第一章 オープニング 1
六月一四日。午前一〇時三五分。
本日も、少年、只野義人は普段と変わらぬ日常を送っていた。
朝起きて、二人のことを極力無視しながら学校へ。
授業中、ベヒモスが出たので現場へ。
当然ながら、義人を見送る者などどこにもいない。まさにモブキャラの如く、存在を認められぬ者としての出陣である。
それからすぐさま現場に到着。今回は下位三階級第三位の群れであったが――
義人は、ただ敵の攻撃を避けるだけだった。
上空でヘリが舞っている。自分達を映しているであろうカメラが、太陽の光を反射して輝いていた。
『は、は、は、は。どうしました義人? 以前、あれだけ待ち望んでたじゃありませんか。自分の活躍が報道されるその時を。今がまさにそれですよ? あなたの力を見せつける絶好の――』
――ちょっと黙っててくれないかなぁ? ストレスが無駄に溜まるからさぁぁぁ。
ぴしゃりと言い放つと、義人は飛来するベヒモスの棍棒をやすやすと躱して見せた。
そして、絶好のカウンターチャンス。けれども、彼はそれを見送り、間合いを空ける。
彼は敵を倒せない。なぜなら、今の少年が只野義人だからだ。
只野義人という人間は、モブキャラである。
ガントレットという武装、打撃力強化という異能を持つが、成長レベルは最底辺。
その証拠に、ガントレットの拳部分が灰色に染まっている。
そう、只野義人は喧嘩自慢のクズでしかないのだ。
こういう、人外相手だとビビってしまってなんの役にも立たないカス。目立つことなどありえない歯車。
それが、只野義人という“設定”である。
それゆえ、彼は完璧に自分を演じているというわけだ。
結果として、本日も普段通りの幕切れとなる。
天馬と香澄の活躍を傍で見守ることしかできぬモブキャラの役を、義人は見事に演じきったのであった。
◆◇◆
害虫駆除の後、午前の授業が終わり、昼休みとなる。
皆わきあいあいと弁当を取り出す中、義人は一人席を立ち、屋上へと向かう。
あの一件が終わってから少し経った後、少年は二人にこう言われた。
“色々あったが、もう我々にわだかまりなど何もない。今後は家族として、友として一緒に過ごそう”
“……まぁ、香澄がそう言うんだったら、文句は言わねぇよ。けど、勘違いすんなよな。オレは別に、お前と一緒に飯食ったりしたいわけじゃねぇ”
そんな両者に、義人は次のように返した。
“今まで通りでいい。僕は別に、君達と一緒に居たいわけじゃないから”
そんな態度に天馬は怒りを示し、香澄は怪訝を顔に浮かべた。
きっと、思い人には伝わっていることだろう。自分が、発言とは真逆の気持ちを抱いていたことを。
本当は嬉しくて仕方がなかった。
五月から六月までの一件により、三人の間には確かな絆ができた。
香澄は当然のこと、天馬にしたって表面上はギスギスしているが、心の中では認め合っている。
そんな二人と学校でも家族として過ごせるのなら、それはきっと幸せなことだろう。
もしかしたら、天馬と香澄の口利きで誤解も解けるかもしれない。そうなれば、義人はクラスに溶け込むことができる。
だが、そんなものは許されない。
幸せになることなど、絶対に許されない。
あの一件で、自分はゆかりを不幸にしてしまった。いや、もしかしたら彼女以外の人間も、知らぬだけで不幸になっているかもしれない。
だから、自分は幸福になってはならないのだ。
そのように納得している、はずなのに、やはり自分は自己中心的な人間なのだろう。
この期に及んでも、まだまだ幸せになりたいと嘆くことがある。
そんな時。
“貴方には幸せになる権利などないのですよ”
きっと、自己暗示の声だろう。
諦めの悪い自分勝手な己が幸福を求めて叫ぶ時、こんな声が聞こえるようになった。
――最近、精神的におかしくなってるのかな。
『いやいや、あなた大分前からおかしいですよ。自覚がなかったのですか? この真性基地外野郎』
――君にだけは言われたくないよ、このマジキチ女。
相棒とやり取りしながら歩く。その最中、向かい側からやってくる生徒が、自分達のことを話していた。




