その22.神様ですしおすし
「さて」
そう切り出して、
「変化した日常、どう?」
その質問だ。
どう?
そりゃあ勿論……。
「……退屈はしない」
「よかった。君の日常をメモして着色すればいい物語になりそう」
結局のところ、作者の抱いているものと読者が受け取るものは違う。
お前がどう思おうが読者が同感してくれるとは限らないのさ。
「けどあんなに襲われるのはちょっとな」
「ベリアルドなら危険な時は私の力で回避できるようにしている。あの子は気づかない、おそらく」
助かるぜ。
そんでもって先輩はお気の毒。
俺の立ち位置を奪って世界を自分の世界観に染めたいその願いも絶対に叶わないのだからね。
「先輩くらいになら普通に負けないとは思うが、俺も何かちゃんとした能力が欲しいぜ」
「例えば」
「なんだろうな、主人公ってさあ……利き腕を使った絶大な力を発揮するっての多くない?」
「解る」
「俺もこう、右手で触れたら相手に何か影響を与えるような力が欲しいな」
「ありきたり」
「いいだろありきたりでも」
「似合わない」
何だよ、そんな能力を持ったキャラクターは長身イケメンじゃなきゃ駄目だっていうの?
「君は強敵から逃げ回りながらも自力で何とかしていくキャラが合っている、気がする」
「気がするってだけで気のせいだ」
「そう?」
その頭、一度ぐりぐりと拳でめりこませてやろうか?
「いたたたたた」
実際にめりこませてみた。
淡々とした口調は変わらないが両手をばたばたと水揚げされたマグロのように跳ねている様は見ているとすっきりした。
「検討、しようっ」
「よろしい。あと身長なんだが、3ミリしか伸びてなかったぞ」
「君の身長は低いままのほうがいたたたたた」
もう一回ぐりぐりしてやる。
「検討、しようっ」
「よろしく頼むぜ」
「そのためには、もっと自由に主人公らしさを意識して、自分なりに行動してみて欲しい」
「主人公らしさを意識ねえ……」
難しい注文だ。
ラノベの主人公っていったってそれぞれなのだから、俺は一体どんな主人公のように行動すればいいのか分からん。
今のところ現代ファンタジー的なのがいいのかもしれないが、敵が何度か出てきてそれをうまく回避するような主人公……。
探せばこの店にも一冊はそんな物語を頑張って生き抜いている主人公がいるかもしれない。
問題はラノベはあくまでもラノベ、俺がどう真似をしてもラノベの主人公にはなれない。
能力の一つも無く、身体能力だってそれほどでもない。
何か能力をくれればそれなりにやれそうだ。
それからはしばらく蔵曾と一緒にラノベを漁ってみた。
少しでもインスピレーションを刺激するものがあればいいね、蔵曾曰く様々な本を読むと妄想が膨らんでいって脳内では名作が出来上がっているらしい。
蔵曾曰く、さらには音楽を聴いていると勝手に脳内の妄想がアニメのオープニング風に改変されて自己満足に浸れるらしい。
そういう風にして、繰り返される妄想の結果にて俺を巻き込んで現在に至るのかい?
「じゃあ俺はもう行くからな」
「明日、ベリアルドが襲う」
ネタバレありがとう。
「警戒しとくよ。にしても、俺とお前が一緒にいるのを先輩に見られたらまずいんじゃないの?」
「心配ない。ベリアルドに見られる可能性はゼロ」
そうかい、安心したよ。
先輩は俺と蔵曾が繋がりを持っていて、いくら襲撃の作戦を極秘裏に練っても筒抜けとは思ってもいないだろうな。
先輩にやらせを知られたら激怒不可避だな、絶対にばれないようにしなくては。
「そいやお前はいつもどこで寝泊りしてるんだ?」
店外に出るや、俺の帰路とはまったく逆の方向へと足を進めようとする蔵曾にちょっとした疑問。
「まさか天界……的な?」
「この街」
「どこらへん?」
「東区の住宅街」
俺の家は西区、ほんと逆方向な場所だな。
「来る? そんなに遠くない」
「……うーん」
正直行ってみたい。
相手は神様、どんなところに住んでいるのか気にならない? 気になるだろ。
総理大臣や大統領、石油王がどんな家に住んでいるのか気になるのと同じさ。
まだそれほど遅いっていう時間でもない。
家に着く頃には俺の腹の虫は騒がしくなっているであろうが、興味が空腹を満たすよりも優先せよと心の中で膨らんでいった。
「行ってみるか」
不思議な奴。
やや後ろを歩いて俺が見つめるのは蔵曾の背中。
小さくて、女の子らしさの伝わる体躯。
それなのにこいつは神だ。
八百万の神が住んでいるとかどうたらとかいう日本じゃあ何の神なのかな。
――箕狩野蔵曾。
反対から読むと“そうぞうのかみ”――ノアが教えてくれた名前の意味から察してみるも、創造神は流石なあ……?
どうであれ、神様の住むところとなると俺の興味は非常に湧いてくる。
神社? それとも豪邸? 神々しい別世界?
わくわくしているこの気持ち。
十分後――
「二階の奥」
「……」
ぼろっちいアパートを前にして、蔵曾は二階の角の窓を指差した。
そこが、蔵曾の住む部屋らしい。
今時珍しい木造アパート。
今にも崩れそうな木造アパート。
……地震が起きたら無くなってたりしないだろうなここ。
階段はさび付いていて壁は台風対策なんてどうでもいいですと言いたげに見た目からして脆そう。
「遠慮なく」
「……ああ」
軋む音をふんだんに生み出しながら蔵曾は扉を開けると予想通りそれほど広くはない空間が待っていた。
どれくらいかというと、六畳。
中央には丸い小さなテーブルがあり、隅には布団。入ってすぐ右手には台所とぼろっちい冷蔵庫。
貧乏学生の住む部屋と間違えたかな。
本棚によって壁はもはや見えず、何があるのかざっと見てみるとラノベや漫画、雑誌やらとこいつの濫読ぶりがよく解る。
座布団は四つあるがこの座布団が全て使用される機会があるのか?
一先ずその一つに腰を下ろした。
「日本は素晴らしい、このような環境が安く得られる」
「月いくら?」
「二万七千円、キッチン、トイレ・風呂付き」
アパートを借りた事など無い俺にはその価格が高いのか安いのか今一ピンと来なかったが、テレビでたまに見る安いアパートの特集を思い出すと、確かに安いというのが分かった。
安いからこそ、今にも崩れそうなアパートであるのも納得。
台風きたら気をつけたほうがいいぞ、窓が吹っ飛ぶかも。
「これまで何度か台風がきたもののそれなりに耐えている。いざとなれば私の力で耐えさせる」
そんなのに力を使うよりこのアパート全体を豪華なマンションクラスに変えてしまったほうがいいんじゃないか?
「贅沢は堕落を生む」
そうすか。
話をしながらも、蔵曾はお茶を用意してくれたので頂くとした。
……意外と美味いな。
「近くにはスーパーがあるので生活には困らない」
「お金はどこから?」
「アルバイトで」
「バイトしてるの!?」
神様なのにっ!?
「嘘」
「嘘かよ!」
お金の出所は秘密のようだが、お前のその力で金を生み出してたりしないだろうな。
「にしても、本だらけだな」
「寝る前はいつも本を読んでいる。しかし書くとなるとうまくいかない」
「そりゃそうだ。漫画読んだら漫画描けるわけじゃないし」
「映画見たら映画作れるわけでもない」
「うん、そゆ事」
見たり読んだり聴いたりしても描いたり書いたり作ったりは難しい、出来る奴がいるとしたら天才と呼ばれる奴しかいない。
蔵曾はどうか。
少なくともラノベを書く才能はどうなんだろうな。
やり方は明らかに強引だがな。
演出ばかり気にして、俺を主人公にしてインスピレーションを刺激して本を書こうだなんてその時点で効率が悪いし良作が生み出せるとは思えない。
困った奴だぜ本当に。
「読んでいると少しは文章力が上がる?」
「さあ? 俺は専ら読むばかりだけど書くのは経験が無いからなあ。今までの読書経験値を活かして書いてみろと言われたら稚拙なものしか書けなさそうだぜ」
「そう」
小さなため息。
ゴミ箱にはくしゃくしゃに丸めた原稿用紙が溢れでており、そのため息に加えて苦労がよく伝わってくる。
片隅には別のテーブル。
ゴミ箱に詰め込まれた丸めた原稿用紙はそこで製造されているようだ。
こいつはこいつなりに頑張っているんだな。
頑張る方向が今一乱れているがね。
「そういえば。ノアと薫、恋愛フラグは立った?」
口まで運んだお茶を噴出しそうになった。
「た、立たんわそんなの!」
「そう?」
「そう!」
「付き合うなら、どっち?」
「そりゃあ……ノア?」
「どうして?」
「薫は未だに前の薫が脳裏をよぎるから、外見的な可愛さには圧されるけど男友達っていう意識が高い」
「なるほど」
何がなるほどだ。
「じゃあノアと付き合おう」
「じゃあって何っ!?」
「ノアが、いいんでしょう?」
何故に首を傾げてクエスチョンマークを漂わせてるんだお前は。
もしもの話だろうがっ。
「ノアと、付き合いたくないの?」
「さあなっ」
「付き合ったら学園ラブコメハーレムものに」
「それは考えてもいいな……」
襲われる心配が無いのなら大歓迎だ。
しかし、だ。
保身を目的にノアに軽い気持ちで告白して蔵曾に学園ラブコメハーレムものにしてもらうってやり方は好まないな……。
「早速、告白を」
「待て待て。そんな簡単に恋愛なんてできないから!」
「そういうもの?」
「そういうもの」
こいつはさぞかし恋愛には疎いに違いない。
「ノアが俺を好きかも分からんのに」
「きっと好き」
その自信に満ちた発言は何を根拠に言ってる。
「それに俺はあいつを異性として意識してない、恋愛感情も無しに告白してもな」
「告白してから好きになっていくパターン」
「ありえないだろ」
先ず告白どうするんだ?
――好きです付き合ってください!
これが、
――好きになるので付き合ってください!
こうなるとして、こんな告白をされたら何を言ってるの? と理解されなさそうだ。
「細かい事は気にせずに」
「他人をまきこむんだぞ? いい加減な気持ちで決断できるかよ」
頭にチョップしてやった。
「痛い」
「そういうのは、俺がノアを好きになったらで」
「なる?」
「さあな」
「なって、お願い」
「お願いするなよ」
両手合わせるんじゃない。
「こればかりは流石にな」
この話を流していく空気を作るべくお茶を口に含んだ。
時計を見てみる。
時刻は夕方六時を回り、腹の虫もそろそろうるさくなってきた。
「何か、作る?」
「料理できるの!?」
「それくらいできる、神様ですしおすし」
おすし言うな。
ラブコメを書くのは苦手です。




