第八章 POWER to TEARER 8
『参るッ!』
宣言と共に、桁外れな威が敵の総身から放たれる。
さりとて、義人は微塵も臆することなく、冷然とした構えで応対した。
ついさっきと同じことを実行。
重力操作によって相手の動きを封じ、一方的に攻め立てようと画策したのである。
が、それは失敗に終わった。
理由は不明だが、増大した重力の影響を受けたのは標的の周辺物体のみであり、ゼフィルノード自身は我関せずといった調子で踏み込んでくる。
敵方の前進を、義人は見ることができなかった。それはきっと天馬もそうだろう。
前傾姿勢となったかと思うと、奴は既に自分達のすぐ傍にいて、衝撃波が体を打っていた。
次いで、ようやっと空気の壁が破られた音が響き、それを聴覚が拾った時点で敵の双刃は両者を捉えていた。
黄金色に煌く二つの剣閃は、義人の腹を、天馬の肩を薙ぎ、そのパワーでもって二体の鎧を大きく別方向へ吹き飛ばした。
「この……!」
受け身を取った後、漆黒の鎧は七歩分離れた場所にて佇立する敵方を睥睨しながら、異能を発動させる。
自然発火。敵の全身に炎が纏わりつき、燃え盛った。
が、ゼフィルノードは意に介した風もない。
その態度と先刻の出来事、二つの情報から導き出された結論に「まさか」と疑惑を覚えた瞬間。
突風を受けたかの如く身が竦み、前後して、眼前に剣を構えた金色の化物が現れる。
此度もまた動きが見えなかった。もっと言えば、得物を振るう準備動作すら目視不能。
となれば一撃を食らうは必然である。
闇色の鎧を金の剣が斬り裂く。袈裟懸けに深々と断たれ、切断痕の周りに葉脈状の亀裂が入った。
「ぐぁっ……!」
苦悶と再生開始は全く同タイミングであったが、しかし、敵方の第二撃目は回復を許してはくれない。
結果として義人は逆袈裟に斬られ、胴に×の字が刻まれた。
たった二回の攻撃で強烈な損傷を与えられ、少年は膝を折りそうになる。
動作などできようはずもない。虫の息も同然となった彼に対し、ゼフィルノードは容赦なく第三撃目を食らわせようとする。
その直前。
「させるかあああああああああああああああああッ!」
天馬の雄叫びが轟く。
敵背後より急接近してその後頭部目掛け右拳を振るうが、しかし、奴にとっては不意打ち気味の攻撃すら遅すぎるのだろう。
黄金の怪物は拳が到達する遥か前に紅い鎧の方を向き、首を少し動かすだけで易々と拳打を躱す。
次いで彼の脇腹を刃が深々と抉った。
されど、天馬は悶絶しながらも踏ん張り、左の拳で敵の胸を打つ。
『ぬぉッ!?』
この時、義人は希望の光を見た。
真紅の鎧による一撃、業火に包まれているかのような拳は敵方の胸を穿ち、何層かはわからぬが、確かに損傷を与えたのである。
それに驚いたか、ゼフィルノードが大きく跳び、二人から距離を取った。
闇色の鎧と紅い鎧が、顔を見合わせる。
彼等は視線だけで多くのことを語り合い、自分達がどうすべきかを二秒に満たぬ時間で決めた。
敵方は原理不明であるが、義人の持つ異能を受け付けない。ゆえに彼の攻撃能力はほぼ無意味である。
なれど、今しがたの一合からして天馬の力は有効であると見える。
このことについては、過去の記憶を思い返してみるとすぐに納得できた。
例えば、香澄を攻撃した際のことだ。
あの時義人が繰り出した拳は、地表にぶつけたならおそらく最低でも市内全域が消し飛んでいたことだろう。それなのに彼女が受けたダメージは天馬の一撃の方が上であった。
このことから察するに、彼の持つ力は道理の外にあるものであると考えられる。そのため、敵方の異能無効化機能もまた通用しないのだろう。
であれば、彼がこの戦の鍵である。
天馬を守り、いかに攻めさせるか。勝敗はここにかかっていると言って良い。
そのため、義人は自分に足りぬものを得るべく、相棒に語りかけた。
――イヴ。僕の言いたいこと、わかるよね?
『お断りします。あなたのことなんかもう知りません。せいぜい困ればいいのです』
――あっそう。わかった。じゃあいいよ。僕の力だけでなんとかする。
『……現段階のあなたが勝てる相手ではありませんよ』
――そうだね。多分高確率で死ぬと思う。でもしょうがないね。君は僕に死ねって言ってるんだからさ。
『……嫌味ですか、それは?』
――別に。君が僕の死を許容できるっていうなら、勝手にすればいいよ。でもねイヴ、もし万一僕が自分の力だけでこの局面を乗り越えられたなら……今後、君とは一切口を利かないし、君に力を望むことだってしない。存在すら忘れてやる。それでいいのなら、どうぞご自由に。
冷ややかに言い放った少年に、イヴは憎々しいといった調子で応答した。
『あなたはやっぱり卑怯者だ……!』
――それは力をくれるって解釈でいいのかなぁ? じゃあ早くしろこの性悪パートナー。
『……よろしい。衝動に敗北するあなたを見守らせていただきます。前回の様にね』
――もう二度と負けないよ。絶対に、勝つ。イヴ、僕に力を……!
望みはすぐさま叶えられ、力の流入と共に鎧の変化が始まる。
頭部に三本の角。
背部と肩を始め全身から伸びる刺。獰猛な獣を連想させる鍵爪。
完全なる人外の姿となった鎧。
しかし、その心は化物どころの騒ぎではない。
膨大な快感が悪魔の囁き声を生む。
破壊しろ。殺戮しろ。混沌に染めろ。滅ぼし尽くせ。
精神を蝕もうと企むもう一人の自分、醜い自分に対し義人は、
――黙れッ!
一喝し、捻じ伏せる。
己とのリベンジマッチは、圧勝に終わった。
此度は抗っているからか余剰エネルギーの放出現象はなく、そのため鬱陶しい声が延々と続く。
しかし、それがどうした。
こんなもの、今の義人からすればただの雑音に過ぎない。
新たな歪みが、彼の精神を人外すら超越したものへと変えたのだ。
人を超え、化物を超え、究極の位置に上り詰めた少年は、その両手に暗黒色の剣を生成し、握る。
そして対面の怪物を見据えて構えると。
「行くよ、天馬……!」
「応ッ!」
威勢の良い応答を聞き届けると、義人は大地を蹴った。その一跳躍で大地が震撼し、大気が悲鳴を上げる。音など軽く置き去りにして、光へと迫る勢いで突き進み、敵正面へ。
向かい合う化物と超越者。互いの剣が逢瀬の瞬間を果たし、激突する。
ぶつかり合った金の刃と黒き刃。それらが生み出した衝撃波が扇状に広がり、周囲に問答無用で破壊をもたらす。
それを何合も何合も繰り返した。が、両者の技は完全な五分。基礎能力もまた互角。
決着が着きそうにない剣劇だが、ゼフィルノードはそれが喜ばしくて仕方ないらしい。
『なんたる凄まじさ! やはり真に我と対する資格を有するは、貴公のみかッ!』
「僕だけじゃ、ない……!」
返しながら、少年は右足を引き、左構えへとスイッチする。
これは只野義人にとり、防御態勢をとった証。それを、相方は察していた。
ゼフィルノードが攻勢を強める。
猛然と繰り出される剣撃は一つ一つが必殺の威を持ち、その連撃速度は息つく暇すら与えてくれない。
さりとて、それをいなす少年の心にプレッシャーは皆無。なぜなら、敵は自分だけとしか戦っていないからだ。
その証明として――
ゼフィルノードは、天馬の不意打ちに反応すらできなかった。
胸に蹴りをぶつけられ、衝撃によって後退する金色の化物。それを契機に、闇色の鎧と真紅の鎧が立ち位置を変える。
神代天馬が後ろに下がったゼフィルノードを追撃すべく踏み込む。その行動に対し、奴は剣舞で以て応じる。
虚空を滑る金の剣。それは少し前の天馬であれば、軌跡の確認すらできなかっただろう。
今は違う。
思いの力が彼に無限の力を与える。時を刻む毎に一秒前の己を超えていく。
最強の怪物が放つ斬撃の数々を、彼は躱し続けた。一度避けるたびに無駄がなくなる。
小さな動きで回避できるレベルまで到達すると、ついに、紅い鎧は反撃に打って出た。
左のストレート。
だが、敵は初見で天馬の癖を見抜いたらしい。拳を伸ばす数瞬前、腕に力を込めるような小さい予備モーションを取ってしまう。
これによってゼフィルノードは彼の攻撃を先読みし、突きで以てカウンターを取ろうとする。
しかし、義人がそれを見逃すはずもない。
漆黒の鎧は瞬時に剣を振るい、敵の剣閃を妨害。
果たして金の剣はあらぬ方向へと向かい、天馬の拳は彼奴の胸に直撃した。
外殻が破壊されると共に真紅の鎧がバックステップし、闇色の鎧とポジションを変える。
まさしく二人一体の連携。
それも当然だ。彼等は今までずっと互いのことを見つめてきた。その感情は憎悪という醜いものではあったが、見方を変えれば、何よりも強い感情を向け合っていたといえる。
そんな関係をずっと続けてきたがため、彼等は数秒後相手が何をするか、そのレベルで互いを理解していた。
漆黒の鎧が先程の返礼とばかりに前傾姿勢となり、猛攻を開始する。
只野義人が持つ闘争理論の一つ、攻めの防御。
流麗且つ無謬の太刀筋を間断なく叩き込み、敵に反撃の機を与えない。
一撃振るう毎に、空気摩擦で剣が炎を纏う。
敵の刃とぶつかり合うことで火花が大輪に咲き誇る。
そして、敵は愚かにも再び彼のみに意識を集中させた。
その隙を狙って、真紅の鎧が飛び蹴りを食らわせる。
胸部を強かに打たれ、外殻を崩壊させながら後ろへ下がるゼフィルノード。
立ち位置がまたもや切り替わる。
今回は天馬の方から攻めに行った。
鋭く踏み込み、右のジャブ。黄金の怪物はそれをなんとか躱し、反撃。
振り下ろされた剣に対し、天馬は真っ向からぶつかって見せた。
火炎に似た奔流を宿した左拳を向かい来る刃へと走らせ――衝突。
打ち勝ったのは紅の拳。二振りの黄金剣、その片側が木っ端微塵に砕け散った。
それによるゼフィルノードの動揺はかなりのものであったらしい。一発叩き込むだけの隙ができた。
その好機を逃すまいとして、天馬はバックハンドブローを決行する。
が、その行動もまた奴は先読みしていた。
体を回転しやすくするため、ほんの僅かに体を伸ばしてしまう。
その癖を見抜いたか、ゼフィルノードは赤紫色の瞳を一際強く輝かせ、残った方の剣を縦一文字に振り下ろした。
これが一対一であれば、真紅の鎧は敗北していたことだろう。なれど、彼には味方がいる。
只野義人が、いる。
漆黒の鎧は怪物の思惑を断固として許さない。
黒剣を走らせ、金の刃を受け止めた。
かくして、決着は訪れる。
天馬の裏拳が敵の胸を穿つ。
その一撃で最後の外殻が粉砕されたらしい。ゼフィルノードは三歩下がり、敗北を認めるが如く両腕を広げた。
その胸部には光り輝くコアが見える。
二人は全く同じタイミングで、最後の一撃を用意した。
真紅の鎧が両手を重ね、前面に伸ばす。
その途端、彼の体全体に紅蓮色のエネルギーが纏われ、重なった手を左右に広げていく毎に、脚、腰、胸に移動。最後に両腕で円を描き、左拳を顔の側面に持っていき、構える。
刹那、全エネルギーが左の拳一箇所に集中し、力強い輝光を見せた。
義人は両手の黒剣を消し、普段行う徒手空拳の構えを取る。
瞬間、全身を走る血色のラインが大きく発光し、夜闇を切り裂く。
次いで構えた拳に赤黒い奔流が纏わりつき、それは血液が凝固するかの如くドス黒い色合いへと変色した。
そして――
両者は大地を蹴り、短くも濃密な闘争に決着をもたらす。
漆黒の拳と真紅の拳が、ゼフイルノードのコアを打ち砕いた。
『おぉ、美事也……!』
満足げに唸ると、奴は体色と同じ黄金色の粒子となり、天馬の全身に吸収された。
捕食活動終了後、二人は元の姿へと戻り、顔を見合わせる。
「……さっきのアレ、技名付けなくていいの?」
「……お前との合体技に名前なんか付けられっかよ」
「あぁ、そう」
「んなことより、なんだその頭。一気に老け込んだな」
「頭? ……あぁ、白髪になってるね。こりゃ全部真っ白かなぁ」
快楽と衝動は、想像以上に義人の負担となっていたらしい。
白くなった前髪の毛先を見つめながら、少年は呟いた。
「……これ、結構いいかもしれないな」
「は? なんだお前、V系バンドでもやるつもりかよ」
「そうだねぇ、その時は君も入れてあげるよ。後ろで変な小躍りする役とかどうかな?」
「誰がやるか、そんなもん。バッカじゃねぇの」
口喧嘩しながらも、声色に以前までのようなマイナス感情はない。
しばらく罵り合った後、二人は一息ついて――
互いの健闘を称え合うかのように、ハイタッチを交わすのであった。
翌日の更新をもって、第一部完結となります




