第二章 密林の悪魔 7
内心でぶつぶつと呟きつつ、案内人に付き従って基地内を歩く。そんな彼に、イヴが声を投げてきた。
『必要以上にご立腹、といった感じですねぇ。この調子であのクソアマにも同じ態度を取ってくれると嬉しいのですが』
――あのアホ総理と白柳さんを同一視しないでくれないかなぁ? このうえなく不愉快だよ、ド畜生。白柳さんはアレと違って清らかなの。ウンコの匂いなんかしない。むしろ脳をバラ色に染め上げるような素晴らしい匂いが――
『お黙りなさい、この変態野郎。あの女の匂いよりもわたしの性――』
――お前の方こそ黙りやがれ、この悪臭女。お前の体なんか隅々までゲロ以下の匂いしかしないんだよ、ばーか。
強烈な毒のぶつけ合いを内面にて行いつつ、義人は歩行する。
その末に、航空機の前へと到着した。
外見はヘリと戦闘機を掛け合わせたような形。実際のところ、この機体は移送も戦闘もこなすことができる。
アメリカの最先端技術をフルに使用して作られた、世界最強の移送機、ハンターホーク。
乗り込めるのは最大で一五名と少数だが、移送速度は最高で超音速の域に達する。
にもかかわらず、いかな技術が、内部環境は快適であり、不自由なく過ごせるとのこと。
もはやここまで来たら魔法の領域。そんな科学の結晶たる兵器の中へと、義人は案内され――
結果、本日一番の驚きと当惑を感じる。
スペシャルチームについて、義人は屈強な戦士達をイメージしていた。
彼等に課せられた使命は、同盟国であり世界に強い影響力を持つ国家、日本の存亡にかかわるものだ。
それゆえ、軍における最高レベルをかき集めたに違いないと、そう思っていた。
で、米軍の最高峰ともなれば、心身共に想像を絶するような怪物であることは間違いない。
その面構えは、おそらく自分であっても気圧されるほどではないかと予想していた。
が、現実はその真逆。
「お、ビッグゲストがお出ましだ! 鉄の棺桶にようこそ、ミスターブラックナイト!」
明るい声で少年を出迎えた、スペシャルチームの一人。
そいつは、女だった。しかも、一八かそこらの少女だった。
なれど、それは彼女のみではない。
他の連中もひっくるめ、総勢六名全員が、一六~一八程度の少女であった。
『なんですかこれは。気持ちの悪いライトノベルですか』
イヴの言葉に、義人は同意する。
これは一体、何事だ。
黒を基調とした軍服を纏っているが、どうにもコスプレじみている。選りすぐりの怪物集団には到底見えない。
強烈過ぎる疑念が脳内をグルグルと巡る。だが、相手方はお構いなしだった。
「速やかに着席しなさい。間もなく発進よ」
鋭い声が、一人の少女から発せられる。
肩まで伸びた黒髪と眼鏡から、古典的な委員長といった風情を感じさせる彼女。その口から放たれた言葉に大人しく従い、義人は席に座る。
内部は両端にベンチ型の席が並んでいるだけ、といった非常にシンプルなもの。そのうちの左側、空いた場所に彼は座り込んだ。
その直後、浮遊感が全身を包み込み、次いで移動の感覚が肌を刺激する。
おそらく、音速移動を行っているのだろう。そんなスピードで動いているのに、ほとんど負荷を感じない。アメリカの科学力は空恐ろしいものである。
さりとて、義人にとり、そんなことはどうでもいいことだった。
「あ、あのう、ブラックナイト、さん、ですよね? あっ、え、英語、通じますか?」
隣に座る少女が、“天使のような美声”を送ってきた。
義人は現在、特に変装の類はしていない。色々と考えたが、素の自分でいた方が偽装効果が高いと感じたためである。
相棒もまたそれに同意し、「あなたのようなカスオーラを放つ輩がブラックナイトだとは誰も思いません」と、ありがたいお墨付きまでくれた。
実際、かけられた声の音色からして、只野義人=ブラックナイトとは思われていないようだ。
とはいえ、それすらも今の彼にとっては些事に過ぎない。
「……あぁ、通じてるよ。君達の方はどうかな? 僕の言葉がわかる?」
一同を見回しながら言う彼に対し、チームのうち一人、“白髪のツインテール”が印象的な少女が真っ先に応答を返してきた。
「おう、通じるぞ! さっすがブラックナイト殿! 語学も堪能なのだなぁ!」
可愛らしい髪型に反し、彼女の容貌は声に相応しい勇壮なものだった。
背丈はチームの中で一番大きい。一八〇前後といったところか。
佇まいからして隙は一切なく、言動から純粋戦士という印象である。
「いや、僕自身は英語を話したりとかはできないよ。力を使って言語を変換してるんだ」
「ほほう、そうなのか。ブラックの力とはなんとも便利なものだなぁ!」
「……君は、いや、君達はブラックについて知ってるの?」
その問いに、全員が沈黙する。そして。
「あひゃひゃひゃひゃ!」
女らしからぬ品のない笑い声。それを響かせたのは、機内に乗り込んだ義人へ真っ先に声を投げた少女であった。




