第三章 影が行く 1
六月一六日の朝。
一睡もしていないというのに、白髪の少年に疲労や倦怠感などは皆無であった。
共に寝ずの番をしていた二人もまた、それは同じ。義人の異能により、疲れを完全に消去されている。
起床した者達にも治癒を施し、完璧な健康状態にすると、一行は探索を開始した。
密林エリアをしばらく歩き回る。が、何も見つからない。昼前までずっとあちらこちらを行ったり来たりしていたが、怪獣に関連する情報どころか、モノリスすら見つけることはできなかった。
「……このエリアには、ボク等が欲する何かはなさそうだね」
ソフィアに全員が同意する。よって、一行は探索地を変更することにした。
西方へと歩き続け、そして、新たなエリアへと足を踏み入れる。
なんとも、奇怪であった。
眼前に広がる光景は、南極のそれ。まさしく銀世界。そうした風景が、暑苦しいジャングルのすぐ真隣りに存在するのだ。
一歩白銀の世界へと踏み込んだだけで、環境が一八〇度変化する。
肌を刺すような極寒。さりとて、義人にとってはなんら問題のない気温だが。
他の面々についても、それは同じだった。
セシリーが異能を使う。どうやら、彼女の力は熱操作に類するものであるらしく、一行の周辺気温のみ、およそ二六度前後となった。
そんな状況下で、一行は積もった雪を踏みしめながら、エリア内を歩く。
義人もまたそうしつつ――強烈な疑念を、心中にて吐き出した。
――おかしいな。カラーズの異能は人格そのものだ。当人の人間性が力となって表れる。それがカラーズにおける異能の原則……それに当てはめたら、セシリーの力が熱操作系統になるわけがない。どちらかと言えば真逆。冷気操作系統が妥当だ。
この場合、考えうる可能性は一つ。
セシリーは元来熱血少女だが、今は無口キャラを演じている。
――それぐらいしか考えられない。でも、ちょっとおかしくないか? 無理やり真逆の人格を演じているって感じがまるでしない。
『は、は、は、は、は。女というものを舐めすぎですよ。男にバレないよう芝居を打つことなど、女なら誰でもできるのです。情事の最中にする演技などは最たる例ですね。男側がよほどのテクニシャンでもなければ喘いだりするわけがないというのに、男というのは間抜けなので全く気付かない。あ、でも安心してください。わたしはそうした演技とかしませんから。あなたと繋がっている時は常時イ――』
――もし芝居をしているとしても、その理由が見当たらない。僕を籠絡するため、というのはちょっと違うんじゃないか? それなら別に、ここまで真逆の人格を演じることはないはずだ。なら、同僚を騙すため? それこそありえない。一発でバレる。……そもそも、芝居をしてるのはセシリーだけとは限らない。まだレイチェルとイリアの異能は判明してないわけだし、この二人も偽りの自分を演じてる可能性がある。
『スルーですか。またスルーですか。なんだか一周回って気持ちよくなってきました。新しい性癖に目覚めそ――』
――気持ち悪いんだよ、ばーか。くたばれ、ばーか。ばーかばーかばーか。
相棒に罵倒を投げつけながら、義人は結論付ける。
この同行者達は、何から何まで怪しい。が、考えても答えが出ないから無駄だ。しばらくは流れに身を任せることとしよう。
そう取り決め、何も考えずに進んでいく。
その果てに、一行は不審なモノを発見した。
「おい、これってよぉ」
「基地、ですねぇ……」
六人の前に在るのは、まさしく南極調査隊の基地であった。
複数の施設が寄り集まる敷地。その範囲は結構なもの。
入口近くに第八基地と明記されているところからして、やはり調査隊の駐屯地であろう。
だが、問題なのは。
「ねぇ、僕等以外にこの怪獣を調べてる連中って、居るの?」
「……居ない、はず」
「なら、この基地は何? 探索チームが居る証拠だよね?」
「ううむ、その通りだが、しかし、実際我々以外にはこの地に立ち入らぬと上が言っておった。それゆえ、他国の連中とかち合って面倒事に、ということはないと伝えられていたのだが」
どうやら、皆困惑しているらしい。
芝居、という可能性もゼロではないが、とはいえ、疑っていたも仕方がない。
「……とりあえず中に入ろう。人が居たなら事情を聞く。いいね?」
皆一様に首肯する。それを確認してから、義人が先陣を切って基地内部へと侵入する。
敷地内には一〇を超える建造物があった。
ソフィア曰く、それぞれ管理棟、居住棟、発電棟、汚水処理棟、環境科学棟、観測棟、情報処理棟、衛星受信棟、焼却炉棟、電離層棟、地学棟、ラジオゾンデを打ち上げる放球棟といったものであるらしい。
とりあえず、一行はもっとも人が集うであろう場所、管理棟へと入った




