かった。

 扉に手を掛けて、半分ほど開いたあたりで一応警戒して、振り返った。

 偽使乃さんは動けないよな……?

 と、思ったのだが……壁にもたれていたはずの彼女の姿は無かった。

「えっ……?」

「ひはっ」

 その声は、天井から。

 砕けた大鎌の刃をわしづかみで、しかも跳躍しており、落下と共にその刃を俺へと向けていた――!


「うわあっ!?」


 両手が塞がっている、どうしたら――!?

 刹那、


「はぁあん?」


 彼女の声が、耳に届いた。

ウルトラ創造神ナックルが却下されていたら、スーパーゴッドハンドだった。

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