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第二章 Extrem Dream 1

 対ベヒモス専門の組織は、どのような国家であれ存在する。

 日本においてそれにあたるのが、“カラーズ・ネスト”だ。


 発足当時は様々なしがらみによってスムーズに動けなかった自衛隊の代替組織といった扱いであったが、それが今や国家運営に欠かせぬ巨大組織となっている。


 そんなカラーズ・ネスト内には、英雄とされる者が数多く存在するわけだが――


 ここ、関東第三支部の長たる彼女もまた、そのうちの一人だった。


 国内随一の土地面積を誇る相楽市内、その一区画に存在する高層マンション、ベルズタワー。職員寮であり、“管理場所”でもあるその物件の地下に、第三支部は存在する。


 さて、カラーズ・ネスト関東第三支部、代表執務室にて。


 室内は組織の長の居場所というだけあって、中々豪奢な造りをしている。

 床には高級感溢れる真紅の絨毯が敷かれ、広いスペースの中央には見るからに高そうなソファーやテーブル、壁際に三架の本棚、各種装飾品も完備。


 いかにも権力者の部屋といったこの場所には、現在三名の人間がいた。


 一人は只野義人。

 その対面、執務机の傍に立つ、秘書然としたメガネの女性。

 そして、机の椅子に座り、少年を見据える彼女。


 付け加えると、机の上には“蒼穹色の大鷲”という人外がいる。それはカラーズにしか見えぬ妖精であり、この支部を仕切る彼女の相棒なので、誰も気にはしない。


 現状を説明しよう。

 義人は天馬、香澄と顔合わせした後、すぐさま関東第三支部の長に呼ばれたのだ。

 それも二人の通信端末から間接的に、ではなく、彼自身の携帯に着信が来て、お呼び出しされた。


 で、少年はここへ来て、“叔母”と久方ぶりの再会を果たしたというわけである。


 対面、デスクに悠然と座る彼女。

 支部長であり、“一四年前に上位ベヒモスを討ち取った”英雄。

 その名は、藤村椿ふじむらつばき


 年齢は三六。しかし外見は二〇代前半と言われても違和感がないぐらいに若々しい。

 一七〇センチの引き締まった体にビジネススーツを纏う姿は、いかにも仕事のできる女といった風情。


 顔立ちも美しく、流れるような瞳とルージュ色の唇、両のもみあげのみ肩まで伸びたショートへアーが印象的。


 とまぁ、親戚なのに全く類似点がない彼女の口から、気軽な調子で言葉が紡がれた。


「久しぶりね、義人。前に会ったのは二月前、だったかしら?」

「うん、まぁ大体そのぐらいかなぁ」

「……ところであんた、あたしに何か言わなきゃいけないこと、あるんじゃないの?」

「あ、えっと、その……この前潰した族の一件、上手いこと隠蔽してくれたの、叔母さん、だよね? あれはそのぉ……ほんとに、ご迷惑をおかけしました……」

「全くよ。もっと目立たないようにやりなさい。あたし偉い人なのよ? 偉い人って結構忙しいのよ?」

「う、うん、マジでごめん。僕も叔母さんの手を煩わせないようにしようと思ってたんだけどね。でもまさか、族のメンバーに野良カラーズがいるとは……」

「ま、その点についちゃお手柄だったわ。野良を放置してたら面倒くさい団体共が調子づくからねぇ。……といって、あたしの睡眠時間削った恨みはチャラにしてやんないけど」


 憮然とした顔で義人を睨む椿。さりとて、真に非難しているわけではない。


 この叔母は、少年にとって唯一の味方と言ってよい。

 彼女だけは、彼の行いを理解してくれている。

 藤村椿との関係性は血縁のない親子といったものだが、しかし義人は彼女を本物の親も同然に思っている。

 そんな人がいるから、最後の一線を超えずにいられるのだ。


『あなたは本当に叔母が好きですねぇ。あなたを育てたのはほとんどベビーシッターだというのに。この女なーんもやってませんよ? 金出しただけですよ? そんなのに好意を抱きますか、この年増スキー』


 相棒が棒読み口調で何か言っているが、義人は無視した。

 椿の面構えが変わったからだ。


「さて、と。そんじゃ本題に入りましょうか。まず、あんたが目覚めた力について」

「えーっと、僕の力ってあれだよね? セカンドステージ、じゃないの?」

「それがさっぱりなのよ。そもそもね、セカンドってのはファーストで最高レベルになったカラーズがアホみたいな低確率で覚醒するって言われてんの。ファーストすっ飛ばしていきなりセカンドに覚醒とか前例がないわ。もっと言えば、相違点も多い」

「相違点?」

「うん。ファーストもセカンドも、ベヒモスを仕留めたら捕食現象が起こるでしょ? でも映像を見る限り、あんたにはそれがなかった。刻印だって出てないし、変身時間にしたって時間制限が――」

「いや、変身の制限時間についてはまだわかんないよ? どれだけあの姿でいられるかは試してないし」

「……そうだったわね。ごめん、ちょっと早とちりしてたわ。あ、後ついでに聞いとくけど、“精神汚染”の方はどう?」

「うーん、今のところ何も感じないな。そもそも精神汚染ってファーストだけが対象のものじゃないの?」

「いいえ。一般的には知られていないけど、セカンドにだって汚染はある。その詳細は、残念ながら教えることができないんだけどね」


 セカンドはどのような国であれ、国家軍事力として扱われている。そのため、彼等が持つ力などの情報は一般に出回りにくい。


「まぁ、大丈夫なら問題ないわ。でも、何かあったらすぐに報告しなさい。それで話は変わるけど……とにもかくにも、あんたはファーストでもセカンドでもない別の力を得たってことになる。だからまぁ、そうね、とりあえずあんたの力を便宜上べんぎじょう“サードステージ”としましょうか」

「サード、ステージ……カラーズの形態って二種類だけ、だよね?」

「えぇ。今のところそれ以外は存在してないってことになってる。だからあんたは、史上初のサードステージよ、たぶん」

「史上、初……! 僕が、初めての……!」


 意図せず、口元が緩んだ。

 なんということだろう。つい数時間前まで物語においてなんの価値もないような人間だった自分が、まるで主人公のような境遇となっている。


『は、は、は、は、は。待ち望んだ展開が来てよかったですねぇ』


 相棒の祝福はやはり無感情無機質。だが、それでも嬉しいと思ってしまう。


 一方で椿はというと、にやける義人に呆れたのか、疲れたように嘆息して。


「それじゃ、最後の話題行きましょうか。カラーズに覚醒した人間に用意される道については、あんたも知ってるわよね?」

「カラーズ・ネストに所属、政府直轄の監視・管理組織に見張られる生活を送る、覚醒を隠して野良として生きる、この三つだよね?」

「そう。そのうちあんたが選べるのは、化物退治の駒として管理されるか、人権無視ってぐらい監視されるか、このどちらかよ。……もっとも、あんたの場合答えなんか決まってるんでしょうけど」

「うん、僕は組織に入る。この力を使って、一人でも多くの命を守るよ」


 決意表明に、椿は静かに頷いた。

 同時に相棒が『ぶふぉっ』と小馬鹿にするような調子で噴き出したが気にしない。


「さて、話は決まりね。そんじゃ義人、あんたすぐに家帰って引っ越しの準備しなさい」

「……えっ? 今から? 引っ越し? なんで?」

「嫌な話になるけどね、カラーズってのは色々厄介な立場なのよ。鬱陶しい阿保団体黙らせるために身内で軽く監視とか管理とかをしてんの。で、ここの真上にあるベルズタワーね。とりあえずそこが当面、あんたを監視する場所になるから」

「監視場所って……随分はっきり言うねぇ……」

「こんなもん嘘ついたってしょうがないじゃない。そんなことよりさっさと行きなさいよ。あんただけじゃ時間かかるだろうから、前もって人員を家へ向かわせたわ。今頃作業に入ってるんじゃないかしら? ……自分の恥部、今日から同僚になる連中に知られたい?」


 背筋が凍った。

 男子たるもの、見られたくないあれこれが一〇〇、二〇〇はあるものだ。


 義人は「せめて僕が組織に入ること決めてから人員送ってよ!」と文句をぶつけた後、血相を変えて室内をあとにした。



 甥が出ていった直後、椿はため息をつき、隣に控える副官、冴子に問いを投げた。


「あの子のこと、あんたはどう思った?」

「率直に言えば、気味が悪いですね。信用できない人間の顔です」

「それはあの子の外面しか見れてない証拠よ。まぁ、内面についても暗人の人格が少し入ってるから相当歪だと思う。本人も、自分についてわからない部分があるんじゃないかしら。多分あの子の心は色んなものがぐっちゃぐちゃになってると思う」

「……それはつまり、危険ということでは」

「それはない。見た目は暗人そっくりだけど、人格はどちらかと言えば義乃姉さんに似てる。だから心配するようなことはないわ。……まぁ、別の意味で怖くはあるけどね。あの子は姉さんに似たところがある。そのせいで、いつか壊れる瞬間が来るかもしれない。人を救うためだけに存在する機械みたいな、そんな、姉さんと同じ聖人君子になってしまうかもしれない」


 甥を案ずる椿だったが、すぐに不安げな顔を自嘲のそれへ変えて。

 

「――まぁ、そんなことを心配する必要なんか、もうないんだけれど」

 

   ◆◇◆

 

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