第一章 Round ZERO 3
『カラーズの活躍もあり、今回も被害は最小限に収まったようです。さて、ここで東京大学教授であり、カラーズ管理制度推進派でもある柳田さんに少しご意見を伺ってみましょう。柳田さん、今回は中位の出現という危機がありましたね。本来であれば市内に存在する建造物、その実に三分の一が破壊されることを覚悟しなければならない、そういう状況が生まれたということです。しかしカラーズの迅速な仕事により、それは免れました。このことについて、何かございますか?』
『そうだねぇ。まぁ私もね、別にカラーズを排除せよとは言ってないんだよ。確かに、今回の一件はカラーズがいなければ被害は凄まじいものとなっていただろう。何せ中位以上のベヒモスはカラーズによる攻撃でしかダメージを与えられないんだから。そのため、どうやったってカラーズの力は必要になる。それは誰だって理解してることだけどねぇ。かといって、彼等をまるで進化した人類、特権階級、救世主のように祭り上げるのはどうかと思うよ。今回活躍したあの二人程でないにしてもね、カラーズってのはとんでもない力を持ってる。それがいつ、我々“健常者”に向くかわからないんだ』
『柳田さんはカラーズの存在を危険視しているということですね?』
『まぁ正直に言えばね。これはそのぉ、ちょっと言葉が悪くなるけど、カラーズなんてものは実質ベヒモスと同じなんだよ。人間からしてみれば怪物もいいところだ。彼等が現れてから二五年。社会は様々な方法で彼等を管理しようとした。けどね、人権を付与したまま管理しようとするもんだから隙ができるんだよ。その結果をごらんなさい。変異を隠して組織に入属せず犯罪に手を染めるカラーズ達、俗にいう“野良”が年々増えてるじゃないか。だから私はね、カラーズとベヒモスを同じものとして扱って――』
ここで、教師が忌々しいものでも見るかのような目をしながら、テレビを切った。
それから生徒達に向かって笑顔を見せ、
「あんな大人にはなるなよ。俺達はずっと前からカラーズに助けられてきたんだからな」
「当たり前だろ、先生」
「あのハゲ教授うざったいったらないわねぇ……」
「この前なんか神代君の悪口言ってたわよ。本当、仕事首になればいいのに」
生徒達は教師の意見に同意し、今はいない二人の英雄には賞賛の言葉を、それを否定する者には罵倒の言葉を口にする。
最終的に行き着くのは、カラーズに対する憧れと尊敬の念だった。
カラーズ。
“選ばれし者”“人類が至るべき次のステージ”
ベヒモス発生と同時期に現れた、異能者達。彼等は神に選ばれし救世主である。
神の実在が知れ渡った一九九五年。
創造主はその日、人類に次のような声を飛ばした。
“汝等は美しい。汝等は我が最高傑作である。それゆえに愛おしく、それゆえに――試練を与えたく思う。我は汝等を次に至らせよう。しかし、そのためには試練を超えねばならぬ。試練を乗り越え、いずれ来たるであろう終末を乗り越えよ”
怪物達が地上に現れたのは、そんな声の直後のこと。それと全く同じタイミングで、救世主達の活躍が始まる。
彼等の“大多数”は“一つの武装”と“一つの異能”で以て、人類を救い、守る存在だ。
思春期の子供は特に彼等を憧憬しており、この点について、義人も御多分に漏れない。
――僕もカラーズになりたい。そしたら僕の扱いも少しは変わるかもしれないし、それに……“あの人”の役にも立てる。
そう願い始めてからかなり経つが、神はそれを聞き入れてくれそうにない。
深い深い嘆息。それと同時に授業終了のチャイムが鳴り、日常的非日常も一時的な終わりを告げた。
◆◇◆
騒動の後も授業は続き、つい数分前に四限目が終了。
時刻は午後一二時五分。昼休み。
教室内には、いつも通りの光景があった。
天馬と香澄の周りにクラスメイトの大半が集まり、共に昼食を摂る。
それがいつから始まったのかはわからない。少なくとも、義人は二人のことを初めて知った中一の頃から、この恒例行事を見続けてきた。
栗髪の美少年は皆と楽しそうに笑い、黒髪の美少女は頼れるリーダーとして皆の相談に乗る。
主人公とヒロインによるリア充生活の一部を、只野義人という名の歯車は輪の外側から羨望の目で見ていた。
――なーんで僕はあいつみたいになれないのかなぁ。努力してんのになぁ。……笑顔の練習も、クラスに打ち解ける方法を考える時間も、実を結んだことなんか一度もない。僕がそのザマだってのに、あいつはなんの努力もせず、今の地位を築いてやがる……ほんっと一体何が、一体誰が悪いんだろうねぇぇぇ……。
倦怠感混じりに息を吐くと、義人は弁当箱に目をやる。
本日もクラス内の居心地は最低。天馬と思い人がいちゃつき、皆と仲良くやっている様子を見ながら食事をしても、六〇点の自作弁当がマイナス一〇〇点になるだけだ。
そういうわけで、少年は箱を持って席を立った。
苛ついていたからか少し動作が荒くなる。そのせいでやや大きな音が室内に反響し――
クラスが静寂に包まれた。
時が停止したかのような現象だが、別に義人は時間停止能力など持っていない。これは皆が彼に抱く誤解が原因だ。
とはいえ、弁明したところで無意味。怯えられて悲しい思いをするだけなので、もう何もしない。
教室を足早に出ていく。その途端、室内の時が進み始めた。
全く、いつも通りにも程がある。
室内を出て、義人の足が向かう先は屋上だ。
この学園は珍しいことに、屋上を解放している。そのため入学以来、彼の昼食はずっと屋上だった。
で、目的地を目指し数分後、屋上前の階段に到着。
一段一段上がっていく。
その末に――
――んん? ……あぁ、一年か。新入生なら知らなくても無理ないな。
義人の眉間に、皺が寄った。
ドアの小窓から、屋上の様子が見える。
凄惨ないじめの光景が、見える。
気弱そうな生徒を数人で取り囲んで暴行。なんとも古臭い方法だがそれは逆に好都合だ。
――この学校でそういうことしたらどうなるか、後輩に教えてあげないとな。
少年は瞳を鋭くさせてドアを開け――
瞬く間にいじめを終結させた。
実行者達は五人。
その者達全員、顔面が変形し地面にキスをしている。
無能を自覚する義人だが、彼にもただ一つの才があった。それは、闘争の才である。
彼は幼少の頃からあらゆる武術を習い、一〇歳の時点で大人にも負けないレベルにまで上り詰めた。しかもそんな天稟持ちであるというのに、未だ鍛錬を怠っていない。
義人にとっては素人五人相手の喧嘩など、アリを踏み潰すようなものである。
「やれやれ、なんでいじめをやる連中ってことごとく弱いんだろうね? この前潰した族の方がよっぽど強かったよ」
声変わりが中途半端に終わったようなハスキーボイスを、気だるげに吐き出す。
そんな義人に、意識を失っていなかった実行犯が声を飛ばした。
「て、てめぇ、俺は鬼滅羅のメンバーだぞ! 俺が一声かけりゃ、てめぇなんぞ――」
下らないことを言ってきたので、容赦なく相手の頭を踏みつけ、強制的に黙らせる。
「この前族を潰したって、僕言ったよねぇ? それが鬼滅羅だよ。ハッタリ使うならちゃんと最新情報調べとけ」
吐き捨てると、彼は被害者のもとへと近寄った。
「えぇっと、その……大丈夫、じゃない、よね。とりあえず保健室に――」
なるべく相手を怖がらせないよう、優しげな笑顔を作って語りかける。
だが。
「い、いえっ……ひ、一人で行けます。あ、ありがとうございました、義人さん」
怯えきった様子でそう告げると、彼は怪我をしていることを忘れたような足取りで、さっさと屋上から消え失せた。
「……あぁぁぁぁぁ、あの子、僕のこと知ってたんだぁ……倒れてる連中よりも、ずっとものを知ってるんだねぇ………………なんでこうなったんだ、マジで」
唇を噛みながら、義人は片手で顔を覆う。
主人公とは、強い力を用いて虐げられている弱者を救うもの。そう結論づけたがために、義人は幼い頃から戦う術を必死に治めてきた。
で、その結果がこれだ。
彼の力を正義の鉄槌とみなす者など“彼女”を除けばほぼゼロ。
今まで、色んなパターンで人を救ってきた。その礼として送られたのは、畏怖の念、逆恨み、大人からの罵声、そして狂犬という不名誉なあだ名である。
それでもめげずに頑張ったがために――
只野義人は、恐ろしい不良として名を馳せることになった。
そんな不愉快極まりないステータスが、生まれ持った童顔といつしか生まれてしまった“特徴”も相まって、彼の印象を一層恐ろしいものへと変えている。
強面の不良であれば、ただ恐れられるだけで済む。ともすれば、そういう連中にとっての憧れの的になることも可能だろう。
しかし義人の場合、その童顔と“瞳”が最悪な相乗効果を生み、最低の印象を相手に与えてしまう。
必死に努力した。でも、裏切られた。そんなことが何年も続いたからか――
少年の中には巨大すぎる闇が生まれ、それが現実に発露するかの如く、瞳が真黒に染まった。
まるで高濃度の混沌を凝縮したようなその瞳と生来の童顔が組み合わされ、そこに不良というレッテルが加わることで、彼は異常者扱いを受けるようになった。
皆、義人についてこう思っている。
気味が悪い。気持ちが悪い。何を考えているのかわからない。
こんな得体の知れない化物、消えてくれればいいのに。
「はぁ。いつになったら、僕は自分を救えるのかな。他人を救えてるってだけマシなんだろうけど、僕自身が幸せになってない以上完璧な形じゃない」
俯く少年。その濁った瞳にじんわりと涙が浮かぶ。
強きを挫いて弱者を救う。これこそ未だバイブルとして扱う漫画、NIGHT・騎士の主人公、天原内斗の行動理念である。
彼はそれをすることで他者と共に自分も幸せになっていた。けれど、義人にはそういう展開が全然訪れやしない。
そんな彼を尻目に、あいつ、神代天馬は、日毎に幸福を得ているような感じだ。
これではまるで――と、そこまで考えた瞬間、強制的に思考をシャットアウトした。
これ以上進めば、心が黒一色になってしまう。
我ながらおぞましい情念を必死に抑えながら、少年は大きくため息をついて。
「……もうそろそろ、限界だなぁ」
歳に似合わぬくたびれた調子で、本音を吐き出した。
半目状の瞳が昏く濁る。
目尻に溜まる雫は、残念ながらその穢れを清めてはくれない。
むしろそれが流れるせいで、闇は広がるばかりだった。
◆◇◆