第三章 影が行く 2
ここは三階建てとなっており、医務室、厨房、食堂、通信室、公衆電話室、図書室、娯楽室など、様々な施設で構成されている。
普通、この管理棟には常時多くの人が駐屯し、それぞれの役目を果たしているとのことだが。
「……無人」
セシリーの呟きが、三階、通信室に溶けて消えた。
「おかしいな。無人の基地なんて、まずありえない……」
ソフィアが顎に手を当て、眉根を寄せる。
奇怪を感じているのは他の面々も同じであった。それは義人にしたってそうだが、しかし、彼が抱く疑問は、おそらく皆とは違うものであろう。
――密林エリアでも感じたことだけど……妙に、既視感があるんだよな。この状況。
記憶の中にある、とある情報を思い返す。そして、それをこれまでの探索に当てはめた。
――ジャングルの中、正体不明の怪物に襲われる。怪物は人型で、爬虫類みたいな体と、ドレッドヘアーみたいな頭部器官、さらに頭全体を覆うヘルムが印象的。現在地は南極に似た場所。そこにある調査隊基地……これって、偶然かな? もしそうでなかった場合、ここで待ち受けてるのは……。
フィクションが現実のものとなる。そんな予感を胸に抱きながら、白髪の少年は同行者達に向けて口を開いた。
「ここには何もなさそうだね。別の場所へ行こう」
彼に従い、基地内から出ていく一行。それからしばらく銀世界を歩き続け、
「こいつは……湖、みてぇだな」
「か、カチコチになってますねぇ」
「ふぅむ、歩けるのかここは」
六人の眼前に広がる光景。それは、凍った湖である。
それも相当な範囲だ。おそらく、一キロ先まで同じ景観であろう。
進むか否かを話し合う同行者達に、義人はまっすぐ前を見つめながら言った。
「歩けると思うよ。だって、結構離れてる場所にモノリスがあるし。まぁ、あれは撒き餌の可能性もあるけど……でも、大丈夫。全員を浮遊させて行動するから、湖面が割れて水中に落ちる心配はないよ」
その言に、全員が肯定の意を示した。なので、白髪の少年は早速異能を使い、全員を僅かに浮かせて移動させる。
そして、何事もなくモノリスの前へと到着。その途端、一行は恐ろしいものを発見した。
「おいおい、なんだよこりゃあ……」
「ははははは! どでかい魚だな! こんなもん食いきれんぞ!」
「ぎゃ、逆に食べられちゃいますよぉ」
「……巨大」
モノリスの下、凍った湖面の先に、とてつもなく大きな怪物が、口を開けて止まっていた。
水中も完全に凍っているらしい。そのため、奴は一ミリも動かない。しかし、
「問題に間違えた場合、こいつが襲ってくるってパターンになりそうだな」
少年の呟きに、ソフィアが反応する。
「もしそうだった場合、ボク等は無抵抗のまま食われることになる。おそらく襲撃から捕食までコンマ一秒もかからない。そんな短時間じゃ、退避は不可能だ」
「いや、大丈夫。その時は僕が守る。……レベッカの一件もあるし、信用なんかこれっぽっちもないと思う。でも、信じてほしい。今回は絶対に大丈夫だから。あの時みたいに不意打ちをしてくるわけじゃないのなら、僕は誰も死なせない」
彼の発言を、ソフィアは信じたらしい。他の四名も同様であった。
なので、義人は彼女等に頷いてから、石版に触れる。
すると。
◆第三問
とろじょょかいもしきせよあきのをう
(※いっくよめ)
F(青)A(青)X(黄)
P(赤)U(赤)L(黒)L(黒)
W(黄)I(青)S(黒)H(黄)
R(青)O(黒)C(赤)K(赤)
S(黒)E(青)T(黄)
Q、上記の情報から「地名」を導き出せ。
といった問題が、表示された。
同時に、一行は早速思考を開始する。
「ううむ、やはり今回もさっぱりわからんぞ!」
「……もう期待してない」
「このいっくよめってのがヒントだと思うんだよなー。けどぜんぜん意味がわかんねー」
「いっくよめ……なんだか、どこかで聞いたような感じがするんだけど」
ショートヘアの茶髪を掻くソフィア。そんな彼女を見やりながら、義人が口を開く。
「いっくよめ、っていうのは、俳句のことを言ってるんじゃないかな? ちなみに、俳句って言うのは五文字、七文字、五文字の順で言葉を並べて詩を作るってやつなんだけど」
『ひけらかす。知ってる知識を。ドヤ顔で』
五・七・五のリズムで煽ってくる相棒を華麗にスルーしながら、義人は言葉を続けた。




