第一章 オープニング 3
「そんなもんお前だけのせいじゃねぇよ。責任はオレにだってある。だから……お前ばっか背負ってんじゃねぇ。オレにも半分背負わせろ。そうすりゃお前は――」
助け舟とも取れるそれを、白髪の少年は拒絶した。
「ごめんね。それはできないよ。……僕は、自分を許せないんだ。だから、僕は幸せになんかなれやしない。なっちゃいけないんだ。……そういうわけで、僕とはあまり関わらないでくれるかな? 君達と一緒に居ると、僕は幸せになってしまうから」
「……あぁ、そうかよ。なら、しょうがねぇな」
義人は友情の崩壊を感じ取り、泣きたくなった。
だが、実際は別。
栗髪の美少年はムスッとした顔となりながら、宣言する。
「今後、オレはお前が何を言おうと付きまとってやる。香澄だってそうするだろうな。オレ等はとてつもなくしつこいぜ? 覚悟しとけ」
「……本当に、やな奴だよ、君は」
相手に見えぬよう顔をそらす義人。
そうしてから彼は薄く微笑み、小声で呟いた。
「ありがとう、馬鹿ヒーロー」
◆◇◆
午後七時三〇分。
本日も、二人と訓練を共にすることはなかった。が、夕餉は三人一緒に食べる。
『本日のニュースです。まずは国内から。政治家の失言問題と言えば、もはやこの人を置いて他に居ないでしょう。“逢魔総理”がまたもや失言を飛ばしました』
画面が切り替わり、絶世の美女が映る。
外見は香澄を大人びた姿にした感じ、といったところか。
腰まで伸びた黒い艶髪と、華美な柄の入った闇色の着物。そしてカラコンでも入れているのか、真紅の瞳が印象的だ。
その容貌はまるで未来の思い人といった雰囲気だが、義人は別段不思議には思わなかった。
白柳香澄とは、人類における最高レベルの美を持つ存在である。
即ち、白柳香澄=究極の美というわけだ。彼女と同等の美貌を持つということはつまり、白柳香澄にそっくりなって当然である。
とはいえ――我等が日本国総理大臣様は、見た目こそ思い人と同じレベルで美しいが、内面はそうでもなかった。
『総理。最近流れている噂について、何か一言お願いします』
マイクを向ける記者に対し、彼女は気だるげな顔となりながら、
『噂、というのはアレか? 私が多くの女共を囲っているレズビアン、といった内容のものか?』
肯定の意を示す記者に対し、彼女は相手を小馬鹿にするような調子で息を吐き――
次いで、記者からマイクをひったくり、堂々と喋り始めた。
『例えばだ。ぬいぐるみに名前を付け、女扱いしている変態野郎がいたとしよう。そいつは心底から物言わぬ人形に熱愛している。それはもはや禁断の愛を軽く通り越して理解不能の領域に達しているわけだが、果たして、そいつは咎められるべきだろうか? ……まぁ、答えはイエスだな。そんな変態は豚箱に入れた方がよい。しかし、この逢魔京香は別だ。なぜなら私は逢魔京香なのだからな。私が男を愛そうとも女を愛そうとも、それは私の自由だ。誰にも咎めることはできんし咎めるべきではない。なぜなら私が逢魔京香だからだ。大事なことだからもう一度言うぞ。私が! お・う・ま・きょ・う・か・だ・か・ら・だ! この国のみならず、およそ世界中の国家において同性を愛でることは禁忌とされている。だがそんなもの私には関係ない。なぜならば逢魔京香とは即ちこの世の道理だからだ。私が行うことはすべからく正義である。よって貴様等三流記者共がいかなる記事を書こうと噂を流そうと私を害することなどできはせん。そのことをウジ虫以下の脳みそによく刻み込んでおけ、この腐れハイエナ野郎共』
長々とした失言の数々を、超早口で呼吸するかの如く言い放つ総理大臣。
そんな彼女の様子に、天馬が笑い声をあげながら、
「ははっ、やっぱおもしれーよなー、うちのボスは」
彼の言葉、ボスという部分には、二種の意味がある。
一つは内閣総理大臣。もう一つは――
カラーズネスト総責任者、即ち、日本国内におけるカラーズの頂点。
逢魔京香。三八歳。
日本国内初の女性総理大臣にして、カラーズネストの長も兼任する女。
一般人と異能者、その両方を完全に支配する存在。
この京香という女は、先刻の態度の通りとんでもない失言吐きである。彼女が一分口を開けばおよそ五九秒は失言が出るとされていることから、その度し難さが理解できるだろう。
普通なら議員辞職は免れない。しかし、彼女の場合はその真逆。
逢魔京香が総理に就任して以降、日本国は米国に迫る程の超大国となった。
彼女の豪腕としか言えぬ政治・外交能力により、国内の景気は常に上向き。そうした実績に絶世の美貌と不思議な魅力が加わり、今や彼女は一流タレントの様な扱いとなっている。
それゆえ、どれだけ失言をかまそうとも、支持率八〇パーセントを下回ることはない。
「やれやれ、この人は本当に変わらんな。まぁ、傑物というのは常にこうした型破りな人間だ。当人の言う通り、咎めるべきではない」
天馬のみならず、香澄まで京香を持ち上げている。
だが、義人はというと、
――この人、初めて見た時から気に食わないんだよな。なんでかはわかんないけど。
彼女の顔を見ていると、妙にイライラする。その理由は未だに不明だ。
 




