第一章 オープニング 4
『は、は、は、は、は。気が合いますねぇ。わたしもこのクソアマの顔は嫌いですよ。すぐ近くに居るクソッタレビッチにそっくりですからねぇ。あぁ本当に腹立たしい。馬糞まみれにしてやりたい』
――僕の目的が世界の支配である以上、あの人ともいつか会うことになるんだろうな。……まぁ、しばらくはそんな機会はないと思うけど。あの人はこの国を良く治めてるし、言動とは裏腹に弱者を虐げるようなことは一切しない。だからまぁ、表はしばらくあの人に任せよう。まずは裏からだ。
『あいもかわらずスルースキルが高い人ですね。そんなにわたしの泣き顔が見たいんですか。前みたいに血涙流しますよ? こんちくしょう』
棒読み口調で喋る相棒を徹底的に無視して、義人はテレビ画面に意識を集中させる。
やがて、ニュースが別のものへと切り替わった。
『次のニュースです。昨夜未明、相楽市内で少年五名が乱闘騒ぎで逮捕されました。取り調べによりますと、彼等は県内を中心に活動する不良グループの一員であり、最近解散したとされている広域半グレ集団“鬼滅羅”とも関係性が――』
淡々と読み上げられる報道に、天馬の相棒ヴァルガスが義人の傍に現れ、
「なぁ義人。ここら一帯の不良って全員お前の舎弟なんだろ? なら、あんま世間様に迷惑かけんなって注意しとけよ。ちゃんと手綱握らなきゃダメだろが」
「……犬の君が手綱云々とか言うと、なんだかシュールだね」
「誰が犬じゃゴラァ! オレ様はオオカミだ!」
怒声を放ち、グルルと唸って見せるヴァルガス。そんな彼を面白がったか、香澄の相棒たるユキヒメが現れ、
「はははははは。義人は笑いのセンスがあるなぁ。座布団二枚くれてやろう」
大笑いする白髪の美女と、真紅の狼が口喧嘩を始める。
それを背景に、義人はため息を吐きつつ、
「ほんっと、誰もが僕のことを誤解してるんだねぇ。ここら一帯の不良を纏めてるとか、どこのどいつが吹聴したのやら」
「ふぅん。じゃあほら、鬼滅羅を一人で潰したとか、ここらの不良全員半殺しにしたとか、そういう噂も全部デマか?」
「……いや、それは間違いじゃないけど」
答え辛そうに喋る白髪の少年に、香澄は小さく息を吐きつつ、
「なんにせよ、お前は誰かのために戦ったのだろう? ならば、咎められるものではない。世間は暴力を振るう者に対して厳しい。何かを守るためには、時としてそうした要素も必要だというのにな」
やれやれといった調子で肩をすくめてみせる香澄。
それから彼女は義人をまっすぐ見つめて、
「人を守るための暴力は許されるべきだ。力なき正義ほど下らんものはない。ゆえに義人よ、我々はどんなことがあろうとお前の味方だ。少なくとも、私は断言できる。お前は何一つとして負い目を感じることはない、とな。例え一〇人や二〇人病院送りにしようとも、それは全て弱者を虐げようとした当人達の責任だ」
「……うん、ごめん、白柳さん。実のところ一〇や二〇じゃきかないと思う。多分その三〇倍は軽く超えてるんじゃないかな。僕が半殺しにした不良の数」
義人の応答に、香澄が唖然とした顔となる。
それに反し、天馬は噴き出しつつ、
「ははっ、やっぱお前ガチガチの不良じゃん。ビビられてもしょうがねーよ。ははははは」
何がそんなに面白いのかさっぱりわからないが、嫌な気持ちにはならない。
むしろ、こうして笑ってくれることが、義人には心地良かった。
だから、心底思う。
――幸せだな。本当に、幸せだ。できれば、ずっとこんな風に……
その思いを、イヴが否定する。
『あなたという人は、本当にブレまくりですねぇ。不幸になるんだと決めたのならちゃんと貫きなさい。こんな奴等と一緒に食事などしちゃいけません。わたしとのイチャコラタイムがその分減ってしまうのですよ? わたしの気持ちを少しは――』
――慮るわけねーだろ、ヴァアアアアアアアアアアアカッ!
相棒を罵倒した後、少年はヴァルガスとユキヒメの口喧嘩に耳を傾ける。
全く以て、楽しい一時だった。
この時点において、“彼等”には知る由もない。
今のような平穏が、明日、ブチ壊しになることなど――
◆◇◆
六月一五日。午前五時三〇分。
力を得た後も、義人は走り込みを日課としていた。
もはや努力になんの意味もない体となってはいるが、しかし、走るという行為がもたらしてくれる爽快感は消えていない。
それを味わうべく、本日も準備をするのだが。
「……叔母さん?」
鳴り響く着信音。電波を飛ばしてきた相手は、藤村椿で間違いない。
一体何用か。そう思い、通話を開始する。
『テレビ見なさい、テレビ』
唐突に、そんなことを言われた。
「いや、ちょっと意味わかんないよ。何? 叔母さんの好きな男性アイドルが結婚でもしたの?」
『んなくだらないことで電話するわけないでしょ! つーかあたしはアイドルなんかこれっぽっちも興味ないわよ! って、そんなのどうでもいい! さっさとテレビの電源つけなさい!』
怒鳴り散らす彼女。その声音から、緊急事態であることが嫌でも理解できた。
ゆえに、白髪の少年は言われた通りにリモコンを操作する。
そして。
「…………………………はぁ?」
素っ頓狂な声を出しながら、リモコンを落としてしまった。
それも無理からぬこと。彼の濁り切った瞳が映すそれ、テレビ画面から流れるニュース映像は、誰もが唖然とせざるを得ないものである。
果たして、その報道内容とは、
『な、何度も繰り返していますが……そ、それでも、言わざるを得ません! この光景が、現実のものとは思えない、と! 我々人類は、ベヒモスという怪物の襲来を日常のものとしています! ですが……と、突然、“島の様な大怪獣”が現れたなら、誰だってパニックになることでしょう! この太平洋に突如現れた怪物は、一体何者なのでしょうか!?』
 




