第八章 POWER to TEARER 6
午後七時五〇分。娯楽集積地帯跡。
「らぁッ!」
天高くを舞いながら、真紅の鎧が裂帛の気合いを放つ。
その拳が捉えるは、敵の左肩を覆う外殻。
その一撃によりむき出しとなったコアが破壊され、残す部位は二つとなった。
天馬の快進撃はまだ終わらない。攻撃の反動で後方に推進してからすぐ、彼は左足にエネルギーを纏わせ、右前足前面外殻を狙い、落下。
敵はそれを回避すべく跳躍を実行しようとするものの、間に合わなかった。
紅い鎧による、天からの蹴り。それは見事正解部位の一つに直撃し、次々と外殻を削っていく。
その破壊たるやド外れており、おおよそ数千の層を持つ外殻を一発で粉砕する。
それでもまだ彼の勢いは止まらず、その動作が停止したのは、二つ目のコアを蹴り砕いた後だった。
大穴が穿たれた右前足前面をさらに蹴り、後ろへ跳ぶと、二回転して着地。
まさに圧倒的。
天馬の思想はヒーローらしく振舞うこと。スペックアップの感覚からして、それに反しているというわけではないらしい。
確かに、不思議と敵への憎悪はなかった。そういう淀んだ感情なしに人外を倒そうとしているのは、もしかすると生まれて初めてかもしれない。
溢れる力が、勝利を確信させる。
奴とは異能の相性もいい。
天馬がセカンドとして所持する能力は、破壊だ。森羅万象を消滅させるエネルギーを操り、それに触れた事象を全て破壊する。
例外は精神攻撃系統だが、此度の敵にはそのような能力はない。
無限に上昇し続ける基礎スペックと異能。
客観的に見ても、勝つ要素しかない。
そして、天馬は決着をつけるべく前進した。
目指すは四本足に囲まれた場所、敵腹部の真下。そこを破壊したなら終わりだ。この騒動に終止符がやってくる。
二蹴りで目的の場へ到達すると、彼は顔を上げ、攻撃目標に意識を集中。それからすぐ蛇腹状の腹部目掛け跳躍。
と、その直前、彼の第六感が危険を察知した。
もっと、早く怪しむべきだった。
なにゆえ、敵方は未だ微動だにしようとしないのか。
これは、罠。そのことに気付いた頃、怪物の攻撃が開始される。
四本の脚部、内側方面の外殻が、観音開きの如く展開。内部には金色の輝きで満ちており――
それが熱を持つ光の波となって、一斉に襲い掛かってくる。
まるで電子レンジのようだった。
これをするために、敵方は敢えて自分を潜り込ませたのだろう。
巨体の真下にて、足に囲まれ全方位からの光波照射。その攻撃機能による痛みは筆舌に尽くしがたい。
「ぐ、あ、あああああああああああああああああああああああああッ!」
あまりの激痛に、天馬は膝をつきそうになる。
されど。
『天馬ぁッ! ヒーローは! どこのどいつだぁッ!』
「オレ、だ……オレがッ! ヒーローだッ!」
相棒に焚き付けられ、意志の強さが苦痛を凌駕する。
刹那、彼の全身を炎に似たエネルギーの奔流が覆い尽くし、続いて、それが全方位、広範囲に放たれた。
アーマー・ザ・インパクト。そう名付けた、己が必殺技。
破壊エネルギーを総身に纏い、爆発のイメージと共に放射。自身を中心に半径三〇メートル圏内にある全てを消す尽くす、攻撃と防御を兼ね備えた大技である。
それによって光波が一瞬消滅。それは秒数にしてコンマ五にも満たない時間であったが、天馬からすれば十分に過ぎた。
彼は両足で大地を蹴り、勢いよく飛翔すると、敵腹部、最後の部位へと突撃。先刻同様頭から爪先までエネルギーに包まれ、頭頂部から腹を突き破っていく。
その姿はまさしく紅蓮の弾丸。
全身を攻撃の手段と化した天馬は化物の体内にあるコアを砕き、そのまま突き進んで敵背部から脱出。
そうして放物線を描きながら推進し、丁度敵の目前に着地した。
「はぁ、はぁ、これで、終わりか……」
両膝をつき、勝利の余韻に浸るべく、天馬は変身を解こうとする。
しかし。
『まだ終わってねぇぞ! 左向け!』
ヴァルガスの一声により、すぐさま左側を見やる。
すると、敵方の全身に変化が起きていた。
体表に走る幾何学模様が強く発光し、その体に纏う鎧のような外殻に亀裂が走った。
次の瞬間、殻が四方八方に飛ばされる。
殺到するそれらを両腕で防ぎながら、天馬は事態の収束は未だ見えていないことを知った。
吹き飛んだ外殻は大地に衝突した途端、粒子となって消失。この行為は、奴にとって脱皮に似たものであったのだろう。
黒ずんだ茶色をしたそれを脱ぎ払ったことで、敵はその姿を大きく変えていた。
宙に浮くその外見は、まさにドラゴンそのもの。
体躯は大幅にサイズダウンし、全高七メートル、全長一五メートル。されど体が小さくなったからといって、その威容が衰えたわけでは断じてない。
むしろ、威圧感はさらに強まっていた。
屈強さを感じさせる四肢。太く長い首。口元にズラリと並んだ牙と両手の爪は、触れただけで切り裂かれそうな鋭さを感じさせる。
だが特に気になったのは、その翼だった。
全身を覆えそうなぐらい巨大なそれは、常に電気を纏っているのか、金の閃光と放電現象を起こしている。
あの部位はなんらかの攻撃機能を有しているのだろうが、現段階では定かでない。
色合いは、瞳が青紫、角・牙・爪・翼膜が琥珀色、全身基調は玉虫色、幾何学模様は白。
『先程までの戦振り、まことに見事であった。なれど乗り越えし者よ、我が名を訊かすにはまだ足りぬ。この姿の我を超越して見せい。狙うべきは背部、両翼付け根、首の右側ぞ。さぁ、かかって参れ』
滞空するそいつから放たれた、闘争開始の合図。だがそれに対し、猪突猛進とはいかなかった。
このシチュエーションは不味い。天馬は地上での近接戦闘を得意としている。それはセカンドとしてもそうだし、ファーストとしても、だ。
即ち、空中戦などできないということ。
そのため、上空にてこちらを睨む巨竜は、天馬にとり不得手な敵といえる。
といって、勝つことを諦めることなどしない。
心を折り、斃れるわけにはいかない。
奴は自分が倒す。
都合のいい時に現れてくれるヒーローなどどこにもいない。だから、この戦いは自分の力で切り抜けるしかないのだ。
と、天馬は心底から考えていたが――
それを否定するかのように、“彼”は来臨する。
紅い鎧は、白銀色の双眸で確とそれを見た。
遠方、敵背後、上空より飛来する、漆黒の鎧を。
ジグザグの軌道を描き、闇色の天空に居座る化物共を斬り刻む、只野義人を。




