第二章 密林の悪魔 3
「貴様も大方予想がついているとは思うがな、今回の一件、同盟国たるアメリカと合同であたることとなった」
「……他国は? 当然口出ししてきたでしょ?」
「そこらへんは貴様が気にすべき点ではない。とにもかくにも、あの島型生物には日本とアメリカが当たる。そのように決定されたのだ」
詳細は教えない。そんな意思表明の如く言葉を紡いだ後、京香は話を進める。
「それで、だ。アメリカは島型生物の調査を行うべく、スペシャルチームを我が国に派遣した」
「過去形ってことは、既に到着してるってこと?」
「うむ。そやつ等は先遣部隊とのことだ。まずは島型生物に上陸し、調査を行う。その結果いかんにより、次の作戦に移ると向こう側は言ってきた。そして――」
「その先遣部隊に、一名、こっち側から同行者を付けるよう指図してきた。といったところかしら?」
「ふふん。貴様、少し見ぬうちに賢しくなったな。ますます良い女になった。この一件が終わったなら、我が屋敷に――」
「下衆なこと言ってる場合じゃないでしょ。……指名された相手はブラックナイト、つまり、義人ね?」
質問に対し、首肯を返す京香。
それにより、椿の眉間に皺が寄った。
「……今回の一件、米国の自作自演じゃないでしょうね? アレは奴等が造った兵器か何かで、あそこに義人を連れ込み、始末する。そんな思惑が透けて見えるんだけど」
「さてな。真相はこの私ですらわからん。とはいえ――米国の陰謀ごときで死ぬのなら、そこまでの男だということだ」
薄く笑いながらの発言に、椿は不快を示した。
「あんた、あの子に対して何も思うところがないの?」
「くだらん質問をするな。あるわけがなかろう」
「……そうよね。もし、あんたがあの子にほんの少しでも思い入れがあるなら、あの子がブラックになったと報告を受けた瞬間、庇い立てしてたはずだしね」
「……妙な含みがあるな。言いたいことがあるのなら言ってみろ」
京香の紅い瞳に、僅かながらも剣呑な色が宿った。
それだけでも、彼女の総身から凄まじい威圧感が放たれる。
空気が凍っていく。それを感じ取ったか、冴子は冷や汗を流した。
その一方で、椿は圧を一身に受けながらも、涼しい顔を維持したまま口を開く。
「あんた、暗人に惚れてたでしょ? それが結果としてあのザマになった。あいつとあんたは結ばれず、“人道的にどうかとは思うけど”、別の女との子供が“一応”はできてしまった。……あんたにとって義人は、消えてくれた方がせいせいする人間なんじゃないの?」
堂々と紡がれた言葉。それを受けて、黒髪の美女は凄絶に嗤う。
まるで、獣が牙を剥くかの如く。
なれど、椿は泰然自若とした佇まいを崩すことなく、不敵に微笑んで見せた。
「凄んでもあたしには通じないわよ。隣の副官はビビりまくってるけど、ね」
「……ふん。やはりいい女だよ、貴様は。無理やりにでも犯してやりたいほどに、な」
言い終えた後、彼女は立ち上がった。
それから。
「話は以上だ。私は帰る」
「あら? 随分とお早いわね?」
「当然だろう。私は忙しいのだ。ここに来たのは、奴が貴様の部下ゆえ、一応説明の義務を果たしてやろうと思い立ったから。それ以上の理由などない」
「ふぅん。……本当はあの子の顔が一目見たかったから、とか、そんな理由じゃないの?」
「はん。そんなわけなかろうが、愚か者め」
吐き捨てるように言い残すと、彼女は室内から出て行った。
廊下を歩き、エレベーターに乗り、支部内を出てベルズタワーへ。
そして外に待たせてある車へと乗りこんだ。
その瞬間、車内にて待機させておいた侍女から声が飛ぶ。
「お疲れ様でした、京香様」
耳に心地よい美声を送ってきた彼女の名は、虎御門玲奈……その“紛い物”。
年の頃は一八かそこら。肩まで伸びた黄金色の髪と蒼穹色の瞳が印象的な、まるで幼く繊細な美貌を持つ。
そんな彼女を抱き寄せながら、彼女は呟いた。
「椿のやつめ、痛いところをつきおって」
苦い笑いを零す京香。それに対し、玲奈は僅かに眉根を寄せながら、
「……あの男のこと、ですか」
「察しがいいな。……その通りだよ。まったく、“あの時”奴が死んでいたなら、こんな思いはせずに済んだんだがな。貴様とあの馬鹿者、立場が逆であったならどれだけよかったことか」
「……本当に、そう思っておられるのですか?」
その問いに、黒髪の美女は大きく息を吐いた。




