その2.男のロマンが詰まってるからな
夕食まではどうせ暇だ、本屋で立ち読みでもしよう。
毎日毎日、無駄に時間を消化している気がする。
ラノベコーナーで適当に一冊読むも、文字なんか頭に入らずため息をついた。
同じような一日を繰り返している。
どっか部活にでも入ってみるか? そうすれば何か変わるか?
どうだろう、変わらないか……変わらないよな。
夕方のスケジュールが変わるだけで、最初は違っても慣れればまた退屈な一日と思うに決まっている。
本を閉じて、俺はまたため息をついた。
「つまらなかった?」
――うおっとっ。
隣で俺と同様、立ち読みをしていた少女が、唐突に話しかけてきた。
女性との交流は疎いほうだ。
おかげでドキッとして一瞬思考が停止しかけたぜ。。
人生でも初めてなんじゃないか? 学校ならまだしも街で赤の他人に、それも少女に話しかけられるなんて。
ちらりと見てみる。
身長は頭一つ低い、華奢な体躯。
……妙な服装だな。
猫耳付きフードとかそれどこで買ったんだ? そこらへんに可愛い子がいたら勧めて着させたいぜ。
そのフードを深々とかぶっていて彼女の目元は覗けなかった。
鼻と口や輪郭、それに白い綺麗な肌から中々の美少女と思われる。
よし、この子と何かフラグを立ててラブストーリーを……って、無理だな。
おっと、それよりも返答だ。
俺が読んでいたのは今月発売したらしいラノベ、文章が頭に入っていなかったので何とも言えん。
「……どちらとも」
「そう……。読者はどんなものが面白いと感じるのかな」
「さあね、内容が面白いとか?」
「内容、ふむ」
「漫画なら絵の好みとか」
「絵の好み、ふむ」
「映画ならかっこいい俳優とか綺麗な女優とか、それぞれじゃないかな」
「ふむ」
ふむって言う子今時珍しくない?
「共通するのはやっぱり内容じゃない? 一番重要だよね」
そんなところかな、と俺は思う。
俺が思っているだけで周りの人達やこの少女はどう思っているのかは分からないけど。
「内容、うむ」
腹の虫が騒がしくなってきた、見知らぬ少女との会話もいいが話が長引くのは嫌だな。
元々女性との交流が疎いので会話も苦手なほうなのだ俺は、話すことが無くなったら気まずくなって全力疾走で立ち去るかも。
「突然すまない。実は私、ラノベを書きたくて」
オープンな子だな、お互い名前すら知らないのに。
「漫画も考えたが私の描く絵は地獄絵図に等しいので諦めた。ならば、文字だ――というわけ」
「はあ……ご説明どうも」
俺が店に入った時から既に彼女は小説コーナーで立ち読みをしていて、ずっと熱心に読んでいたのはそういう理由だったらしい。
いいんじゃない? やりたい事があるなんて羨ましいよ。
「面白いものを書きたい、しかし中々うまくいかない。君の人生はラノベのように毎日トラブルやら恋愛やらハーレムやら異世界やら転生やら魔術師やら超能力者やらなにかしらあったり、する?」
「全然、まったく、微塵も」
非現実的な事が起きてたまるか、異世界やら転生やらしてたら先ずここにいない。
「そう、残念」
ほっとけ。
「しかし少しは現実的なものも、ある?」
すると一冊彼女は手にとって見せてきた。
「このラノベ、主人公の周りには美少女の幼馴染や男友達に女友達、それに妹もいて、日常が楽しそう」
ラブコメものかな? 文字も丸みを帯びたフォントで萌えを印象付けさせる。
「そんなのありえないね、絶対に」
「ありえない?」
「ありえないね」
「そんな馬鹿な」
そこ、驚くとこ?
「一つ教えてやる、俺の友人関係には女友達はいないし妹もいない。幼馴染はいるにはいるがかわいくなくてちっこくて無口、ハーレム要素なんて何も無い」
自分で言って悲しくなる。
「お、幼馴染って女の子なら皆可愛いんじゃ……?」
「何その法則!」
「えっ」
「絶対ないから!」
「えっ」
「幼馴染ってだけでもれなく女の子なら美少女、男の子だら美男子か? そしたら今頃世の中美少女美男子で埋め尽くされてるぜ?」
「な、なんという……」
少女は何故か驚愕を浮かべていた。
俺はただ現実を教えてやっただけだぜ。
俺は別の本を手に取る、ジャンルはファンタジーかな?
「それとさ。魔術師? 超能力者? そんなものもいない、ありえない。結局ラノベはラノベ、現実は現実」
ラノベの世界は魅力的だけど現実はそんな世界にはなりやしない。
どうあがいても現実は退屈なのだ。
「この棚に並んでいる本、面白いものもあるけど、どれも現実にはありえないものばっかりだぜ。だからこそ引き込むものがあるのだろうな」
「どれも? 一冊くらいありえるものは? ファンタジー以外なら、恋愛ものや青春もの、学園ものだって」
「主人公は皆顔がいいし登場人物は美少女ばっかり、この時点でありえないね、ああ、絶対にありえない。よく気になるのは髪の色が赤だったり金だったり茶だったり、たまに青だったり緑だったりするけどそんな髪の色してる奴いたら色々とヤバい」
「これは? 黒髪、ジト目でガラの悪そうな主人公の本。ヒロインらしき登場人物達もそんなに、ヤバくない」
彼女は棚から一冊取り出して見せてきた。
「ガラの悪そうな主人公だな」
「でしょ」
「けどさ、こいつの後ろに写ってるヒロインっぽい少女は美少女、多分こいつら仲がよくなるか恋愛関係に発展するな。ラノベならありだが現実と比べればそりゃあありえないに入る」
俺は首を横に振って、ため息をついた。
「なんだかんだいってハーレムになるか恋愛フラグ成就させてカップル、これだ」
「フラグ……」
「フラグは大事だ、ラノベを書きたいならフラグを勉強すればいい」
「ふむ」
「それに現実ではありえないものを想像してみて、自分なりの物語を作って読者が読んでいて面白いと感じるように書く事も大事かなあ」
何様なんだ俺は。
自分でそう思うもこの少女よりは小説を読んでいると思う。
家にある本棚はびっしり、本屋でも暇つぶしにと読んでいたら結構な量を読んでしまっていた。
速読なのもあってね、おかげで本屋側にはちょっと申し訳なく思うよ。
「いっぱい本を読めば理解できる?」
「どうかな。読むのと書くのは違うからなあ、漫画を読んでも描けないのと同じだし。俺だって偉そうに述べてるけど全然書けん。一行すら思いつかん」
「書けるようになる近道は、なんだと思う?」
「さあねえ……実際に見たり体験したりする機会があれば少しは変わるんじゃね? 知らないけど」
よく取り上げられているのは自身の体験談とか、それをアレンジした物語もあったかなあ。
彼女はメモ帳を取り出して熱心にメモしていた。
そんなためになる事を言ったつもりはないんだが。
「俺も日常がこんな世界だったらなあ」
それを題材に面白いものを書いてみたり、っていうのもありか?
どうせ誰の目にも留まらずで終わりそうだが。
「……もし君の幼馴染が美人だったら?」
「……分からん。少しは退屈な日常も何か変わったかもな」
「幼馴染がどんなだったら、いい?」
「胸が大きいとか」
「胸っ」
「男のロマンが詰まってるからな」
「ロマン……」
頷いた、理解してくれたようで何より。
「あとは二重瞼、整った顔立ち、潤いある肌に見るからに弾力のある魅力的な唇、これ!」
「おおっ」
「さらりとした触り心地のよさそうな髪もいいかな」
「素晴らしい。では」
そこで一呼吸置いて彼女は顎に指を当てて再び言葉を紡いだ。
「例えばだが、更に魔術師や超能力者とかいて、遭遇したら? 君の日常は面白くなっていた? ラノベ一冊書けるくらいに」
「魔術師や、超能力者、ねえ……」
「うん」
「……多分、ラノベっぽい生活になるんじゃないかなあ? いや、それはないか」
「どうして?」
「そういう奴らが出てくる物語は何かしら主人公に敵意や目的があるけど、俺のようなごく普通の高校生には敵対する理由は無いよな」
「なるほど。敵対する理由……ね」
少女懐からメモ帳とペンを取り出して何か書き込んでいた。
「勉強になった」
「面白いもの書けそう?」
「インスピレーションは刺激された。実際に見てみたい」
「見てみるのは不可能だけどな」
残念ながらここは現実だ、退屈な日常しかない。
どうしても見たいなら漫画でも立ち読みするかレンタルショップでアニメでも借りてくるか深夜アニメを見るかしてもらいたいね。
長話は空腹には辛い、そろそろ行くか。
「じゃ、俺はこれで。いいラノベ書けるよう頑張れよ」
久しぶりに女性と長い時間話したな。
なんか、ちょっと……嬉しくて楽しかった。だから俺は饒舌に語ってしまったんじゃないだろうか。
「君を使って見てみるとする。事実は小説よりも奇なり、だから」
「えっ?」
振り返ってみると、そこにはもう少女の姿は無かった。
……どこに、行った?
店内を見渡してみてもどこにもいない、なんだろう、妙な事を言っていたけど。
……まあいっか。
帰ろうっと。
今日一日は大体こんな感じだった。
やる事の無い放課後はその日の気分で何かするだけ、あとはほとんど変わらない。
こんな放課後を過ごすより部活でもやってみようかなとは思ったが、興味が無いものをやったところで面白くはない。
帰宅部以外考えられなかった。それにどこか部に所属して俺の人生が何か大きく変わるとも思えない。
明日も同じ一日が待っている、放課後は多少違うかもしれないけど違いといったらそれくらいだ。
今日の放課後は本屋で変な少女と話をした、明日の放課後はきっと家にすぐ帰っているかな。
今更何か変化を望んでいるわけではないけれどね。