第二章 密林の悪魔 20
「さて、できることならこのまま満腹感に浸っていたいけれど……決めるべきことを、決めておこうか。今夜の寝ずの番、誰がやる?」
それについて、義人は小さく手を挙げながら、
「それなら僕がやるよ。僕は眠らなくても問題ない体だし。警戒範囲にしても、最低半径五キロはカバーできる。だから寝ずの番は僕に任せて、君等は寝てるといいよ」
『それで寝てる連中に夜這いをしかけるわけですね、わかります。さすがわたしのパートナー、抜け目がありませんねぇ。とはいえ、もしそれをしたなら殺しますよ? 浮気は絶対に許しません。先っぽが触れた時点でアウトです』
相棒の戯言を華麗にスルーして、義人は皆の顔を見回す。
すると。
「いや、そいつはちと悪ぃよなぁ」
「うむ。義人のみに任せるというのは、我々の沽券にかかわる」
などといった意見が、同行者達の口から相次いだ。
これが示すことは何か。そんなもの、決まっている。
――どうやら、表に出してなかっただけで、皆疑心暗鬼になってるみたいだな。黒幕はこの中に居る。そんな考えを、全員が抱いてる。で、有力な容疑者は現在、ブラックナイト、つまりは僕、か。
『まぁ当然でしょうねぇ。このような不可思議すぎる状況を作れる者が居るとするなら、あなたのような存在、ブラック以外にありえない、と、そう考えるのが自然ですし』
――容疑者扱いしてる奴だけに寝ずの番をさせて、自分達は寝る。そんなこと、できるわけもないね。寝首をかかれるかもしれないわけだし。
なんとも面倒だ。そう思いつつも、白髪の少年はそれを一切表に出すことなく、
「わかった。僕は構わないよ」
言って、後は同行者達に任せる。
結果、今夜はレイチェルとセシリーが担当することとなった。
そして三人以外が寝袋に入り、就寝した頃。
義人はテーブルに肘をつき、目前にあるランプを見つめながら呟いた。
「僕は誰かを始末したいと考えた時、わざわざこんな大がかりな仕掛けを使ったりしない。直接相手のもとに出向く。まぁ、殺人なんかやらないけどね。それをしなくても済む手段を持ってるわけだから。ともあれ……僕は黒幕じゃない」
その言葉に、相手二人はぴくりと体を震わせた。
数秒間の沈黙。それから、レイチェルが口を開く。
「……お前に隠し事をしても、おそらくは無駄なのだろうな。だから、白状しよう。お前の言う通り、オレはお前が黒幕ではないかと疑っている。それはきっとオレだけではないだろう。皆、同じ思いに違いない」
セシリーがコクリと頷いた。
一方で義人はというと、ため息を吐き出しながら、
「さっきも言ったけど、僕は黒幕じゃない。まぁ、確証がないから信用はできないんだろうけど。……それにしても君達、なんでそうも疑心暗鬼になるのかな? この中に自分を狙っている奴がいる、みたいに思わなきゃ、そういう風にはならないと思うんだけど。……もしかして、君等にはそれぞれ後ろめたいことでもあるのかな?」
今度の静寂は、長かった。その末に、レイチェルが肯定の意を述べる。
「その通りだ。おそらく全員、過去に他者の恨みを買うなど、なんらかの後ろ暗いものを背負っている。だから、恐れるのだろうな。報復を。ヒントにあったお前という単語は、きっと我々全員に当てはまるものだ」
そう答えてから、彼女は遠くを見るような目となり、己の過去を喋り始めた。
「オレは、今でこそグリズリーをナイフ一本で殺すほどの力を有しているが」
「嘘八百」
「……ともかく、昔のオレは、力など何も持たぬ少女だった。このツインテールが似合うような、そんな可愛らしい少女だったのだ」
色々とツッコミを入れたかったが、我慢して聞き続けた。
「オレの故郷は、酷いスラムでな。毎日銃声が鳴り響き、人が死ぬ。そんなことが当たり前の世界だった。しかし、地獄としか言えぬ場所であっても、愛する家族が居ればなんとか生きていけるものだ。……オレには、両親の他に弟がいてな。本当に、可愛らしい奴だったよ。いつもオレの後ろをついてまわって……オレの前では、ずっと笑顔だった。だがあの日、その顔を二度と見ることができなくなった」
ここで一呼吸すると、彼女は瞳を細め、唇を震わせながら続きを語り始めた。
「ある日、オレが熱を出して寝込んだ時のことだ。そんなオレに代わって、弟が買い出しに出かけた。その際……あいつは、ギャング同士の抗争に巻き込まれてな。……酷い、死に方だった」
くたびれたように息を吐くレイチェル。そして。




