怪奇! ゴミ女の恐怖! 中編
その後。
「はぁぁぁぁぁぁ……。あ、危なかった……! でも、これで最低一〇分は時間が稼げたぞ」
『さすがわたしのパートナー。自分の非を謝罪すべき相手に鞭を打つとは。立派なクソッタレ野郎ですね、素晴らしいことです』
イヴの言葉が心にグサリと刺さる。だが、今は罪悪感に浸っている場合ではないのだ。
「あの人形……どんな形だったっけ……?」
とりあえず、創造を使用し、記憶を頼りに複数の人形を作成した。
「うーん、どれも似てるようで違うような……。こんなことなら破壊じゃなくて転送を使った方が良かったな……」
五つの人形を見やりながら、少年は白髪を掻きつつ「うーん」と唸る。
と、その時、想定外の事態が発生した。
「――――ッ!? も、もう帰って来た!? しかも走ってる!? なんでそんなに急いでんだあの人!?」
状況へのツッコミ後、義人は眼前にある人形をいかにするか考える。
変身して破壊、もしくは転送、というのは時間的に無理。
それならば――
念動力を使用して、人形を適当な場所へと超高速で配置した。
その直後、ドアが開かれる。
「はぁ……はぁ……ま、待たせてしまって、悪かったな……」
たかだか数分で相当苦しい目に遭ったらしい。彼女は明らかにやつれていた。
美貌の陰りは自分のせい。そう思うと罪悪感で胃が痛くなる。
さりとてバレるわけにはいかない。よって、少年は何も知らぬといった調子で言葉を紡いだ。
「だ、大丈夫、じゃないよね、うん。もし無理だったら、今日の勉強はやめにしようか?」
「い、いや、これしきのことでやめにしたりはしないさ。腹の痛みなど、なんの問題もない」
必死な形相で答えた後、香澄は義人の対面へと座り込み――
またもや、首をあらぬ方向へと曲げた。
今度は室内全域を舐め回すように見る。
そうしながら、一言。
「……なんだか、賑やかになった気がする」
その言葉に、義人はまたもや体を痙攣させた。
――だからなんで気付くの!? なんで気付けるの!? だんだん怖くなってきた!
『これはもはや妖怪ですね。妖怪ゴミ女ですね』
イヴの台詞にどこか現実味を感じながら、彼は口を開く。
「に、賑やかになったって、ど、どういうことかなぁ?」
「そのままの意味だ。なんとなしに、宝部屋の住人が増えたような……」
部屋を眺めながら返答する黒髪の美少女に、義人は心の中で同意した。
――そりゃそうだよ……増えてるもの……実際ゴミが五つ増えてるもの……!
現状に危機感を抱く義人。だが。
「……まぁ、もし増えていたとしても、悪いことではないな」
不思議なぐらいにあっさりと納得し、香澄は少年に視線を向け、
「さて、では勉強を始めるとするか」
言って、問題集を開いた。
それからは平穏無事に時間が過ぎていく。
なんやかんやあったが、彼女との一時は幸せなものだった。
しかし。
「ふぅ……少々、一休みするか」
休憩宣言の後、すぐさま切り出された話題により、少年の心に僅かな恐怖が宿る。
「最近、天馬がこの部屋に来てなぁ。相も変わらずゴミだらけだな、などと抜かしおった。全く以て腹立たしい。この部屋のどこがゴミだらけだというのだ」
憤懣やるかたなしといった調子で吐き出された内容に、相棒が一言。
『こいつ医者に行くべきですね。目と頭両方の』
イヴの罵倒をスルーしつつ、義人は香澄に応答する。
「あ、あいつは馬鹿だから。君の繊細な感性が理解できないんだよ。そ、それにしても、白柳さんって本当に物を大切にするよね。僕も見習いたいぐらいだよ」
「私にとってここにある物達は家族だからな。大切にして当然だ」
「な、なるほどね。じゃあ天馬は家族をゴミ扱いしたってわけだ。だったらもう、一発ぐらいなら殴られても仕方ないねぇ。ははははは」
「……あぁ、その通りだな。家族をゴミ扱いしたんだからなぁ。あいつは」
彼女の声音に背筋が凍った。
なんという恐ろしい音色であろうか。まるで殺人者のそれだ。
「は、ははは。て、天馬ってさぁ、結構この部屋来てるの?」
「まぁ、そうだな。とはいえ、長居することはほとんどないが」
「あ、あいつ無駄に元気有り余ってるとこあるからさ、なんかの拍子でここにある物を壊しちゃったりしそうだよね。ははは」
乾いた笑いを吐き出した後、義人は声を震わせながら問いを投げた。
「……も、もしも、だよ? ここにある物を、その……こ、壊しちゃったりした奴が居た場合、君はそいつを――」
「殺す」
少年の声が、香澄のそれによって両断された。
恐ろしいことを平然と言い放った彼女。その貌には、完全なる無が貼り付けられている。
そんな思い人に、義人はおっかなびっくりといった様子で返答した。
「そ、そりゃまた、ぶ、物騒だね」
「物騒? 何を言う。家族が殺されたのだぞ? 仇討ちは当然だろう。もし万一私の家族を殺した者が居たとしたなら、なんとしてでも捕え、生まれてきたことを後悔させてやる。生きたまま全身の皮を剥ぎ、肉を一片一片そぎ落とし……じわじわとなぶり殺しにしてやるのだ」
語る最中、彼女はずっと無表情を貫いていた。
怖い。怖すぎる。
小便を漏らしそうなレベルで怖い。
そんな彼女を見ながら、少年は過去を思い出した。
昔、不良集団を半殺しにした時のこと。残った一人が自分を見てガタガタと震え、失禁した。
あの時は度胸のない奴だと嘲笑ったものだが、似たような心境を味わうことで、もはや馬鹿にはできなくなった。
――やばい……バレたら殺される……スペック差がどうとか関係ない感じだ……殺される未来しかイメージできない……。
『その時は迷わず迎撃しなさい。なぁに正当防衛ですよ。こんなサイコ女、死んだ方が世のためです』
凄まじいブーメラン発言をする相棒を華麗にスルーして、義人は話題を切り替えた。
「も、もうそろそろ再開しようよ。勉強」
「……うむ、そうだな」
おぞましい無表情から普段のそれへと顔が変わる。
それから、義人は勉強をしつつ必死こいて策を練った。が、妙案が浮かばない。
このままではいずれバレるだろう。となれば、思い人に嫌われるどころか殺されてしまう。
それだけは断固拒否したい。
なれど策が浮かばないことにはどうにもならぬ。
で、結局、打開策のヒントすら掴めぬまま、二人きりの勉強会は終わりを迎えたのであった。
己の部屋へと帰るべく、玄関へと行く義人。そして靴を履いてドアを開けた瞬間。
「義人」
思い人に、呼び止められた。
彼はおそるおそる振り返りながら、
「な、何?」
怯えた調子で聞く彼に、香澄はなぜだか満面の笑みとなりながら、
「じゃあな」
その言葉は、帰宅する相手への挨拶のつもりだったのだろうか。
はたまた――
◆◇◆
 




