その17.時給980円で働いてます。
「……あの~」
「はい?」
覗きこむように俺を見ていたその女性は、瞬き二回、こほんと小さく咳き込んで、眼鏡を人差し指で調えて、えっとその、あっとその、と口篭る。
うん。
きっと俺はまた面倒な事に巻き込まれる。
根拠は無いが、本能がそう告げている。
「お暇ですか?」
「……ええ」
「同席しても、よろしいですか?」
「……えーっと、俺に何かお話でも?」
俺と同じくらいの年か、うちと同じ学生服だけど見覚えは無い。
どこのクラスかな? 一目見て彼女の魅力にお近づきになりたくなった。
「重要なお話がありまして、その……箕狩野蔵曾さんについて」
「……ど、どうぞ」
迷ったけど同席を認めるとした。
蔵曾が用意した敵ならこんな素直に彼女の名前は言わない、すぐに襲うはずだ。
わざわざ敵が同席を申し出る理由もない。
「どうも、はじめまして。天野使乃と申します」
着席するやご丁寧に頭を下げて握手を求めてきたので応じた。
「はじめまして、忍野浩太郎です」
先ずはお互いにご挨拶。
雰囲気からは穏やかさを感じる、敵ではなさそう。
「詳しくは言えませんが僕は蔵曾さんの関係者みたいなものございまして」
「……そう」
「は、反応薄いですね……」
僕っ子かあ。
女の子が自分を僕っていうとなんか萌える。
いやそれよりこいつ、神の関係者だって?
「いやもう何が出てきても驚かん。君はあれか? 蔵曾に何か変化させられたとか?」
「違います、あの人と近い存在であって、そうさせられたのではありません」
どのような存在なのか、気になるな。
「関係者ねえ……天使?」
「そ、そそ、そんなわけないじゃないですか~やだな~……あははっ」
天使っぽい!
正体は知られたくないようなのでその気持ちを酌んで追求や詮索はやめておくとしますか。
見た目はどこにでもいる女子高生だけど、ありきたりなのは人間の体を借りてるとか、人間に擬態してるとかかな。
いきなり翼が生えたりしないだろうな。
「折角だし何か注文する?」
「あ、ではいちごミルクを」
容姿と同様に注文内容も可愛い。
「誠に申し訳ございません、蔵曾さんが度々ご迷惑をおかけして……」
「まったくだ。かれこれ二回も俺の金で飯を食っていきやがった」
「ここでの会計は僕がお支払いいたします、させてください! すみませんすみませんっ」
何度も頭を下げられるとどうしていいか戸惑ってしまう。
「それ意外は特に迷惑はまあ……あんまりしていないので」
「ですがあの人のせいで現実をかなりおかしくされましたよね……」
「されたけど、別に敵が出てきた以外は困ってはいないかな」
「敵ですって!? 悪魔ですか!?」
「違うよ」
やっぱりこの人天使だ!
敵となると真っ先に悪魔を口に出すとなるとそれしかないでしょこれっ。
「一般人だったけど蔵曾が変化させた人、中二病患者」
「中二病?」
中二病は分からんか、そういう面が疎いのも人ではないってのが感じられる。
「自分の中にあるファンタジーな妄想にどっぷりはまっちゃってる人? うーん、説明が難しい」
「それは妙な病気ですね、人体に影響は?」
「影響は無い、けど後々成長した時に中二病だった頃を思い出すと心が痛むらしい」
「恐ろしい……」
ただし先輩は妄想が現実になっちゃったけどね。これからの人生、ずっと中二病かなぁ……。
「今日は謝罪のために?」
「それもあります、しかしもっと重要なお話があるのです」
重要なお話ねえ……。
ため息をこらえて俺は耳を傾けるとした。
「貴方さえよろしければ、蔵曾さんが満足するまで付き合って欲しいのですよ」
「…………うーん」
「やはり、駄目ですか……?」
全体的に考えて、現状は悪くは無い。
後々俺の利益になるような事があればいいが、それより――
「……正直、それは構わない」
「ほ、本当ですか?」
……認めよう。
蔵曾の言う通り、俺は今を楽しんでいる、乗り気である。
あいつの前では絶対にこんな事は言わないけどね、全力であいつには反抗したくなるんだよなあ。
しかし、だ。
「だけど敵が出てきてさ、敵が更に増えたりとかするのは困るんだよね。君からあいつに言ってくれない? 敵は増やさないでってさ」
「僕はあの人に直接言える立場では無いのでなんとも……」
神様達も階級? みたいなのがあるのかね。
「蔵曾さんが社長だとしたら僕はまだアルバイトの身ですから」
「アルバイト!?」
「時給980円で働いてます。生活保護としてお金も頂いておりますので一人暮らしですがそれなりにやっていけてます」
現実的だな。
「頑張れば昇格して月給制にしてもらえるのです」
社員を目指して頑張っているアルバイトなんですかね君は。
「それはおいといて、上の人は蔵曾さんに振り回されっぱなしで、僕にまわされた仕事は貴方に協力を求めるよう説得するのと、できるだけ貴方のサポートをするようにとの事でして」
「サポート?」
「例えば、蔵曾さんが貴方のお金で食べたものは全部僕がお支払い!」
「おお! それはいい! けど君の所持金は大丈夫なの?」
「経費で落とすので大丈夫です!」
心強いな!
今月どうやってやりくりするか頭を抱えそうになっていたところだ。
「前回レストランでもあいつ俺の金で飯食べたんだけど」
「レシートがあれば大丈夫ですよ」
「くそ……レシート捨てちまった」
「残念ですが……それでは無理ですね、申し訳ございません……」
やりとりが現実的すぎる、もしかして天界ってどこにでもある会社なんじゃないか?
「それと僕は敵から貴方を守るのもサポートに入っております。蔵曾さんが敵を増やしても僕が何とかしてみせます! 上の人も手伝ってくれますし」
「心強いぜ、早速敵が一人いるんだけどさ」
敵としては物足りないくらいだけど。
「田島秋保さん、ですか?」
俺は小さく頷いた。
「あの方は戦力の上昇が見られないので大丈夫かなと」
ごもっともで。
「それに私が苦手な結界を使ってくるに加えて蔵曾さんが観察していると思われるので手を出し辛いため、申し訳ございませんが今後もあの方に関しては私は対処しかねます」
まあいいか、先輩とでは戦っているというよりじゃれあっているみたいなもんだ。
先輩が四天王を組んだら絶対に四天王最弱と呼ばれる事間違いなし、脅威はその程度。
急に体調不良になるか、ぎっくり腰にでもならない限り負ける事は無い。
悲しい事に、そんな自信があるから先輩はもう少し頑張ったほうがいいんじゃないかな。
本気を出して頑張られると困るけど。
「問題はですね、それ以外の、蔵曾さんによって変化を与えられてない――人外ですよ」
「人外?」
「ええ、僕のようなのも含まれますね」
「君のようなのもっていうと……」
「あっ、いえ! 僕はただの関係者です、アルバイトの身です」
君達って自分の事をはっきりと言わないよね。
「僕の事は置いといて、人外というと例えば悪魔ですね」
「悪魔かあ」
若干予想できてた。
「それに怪異も」
「怪異、ねえ……」
どのようなものなのか今一想像ができない。
「吸血鬼や不死者、神成らず、人々の念が固まってできたものなど様々あります」
解らないものが増えていく、こういう時にちゃんと処理していこう。
「神成らずっていうのは?」
「神の領域に入るも、完全には神になれなかったものですね。大抵が悪い奴です」
「ほほう……」
名前通りか。
最後はざっくりとした説明だったな。
「それと能力者や異世界人、宇宙人なども要注意かと」
「うん、解った」
もう非現実のバーゲンセール過ぎて今更そんな奴らがいると知っても驚かなくなってる自分がいるわけで。
まあ話を聞いているとありえないがありえなかったになってしまった原状に未だに顔が引きつってくるがね。
「貴方は今、世界で最も貴重な存在なのです。それをご理解ください」
「というと……?」
説明不足で何を伝えたいのか今一だ。
「貴方は蔵曾さんによってこの世界の主人公みたいなものとなったのですよ」
主人公というよりモブが似合うよ俺は。
「そして蔵曾さんは敵を作り、貴方を襲わせて貴方は蔵曾さんのサポート付きで敵を撃退という“やらせ”を行って蔵曾さんのインスピレーションの刺激を手伝うと、確かこんな話でしたよね? 何故にラノベを書きたいのか知りませんが」
「蔵曾との話、どこかで聞いてたの?」
「僕はいつも近くにいましたからね」
そうなんだ。
「それでですね、人外や能力者達が貴方を倒せば世界の主人公になると知れたら、どうなると思います?」
とても。
とても、嫌な予感がする。
ははっ……いやいやいやいや、待ってくれよ。
「人外が主人公の立ち位置を求めて貴方を襲いに来る可能性は高いです。勿論“やらせ”ではなく相手は本気で貴方の命を狙いにくるでしょう」
「俺の代わりに君が主人公の立ち位置引き継がない?」
「できればそうしたいですが、蔵曾さんは納得しないでしょうね」
冷や汗が出てきた。
動揺して、ぬるくなったコーヒーに砂糖をいくつか放り込んでしまっていた。
甘ったるくなったコーヒーに、気休め程度でも落ち着きを与えてもらいたかったが、飲み干しても俺は落ち着けずに頭を掻いたり、抱えたり、天井を見上げたり。
「落ち着いてください」
「落ち着けるかっ!」
「貴方を守るために僕がいるので。今までも貴方が襲われなかったのは僕が貴方を守っていたからなのですよ」
「そうなの?」
使乃さんは小さく頷いて微笑を浮かべた。
俺を落ち着かせるための笑顔か、どうであれ微かながら落ち着きは取り戻せそう。
長居していると雰囲気に呑まれてコーヒーが欲しくなるのでここらで店を出るとした。
大体の話も聞けた、何より自分の置かれている状況が思っていたものよりも酷く最悪だというのを知れただけで十分だ。
「家までお送りいたしましょう」
「ありがとう、でも悪いよ」
「貴方はいつ誰かに襲われてもおかしくないのですよ?」
それは理解している、けれども女性を送るのならまだしも送られるのは男としてどうなの? と抵抗があるのだ。
小さなプライドと自分の命、どちらが大切かと天秤にかければそりゃあ傾くのは自分の命なので、俺は反論できずに口篭って、結局見送ってもらうのを許した。
それにね、女性と肩を並べて歩くのは悪くない。
周りからの視線を受けるとどうにも頬が緩んでしまうなあ。
蔵曾と出会ってから、こうも女性と肩を並べる機会が増えたのは正直言うと嬉しいぜ。
ありがとよ、直接面と向かっては絶対に言わないけど心の中では感謝の言葉を原稿用紙十枚分くらい呟いてやるよ。
「そういや使乃さんは俺と同じ学校だよね? クラスは?」
「一年一組です、学校では一度も話しをした事はなかったですね。陰ながら見守っておりました」
頭が上がりません、ありがとうございます。
「私がついているとはいえ、何があるか分かりませんので十分にお気をつけてください」
「家にいる時が一番不安だなあ……」
基本一人だ、彼女も夜の間ずっと見守ってくれているわけがない。見守ってくれるとしたら不眠不休を強いる事になる。
「それならご心配なく」
「どうして?」
「貴方のご自宅には蔵曾さんが作ったと思われる結界が張られているので安全ですよ。私ですら入れません」
「そうなんだ、よかった、安眠できそうだ」
現実の重さに耐え切れずに眠れなそうだったのでなおさら安堵。
「はぁあん? 安眠ねえ、随分と余裕じゃない」
進行先にから聞こえる声、聞き覚えのある声が俺の視線を彼女から、進行先へと移させた。




