第一章 Round ZERO 2
「なぁ先生ー、テレビ見ようぜー、テレビ」
「あら、田中のくせにいいこと言うじゃない。神代君の活躍を目に焼き付けたいわ。テレビつけてちょうだいよ、先生」
「俺も賛成だわ。白柳さんのパンチラ拝みてぇもん」
「お前サイテー」
口々に言う生徒達に、教師は厳然とした態度で返す。
「生徒は学業が本分だ。さぁ皆、静かにしろ。授業を続けるぞ」
その言葉に、一人を除いた全員が落胆する。が、その直後、教師はしてやったりといった調子でにやっと笑い、
「……と言いたいところなんだけどな。先生もあの二人のファンなんだ。残りの時間は二人の活躍を見守ることにしようか」
言って、備え付けテレビの電源を入れる。
画面に映った光景は、まさに完全なる非日常。
義人はテレビを睨んだ。
映し出された場所は、学校から程近い繁華街。四車線道路を挟むように多種多様な店舗が並んでいる。
大抵のものは揃っているので利便性は高い地域だが、“相楽市”においては非常に地味な場所なので、あまり活気はない。
その只中を、奴等は闊歩していた。
室内の人間全員がそれに注目する。
徒党を組む五〇体前後の異形。鉄屑が人型をなしたかのようなシルエットを持ち、その姿は非常に醜い。
金属質な体躯はおよそ一八〇センチ前後といったところ。
全身はほとんど灰色に染まっているが、ただ一点、球体状の頭部のみ古くなった蛍光灯のような色合いと発光を持つ。
その特徴と手に持つ武器が棍棒に似たものであることから、奴等は“下位三階級第三位、エンゼルス”であろう。
出現した個体の強さを知ったことで、教室内にはことさら安心感が漂う。
テレビ画面を見たところ被害者もゼロだろうし、緊迫する理由がない。
発生当初ならいざ知らず、このご時世、奴等の襲撃というのは一部のシチュエーションを除けばさほどの脅威ではない。
何せ六年前に腕時計型警報機が完成したことで、避難システムがほぼ完璧な形になったのだから。
そして、生徒達は哀れな“経験値”達を見つめながら、ヒーロー達の登場を待つ。
奴等の名はベヒモス。
“神”からもたらされし“試練”で、人類が“次のステージ”に至るため、そしていずれ来る“終末”を乗り越えるための“糧”である。
今から二五年前、一九九五年に突如現れたヒトの進化材料。奴等は前述した特徴との類似により、いつしか旧約聖書に出てくる怪物と同名で呼ばれるようになった。
そう、奴等は“糧”に過ぎないのだ。人間と、“選ばれし者達”の。
「お、来たぞ」
「よっしゃ、これで終わりだベヒモス共!」
二人の英雄、天馬と香澄の到着。それはヒーロータイム開始の合図に他ならない。
両者の掌が光り輝く。
天馬は紅。香澄は純白。それはやがて形を作り、剣の柄となって二人に握られた。
直後、柄の先端部から刃が伸び、“武装”を形成する。
栗髪の美少年が持つそれは刃渡り一メートル前後、直刀状の刀身。
黒髪の美少女のそれは刃渡り八〇センチ程度、シミター状の刀身。
その刃の色は互いに黄金。
これは二人が“カラーズ・ファーストステージ”における最高位の存在であることの証だ。
角度的に視認できないが、武装の顕現と共に二人の右手には左手にあるそれと同じ形状をした刻印が浮かび上がったことだろう。
時計、速度メーターに似たそれは例えるならエネルギーゲージ。右手甲刻印の針部分がゼロを示すまで、彼等はファーストとして戦える。
とはいえあの程度の雑魚相手であれば、おそらく一〇〇から九〇に進む前に殲滅してしまうだろう。
その予想は現実のものとなった。
画面に映る二人が、皆の期待に見合う働きをする。
天馬が人ならざる速度で動き回り、次々と敵を両断していく。たまに「ビクトリースラッシュ!」などとダサい必殺技名を叫びながら。
一方香澄はというと、その場から一歩も離れることなくありとあらゆる兵器を“創造”し、ベヒモスの群れを薙ぎ払う。
物量による不利などなんのその。
ベヒモス達は瞬く間に狩られ、“淡いオレンジ色”に輝く粒子状となって“二人の武器に吸収”される。
“捕食現象”終了が一件落着の瞬間であると思われたが――
現実は別方向へと進行した。
アラーム音が再度学校内に響く。
色は青。それを確認してから約五秒後、二人の間近、何もない空間に亀裂が走る。
それは瞬く間に水銀色の穴となり、そこから“そいつ”はドボン、という音と共に現れた。
形状は巨大な土偶といったところ。
デザインは遮光器土偶に限りなく近い。
丸の中央に一本の横線という両目部位が特徴的な頭部。胴はドラム缶のように図太く、そこからシンプルな手足が伸びる。
脚部は完全な円柱状で、いかな原理か、常に地上から少し浮いた状態を維持している。
両腕はくの字型をした肩からドリル状の腕部が生えているかのような形だ。
体高は目算して三メートル。
その体色は、土色を基調としており、“各部位の繋ぎ目”や全身の幾何学模様などは青く輝いている。
体色が二種ということはつまり、新たな敵は“中位”であるということだ。
階級は不明だが、外見的特徴からして“燃焼型”か“精神破壊型”であろう。
“調理法”としては、前者の場合熱操作型の能力で各部位の温度を上げ、攻撃が通じるようにして切断、もしくは破砕ダメージを与えるというものになり、後者の場合は幻覚系能力などによってストレスを与えることで“コア”を吐き出させるというものになる。
されど画面に映るコンビには関係ない。
いや、天馬には、と言った方が正しいか。
二人はメインディッシュをいただくべく、“変身”を開始した。
両者の手から武装が消え失せ、入れ替わるような形で、互いの胸部真ん前に輝く光球が現れる。
その色は持ち手部分と同じ。天馬は紅。香澄は純白だ。
その光が二人の総身を包み込み――
“カラーズ・セカンドステージ”へと進化させる。
シルエット変貌後輝きが粒子となり四方八方に飛散。
そして、二人の超戦士が姿を現す。
それは二四時間中、七七七秒のみ許されたチートタイム。
体躯は二人共二メートル前後まで巨大化し、その威容はまさしく怪物以上の怪物である。
黒髪の少女の全身は、重厚さを感じさせる鎧になっていた。
彼女のイメージとはかけ離れたその形状は、対する者に凄まじい威圧感を与えるだろう。
分厚い装甲を持つ手足。
頑強を体現したかのような胴。
頭部は騎士鎧と武者鎧を掛け合わせたかのような形だ。クワガタのような、または鬼のような二本角と、スリット状の目を持つ。
何よりも特徴的なのは両前腕部だ。
巨大な盾と腕が融合しているかのようなそのシルエットが、彼女の信条を物語っている。
そんな盾の先端部からは鋭い刃が伸びており、その鋭い刀身は、“決して守るのみではない”という意思表示のようだ。
色合いは純白が基調。角、目、刃、各関節部といった一部のみ黄金色に輝いている。
一方天馬はというと、非常にわかりやすい姿となっていた。
それはまさに、最近の特撮ヒーローといった風情。
トレンチコートと鎧を融合させたかのような、スタイリッシュさが溢れる胴部。
装甲の塊ではあるが、香澄とは真逆のスラリとした手足。
額から一対の翼のように展開する四本の角が特徴的な頭部。
武器らしきものを一切所持していないところが、なんとなしに前時代的だ。
色合いは紅が基調となっていて、角、双眸、各関節部などは銀色に輝いている。
変身が完了した時点で、戦いは終わったも同然だった。
が、運命を拒絶するかのように、中位ベヒモスが攻勢を仕掛けてくる。
両の目から青いレーザーが放射された。
地面を引き裂きながら猛然と推進するそれの到達速度は、常人からすれば視認したと同時に死が確定するようなレベルであろう。
なれど、あの二人にはスローもいいところだった。
瞬時に香澄が動き、盾で防御。
それにより線状の熱源は彼女に吸収されるかの如く消えていき――
全てが掻き消える前に、紅の鎧が躍動した。
香澄の陰から抜け出し、踏み込む。
度外れた膂力がアスファルトを砕き、音を置き去りにするような速度で疾駆する。
コンマ一秒とかからず敵方との距離は潰れ、気づけば、天馬の右拳が炎でも纏ったかのような状態となっていた。
そして胸部に一撃。
彼の攻撃は熱エネルギーを伴うものではない。見た目は燃える拳だが、決して、それは熱を持っているわけではない。
ならば通常、敵のタイプが燃焼型であったなら攻撃は一切通用しないものだ。
精神破壊型であっても、単純な打撃であればそれがいかなる威力を持とうと効き目は薄い。
その他のタイプであってもそれは同じ。
どいつもこいつも料理と同じく、段階を経てコアを露出させ、食らうものである。
それなのに、神代天馬ときたらたったの一発で戦いを終わらせてしまった。
拳の着弾と同時に敵の胸部が砕け散り、内部にあったコアが晒される。それとタイミングを同じくして、体重を前のめりに移動させすぎたのか、天馬が少しバランスを崩す。
敵方はもう攻撃をしない。中位はコアが露出した時点で捕食の運命を受け入れるからだ。
そして、天馬はトドメを刺す。
ヒーローらしい、必殺技を使って。
バックステップして敵から距離を取ると、彼は息吹を唸らせ、腰を低く屈ませた。
その数瞬後、全身を燃え盛る炎のようなエネルギーが包み込み、次いで、それが右足首の周り一点に移って凝縮。
最後にチャージ完了を知らせるかの如く両眼が輝き――
「天翔馬刃ッ!」
技名を叫んで跳躍し、敵のコアめがけて推進。
右足の直撃を受けたコアは粉微塵に砕け散り、天馬は怪物の胴を貫通して地上に着地した。
コアの破壊によって中位ベヒモスは瞬く間に“虹色”の粒子へと変わり、天馬の全身に吸収される。
この捕食現象を以て、此度の騒動は終結したのだった。
その後、テレビ画面はスタジオに戻る。