その19.ぽこっ
空には亀裂が入っており、別の空が写っていた。
雲や鳥が見える、元の世界ってやつに違いない。
「ぞ、蔵曾……!」
蔵曾は重力なんてどこかに放り投げちまったかのような軽い着地音で地面に両足をつけて俺と豊中さんを交互に見た。
「二人とも、喧嘩?」
「……別に」
豊中さんの構えが解けた。
蔵曾をにらみつけて、ため息をついている。
どうにかなったっぽい……?
「君は、一人?」
一人?
俺なら使乃さんと一緒に――
「えっ、あっ……あれ? 使乃さん?」
この間、数秒しか経っていないも、使乃さんの姿は消えうせていた。
「ど、どこに行ったんだ……?」
「はぁあん……もう、最悪!」
「貴方は」
「うっさい、話しかけんな問題児馬鹿めっ。こうなったら何も出来ないじゃない! 帰るわ!」
「……酷い」
使乃さんが消えてしまったものの蔵曾の出現のおかげで何とかなったな。
「助かった……」
「何があったの」
へたり込む俺と、ご立腹で踵を返す豊中さんを交互に見ても今までの状況など把握できまい。
「忍野、今日の事は秘密。言ったらぶち殺す。そいつに言うのも禁止!」
「えっ……」
両手のグローブを激しくぶつけて音を立てる豊中さん。
「あ、うん、はい、解りました」
「よろしい、また明日」
そう言って豊中さんはどこかへ行ってしまった。
建物の角に曲がり、姿が見えなくなるや周囲は一斉にパリンッとまたガラスの割れる音と共に、道路は車両が、歩道は人が、空には鳥がいる喧騒な街へと戻った。
「私、嫌われてる?」
「あいつには相当嫌われてるな」
「傷つく」
そうすか。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
蔵曾、お前がいないとな、人外って奴らが俺を狙ってくるんだよ。それくらい察しろよ馬鹿。
「襲われた?」
「うん」
「そう」
お前のその無感情無関心無表情の三点セットが今はとてつもなく俺の殺意を刺激するぜ。
「他に誰か、いた?」
「ああ……いたけど、どこ行ったのかな」
「その人にも、嫌われてた?」
「かもねぇ」
その猫耳付きフードがどうなってるのかは知らないが、落ち込むと猫耳も垂れるようだ。
くそっ、こうして見ると可愛いっつーか萌えるっつーか。
けどこいつのやる事が憎たらしいのでそんな感情を生むたびに悔しくなる。
「主人公らしく、なってきた?」
「ドタバタな感じは、そうかも……」
「やったね」
「うるさい馬鹿アホボケカス」
「酷い」
知らん。
俺は蔵曾には構わず、どっと朝から疲れたのですぐに家へ向かった。
蔵曾が見ている間なら俺の身は多分、安全だ。
一人でも帰れるが、人が周囲にいるとはいえ不安は拭えない。
「一緒に帰る?」
「十メートル離れてくれるなら」
「それは一緒に帰っていると言える?」
言えないかもな。
「やる事は途中だけど、何があったか気になる。ここだけの話という事で、聞かせて」
「えー、言ったのバレたら怖いし」
「お願い、身長を伸ばすから」
「簡単な説明だけでいいなら」
「うん」
小さく頷く蔵曾。
蔵曾の関係者と名乗る女性が現れて、クラスメイトが現れて、戦って、助けを呼んで、お前が来た。
こんな説明に蔵曾はなるほど、とか言ってメモをとりだした。
「お前がちゃんと見てないからこうなる」
「申し訳ない」
「そんなんでいいラノベを書けると思ってんの?」
この際、ボロクソに言ってやろう。
「……」
「甘いよなあ、名作を書いた作者はこういう取材は力入れてるもんだぜ。誰かさんみたく主人公のモデルにしようとしている奴から目を離して、その結果重要な場面を逃すなんてありえない」
「……」
「それにメモばっかとってるけどそれだけじゃあいいラノベは書けないぞ。舐めてるレベル」
「……」
「ベリアルドさんを使ってうまく演出してラノベ的な事をさせようっていうにもお前のやり方は古臭いしありきたりすぎるんだよ」
「……」
「斬新なアイデアの一つくらい出して演出して見せろってんだ。今のままじゃ敵とただ戦うだけじゃん。お前はそんな戦闘の日々を描いたラノベでも書きたいわけ?」
「いや……」
「じゃあもっと俺を驚かせるような演出よろしく。そしたら俺もノリノリで演じてお前がいい作品書けるように立ち振る舞ってやるさ。少しは考えて行動しろよな」
「してる」
「してんの? へえー。その結果俺はただ襲われる日々なんだが。斬新なアイデアもクソもない。こんなのがラノベになったらつまらない、つまらなすぎる」
すると、蔵曾はメモ帳をポケットに入れて、無言で俺に弱々しくパンチしてきた。
効果音をつけるなら「ぽこっ」。
そんくらいだ。
「何だよっ」
もう一度パンチ。
「傷つく」
「ざまあ」
「酷い人」
「……悪かったよ、言いすぎた」
「良い人」
「嘘だよばーか」
「酷い人」
最後にまたパンチして彼女はどこかへ行ってしまった。
何なんだ。
ちなみにその夜、風呂上りに身長を測ってみたら3ミリ身長が伸びていた。
あいつに次会ったらとりあえず頭を叩いてセンチ単位で身長を伸ばすよう訴えようと思う。




