第二章 密林の悪魔 9
アメリカは怪物の調査を義人に丸投げし、彼女等を自分にあてがって籠絡しようともくろんでいる。
ついさっき、相棒によって防がれたラッキースケベも、おそらくは計算によるものであろう。
――とはいえ、まだ確証はない。決めつけてかかるのはよくない、か。
そう思いつつ、白髪ツインテの少女に視線を移した。
「君は確か、レイチェル、だったね?」
「うむ! レイチェル・コフナーだ! よろしく頼む!」
言って、豪快に笑う巨体少女。
続いて、あの委員長タイプといった少女が口を開いた。
「私はレベッカ・ウィルソン。……言っておくけど、貴方のことなんかこれっぽっちも尊敬してないんだから。勘違いしないでよね」
「……は?」
「な、何よ、その反応……わ、私は別に、ブラックナイト様に会えて嬉しいだなんて、こ、これっぽっちも思ってないんだからっ!」
ぷいっとそっぽを向くレベッカに、義人は沈黙を返した。
反面、イヴはというと。
『こいつもう芝居する気ゼロですね。大根どころの騒ぎじゃありません。もはやわざとです。わざと情報バラしてるようなもんですよマジで』
同意せざるを得なかった。どこの世界にこんなわかりやすいツンデレが居るというのだ。ふざけるな。
言いたいことが腐るほどあるが、それをぐっと堪え、最後の一人に問いを投げる。
「君の名前を、教えてもらえないかな」
六人目の彼女は、本を読んでいた。どうやら“日本の漫画”であるらしい。
外見は肩まで伸びた金髪と深緑の瞳が印象的。小柄な体躯やその雰囲気から、なんとなしに無口キャラという単語が脳内に浮かんだが――
「……セシリー・クーパー」
どうやら、想像通りの人格であるらしい。
一瞥すらくれることなくボソリと応答した後、彼女は完全に沈黙した。
『もうなんなんですかこいつら。ラノベの読み過ぎでしょう、いくらなんでも。計画立案した奴は現実と虚構の区別がついていないキモオタですね、確実に』
やはり、同意せざるを得なかった。
相棒と気が合いすぎる状況に辟易としながら、白髪の少年は全員に向けて声を飛ばす。
「この任務中、僕のことは義人って呼んでほしい。ブラックナイトじゃちょっと呼びにくいでしょ? 呼び名はできるだけ短い方がいい。連携の速度に僅かだけどかかわってくるし」
その意見に、全員が同意を示した。
「さすがブラックナイトだね。ボクに異存はないよ」
「ふ、ふん。仲間意識持っててくれて嬉しいとか、全然思ってないんだからねっ!」
「あひゃひゃひゃひゃ! アメリカじゃ、ライオンは王様だからこそ弱いだなんて言われてっけどよぉー、あんたの場合は違うのな!」
「そ、そんな格言初めて聞きましたよぉ……嘘はよくありませぇん……そ、それはともかく……よ、義人さん、でいいですよね? よ、呼び捨てはその、は、恥ずかしいので」
「ガハハハハ! オレ達の力などなくとも、お前一人でいかようにもできるだろうに! それでもなおチームワークを重視するあたり、随分慎重な男だな! 気に入った!」
「……ナイスアイディア」
同意だけでなく、賞賛の言葉まで述べて来る六名の同行者達。
そんな彼女等に対し、義人は内面で憤りを感じていた。
――なんだこいつら。僕をなんだと思ってるんだ?
『俺TUEEEEE型のラノベ主人公に自己投影する連中と同一視されているんでしょうねぇ。つまりは、よいしょされることが気持ちよくて仕方ない三流以下のクソッタレだと思われてるんですよ、あなた』
――あぁぁぁぁぁぁ……ムカつくなぁ……こんな程度の低い計画で、僕を籠絡できるとか思ってるのかなぁ、アメリカの糞共は……!
只野義人に佞言など通用しない。むしろ、怒りを買うのみである。
そして、過剰な持ち上げに強い怒りを覚えてから数分後。
「……どうやら、機体が滞空モードに変わったみたいだぜ」
ナンシーの言葉に、全員の面構えが変化した。
なるほど、アイアンブラッド所属というだけのことはある。全員、命を捨てる覚悟を一瞬で決めたらしい。己の命よりも任務遂行が最優先。そんな意志が瞳から伝わってくる。
「滞空、ってことは、今、あの怪物の真上に居るってことだよね?」
「うん、そうなるね」
「なら、これから着陸作業に移るってことで間違いないかな?」
「肯定」
ここに至り、セシリーは初めて漫画から視線を外した。
それから彼女は深緑の瞳で機内の端、乗り込み口を見やると、
「ただし、全員パラシュート降下」
奇しくも、彼女の発言終了と全く同じタイミングで、乗り込み口が開き始めた。
風が流れ込み、全員の髪を揺さぶる。
それからすぐ、彼女等は準備作業を始めた。




