その13.立ち位置
聞いてみよう。
「ベリアルドさん。本名はなんて言うんです?」
「ベリアルドが本名だ! この器にも名前はあるがな! はぁ……ふぅ……」
怒鳴らせると息切れを加速させそうだ。
「じゃあ器の名前を教えてくれません? 俺は忍野浩太郎って言うんだけど」
「知っておるわ!」
あ、そうですか。
「我の器の名は……田島秋保という」
ものすごく普通な名前ですね、とか言ったら怒られそうだ。
「よろしく、田島さん」
「ベリアルドだ!」
「あ、はい。ベリアルドさん」
自分の名前を呼ばれるのは好きじゃなさそう。
「ベリアルドさんは俺を倒して主人公になりたいって事で襲ったんですよね?」
「我が神が言っていた、貴様を倒せば、我はこの世界の中心に立てるのだ……!」
他にもそう言って力か何か与えて俺を襲わせようとはしてないだろうな蔵曾よ。
「てかさ、ベリアルドさんは自分の望んでた力は手に入れたんですよね?」
「そうだな」
「それで満足は出来ないんですか? 今は襲う側ですけど、もし世界の中心になんか立ったら次はベリアルドさんが襲われるんじゃないですか?」
「むっ……」
考え直して欲しいなあ。
今自分の立場を受け継ぐという事は、いつ何処で襲われるか分からない状況がやってくるかもしれないって事だ。
俺のように化学実験室の掃除をしたらいきなり閉じ込められて襲われるのもあり得る。
「なんか俺は蔵曾の書きたいラノベの実験台みたいな感じにされてるんですけどね、友達は皆変えられてしかも襲撃者まで現れるとなるとちょっと不安なんですよ。あいつは上手い事言って駆り立ててくるけど、ろくな事が無いと思いますが」
「……ぐぬぬ」
眉間にしわを寄せて考える秋保さん。
「隙あり!」
途端に彼女は上体を起こすと共に大鎌を手にとって振るってくる。
「ちょっ! 待っ――」
咄嗟に屈んで無意味なのに頭を防御しようとしたところ、肘に衝撃。
「はぶっ……」
俺の肘には、田島先輩の顔がめり込んでいた。
これは……正当防衛なので怒らないで欲しいものだ。
先輩は大鎌を落として、
「ふあ……」
もはや心は夢の中。
倒れこむと、化学実験室の扉の前に浮かんでいた魔方陣が消え、大鎌も消失。
逃げられるチャンス――だけど、このままここに先輩を放置するのも……。
鼻血垂らしてるしさ。
「ティッシュやハンカチの一つくらい持ってるだろうな……」
俺は失礼して彼女のポケットを触れるとティッシュの感触、それを取り出して鼻につめてやった。
肘から伝わる衝撃はかなりのものだった、相当強く当たっちまったなぁ……。
まだ起きないようだし、保健室に運んでおこう。
その間に気がついて再び襲われる可能性もあるけど、そしたら彼女を床に落として全力で逃げるとする。
女性というのは意外と軽いもんだな、驚いたよ。
小柄なのもあるが、俺でも難なく運べる。
問題は運んでいる間、多くの生徒に見られる事だ。
「おい……忍野が今度は女を運んでやがる」
「誰彼構わず手を出してるのか……?」
「女の人、怪我してない? まさか、襲った……?」
「ありうるわよね、あの女の人小柄だし」
ここまでひそひそ話をしている生徒達から聞き取れた会話。
俺の評価は一体どれほど下落しているのだろう。
保健室のベッドに先輩を寝かせて俺の役目は終了、後は速やかにここから離れよう。
急降下していく俺の評価についてどうしてくれると文句を言いたいところだけど、文句を言ったら斬られそうなので心にとどめておく。
すっかり遅くなっちまったな……。
保健室を出る前に、ちらりと先輩を見てから出て行った。名前すら知らない人に襲われるなんてね、思いもよらなかったよ。
それも蔵曾のせいだ、ほんとに。
「こ、浩太郎君……」
廊下の角に、何やらノアの顔。
不安そうに俺を見つめていた。
その下には薫の顔もあり、こちらを覗き込んでいるが何なんだこの二人は。
しかもノアを慕うクラスメイトの女子達が二人の後ろにいるし。
「何だお前ら」
「こ、浩太郎君が……女子を襲って保健室に連れ込んだと聞いて……」
「お前にそう言った奴を教えてくれ、ぶちころがすから」
「俺だ」
「お前だったのか」
薫は何故ドヤ顔で名乗り出たのだろう、自殺志願者なのかな?
「そう言ったほうが面白いものが見れると思って」
「今すぐお前の頭を粉砕してやるからこっちに来い」
「こ、浩太郎君……」
ノアは心配そうに、まるで飼い猫のようにとたとたと近づいてくる。
「薫の言った事は嘘だ。事情は複雑だからここでは話せない」
「そ、そう……」
どうかノアを見たさに集まっている皆さん、彼女を見てその次に俺を見てひそひそ話するのはやめてくれるとありがたい。
「鞄持ってきてやったぞ」
「それだけは感謝しておこう」
それだけはね。
帰り道、俺は周囲の帰宅する生徒が少なくなったところで掃除の時間に何があったのかを二人に説明するとした。
「襲われた、とねえ……?」
「ぞ、蔵曾さん……が?」
「あいつがよ、俺を倒したら主人公にしてやるとかそういう感じで嗾けたんだよ」
「どう、いう事?」
そりゃあクエスチョンマークを浮かべちゃうよなあ。
俺の推測を彼女達に説明するとしよう。
何気に、自信はある。
「箕狩野蔵曾はラノベを書きたい、主人公のモデルが俺だと思うんだが、“立ち位置”ってのが働いて今は俺の世界観で過ごしていられているんじゃないのかな」
「立ち位置?」
「詳しくは解らん」
だけど、立ち位置とやらは重要っぽい。
「浩太郎君の、世界観?」
「ハーレム?」
「違うわっ!」
どんな世界観だよ。
「ごく普通の日常。だけどファンタジーな思考の人がいて、俺を倒したら俺の今の立ち位置を与えてやるってなると、だ。俺が倒されたらそのファンタジーな思考の人の世界観になっちまう、んじゃないかな」
以上が、先輩の話していた事から推測したものである。
「魔法とかいっぱい出てくる世界とか?」
「そうだな」
「お、お菓子が降ってくる世界っ、とか?」
「それは解らん」
ノア、お前の頭の中のファンタジーはどうなってるの?
「主人公の座につられてどんどん敵が現れたりしないだろうな」
「危惧の念を抱きまくりで胃が痛い……」
今だって後ろから斬りかかられたり魔法でも飛んできたりしないよなと気になって警戒しまくりだ。
それとはまったく関係がないであろう殺意を込めた視線によってそわそわしてしまう。
「い、いざとなったら、私が浩太郎君を、守る!」
「どうもありがとう……」
頼りない……。
でも誰か数人と一緒にいれば相手は襲ってこないかも。
先輩だって突然自分の中二病な力が現実になったとはいえ、誰かに見られて騒がれるのは避けたかったはず。
今思えばカーテンを閉じていたのは目撃者が出てくるのを避けるために先輩がやったのかも。
襲ってくるとしたら俺が一人の時、目撃者も現れない場所――そういう場所は気をつけておこう。
「よし、俺は浩太郎を倒して俺の独裁政治な世界観にしよう」
「そうなる前に今すぐここでお前を始末しよう」
俺は薫を睨みつけてやった。
「わ、私も手伝うっ!」
「嘘だよ嘘嘘!」
敵が増えるのは勘弁して欲しいものだ。
それからの学校生活は様々な視線の中に明らかに俺の様子を伺っている視線が混じる事となった。
学校で一人になる状況は無いに等しい、化学実験室の掃除は次の日から豊中さんがちゃんとやってくれたので俺は教室で皆と掃除。
学校帰りは薫とノアが一緒に肩を並べてくれるので先ず一人にならない。
途中で別れて家までは一人で歩く事になるけど、そういう時は全速力で奪取だ!
「あっ」
後ろから聞こえる声の主は田島先輩。
即座に角を曲がって田島先輩を撒いて、先輩が探し回って疲弊して重い足取りになるのを確認したら安心して自宅へという流れ。
とても面倒になった、物語の主人公ってのはこうも苦労するものか?
蔵曾よ、お前が書きたい物語はもはやジャンルも安定しないしこれでいい物語が書けるのだとしたら是非に読ませて欲しいものだ。
次に会ったら覚えてろよ、こちとら身の危険を感じているのだ、抗議しなきゃ気が済まん。
「主人公として頑張ってもらいたいんなら能力の一つくらいよこせっての……」
たとえばそうだなあ……。
どんな力も吸収してしまう右手とかいいかなっ。
手をかざしたら剣が出てくるとか、そういうのもありか?
あとは魔法? 詠唱して炎を出したりなんてのも一度は憧れた。
中学の頃はこういう妄想で時間を潰せたもんだ。
窮地に立たされて能力が開花して大逆転、なんてならないもんかね。
はかない希望を乗せたため息を夕空に溶かして俺は自宅へと向かった。
先輩に肘打ちをかます男。




