その10.ハイハイワロスワロス
近い、店内の客も唐突な怒声に周囲を見回して、何故か俺達のほうを見て視線を止めた。
俺達の席には三人しか座っていない。
それでも客は何かを見ていた。
……隣はテーブル席、仕切りがあってすぐ隣の客の顔は見えない。
思えば声は隣から聞こえてきた。
俺はそっと隣を見てみると、仕切りの上からこちらを覗いている少女がいた。
「お、お前っ!」
パフェを食べていた、俺が注文したのと同じチョコレートパフェだ。
なんかさっき店員がパフェを置いていったけど、いつの間にかテーブルにはパフェが無い!
「……それ、俺のだろ!」
「うまい」
「おいこら!」
がつがつ食べはじめてやがる!
「まいうー」
「おぉぉい!」
それよりパフェ返せ!
「あ、ど、どうもお久しぶり、ですっ」
ノア……律儀に頭下げて挨拶しなくていいから。
「よっ!」
薫は蔵曾にまるで偶然会った友達みたいな感じで挨拶。
「よっ」
蔵曾も同じように挨拶をし返した。
なんだその挨拶、街中に遊びにいったら偶然友達と会ったような感じはよ。
俺の知らないところで仲良くなってやしないだろうな。
「一つ言っておく、ネーミングセンスには自信がある」
……うーん。
「ハイハイワロスワロス」
「その反応、ショック」
フードを深々とかぶっているおかげで表情が伺えず、言葉も淡々としているのでどうにも感情が掴み取れない。以前の長波先生ほどではないけどさ。
蔵曾はそう言いながら、何気にパフェを完食。
「うるさい、とりあえず自分の頭をかち割れ。あとパフェ弁償してからかち割れ」
「君は口が悪い」
「お前のせいだ」
蔵曾は容器を俺に返し、肩をすくめて顔を小さく左右に振った。
この人は俺に張り倒してもらいたいのかな。
「か、神様、なの、かなぁ」
ノアが囁いた。
まるで神秘的な絶景を眺めているかのようにこいつの瞳には輝きがあった。
「さあな」
定かではないがそれより、だ。
「……おい、とりあえず俺の身長を高くしてイケメンにしろ」
「仕方ない、やってやろう」
「マジか!」
満面の笑み。
「嘘」
「殺したる!!」
俺は容赦なく蔵曾の胸倉を掴んで仕切りを乗り越えさせてこちら側に引きずり出そうとした。
これは仕方の無い行為だ、皆、解ってくれ。
俺はこいつを殺さなきゃならない運命なんだよ。
「うぐぐぐ……」
「お、落ち着け浩太郎!」
「さ、殺人はダメ、絶対っ!」
「お客様っ!?」
二人と店員に止められて、仕方なく手を離すと蔵曾は仕切りの向こうへと転げ落ちた。
「すみません! あいつを殺すだけなので大丈夫です!」
「大丈夫ではないですお客様!」
必死に止められて、俺は蔵曾を引きずり込むのを諦めた。
「げほっ……とても、苦しかった」
仕切り越しにそんな弱々しい声。
「はぁ……もういいだろ、どうやったか知らないがお前のおかげで大変なんだよ。俺なんか観察しても何もインスピレーションは刺激されないっつーの」
するとひょっこりまた仕切りの上から猫耳フードが出てくる。
「そうでもない、インスピレーションは刺激されまくりで、想像が膨らんでいる。ノアと薫、二人が君と一緒にいると化学反応のようにいい場面が多数観察できる。この調子でお願い」
「え~……」
「わ、私はぞ、蔵曾さんにこんなにしてもらって感謝してるので……協力、し、してもいい、かもっ」
くっ……味方が一人消えた、ならば残る一人を引き込もう!
「薫! お前は男に戻りたいだろ!?」
「いやぁ……えっと、うーん、まぁ~なんちゅーか。別に俺も協力してやってもいいかなっ」
味方が消えた。
「……じゃあまたお前は俺を観察する日々を送るってか?」
「頑張って」
「見られてると思うと本当に最悪だ……死ねばいいのに」
最後の言葉はぼそっと呟くように。
「いい作品を書けると思ったら、そのうち私はどっか消えるさ。てかさりげなく死ねばいいのにって言わなかった?」
もうなんか面倒だ、色々と。
「あの、ほ、本当に、本当に……神様、なんですか?」
ノアが恐る恐る質問をした。
その質問には意味は無いが、聞いてみるだけ聞いてみるみたいな印象を受ける。
「神様かもしれないし神様じゃないかもしれない」
曖昧だな。
「しかし神様と思われても仕方が無い事は出来る」
じゃあ今すぐ高い身長とイケメンにしてくれ、いや、してくださいっつーの。
しかし俺の頭も非現実的な事を連続して体験したからか、彼女が神だと認めても特に驚く事もなくなってしまった。
彼女は神様、はい、分かりました――終わり。
色々とごちゃごちゃ考えるよりも最初からこの事実を認めてしまおう。
そうすれば楽になれる。
「ふんっ……そんで俺を使ってラノべのネタ探しか……? いい迷惑だ」
「まあそう言わずに」
こいつが神様だとして、神様がラノベをねえ……?
神様といっても何か文系女子みたいな感じ。
「い、いいんじゃないでしょうか……」
そんな無理に笑顔を作らなくてもいいんじゃないかなノアよ。
「うんうん、理解してくれる人間は大好き。君も見習いなさい」
「黙れカス野郎。パフェ返せ」
「君は私に対して呼吸するかのように悪口が出てくる」
知るか。
「もう少し喋り方のほうを気をつけてほしい。君は主人公の素質が意外とあると私は思っている、口の悪い主人公はちょっと」
「お前以外には気をつけるよ」
「悲しいな」
主人公の素質ねえ、別にいらないよ。
「しゅ、主人公……」
「浩太郎、お前……今そんなすげえ感じになってるの!?」
「知らん」
退屈な日常から、こうして少しは楽しい日常になったのはいい。
このままこの生活を送るのも悪くはない……か?
薫やノアも特に前の生活に戻りたがっているわけじゃない。
長波先生だって幸せそうだ。
こいつによって、皆が幸せになっているのだ。流石神と言われるだけあるぜと言いたいところだが、俺をイケメンにしてくれなきゃ俺の態度は変わらない。
こいつが俺にした事は何だ?
土足で家にあがってカレーを食べて逃げて、今は俺のパフェを食べやがった。
それくらいだ、ただの不法侵入と窃盗。
「では、この調子で頑張って。あとこれを譲る、では」
何か紙をもらった。
蔵曾は店員に何か囁いた後に店を出る。よくも解らずそれを黙って見送っていたが……。
「何それ」
「か、神様の力が宿った御札、とか?」
「……ハンバーグ、カレー、スパゲティ、オレンジジュース」
俺はその紙に書かれているものを読み上げて、悟った。
「……伝票」
あいつは俺に伝票を渡して食い逃げをしやがった。
あいつの分は結局俺が支払う事になり、特にこれといった買い物もしていないのに俺のお財布は痩せてしまった。
次に会ったら俺が払った分の金とイケメンにするよう請求しようと思う。
……周りは皆幸せになってるのに俺だけ不幸せなのはどうかしてほしいもんだ。




