その24.ノア様は俺の嫁
今日は田島先輩が襲ってくるんだったな。
先輩には悪いが、めんどくさい。
非常に、めんどくさいな。
昨日寝る前に漫画本を読んだのが悪かった。
気がついたら夜更かしをしてしまって寝不足気味、おかげで倦怠感がいつもの数倍。
今日じゃなくて明日襲ってくれればよかったなあ。
蔵曾に言って襲撃の予約変更してもらいたいけど出来るかな? キャンセル料取られたりしないかな?
まあいいや。
警戒心を強めて、物陰など注意して歩くとする。
角を曲がったりする時や物陰は少しばかり緊張感が高まってくる。
いつもの待ち合わせ場所が見えてきた。
「ふう……」
朝の登校に気を遣うはめになるなんてなあ。
無事に到着できて少しほっとしたぜ。
別に先輩が襲ってきても問題はそれほど無さそうだが、油断は禁物。
今まで先輩が襲ってきた時は常に俺が一人の時だ、つまりノア達といると安心である。
警戒心を緩められると疲れないもんだ。
「こ、浩太郎君おはようっ」
「おはよう」
「おっはー!」
薫はやたらとテンションが高いな。
「何か変わったと思わん?」
「何か?」
薫は期待を込めた瞳で見つめくる。
どこか変わった気がする、けれどどこがどう変わったのか解らん。
「化粧、工夫してみたんだ」
「ああ、そう」
「どう?」
「どうって言われてもな。いいんじゃないの?」
「ふははっ!」
何だその笑みは。
「よ、よかったねっ!」
「よかったぜっ!」
二人は小さなハイタッチ。
俺の知らないところでどんどん仲良くなっていくなお前ら。お願いだから俺を置いてけぼりにしないでくれよ。
「おはようございますノア様」
げっ。
……豊中さんだ。
「偶然ですね、ご一緒してもよろしいですか?」
「あ、うんっ!」
偶然?
本当に偶然ですか?
学校への通学路で豊中さんを見たのが今が初めてだ。
帰り道だって校門を出たら俺達とは逆方向に帰宅するじゃないか、俺達と通学路がまったく合わないのに偶然もくそもないだろうに。
満面の笑みでノアと肩を並べ、俺は冷や汗を垂らして足を進めた。
朝の通学、どんどん俺の周りには女性が増えていく。
これはいい事だ、いい事ではあるが内心落ち着かない。
豊中さんとは時々目が合い、そのたびに彼女の瞳の奥に宿る何かを感じ取ると俺は苦笑いを浮かべてしまう。
折角緊張感から開放されたのに……。
「はぁあん? どうしたの浩太郎君~?」
「いいや、何でも……」
豊中さん、解ってるでしょ。
「どうしたんだ浩太郎、豊中に何か気になる事でも?」
そりゃあ気になるよ。
危険人物がノア越しにいるんだから!
「その、なんだっ。豊中さんはノアを随分と慕ってるんだなって思っただけで」
「ノア様は俺の嫁」
そうですか、よかったですね豊中さん。
「嫁っ!?」
「はぁあん……全部が最高っ」
豊中さんはノアの肩に頬ずり。
ノアは特に抵抗もせずされるがままだった。
それでいいのかお前は。
学校へ行くや俺は相変わらず禍々しい視線を四方八方から突き刺され、今日はまた一人連れる女子生徒が増えたために水に大石を投げるが如く誤解が広まっていくのがはっきりと感じる。
もう、うん……諦めよう。
誤解を解くのもしない、それは無駄なのさ。こんな光景を皆に見せ付けてしまっているのだから。
一人一人誤解を解くべく説明していたら何週間かかるのやら。
「はあ……これだよ」
下駄箱を開けるとぎっしりとつまった手紙。
読むのもやめておく。
「大人気だな」
「おかげさまで……」
「ほとんどがノア様ファンクラブからの贈り物」
「いらない」
「受け取って頂戴。私達は気休め程度ですっきりする」
「俺はがっかりする」
豊中さんさあ、もしかして君も俺の下駄箱に憎しみ込めた手紙を入れてないよね?
「わ、私のせいで……ご、ごめんなさいっ」
「ノア様は悪くないですよ!」
「そうだな、お前は悪くないよ。悪いのは――」
「こいつが悪いのよ」
豊中さん、どうして俺を指差すの?
「浩太郎は罪な奴だぜ、俺達を誑かしてよお」
「誤解のバーゲンセールになるから口を慎め」
ほとぼりが冷めるまで昼行灯に徹しよう。
問題は席替えによってノアと薫は俺の左右にいるので何かと二人を求めて寄ってきた生徒達の視界に入ってしまうので無駄に意識される事だがな!
豊中さんは俺とは普通に接しているけど、立ち位置に関して彼女はどう考えていて、今後どうしてくるつもりなのかも気になるものだ。
様子見するとはいえ、様子見されている側は常に緊張が心臓を縛り付けている。
このまま何もしないで欲しいが、どうだろうなあ……。
俺としては豊中さんにノアに関する情報提供という賄賂で身の安全を確保したい。
ノアには申し訳ないがね、俺の立ち位置っていうか命が掛かっているんだ。許して欲しいぜ。
「……いないな」
教室へ向かう中、俺は注意して歩いて田島先輩を警戒するもその姿や無し。
「どうしたんだ?」
「いや、なんでもない」
いつ襲ってくるんだおい。
それからいつも通りの授業をいつも通り受け、徐々に膨らみ始めた警戒心は午前いっぱい無駄に終わってしまった。
気を遣って一人で移動して絶好の襲撃機会を設けてやってもまったく襲ってこない。
蔵曾よ、襲撃の予定は午後か?
時間を聞いておけばよかったな……。
前回は朝一番に襲ってきたから早い時間の襲撃を想定していたが何か用事でも出来たのかな。
実は風邪を引いたとか?
思い切って先輩のクラスに言ってみるか? 学校に来ているかの確認だけでもしたいな。
そうだ、ついでに使乃さんに会いに行こうかな?
ついでってだけで別に他意は無いさ、挨拶する以外何も。
「さー飯にしようぜ!」
「お、おう。そうだな」
皆でわいわい飯を食うが今日はさりげなく豊中さんも一緒にいるわけで。
「浩太郎君は女の子に囲まれて緊張してるのかなぁ?」
豊中さんは一定時間毎に絡んできやがる。
「べ、別にっ?」
「はぁあん? そうかしら~?」
その悪魔のような笑顔やめてくれないかなっ?
「浩太郎、朝から何か変じゃね?」
「へ、変……かも?」
「なんでもないっ!」
もう早く飯を食べてしまおう。
「そいじゃ、俺ちょっと用事があるから!」
「ど、何処に行くの?」
「大した用じゃないよ、ついてこなくてもいい」
「女か?」
「一応はな」
「なんだとぉ……!?」
一人は敵で、一人は天使。
そんでもって用は恋愛要素が皆無。
「ついて来るなよ」
「わ、わかった……」
「絶対ついていかないぜ!」
薫はついてくる気満々じゃねーか。
「ついてきたら解ってるな?」
指の骨を鳴らす。
「し、信じろよな~ついていかないぜっ」
信じてやろう。
俺の信頼を裏切ったら恐ろしい目に遭わせてやるからな。
とりあえず豊中さんは不敵な笑みで手を振っていたのが怖すぎる。
あーもうやだやだ!
屋上から出て俺は二年の教室が並ぶ階へとそそくさと向かった。
後方確認。
二人の姿は無し。
前方確認。
田島先輩の姿は無し。
そこらの先輩に聞いてみるか。
「あのっ、田島秋保さんのクラスは解りますか?」
やや心臓の鼓動を強めながら先輩を知っていそうな女子生徒にその質問を投げかけてみる。
「田島さん? 彼女なら三組よ」
「あ、どうも、ありがとうございます」
ではいざ三組へ!
友人関係は意外と潤ってるのかな? すんなりと先輩を知ってる生徒に遭遇できたな。
「――今日は休みだったかしら」
「えっ!? 本当ですか?」
宙ぶらりんの足は行き先から引き返す。
「連絡が無くて休んだ理由は解らないのよね」
まさか襲撃のために学校を休んだ、とか?
それくらいに気合を入れているとしたらちょっと不安になってくるな。
どのような作戦を練っているのやら。
俺は一先ず引き返して次は自分の行き慣れた一年の階に。
使乃さんのいるクラスへと向かう足取りは何気に軽やか。
使乃さんにはただの挨拶、うん、挨拶をしてそれからは少し世間話でもしたいね。
蔵曾の奴は最近どんな感じですか~? とか昨日会ったから別に聞かなくてもいい話でもしたりして。
「あの、使乃さんいます?」
「いるわよ。おーい、使乃ちゃーん」
微笑が浮かぶ。
「あのー……何か?」
微笑が固まった。
……歩いてきたのは。
……明らかに、使乃さんではない女子生徒。
「えっ?」
思わず阿呆な声を漏らした。
「えっ?」
「……天野使乃さん?」
「はい、そうですけど」
髪型も身長も容姿も全て違う。
使乃さんはこんな黒縁眼鏡の似合う女性ではない。
眼鏡っ娘もいいな――いや、それより彼女が天野使乃っていうのが妙だ。
「……天野使乃さん?」
「はい、そうなんです。けほっ」
具合悪そう。
「昨日まで病気で入院していたので、学校には何故か連絡が届いてなかったらしいですが」
そうなんだ。
いや、おい。
待て、待て待て? 待ちたまえ、冷静に考えよう。
「このクラスに同姓同名の生徒はいたり……?」
「いませんが……」
まあ……そりゃあそうだよな。
同姓同名が同じクラスにいるのってほんと珍しいもんな。
「一年に同姓同名は……?」
「さあ、解りません。あの、私に何の用です?」
「あ、いや……ははっ、その……ごめんっ。なんでもなかった!」
俺は踵を返した。
使乃さんは自分で一年一組だと言っていた。それならばクラスにいるはずだ。
けど彼女のクラスには別の天野使乃さんがいた。
このクラスに同姓同名の生徒はいない、となると一年一組の天野使乃は俺が今話をしていた眼鏡っ娘になる。
なるの? うん、なるんだ。
今まで見なかったのは入院していたから、と。
……どういう事?
俺の知ってる使乃さんはどこに行ったんだ?
もう一回踵を返した。
「あのっ!」
「はい!?」
「本当に君は天野使乃さん?」
「そうですが……?」
怪しまれてる、そろそろ撤退しよう……。
「そうか……どうも」
「はあ……」
最後にもう一度だけ確認したが、やはり彼女は天野使乃さんで間違いないようだ。
もしかして影武者とかそういう人だったりする?
……そんなのやる意味が無いよな。
何か、おかしい。
何か、大変な事が起きている?
何が? それは解らない。
けれど何かが妙で、何かがおかしくて、何かが起きそうなのだ。
不安が押し寄せてくる、大津波のように。




