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その12.中二病患者か


 ノアのおかげで穏やかに過ごせるようになって何よりだ。

 未だに殺意を含んだ視線は感じられるがね。

 放課後、俺は担当場所の掃除をしながらため息をついて、今日一日の疲れを全身で感じていた。

 何より精神的に疲れたよ。

 本来ならば豊中さんが掃除をするはずだったが、七時間目の授業を受けずに具合が悪いと早退してしまったので代わりに俺が行っている。

 具合が悪いっていうより心労? 俺のせいかなあ……。

 何気に化学実験室の掃除を任されるのは面倒だ。

 今日は化学実験室は使われていないので軽く掃除でいいとはいっても、広いからね。

 まさか豊中さんは最後に俺への嫌がらせに早退!? ――は無いか。

 全体の掃除は大体終了して、後はカーテンを開けるだけ。

 誰も使っていないはずなのに何故カーテンが閉められているのか、面倒な事をしてくれたものだ。

「手紙は、読んだか?」

 ……どこからか女性の声。

 びっくりした、いきなり聞こえてきたもんだから。

 光が射し込まないので薄暗さのせいですぐには声の主を見つけられない。

 まさか、幽霊……とか?

 コツン、と歩む音。

「えっ?」

 誰か、いる……?

 化学実験室の隅だ、人影が確認できた。

 扉は閉まっている、入ってきたのではないとしたらずっとそこにいたと? いやいや、ちゃんと俺はここを一周するように掃除したんだ、気づかないはずがない。

「手紙?」

「貴様に、手紙を渡しただろう? うぐっ……! うずく……! 我の左目が、疼くぞ!」

 彼女は左目を包帯だらけの手で押さえてそう言った。

 手紙? 最近大量の手紙をもらったので手紙と言われてもなあ。

 てか左目大丈夫? 眼帯してるようだけど。

 それにしても、左目……左目が疼く……手紙、何か引っかかる。

 手紙、手紙……。

 あっ。


『我が左目の疼きは貴様の魂に呼応している、この世に命を宿した時から決まっていた運命、いず――』


「あの手紙は君のかあ……」

「気づいたようだな、先ずは左目の封印を取ろう」

 彼女は眼帯をほどく。

 カラーコンタクトでもしてるのか、青い目だった。綺麗な目だなあ。

 ……けど、この子。

「……あれか」

「ふふ、貴様……我を知っているのか?」

「中二病患者か」

「そんな中二病とやらには侵されてなどいないっ! ふははっ! 貴様こそ我が宿敵!」

 ちょっと小柄な少女、胸の校章の色は赤――二年生のものだ。

 二年生? 本当に二年生……!?

 二年生で……中二病か、うーん……絡みたくない。てか絡まれてるから手遅れだ。

「我らは戦うさだめにあったのだ! 闇の化身に心奪われし者よ!」

 宿命と書いてさだめなのかな、雰囲気的に。

「ただの後輩です」

「唯一この世に残る黒の魔術師である我は貴様を倒して世界を手に入れるのだ!」

「落ち着いて現実を見てください先輩」

「先輩ではない! ベリアルド・ヴィ・サーヴァだ!」

「そんな……響きがいいってだけで意味の無い言葉で名前を作らなくても……」

 痛いので黒歴史になる前に止めておかなくちゃ。

 しかしどうして俺に絡んでくるんだ? 他に相手はいなかったの?

「うるさい! このベリアルド様を愚弄するのか!」

「ベリアルド先輩、落ち着いて」

「だ、だからあ! 先輩って言うんじゃなーい!」

 怒られた……。

 何だよ、俺は宿敵として立ち振る舞えばいいのか? それよりカーテンを開けて帰らせて欲しいのだけど。

 先生に言われたんだよね、カーテンは開けた状態にして窓の鍵は掛けられているかきちんと確認してって。

 つーか先輩、学生服に黒いマントをつけてるけど服装改造で怒られちゃうぞそれ。

「あの、ベリアルドさん。俺に何か用ですか?」

「さっきも言ったでしょ! 貴様を倒して世界を手に入れるの! 入れちゃうの!」

「わあ、すごい。ぐあー、ベリアルドさんの魔力にやられたー。ではっ」

 胸の辺りを押さえて迫真の演技(笑)。

「ではっ――じゃないわ! からかうんじゃなーい!」

 もう……自分の思い通りにならないからって地団駄踏まれても困る……。

 先輩の世界観をまだ理解すら出来ていないのに、ここは「ふふっ、ベリアルド……! とうとう見つかってしまったようだな!」とか言えばいいの?

 ……やだよ。

「先生、いますよ」

「あひっ!? せ、先生っ!? あの、えっと、これはですねっ」

「嘘です」

 先生はいません。

「……騙したな!」

「ごめんなさい」

 もう帰ろう。

 鞄持ってくればよかったな。教室まで取りに行かなきゃ。

「じゃあ俺はこれで、お疲れ様です」

「あ、うん。おつか……っておぉい! ちょっと待て!」

 いいノリツッコミだった。

 先輩は中二病を患うより漫才のツッコミとして腕を磨いたほうがいいと思うな。

「ふははっ、えっと……あっ、あれよ。結界を張って、と」

 ベリアルド先輩は左手を扉のほうへと翳すと、扉に光が宿った。

 カチャン、と鍵が掛かる音、続いて何やら魔方陣が浮かび上がっていた。

「えっ……!?」

「これで誰も入ってこれない、そして貴様は私を倒さないかぎりここから出られないのだ! ふははは! 疼く……! 貴様を倒せと我が左目が疼くぞ!」

 左目に光が帯び始めていた。

 目の前で連続して起きている不可解な現象。

 何がどうなってる……?

「封印されし我が右腕、今解き放つ!」

 ま、まさか……。

 まさかとは思うけど、これも蔵曾の仕業……か?

 てか封印だらけだな! 自分を束縛するのが好きなの?

「あのっ! ちょ、ちょっと待って!」

「我が右腕に宿る神殺しの鎌よ……我が手に!」

 先輩は右手の包帯を取って俺に翳すと、手の平には先ほど見た魔方陣が描かれていて青白く発光していた。

 その光は徐々に形を作り、大きな鎌へと変わり彼女の手に。

 神殺しとは大層な鎌ですね。

「殺しはしない」

「一振りで殺されそうなのですけどっ!」

「貴様の体力だけ斬る、我の鎌は斬るものを選べるのだ」

「傷害罪で訴える事は出来ますか?」

「ちょっとそれは……やめてほしい……」

 現実的なものを引き出すと先輩は怯んでくれるも、両手で鎌を持って構えて徐々に距離を縮めてきた。

「銃刀法違反にもあたりますよっ、通報しちゃいますよっ!」

「や、やめてっ!」

「先輩! だったら話し合いましょう!」

「先輩じゃない! ベリアルドだ!」

「ベリアルドさん! どうか冷静に!」

「我は至って冷静だ。貴様を倒して我がその立ち位置を得る、それだけよ。ふっ、そうすれば警察などちょちょいのちょいっ」

「立ち位置……?」

 何か妙な発言だ。

「はっ……! いや、違うっ。貴様を倒して、その、世界を手に入れるのだ! ふははっ!」

「俺を倒しても世界は手に入りませんよ!」

 助けを呼びたいが、扉は魔方陣によって閉められている。

 物音を立てれば誰か気づいてくれるか……? そろそろ生徒達が皆部活やら帰宅やらで廊下が騒がしくなる頃だ、扉を叩く……いや、魔方陣には触れずに壁を叩いて助けを呼ぶか?

 呼ぶとしても、その間に斬られる可能性もあるので隙を見てやらければ!

 それか鎌をすらりとかわして壁を斬らせて音を立てる、とか!

 何気に逃げる事なら得意だぞ俺は。

 体力だけを斬るとかなんか言ってたが結局斬られるのならばそれは是非避けたい。

 そういやさっき主人公がどうたらとか言っていたな……。

「あの、ベリアルドさん……」

「なんだ!」

「もしかして変な女の子に会って、妙な事してもらったり?」

「妙な事ではない! 神は我の内に秘めた力を呼び覚ましたのだ! そして神は言った、お前を倒せば我の世界を広められると」

 神ねえ……推測してみるに、先輩の場合は多分中二病を現実にしてもらったのだろう。

 ……あの野郎、なんちゅー事しやがるんだ……!

 主人公争奪戦でもしたいのか?

 それともインスピレーションを湧かせるために敵を作って俺を襲わせたいのか? 

 バトルもののラノベ書きたいとか単純な理由で俺を襲わせたらたまったもんじゃない!

「我のために、礎となれ!」

「ちょ、ちょちょ! ちょっと待って! 後輩を傷つけるなんて酷くないですか!」

「知るか! さっき会ったばかりで貴様なんぞ後輩もクソもないわ!」

 ごもっともだけど、少しは罪悪感を得て欲しかった。

「じゃあ少しでも俺に鎌が当たったら傷害罪で訴えますからね! 先生にも言いますからね! 生徒会や風紀委員にも言いますからね! あと慰謝料も請求しますから! 絶対退学ですよ! 経歴に傷ついちゃいますよ!」

「ぐぐっ……貴様、現実的過ぎるものを出してくるな!」

「現実は俺の味方なので!」

 ラノベ的な展開にされてたまるかってんだ!

「……あっ」

 すると、先輩はふと考えはじめた。

「ど、どうかしたんですか?」

「そうだ。貴様の体力を斬って、その後貴様の記憶を斬ってしまおう。ふふ、私なら出来るはずだ!」

「そういう都合のいい能力ってどっか弱点があるもんじゃないですか? たとえば持続性が無いとか」

「えっ、そ、そう?」

「じゃないとチートですよチート、いくらなんでもそんなの出されちゃあ先輩に力を与えた神様も先輩を脅威に感じるじゃないですか。自分が怖いものを出しやしませんって」

 説得してみる。

「うーん……細かい事は気にしない方針で。とりあえず斬ってみよう! 物は試しだ、ふははっ!」

 説得失敗した!

 先輩は鎌を大振りするも、机の上に置いてあったビーカーや試験管は鎌に触れても一切壊れなかった。

 斬るものを選ぶってのは便利だな、けどどうして神殺しなのかね。それもノリで考えたのかな。

 まあ、そんな事考えている場合じゃなくて――

「うぉぉぉお!」

 逃げる! 兎に角逃げる!

 隅には追いやられないように考えて俺は必死に化学実験室をぐるぐると回って彼女から逃げた。

「逃がすか!」

 壁や床を鎌で斬っても壊れず音も出ない、助けを呼ぶには自分から物音を立てるか叫ぶかしかない。

「ちなみにあの魔方陣はこの室内の防音効果も兼ねている!」

「便利ですね……」

 魔方陣がどれほどすごい効果なのか説明したいって感じだ。ドヤ顔で自慢げ、自分の考えた設定が現実になったのを見せびらかせるのが幸せでたまらなそう。

 窓を開けて逃げるにもここは三階、廊下側の窓は開かず、隣の科学準備室への扉も開かずで逃げ道は無し。

 考えろ、考えるんだ……!

 俺の体力だけを斬るとなると少しでも斬られたら逃げる事すら難しそうだ。

 しかし先輩は今まで鎌を振ったことなど無いはず、見事に鎌の遠心力に体が引っ張られている。

 更には、

「はぁ……はぁ……ちょ、ちょっと休憩……ちくしょー……」

 体力も無い、運動不足を自覚している俺でもまだ動けるのに。

 中二病な設定ばかり考えていて体は全然動かしていないのだろう、それがあだになりましたね先輩。

「ベリアルドさん、このままだと不毛な戦いになりそうなのですが」

「な、何をぅ! この神殺しの鎌で必ずや貴様を斬ってみせる!」

 自分の体力を考えずに大振り。

「わわっ! ちょ、ちょっと!」

 逃げる、兎に角逃げる。

 化学実験室の広さを有効に活用しよう。

 小柄なのでリーチが無いのが助かった。

「逃げるんじゃない!」

「逃げますよ!」

「先輩として命令する!」

「今更先輩風吹かされても! さっき自分で先輩って言うなって言ってたじゃないですか!」

「うるさいうるさい! 私に黙って斬られなさいよぉお!」

 また地団駄。

 もう、思い通りにならないからって地団駄踏んでも何も解決しませんよ!

「中二なキャラ崩壊してますよ先輩!」

「はっ!? わ、我に斬られるがいい!」

「先輩って面白い人ですね……」

「哀れむな! ちくしょー!」

 また大振り、そして俺は逃げる。

 その繰り返しだ。

 先輩を挑発して大振りを誘って逃げる、これを続けていくとする。

「そこ、ビーカーあるから気をつけてくださいね」

「あ、うん……っておい! 貴様の助言などいらぬわ!」

 この人、周りに振り回されやすいタイプだろうなあ……。

 そうしてまた逃げまくること十数分。

 ここで一つ見てみるとしよう。

 運動していない人が大鎌を振ったらどうなるか、というと――

「ぜぇ……ぜぇ……貴様、我の体力を奪う魔術を持っているな……?」

 彼女はとうとう大鎌を放り出して床に大の字になっていた。

「いえ、先輩の体力が絶望的に無いだけです」

「せ、先輩って言うな……」

 大鎌も中々に重そうだ、それを振り続ければ流石にきついものがある。


 何もしなくても、これは俺の勝ちになるんじゃないか?

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