第五章 クライマックス 3
「……理由は?」
落ち着いた様子で尋ねるセシリー。それに対し、ナンシーは自論を展開する。
「これまでのヒントをおさらいしようか。特等席で見てる、嘘つき、重要な任務、そして、武器を持ってない。……まず、特等席と嘘つきは除外だ。両方とも考えてもしょうがねぇ。けど、残り二つは別。重要な任務ってのは、セシリー一体どういうことなんだ?」
「……何を言ってるのか理解不能」
「しらを切っても意味ねぇぞ。お前、あの南極みてーなところで言ってたじゃねぇか。わたしには任務が、みてぇなことをよぉー」
どうやら、あの発言を聞いていたのは義人だけではなかったらしい。
そして、ナンシーは更なる追及を行った。
「お前は任務に対して執着しねぇタイプ。それはこれまでの付き合いで嫌と言うぐらい知ってる。いつだって自分の命を優先し、失敗しそうならすぐに諦めて仲間に任せる。そういう性格だよな、お前は。……なのに、あの時のお前は任務に執着してる様子だった。死ぬかもしれねぇ状況で任務のことを考えるなんざ、らしくねぇにも程がある。つまり、お前が抱えてる任務はそれだけ重要・重大ってことだ」
「……証拠は、それだけ?」
「いいや、まだあるぜ。たった今入手したヒント。武器を持ってないってやつだ。これが決め手になった。……自分の体と全員のそれを見比べてみろよ。武器を持ってないよな? お前。一応、それは義人にも当てはまることだが……義人は他のヒントが当てはまらねぇ。だから、必然的にお前が黒幕ってことになる」
イリア、ソフィアは納得した様子だった。
一方で――義人は、ナンシーの推理を内心で一蹴する。
馬鹿らしい。あまりにも馬鹿らしい。
穴がありすぎだ。そもそも、こんなのは推理にすらなっていない。
けれども、彼はあえて何も言わず、事態を静観する。
そして、容疑者として扱われたセシリーはというと。
「……肯定。わたしが黒幕」
あっさりと、あまりにもあっさりと、彼女はナンシーの推理を認めた。
「……どういうことなのか、事情を聞こうか?」
声音に明らかな殺気を乗せて、ソフィアが問う。
全員の視線を一身に集めながら、セシリーは語り始めた。
「二月前、上層部がある計画を決定した。それは異世界からの物質召喚。計画の実行日時は数日前。つまり、この怪獣が現れた時間。見ての通り、大成功」
にわかには信じがたい、というか、義人はこれっぽっちも信じていない。
けれども、他の面々は信じ込んでいるようだった。
セシリーは言葉を続ける。
「当初の目的は、あくまでも物質を召喚するだけだった。それが、結果としてこんなものを呼び出してしまった。けれど、これはこれで使えると思った上層部は、即座に一つの計画を作った。それは……」
彼女の視線が義人に突き刺さる。
「ブラックナイトのデータ収集。あわよくば、怪獣の体表における環境での死亡。これらを目的とした計画を打ち立てた上層部は、即座に決行。今に至る。ちなみに、わたしは記録係。コンタクトレンズ型のカメラで、あなた達の行動を逐一本部へ送るのが役割だった」
これで話は終わりとばかりに沈黙するセシリー。
そんな彼女に、義人を除く三名は、どうすればいいのかわからない、といった様子であった。
一方で、セシリーはというと。
「……この怪獣がどういうものなのか、それは未だに不明。殺傷していいのかどうかわからない。だから、そちらの調査は続けるべき」
「お前の言葉を、信用できると思ってんのかよ」
「それはあなた達次第。一応弁解しておくと、わたし個人にあなた達を害するつもりは――」
淡々と紡がれるそれを、義人が叩き切った。
「いいよ、もう。めんどくさい。探索を続けよう」
有無を言わせぬ調子で叩き付けると、白髪の少年はさっさと歩き始めた。
『は、は、は、は、は。なんですかこれ。茶番とかそういうレベルじゃないでしょう。このシナリオを作った奴は、途中で飽きたんでしょうねぇ。あまりにも支離滅裂です。何もかもが嘘だらけ。こんな三文芝居、さっさと終わらせましょうよ、ねぇ?』
――癪だけど、同意見だよ。あまりにも下らない。人を騙すならもう少し熱中させてほしいもんだねぇ。……けれど、まだ確証がないんだ。もう少し、あと材料が一つあればって感じ。それが得られ次第……何もかもブチ壊してやる。
濁り切った瞳を鋭くしながら、歩き続ける。望むものを求めて、足早に。
だが、何も見つからなかった。
空が闇色一色に染まる。食事を終えてから、皆はすぐさま就寝した。
本日、寝ずの番を担当するのは義人とセシリー。これは安全面を配慮した結果である。
当人は攻撃の意思などないとしているが、どうだかわからない。だから、疑いの晴れた最強戦力に監視をしてもらおう、というわけだ。
義人は地面に座り込み、対面にて座する彼女を見る。
リュックから取り出した日本の漫画本を読みふけるセシリー。そんな彼女に、半ば睨むような目線を送りながら、少年は問いを投げた。
「君が黒幕って話。嘘だろ?」
「嘘じゃない」
「ふぅん。じゃあ、代理人って誰?」
「カラーズ。念話の使い手」
「それはないよねぇ? ついさっき、怪獣の体表全域を千里眼でサーチしたんだけどさぁ。僕等以外に人間らしき存在はどこにもいないんだよ。となれば、ここから遥か遠くに居るってことになるわけだけど、そんなのはありえない。なぜなら念話の最高射程距離は半径二〇キロ。だから、代理人はカラーズなんかじゃない」
黙りこくるセシリー。それに反して、義人の舌は饒舌に回った。
「そもそも、なんで君はあっさり自白したのかなぁ? 穴がありまくりだよねぇ? ナンシーの推理は。言い逃れが簡単にできたはずの場面で、どうしてそれをしなかったの? ねぇ、なんで?」
「……知らない」
「自分のことなのに知らないってことはないでしょ。……君さぁ、誰かに命令されたんだろ。このタイミングで自白しろ、って。つまり、ナンシーは共犯ってことになるねぇ」
「……知らない」
「そればっかだねぇ。嘘嘘嘘。“君達”は嘘ばっかりだ。知らない? そんなわけがないだろう。だって君はキャストなんだから。この下らない三文芝居の参加者だ。脚本は渡されてるんだろ? 黒幕にさぁ」
「……知らない」
「あぁぁぁぁそぉぉぉぉぉ。もうお話にならないねぇ、この木偶人形。しょうがないから、最後に一つだけ言っておこうか」
直後、彼は変身し、ナンシーの読んでいた漫画を奪い、焼き尽くす。次いで彼女の胸倉を掴み引き寄せると、泣きながら怒り狂っているようなヘルムを幼い美貌に近づけ、宣言した。
「近いうちに、お前を含めた全員の化けの皮を剥いでやる。時間を無駄に浪費させたこと、大勢の人を恐怖させたこと。必ず後悔させてやるぞ。覚悟しておけ」
言い終えると、彼は突き飛ばすようにして手を離した。
『は、は、は、は、は。ひっどいことしますねぇ、こんないたいけな少女に対して』
――僕がラノベ主人公なら、信用しきってフラグ建てようとするんだろうけどね。でも、僕は敵に容赦しない主義だから。相手がハニートラップだとわかってるなら、なおさらだよ。
彼の中に罪悪感などない。あるのは、さっさと敵に落とし前をつけてやりたいという欲求だけだ。
明日、それが叶うことを願いながら、少年は一夜を過ごすのであった。
 




