その25.我は……
ここにいても何だ、引き返すとした。
廊下をやや早足気味で歩いていた、普通に歩いても変わりはないであろうが、どうしてか自然と早足になってしまっていたのだ。
ふとその時――曲がり角に少女の顔が半分覗いていた。
「あっ」
目が合う。
彼女――田島先輩と。
襲撃?
かと思いきや、先輩は顔を引っ込めた。
どうしたんだ? 結界を張って襲うんじゃないのか?
「先輩?」
何なんだあの行動は。
どうする? どうすればいい?
追いかける?
どうして?
先輩が何をたくらんでいるかは確認したい。
今は使乃さんの件もあるが、目の前に訪れた些細や不安と邂逅したわけなのだから決して深追いはせずに様子見だけでもしよう。
油断せず、慎重に。
曲がり角はゆっくりと、顔だけを出してみる。
彼女の姿は確認、駆け足気味の後姿は階段を下りていった。
逃げてる? 誘ってる? どうであれ妙だ。
今は下手に動きたくはないものが……。
「んん?」
様子見していると、先輩はまた顔だけを物陰から出してこちらを見てきた。
物陰から互いに見詰め合っているこの状況。
何なの?
「……先輩?」
さっと、顔が引っ込んでいった。
何なんだ?
……追いかけるか。
このままだとずっと物陰から視線を投げられるの繰り返しになりそうだ。それでは落ち着かない。
階段へ着くや先輩は既に階を降りている途中。
誘われている気がしてならないな……。
無視して戻る?
それもありだ。
けれどそうなったらそうなったで別の時間にまた同じ状況が発生しそうでもある。
とりあえず。
そう、とりあえずは追いかけてみるとした。
やばくなったら逃げればいい。
先輩の後を追うと玄関にたどり着き、入出する生徒達に紛れて一瞬見失ってしまった。
視線を振りまくや先輩の後姿をまた発見、今度は奥の廊下を走っていた。
二階への階段へ上がっていくようだ。
追いかけるのが面倒になってきたな。
そうして追いかけっこをした先は、
「……化学実験室?」
肩が上下する、それくらいに疲れた。
カーテンは締め切っており、室内は薄暗かった。
入りたくない。
途端に、
「いやあ!」
「うおっ!?」
いつの間にか後方に先輩、鎌を振り下ろしてきた。
俺はすぐに体を捻ってそれを回避、距離を取った。
「貴様は既に我の結界の中にいる!」
「はい、そのようですね……」
「我は今、怒りに震えている。貴様の命は無いと思え!」
今日の先輩は見るからに怒気を纏っていた。
何故にそのような怒気を? 俺は何か怒らせるような事をしたか……?
「あれを見ろ!」
鎌で差された先には――天井から縄でつるされた蔵曾が蓑虫みたいな状態になっていた。
「蔵曾……?」
「貴様らがグルだったのはもう我は知っている! よくも謀りやがったな!」
「先輩、ちょっと落ち着いて……」
「先輩じゃない! ベリアルドだ! 落ち着いていられるか! 奴は貴様を倒せば立ち位置を得られると話しておいて、実際貴様ら我が襲っても情報は筒抜け! 我が勝てぬよう手を回しおって!」
「それは謝ります、すみませんでした」
「許せん!」
ですよね。
俺でもされたら激怒する。
自分ならどうしたら気が済むか、考えるやとりあえず蔵曾をぼっこぼこにするかな。
「助けて」
「しばらくそこにいろ」
蔵曾は俺をじっと見て助けを求めるも、今回の先輩には苦戦を強いられそうなので助けようにもすぐには助けられんな。
てか自分でどうにかできないの? 神様だよね?
しかしどうして俺達の関係が先輩にばれた?
「先輩、どうして俺達がグルだったのか、解ったんです?」
「教えてくれた奴がいたのだ!」
「教えてくれた奴?」
「今回の作戦もそいつが計画したのだ! 中々頭の切れる奴だ!」
何者だそいつは。
すぐさまに浮かび上がるとすれば、一人の女性。
……根拠も確信も無いが、あの人……かもしれない。
「どりゃあ!」
「わわっ!」
いつもよりも動きがいい、先輩は鎌を振るって、俺はそれから逃げるの攻防。
冷静に考える時間が欲しいな……!
「我の力、全てを解放する!」
「うおお……!?」
先輩の両肩から青い炎が現れた。
青い翼? 見た目を解りやすく表現するならばそれだ。
先輩の足が浮き、翼は風を生み出して室内の物という物を滅茶苦茶にしてしまった。
「わわあ」
蔵曾もその風に振り回されているがどうしてか、そんな蔵曾を見て俺はなんか気持ちがすっきりしている。
頭の中に浮かび上がっている三文字は【ざ】と【ま】と【あ】。
「神様なんだからその縄くらい簡単に解けるだろ!」
「無理」
「そう、無理なのですよ」
その時。
後ろから、女性の――聞き覚えのある声。
「それは蔵曾さんの力を源にしています。蔵曾さんは他者の力なら干渉して壊せるけど、自分の力なら簡単には壊せません」
俺はゆっくりと……。
ゆっくりと、振り返った。
「君、は……」
そこには、天野使乃と“名乗っていた”人物が立っていた。
「以前、豊中さんの作り出した結界は簡単に壊せた、けれど彼女の結界は彼女に解除してもらって中に入っていた。それで理解しました」
そうだ、以前先輩が朝から襲ってきた時、結界の外にいた蔵曾は結界を壊して入ってこなかったな……。
「君は……一体、何者なんだ……? 蔵曾の関係者、じゃ?」
「私は知らない」
「……」
少なくともこの人は天野使乃さんではなく、更に今解ったのは、蔵曾の関係者でもない。
では蔵曾、お前の関係者はどこだ?
……今まで大きな思い違いをしていたな。
「一言で言うと、敵です」
トン、と俺の肩を押す。
彼女は後方へと軽く飛んで、視線を投げた。
その視線は――先輩が受け取り、先輩は風を生み出して俺へとぶつけてきた、どうなったかというと――だ。
「がはあっ!」
壁に勢いよく叩きつけられて、床へと倒れこんだ。
口の中に広がる鉄の味。
肩と頭部を強打して目の前が一瞬真っ白になった。
「ど、どうだ! これが我の中に眠っていた力だ!」
先輩の声は若干、震えていた。
それは力が予想以上に大きかったからか、先輩の中にある罪悪感がそうさせているのか。
……両方な気がする。
俺を倒すのが目的。
しかし、この力加減は殺すの領域に入っている。
それを解っているからこそ、先輩の青い翼は小さくなっていった。
「どうしたんです?」
「い、いや……この力を使わなくても、倒せると……」
「ベリアルドさん、情けは無用ですよ? 彼らがしてきた事はとても酷い事です。貴方はとことん痛めつけてもいいのですよ」
「そ、そうだが……」
「じゃあやりましょう、とことんと。命尽きるまで」
彼女は先輩の背中を押す役割ってとこか……。
俺達の関係を教えたものこの人――偽使乃さんだろう。
俺が調べても大丈夫のように休んでいる生徒を見つけて成りすましていたようだな、何かあればごまかしが十分にきく。
入念さが感じられる、一つ一つ細かな調べの結果が今この状況を生み出しているのだ。
その状況の中、俺はどうしたらいい?
滅茶苦茶になった化学実験室、その中央には青い炎を纏った先輩。
先輩が躊躇するも常に背中を押す使乃さん付き。
蔵曾は蓑虫状態で天井に吊るされて役立たず。
俺はというと右肩が打撲による痛みで上手く動かせず、立ち上がるのも辛い。
将棋でいうともう王将以外おらず、目の前には金とその後ろに飛車成り。
「ほら、もっと叩きつけて」
「わ、解っている! くらえ!」
「ちょ、ちょっと待っ――!」
咄嗟に近くのテーブルにしがみつくもすぐに俺は壁へ叩きつけられた。
「はっ――」
背中を強打。
一瞬で肺から酸素が放出されて、言葉すら出なかった。
もう動けないのを確認してか、先輩は鎌を構えて距離を縮めてくる。
とどめを刺しに来る、ビーカーなどが割れて床はガラスで散乱していてそれを踏む音が近づいてきていて見ずとも距離が把握できる。
何も出来ないのが、辛い。
「斬り伏せましょう」
「う、うむ!」
「せ、先輩……!」
「先輩って言うな!」
「ベリアルドさん……」
うつぶせの状態から、ゆっくりと俺は体を起こして壁にもたれた。
「騙してしまって本当にすみませんでした、けど悪気があったわけじゃあなく……」
「どうでしょうか? 蔵曾さんがただラノベを書きたいからっていうだけのためにベリアルドさんを利用して弄んでいたのは間違いないですよね?」
「弄んでなんか……」
反論は出来ない、結局のところ蔵曾のわがままで先輩を騙して振り回していたのは間違いないのだから。
「嗚呼、酷い人達です。貴方達は彼女を振り回して、自分勝手なやらせ付きの茶番をしかけては影でほくそ笑んでいたのでしょう。許せませんね」
「なあ、君の目的は何なんだ……? どうしてベリアルドさんを嗾ける?」
「僕はベリアルドさんが貴方から立ち位置を奪うのを手伝いたいだけなのです。得る資格のある者にやはり与えられるべきです」
「そ、そうなのだ!」
先輩はなんか乗せられてる感じがある。
偽使乃さんは何を企んでいるんだ? その笑顔、今は不気味だ。
「蔵曾さん、ベリアルドさんが彼を倒せば立ち位置は確かに移るんですね?」
「……そう」
すんなり教えるなよ……。
「貴方が証人です、きちんと見ていてください。今更やっぱりナシってのは駄目ですよ? もしもそんな事をしたら、解ってますよね?」
完全に脅しを含ませた口調に、蔵曾は苦笑い。
「さあベリアルドさん、やってしまいましょう。貴方がこの世界の中心に立つのですよ」
「き、きき斬れば、いいんだな!?」
「そうです、思い切り。殺してしまっても構わないでしょう」
「こ、殺す……?」
「そうですよ、世界の中心に立つのはそれくらいの覚悟は必要です。彼にはその人柱になってもらうだけの話です、何かを得るには失うのは当然」
なんて覚悟を押し付けるんだ貴方は……。
「ベリアルドさん……」
「わ、我は……」
振り上げた鎌が、ゆっくりと下がっていった。
「こんな世界、大嫌いだ……。平穏で、何も無くて、退屈で、つまらないこんな世界が……」
「……解ります」
俺も、そうだ。
同じ気持ちだ――だった。今は、違う。
「我は力を得た、我の中の現実が、この世界の現実に干渉したのだ!」
「ええ、そうですね……」
「何を話しているのです? やってしまいましょう」
「だ、黙っていろ!」
使乃さんは肩をすくめて口を閉ざした。
テーブルに座り、俺達を観察。
余裕の笑みが怒りを誘うぜ。
「先輩はこの世界を自分の世界観に塗り替えて、どうしたいんです?」
「我は……」
「戦いたい?」
「……かも」
「実は俺達と戦いを交えるだけで満足していたのでは……?」
また鎌が、ゆっくりと下ろされていった。
「ベリアルドさん、聞く耳を持ってはダメです」
「今こうして俺を追い詰めたのはあの人に言われたからだろう? そもそも彼女は信用できるのかな?」
「貴方達よりは信用に足ると思いますよ」
「俺に偽名を名乗って密かに計画を練っていた人とどっちが信用に足りますかね……?」
「どっちもどっちと、言いたいんですか? それとも自分のほうが信用できると? 何をもってして貴方はそう大口を叩くのです? ベリアルドさんを騙していた貴方が、ね」
先輩は今確実に迷っている。
どうしていいか、その迷いを決断に至らせるには時間が必要だ。
使乃さんと口論して時間を稼ごう。
それに豊中さんも俺達に気づいてやってきてくれるかもしれない、時間稼ぎは出来るだけやっておきたい。
「――とまあ、貴方の時間稼ぎに付き合ってもいい事はありません。このまま無駄に話を広げて誰かが助けに来るのを待つつもりでした?」
見抜かれていた。
「……むっ、そ、そういう企みかっ」
俺は偽使乃さんを見た。
偽使乃さんは笑顔を崩さずにいる。
余裕がそうさせるのか? その笑顔、前なら天使の微笑が今や悪魔の微笑だ。
豊中さんより怖い。
「ベリアルドさん、話し合いで解決は……?」
「耳を貸さないでください」
「う、うむっ……!」
再び鎌が上がる。
未だに迷いが宿るその瞳。
「ほら! 振り下ろして!」
流れに身を任せてしまったのか、彼女は目を閉じて鎌を振り下ろした。
いいや。
振り下ろされた。
振り下ろす時に、躊躇した先輩の鎌を、思い切り――押したのだ。
ザクン。
その結果、そんな音が聞こえた。
変化された人の中でも蔵曾の力の一部を貰った田島先輩は実は能力だけ見るとものすごく強かったり。
問題は本人が悲しいくらいに運動音痴な事。




