第二章 密林の悪魔 4
「そうさな。まぁ、貴様になら本心を話しても良い、か。……実のところ、私にもわからん。あいつが特別な存在であったことは確かだ。しかし、それが恋慕かと言われると、妙に気に食わん」
「奴の息子に対しては、どう思っておられるのですか?」
「死んでくれた方がせいせいする、という思いはあるな。といって、それはあの女への嫉妬ゆえに、というわけではない。……そう、思いたいのだ。この答えで勘弁してはくれんか?」
「……はい」
拗ねたように頬を膨らませる玲奈。その頭を、京香は優しく撫でてやる。
そうしながら。
「……全く以て腹立たしい男だ。貴様はいつまで経っても、私の心を乱し続けるのだな。“淀川暗人”」
去って行った彼に思いを馳せながら、彼女は息を唸らせる。
その後。
「……只野義人。死ななんだということは、ある程度 縁があるということ、か」
「お会いになるのですか? あの男の息子に」
「すまんな玲奈。私はやはり、あいつのことを思い出にすることができぬ。あの男は、私にとって最初で最後の障害だ。私の人生に、張り合いを作ってくれた存在だ。……ゆえに、どうしても風化させることができん」
「……そう、ですか」
ふくれっ面になる金髪の美少女。その様子に苦笑しながら、京香は誰に言うでもなく美声を紡いだ。
「彼奴は暗人に似ているのか、はたまた、義乃か……もし前者であったなら、私は……」
◆◇◆
午前七時五五分。
凄まじい速度で、事態が展開していく。
それにめまぐるしさを感じつつも、義人の心に倦怠感などは皆無であった。
自部屋にて、彼はニュース番組を見つめつつ、天馬と香澄に今後のことを話した。
「ついさっき、叔母さんから正式に出撃命令が下ったよ。アメリカのスペシャルチームに同行して、あの化物について調査する。それが僕の任務だって言われたけど……」
「ふむ、きな臭さを感じるな。スピーディーに物事が決まるのは良いことだが、今回は妙に速すぎる」
「つまり、今回の一件はアメリカの陰謀ってことか?」
天馬の言葉に、義人は首を横に振った。
「わからない。けど、それはないと思う。僕の行動によって、アメリカは少なからず国益を損なってる。紛争地域の兵器供給だとか、政府と癒着してるマフィアの壊滅とか、この短期間で色々やったからね。……けど、その報復として僕を始末するとしたなら、これはちょっと陳腐すぎる。あっちは僕の戦力を把握してるはずだ。それなら、もっと賢い方法で仕留めようとするんじゃないかな。そうした思惑があるからこそ、今は僕を刺激しないためにブラックナイトを英雄扱いしてるんだと思う。だから、今回の一件にアメリカは多分関係ない」
「ふぅん……まぁ、とにもかくにも、お前、こっからあのバケモンのとこに行くんだろ? 帰ってくんのはいつぐらいになるんだ?」
「早ければ五日。遅くとも一週間って感じかな。何せタイムリミットがあるからね。その期限中に、あいつの詳細を調べ上げる必要が――」
言葉の途中、インターフォンが鳴り響いた。
おそらく、相手は送迎の担当者であろう。
「迎えが来たから、もう行くよ。じゃ、しばらく留守にするけど……二人共、元気でね」
立ち上がりながらそんなことを言う義人に、二人は笑声を噴き出した。
「なんだよそれ。まるで今生の別れみてぇな言い方だな」
「我々の心配は無用だぞ、義人。むしろお前の方こそ気を付けろ。そして、できることならさっさと帰ってこい」
二人に同意するかの如く、両者の相棒が姿を現し、言った。
「香澄の言う通り、早いとこ帰って来やがれ。そんで、宇宙刑事シリーズの続き見ようぜ」
「ヌシがおらんと香澄は寂しがるからなぁ。ま、それは私もヴァルガスも、だが。あ、ついでに天馬もな」
「はぁ? オレは別に、寂しくなんかねぇし。キモイこと言うんじゃねぇよ。鳥肌立つだろ」
眼前にて繰り広げられるやり取り。自分にかけられる言葉。
それらを噛みしめながら、義人は思う。
――離れたくないな、ここを。けど……僕には、相応しくない。
『えぇ、えぇ。本当にその通りです。あなたの傍に居ていいのはわたしだけ。他の連中などゴキブリのようなものです。だからさっさと駆除――』
――うるさい、このゴキブリ女。黙ってろ馬鹿。ばかばかばーか。
憮然とした顔となりながら相棒を罵倒した後、義人は玄関へと向かい、ドアを開けた。
その先に居たのは、いかにもSPといった調子の黒服二人。




