第四章 大地の声 4
相棒に苛立ちを感じる。
この不快をどうしたものか。そう、考えた直後のことだった。
ついさっき聞いた、ゴゴゴゴゴ、という地鳴りに似た音が再び響き渡り――
イリアの足元から、そいつが姿を現した。
なんと形容すればいいのだろう。一言で表すならそう、巨大なイモムシ、といったところか。
口に当たる部分はどことなく鳥のくちばしに似ており、そのサイズは人など余裕で丸呑みにできるほど大きい。
実際、奴は一口で少女の体を飲み込んでしまった。
地中から現れた茶褐色の巨大イモムシ。奴はその口内にイリアをまるまる収納すると、瞬く間に潜っていった。
同行者達が、絶望を顔に張り付ける。またもや、仲間が一人減ってしまった。そんな表情だ。
けれど、義人は違った。
「……逃げられると思うなよ、虫ケラ」
変身し、異能を使用する。
ソナーの如き力で以て、地中を進む怪物の位置を特定。次いで透過能力によって肉眼で奴の姿を捉えると、物質固定で以てその動作を完全に停止させる。さらに念動力を使用することで地中から奴を引っ張り上げた。
怪物の全容が明らかとなる。
なんともグロテスクな姿だ。まさしく巨大な虫ケラである。
生理的嫌悪感を抱かせるに十分なそいつを、義人は重力操作を使用して上空一〇メートル地点まで移動させると。
「お前にくれてやる餌なんか何処にもないんだよ、この柔らかモンスター」
死刑宣告も同然に言い放ってから、義人は風の刃で怪物の腹部を切り裂く。瞬間、切れ込みから橙色の汚らしい体液が噴出。次いで、念動力により切れ込みを広げ――真っ二つに引きちぎった。
とてつもない量の体液と臓物が天空から飛来する。それを防壁展開によって創った傘で防ぐと、漆黒の鎧は怪物の内容物から目的の存在を見つけ出す。
「よかった。まだ、死んでないみたいだ」
体液塗れとなったイリアを、宙に浮かせ、ゆっくりと地上に下ろす。
どうやら意識もはっきりしているらしい。ガタガタ震えながら、こちらを見つめている。
そんな彼女に近寄り、体液を除去。それから外傷の有無を確認するが、特にこれといったものはない。しいて言えば、隊服が一部消化されていて、その豊満な胸が多少露出しているといった程度。
それをすぐさま直してやると、義人は彼女に手を差し出した。
「生きててくれてありがとう。本当に良かった」
その言葉によって安堵したのか、イリアは涙を流しながら手を握り、立ち上がる。
だが、そんな彼女を慰めることはせず、義人は首を傾げた。
――やっぱり、この子は妙に違うんだよな。死ななくて良かったって、心底から思える。……あの氷雪地帯でもそうだった。この子以外、助けることができて嬉しいとは全く思わなかった。
『まさかとは思いますが、この女に惚れました? だとしたなら、わたしはこのクソアマを憎しみで殺します。なんとしてでも呪い殺してやります。なんなんですか、おっぱいですか、決めてはこの巨乳ですか。あぁ腹立たしい腹立たしい。デカ乳なんかどいつもこいつも地獄に落ちればいいのです、どちくしょう』
イヴの嫉妬節を無視しながら、義人は考え込む。が、なんの答えも見つかりそうになかったので、別のことを思考し、そして。
「……ついさっきの化物、やっぱり見覚えがある。名前は忘れちゃったけど、映画に出て来るモンスターに相当似てた。で、そいつは確か音で相手を探知する生態を持ってたような気がする。もしかしたら、このエリアに配置された化物もその特性を持ってるかもしれない。だから、今後は全員浮遊して移動することにしよう。ついでに、必要最低限の会話以外しない方がいい」
彼の提言に、全員が頷く。
それから、丘の上に建つ家屋は、義人一人で調べることとなった。
他の者達は全員外で待機。
調査となればどうしても音を立てる必要がある。そのため、いつどのタイミングで襲われるかわからない。よって、そのリスクを義人だけが背負おうという配慮である。
結果として、家屋の中には有用な何かは一つもなかった。
その後、一行は義人の異能によって全員が数十センチ程浮遊した状態でエリア内を移動する。
本当は襲われる危険性がゼロに等しい、上空一〇メートル地点まで浮かせたかったが、それは最初に代理人が提示してきたルールに抵触すると考え、諦めた。
で、結局、何も見つからぬまま時間だけが過ぎていき、瞬く間に夜となった。
本日の野宿は、地中からの襲来者への対策として、高台の上で行う。鉄筋コンクリートで出来たそれは高さ一〇メートル。ちょっとやそっとの衝撃ではびくともしない強度がある。当然、これを創ったのは義人だ。
頂上部は半径一五メートル程度の円形状となっており、一行はここで一夜を明かすことになる。
そして、本日も一応の警戒として寝ずの番を行うことになった。
義人以外の参加者は、ソフィアのみ。




