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第一章 Round ZERO 4

 午後の授業は滞りなく終了。帰りのHRも終わり、放課後となった。


「あーようやく終わったかぁ。今日も楽しかったぜ! んじゃ、帰るか香澄」

「うむ、帰ったら即勉強だ。お前の頭は少し使わんだけで劣化する欠陥品だからな」

「……えっ? 悪ぃ香澄、なんだって?」

「……さっさと帰るぞ。この間サボった分、きっちりと補填せなばならんからな」


 とぼけた様子の天馬を強引に引っ張って、香澄は早々と教室から出ていった。


「サボって何してたんだろうな」

「どうせナニでもしてたんだろ。くっそ、マジで羨ましいわ。爆発しろ!」


 下衆な勘繰りをする学友達に、義人は苛立ちを覚えざるを得なかった。


「……チッ」


 我慢できず、舌打ちを一つ零す。

 そうしてから、少年はさっさとその場をあとにした。

 

 

 一人寂しく校門を抜けて、彼は目的地へと向かう。

 自宅とは正反対の方向に黙々と歩を進め――約一〇分後に到着。


 そこは昼前にベヒモスの襲撃を受けた場所だった。


 義人は濁った瞳で周囲を見回す。

 数時間前まで、道路には破損した車体が転がり、歩道には折れた街路樹が倒れていた。が、今ではそれら全てが綺麗に片付けられている。


「建物の修復も完璧、か。カラーズ様様だな。土建屋は迷惑してそうだけど」


 観察を続けながら、少年は妄想する。

 天馬に代わって、活躍する自分の姿を。


 ずっと前から、こんなことを続けてきた。栗髪の美少年が活動した場所に行き、頭の中で彼の存在を消去。そうして自分が戦う姿を想像し、ほんの僅かな自己満足を得る。

 わざわざ現地に赴くのはその方が鮮明に妄想ができるからだ。


 ――妄想ってのは素晴らしいなぁ……誰だって世界の中心しゅじんこうになれるんだから。………………あーー、だんだん死にたくなってきた。


 自慰終了時に虚無感が襲来するのと同じで、妄想は飽きると鬱々とした気分をもたらす。


「……もう帰ろう。時間もおしてるしな。さっさと帰ってジム行かなきゃ……」


 軽く頭を振ると、義人は自宅方向へと歩き出した。まるで敗残兵のような足取りで。


 彼が望むのは変化だ。

 それも並大抵の変化ではない。人生を一八〇度変えるような極めて大きな変化。

 

 しかし、そんなイベントが彼のもとに訪れたことはない。


 今まではそうだった。何をやっても人生は変わらなかった。

 だが――


「――――っ!」


 突如視界が一瞬暗くなり、独特な感覚が襲う。直後、彼の脳内に一つの情報が浮かんだ。


“ベヒモスの襲来地点には、やってくるよりも大分早い段階で特殊な電磁場が発生する。その周辺に居る者は不可思議な感覚に襲われるという。この電磁場発生を察知し、ベヒモスの襲来を約一〇秒前に知り、周辺地域の者達に電波を送信。そうすることで危機を伝えるシステム、それが腕時計型警報機である”


 次の瞬間、記憶に間違いがないことを、警報機が教えてきた。


 機器がアラームを鳴らす。彼を祝福する、ベルのように。


 警報機を確認。

 それは義人のみならず、道行く者全員だった。

 歩行者、自動車運転手問わず、誰もが動きを停止して、現状を知ろうとする。


 そして。


「発光が、“赤”……ということは……」


 ベヒモス襲来地点。至急避難せよ。

 警報機はそのように教えてくれた。だから、誰しもがそれに従う。徒歩の者は血相を変えて走り出し、車や自転車に乗る者は搭乗物を捨てて駆け始める。


 その行先は、最寄りの建物の中だ。


 二〇二〇年の日本において、地下避難所への入り口がない建造物は一部地域を除けば皆無である。なので、警報後の約五秒間の避難時間、襲来地点に居合わした人間は必死こいて建物を目指すわけだ。


 義人もまた、そうしようと思った。

 心は落ち着いている。このコンディションなら問題なく間に合う。そもそも、避難は一度や二度じゃない。もう飽きるぐらいやったことだ。


 けれども、彼は方針を転換せざるを得なかった。


 なぜなら、子供がいたから。

 当惑して動けない、幼い少女がいたから。


 義人は刹那の迷いすら抱くことなく、彼女のもとへと向かった。

 それがどのような結果をもたらすかなどどうでもいい。ここであの子を見捨てるぐらいなら自害を選ぶ。

 個人的にも信条的にも、今は己のことを省みてはならない場面だ。


「君、大丈夫?」


 少女の前に着くと、少年は膝をついて目線を合わせ、問いかける。


 相手の顔には静かなパニックの色があった。

 それはきっと、周りの大人達のせいだ。彼等がみっともなくバタバタと逃げるもんだから、子供は敏感に反応してしまう。恐怖に、支配されてしまう。


 義人は彼女を安心させるべく、優しく微笑みながら語りかけた。


「落ち着いて。ゆっくり深呼吸しよう。……君の名前を教えて欲しいな。言えるかい?」

「ゆ、ゆかり……」

「ゆかりちゃんか。大丈夫。全然怖くなんかないからね。僕と一緒にここから――」


 言葉の途中で、音が聞こえた。

 それは、空間にヒビが入る音。


 複数個所に発生した亀裂が、タイムオーバーを知らせる。だがそれでも、義人は泰然とした構えを維持したまま、ゆかりに声を送る。


「僕と一緒に避難しよう。君は僕のこと、怖いかい?」

「……ううん」

「良かった。じゃあ、ちょっとごめんよ」


 義人は幼女の体を軽々と抱え上げ、走った。

 向かうはおおよそ七歩分先の建造物。


 疾駆している間に、奴等は次々と地上へ降り立つ。

 そして――


「ごめんね、ゆかりちゃん。ここから先は、君一人で行ってほしい」


 建物の前で彼女を下ろし、そう指示する。

 ゆかりは戸惑った様子で訪ねてきた。


「お、お兄ちゃんは、どうするの?」

「僕はね……こいつらを、やっつける」


 我ながら愚かすぎる宣言だ。

 しかしそれでも、立ち向かわねばならない。


 視界を埋め尽くす、化物の群れと。


 さしもの義人も、眼前の光景には絶望を感じずにはいられなかった。だが、戦う気概は失っていない。


「お、お兄ちゃんも一緒に」

「ごめんね。それは無理だよ。だってこいつら、僕達をロックオンしてるから」


 少年の言う通り、奴等は誰も彼も二人を凝視していた。

 こうなるともはや、選択肢は二つ。


 両方死ぬか、ゆかりを庇って死ぬか、だ。


 ベヒモスというのは下位であっても熊並かそれ以上の脅威とされている。その身体能力を前にしたなら、人間の走行速度など鈍重に過ぎる。

 彼我の距離が一〇〇メートルも離れていればまだしも、現状はその二〇分の一程度。どうやったって逃げられない。


 ならば、戦うしかないのだ。


 自分の命が惜しければ、背後の幼子を囮にすれば逃げられる。されど、そのようなことをするぐらいなら舌を噛み千切った方がマシだ。


 神への怨念はある。理不尽な結末への、憎悪もある。

 だがなんにしても――


 義人は出会ってから五分に満たぬ彼女を、命を捨てでも守りたいと思った。


「さぁ、早く中へ入って! 君だけで避難するんだ!」

「で、でも、お兄ちゃんが」

「僕は大丈夫。僕はね、こう見えてもカラーズなんだよ。だから問題なんかどこにもない。あるとするなら、君みたいな足手まといがいることかな。そういうわけで、さっさと消えてよ。邪魔だから」


 突き放すように言ってやると、ゆかりは、


「……ありがとう」


 一言礼を言って、建物の中へと入っていった。

 そして背後の気配が失せた矢先。


『――――――――』


 一体の下位ベヒモスが群れから一歩出て、ノイズ音のような“声”を出した。


 奴等は意志を持ち、独自言語でコミュニケーションが可能であるという。

 とはいえ。


「一般人とファーストにはわかんないんだよねぇ。日本語喋れよ、この鉄屑野郎」


 こちらの言葉は通じるのか、相手方は応答するかのように右手人差し指を動かす。


 それはまるで、かかってこいと言っているかのような仕草だった。


 周りを見回してみると、全個体がこちらを見て停止している。全員で襲ってくるような気配はなかった。


「……ベヒモス式ファイトクラブ、か。乗ってやるよ、クソッタレ」


 暗黒色の瞳に闘気と殺意を漲らせ、一歩前へ。そうすることで、挑発してきた相手と対峙する形になった。


 まず最初に、義人が構える。

 右拳を鎖骨あたりまで上げ、足を肩幅まで開き、右足を後方へ。

 左拳はだらりと下げる。

 これがもっとも動きやすく、攻撃しやすい体勢だ。


 その状態で前方、やや遅れて得物を構えた敵を睥睨する。


 ――武器は棍棒。見た目からしても、階級は最下級のエンゼルスだな。とりあえず最初は見に徹しようか。


 方針を決定した途端、第一号目が開始される。敵が踏み込んできた。


 さすが人外、嫌気がさすぐらい素早い。距離が潰れるまで瞬き一回分といったところだ。


 間合いに入ったと同時に繰り出された棍棒の一撃も馬鹿げた迫力を持っている。

 が、回避は不可能じゃない。


 義人は振り下ろされた凶器をギリギリのタイミングで躱し、相手を中心に円を描くように動いた。

 驚いたことに、その動作によって敵の背後を取れてしまう。


 この一合で得た情報をもとに、少年の脳がファイトプランを一瞬で作成した。


 ――攻撃速度はもう見切った。後はモーションだけど、ここはもう賭けるしかないな。攻撃後に発生した大きな隙はトラップか否か。当たれば僕の勝ち。外れたらあいつの勝ち。


 自己の破滅を感じるギャンブルだが、むしろ義人は嬉々としてそれを実行する。


 格闘者としての勘が教えてくれた。

 今回の戦いもまた、勝利に終わる、と。


 相手がこちらを向く。

 そして――


 今度は義人が踏み込む。


 敵の射程距離、少年にとっての死圏へと入る。刹那、灰色のベヒモスが棍棒を振り上げ、容赦なく下ろした。

 それを待ってましたとばかりに、サイドステップで回避。次いで、左拳を瞬時に淡く発光する顔面へ叩き込む。


「ぐっ……!」


 鈍い音が響いた。それはきっと、拳が砕けた音。


 さりとてこれもプランのうち。

 左を捨てた甲斐あって、敵は得物を落としたたらを踏む。


 義人はすぐに棍棒を拾った。

 サイズは二メートル近い。重量は一五キロ前後といったところか。

 彼はそれを右手一本で持ち上げ――


「ぉあッ!」


 渾身の力を込めて、怪物の頭部へと振るった。


 衝突音。

 まるで鐘を打った時のような大音量が周囲に響き渡る。

 それにより、敵は絶命したらしい。奴は光り輝く大量の粒子となって、義人の全身に吸い込まれた。


 粒子となったベヒモスを吸収した際は、“食った”としか表現できぬ不可思議な感覚を得るという。

 それゆえに捕食現象と名付けられたらしいが、なるほど、確かにこれは食ったとしか言い表せない。


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